シーン06「月夜のサマーアイズ。」
モールでの戦闘(ゲーム大会?)から数日が経ち、充とアリスは再び学校へ復帰した。そこまでの無断欠席は、なんとか誤魔化した。大きな声では言えないがマフト的な方法で。
ヨーコはスピーゲルウェルドに戻って処分を受けている。これから査問委員会だとか軍法会議だとか、そんな恐ろしげなのが待っているらしい。
「多分、穏便に済ませると思います。おとうさまの口ぶりでわかります」
という、彼女の言葉に充は本当に自分の義父を信頼しているのだなと感じる。ヨーコから聞いた話とは印象が違うが、むしろその方がいいと思う。
ユイとユウは、スピーゲルウェルドで孤児として保護されることになった。今後どうなるのかはまだ決まっていないらしい。
「大丈夫かな?」
充は心配する。もし引き取り手がないならウチで引き取ってもいい、とも思うがさすがに無理か。野良猫じゃあるまいし。
「それも、大丈夫だと思います。軍学校の初等部へ入れるつもりだと聞きました」
そうか。じゃあ万事丸くおさまった、ってことか。
随分久しぶりに感じる学校は相変わらず退屈で、でもそれはやはり充にとっての大事な日常だ。第三世界とやらのアダムになるなんて、願い下げだと改めて思う。
学校帰りに中村と寄り道し、刺客たちは一網打尽にしたんだからと、難色を示すアリスを引張ってゲームショップへ行き、ゲーセンにも行った。
意外にも(いやそうでもないか?)格ゲーやレーシングゲームにアリスが夢中になってだいぶ遅くなってしまった。中村と別れて二人になったら既に真っ暗。初夏の夜空に星がたくさん輝いていた。
さっきのゲームセンターにあったゲーム機から連想されて、モールでの戦いの話になった。
クレーンゲームでの事は微妙にぼかして伝えておく。なんとなく。
「……いやしかしアリスが捕まった時はどうしようかと思ったよ。言葉通じなくなっちゃってさ」
こうして普通に会話しているけど、これもすべてマフトのおかげなんだよな。
「ええ、ご推察通りマフトを常時展開することによる自動翻訳術式です。わたしは現在もスピーゲルウェルドの言語でしゃべっていますし、ミツルさんの言葉がわたしには母国語で聞こえているのです」
「ふうん。ヘンな感じだけど、便利だよなあ。やっぱり」
ええ、とアリスはなぜか黙ってしまった。
そう言えば、と顔をあげる。
「ヨーコが、つゆだか何だか妙な勘違いをした事を気にしていて。自宅謹慎中で時間があるからと、日本語の再勉強をしていたのです。教科書的なものだけでなく、新しい造語や言い回し、また逆に古くからの故事成語やことわざ、この国の歴史的な背景なども含めて」
へえ、それは熱心なことで……って。
「じゃ、じゃあヨーコは翻訳じゃないの?」
ええ、とアリスはうなずく。
「彼女は日本語を聞き取り、話しています。ついでだから周辺の国家の言語も覚えてしまうと言っていましたよ」
はあ……。やっぱりあいつ突き抜けてるなあ。
「それで、そのデータを使って、ついでにわたしの翻訳術式も更新してくれたのです。
……ええと、アプデです」
おお。溶け込んできたじゃないか。
「これで、今までのような齟齬が生じる事もなくなると思われます」
と言う。控えめではあったが、彼女のドヤ顔を初めて見た気がする。
「そっか……そりゃよかった」
いつまで、こっちの世界にいるのか、いつまで俺の側にいてくれるのか。ふと充は気になる。
夜空を見上げる。本当に今日は星がたくさん見えている。月明かりがアリスを照らしていて、だいぶ見慣れたけどやっぱり完璧な美少女である彼女は、そうした風景の中でまるで幻想的な絵画のようであったりして……
なんか恥ずかしいことを考え始めてしまった充は視線を上空の月へ。
完全な満月ではない、中途半端な形だがとても明るく輝いている。そこに薄く、光を遮るほどではなく、むしろ引き立てるようにかかった雲。
ああ自然ってうつくすぃなァ。
もしあそこで捕まっていたら、この月も二度と見れなかったのかもしれないし。まあ、異世界の空がどうなってるのかは知らんけど……。
だから、素直な気持ちで言った。そこに意味などなかった。
「ねえアリス、月がきれいだよ!」
子供のように無垢な心で。自然の美に感動したから。
「え」
しかし彼女は、表情を凍りつかせた。ある感情をはっきりと表して。
それは、驚きであった。そのように、充には見えた。
「あ、あの……ミツルさん?」
言いかけたアリスは、途中で自分なりの結論に至った。
「そうか、そうですきっと聞き間違い……いいえ。新しい術式が身体に馴染んでいないのかも……ミツルさん!」
「え、なに」
「今……、なんと言いましたか?」
真正面から睨みつけるように言う。あれ? 何か悪いこと言ったかと充は困惑する。
「なに、ってただ……」
これは、と深刻そのものの表情でアリスは言う。
「重要なことですから、正直に答えてください。今、何と言いましたか?」
一語ずつ、区切るように質問の言葉を連ねる。
これは……殺気か? 一体どんな地雷を踏んだんだ俺。いつのまにこんなに追い詰められているんだ?
……そう言えばちょっとキザなセリフだったかな。それで気分を悪くした? 男らしくないとか、そういう事で?
いや、なんか納得いかないなあ。聞き違いかもって言ってたし、ちゃんと話せばわかってくれるはずだ。誠意を持って、万一にも炎の剣の餌食にならないように……。
「え、えっと俺はですね。ただ素直に思ったことを言っただけでありまして……その、月が綺麗ですね、という事をお伝えしたかっただけで」
「ひぁぁあっ!」
変な声をあげるアリス。
「そ、そこまで直裁的に言われてしまうと、その……。わたしはあくまでも任務として……い、いえ別に嫌だというわけではなく」
もじもじと、サイドの黒髪を指でよじりながらうつむいてしまう。
一体どうしたんだ? 怒ってたんじゃないのか。
「アリスどうしたんだ? 俺はただ純粋な気持ちで」
自然の美を。
「そ……その気持ちにつきましてはその……あ! ああそうでした!」
いきなり炎の剣を引きずり出す。やっぱり斬られるの俺?
「わたし日課の素振りをするのを忘れていました! ああこうしてはいられません!」
「あ、ああそうなの?」
「はい! 軍人たるもの日々の鍛錬は欠かせませんから」
「そ、そうなんだ」
「はい! では今日はこれで」
「あ、うん」
アリスは炎の剣を手にしてまだ留まっている。剣をしまうか人目につかないところに行くか、どっちかにした方がと充が思っていると、
「あ……あの、先ほどの、その……素直な気持ちについてはまた後日、という事でよろしいでしょうか……?」
うつむいたまま、か細い声で言う。フランベルジュの炎がぼうっと大きくなった。どうしたらいいの俺。
「う、うん、とりあえず後日で。それよりさ、剣を」
ぱっとあげたアリスの顔は、真っ赤だった。それは炎に照らされたからだったのか。
「はい! そうですね剣を! 振りませんと! こう、ぶんっと」
「危ないよ! 捕まるかも知れないぞ」
「はい! 気をつけます」
そう言ったアリスの笑顔は、それまで充の見た中で最高のものだった。
だからまあ、いいかと思った。
よくわからないけど。
了。




