シーン01「炎の転校生(かわいい)」その4
殺されかけた路地から歩いて数分の場所にある、木造二階建てのクラシカルなアパート。
『コーポわかば』と記された、古びた板きれがかかった脇にサビの浮いた鉄製の階段がある。アリスはカンカンとブーツの足音を立ててのぼり、二階の角部屋のドアを開けて中に入る。
どうしたものかとドアの前で逡巡していると、どうぞ、と顔を出す。
「おじゃましまーす」
何か見られたくないもの隠すとか掃除するとか、そういう時間が必要なんじゃないかと気をつかったつもりだったのだが、入室してみてそんな必要はないとわかった。
ユニットバスと簡単な流しがあるだけのワンルーム。床はフローリングというより板間と言った方がしっくりくる安アパート。室内は見事にがらんとして、何もない。
窓にはカーテンというか暗幕がかかり、閉じると真っ暗になりそうだ。流しのガスコンロの脇には黒く無骨な鉄製の何か……あれって、キャンプとかでご飯炊くやつじゃん。はんごう、だっけ? そして板間の隅にある、青いナイロン製の何か……ああ、寝袋だ。
この人アパートでキャンプしてるのか?
座布団も敷かずに板間に姿勢よく正座するアリス。充はその前にあぐらをかく。どうせ正座したところで一分もたないのだから、最初から崩しておいたほうが良い。
「ではまず、何からお話しましょうか。イケダミツルさんが最も疑問に思っているのは、どの項目ですか」
どの項目って言われてもな……。
「そうだな、まず何で俺なんかが命狙われるわけ? あの子も異世界的なところから来てたのかな? それにアリス……さんも違う世界の」
「質問はひとつにして頂くと助かります。それと、呼びづらければアリスだけで結構です。どうせ翻訳されれば一緒ですので」
相変わらず意味ありげな。
「じゃ、じゃあアリス。異世界って、どんな所?」
そこから説明するのが最良と判断します、と彼女は頷き、話し始める。
「スピーゲルウェルドは、この世界のすぐ隣にあります。知覚できないだけで本当にすぐ近くなので、行き来するのにそう多くのマフトは必要ないのです」
はい、マフトはスルー。
「そして、あちらからはこちらの世界が見えますが、こちらからはスピーゲルウェルドは見えません。存在を感知することもできないのです。それはちょうど、魔法鏡のようなもので……ええと」
と、戦闘服のポケットから南校の生徒手帳を取り出す。すげー違和感。
「警察の取調室のようなもの、だそうです。これで伝わっていますか?」
「ああ、うん。わかる。マジックミラーね」
わかるけど、誰だ。そのたとえを考えた奴は。
「で、そのスピンなんとかって所は……アレなのかな。剣と魔法のファンタジー的な?」
さっきすげー剣使ってたしな。
「スピーゲルウェルドです。こちらの世界で異世界というと、西洋のおとぎ話的世界観を想像されるらしいですが……当たらずとも、遠からずです。我々の生活の基盤となっているのは、こちらのような物理科学ではなく、マフトという物質を用いた力です」
おっ、マフト来ました。意外と早かったな。
「それは大気中に自然に存在していますが、こちらの世界ではごく微量……スピーゲルウェルドの一パーセント未満です。我々はそれを体内に取り入れ、目的に合うように錬成して使用します。わたしは軍人ですので、戦闘に適したマフトを錬成する訓練を専門に受けています。そうして」
と、いきなり自分の首の後ろからするすると剣を取り出した。さっき充の命を救ってくれた、波打った刃の炎の剣だ。
「このフランベルジュもマフトによって現出し、戦闘力を発揮できるのです」
ぼう、と炎をともす。あぶないからしまって。火事になるから。
了解です、と再び剣を収める。物理法則無視、確かに異世界人だ。