シーン04「東京ドーム約二個分(当社調べ)」その5
「お兄ちゃーん、だっこぉ……」
フラフラになって幼児退行してしまったユウを抱きかかえてマフトを補充してやる。
「よしよしよくやった……さて、次だな。タイトルから言って音ゲー、それもダンスのやつかあ……また苦手分野だな」
もっと言ってしまうと、やった事ない。疲れそうだから。
「さあ挑戦者よ! 次の試練はこれぢゃ!」
予想通りダンスゲームである。二つの画面の前にステージ状になった台があり、そこに前後左右を示す矢印のついたボタンが付いている。リズムに合わせてそこを踏むことでプレイする……って、まあ知ってるよな。
「これは、ユウには無理だよな。歩幅的に」
「だな。僕とミツルでやるしかない」
うむうむ、と老人はうなずくと、
「そうぢゃ。この試練は二人ひと組で臨んでもらう。両者ともにパーヘクトで達成ぢゃ」
「他には? やっぱり失敗するとケルベロスが増えるのか」
「その通りぢゃ!」
ちょっと嬉しそうなのが腹立つな。
「ゲーム自体は、普通のと変わらないんだな?」
「うむ。その点は保証するぞい。難易度の設定は普通で固定、楽曲の選択は自由ぢゃ」
とりあえず始めてみよう。 ……あ、そうだ。
「おいヨーコ、曲はどうする? 俺あんまり知ってるのないぞ」
「僕は全曲歌える」
画面をスクロールさせてあっさりと言う。こいつすごいの通り越してバカだろ。
「まじか。 ……あ、これならいける」
充が指さしたのは童謡カテゴリーの中の、『森のくまさん(EDMミックス)』。
「ミツル。もう少し若者文化を学んだ方がいいぞ。それでは彼女もできまい」
「うるせ」
さっそくゲームスタート。派手なイントロに原曲の雰囲気はない。上から流れてくるポインタに合わせて脚を動かす。あるーひ、もりのーなか……
華麗なステップを踏み、ところどころ無駄に手の振付なんかも入れて余裕でこなすヨーコと、足がもつれて転びそうになりながら必死でプレイする充。
結果、ヨーコがノーミスのパーフェクト、充は成功率59パーセント。
けたたましくアラートサイレン。ケルベロスがまた増えてしまった。
「はあはあ……ま、マジで無理だこれ……体がいうこときかねーし」
既に息が切れて音をあげる充。
「まずいな。まさかここまでポンコツだとは……」
ヨーコは汗もかかずにサラリとディスる。そうだ、と老人に向き直ると、
「マフトの使用は攻撃以外なら制限はないんだな?」
じいさんは疑わしげな目になる。
「ああ。じゃが、お前さんが一人で挑戦するのはいかんぞ? あくまでも二人ひと組での試練ぢゃからの」
問題ない、とヨーコはゲーム機に向かう。
「おいミツル早くしろ。時間がもったいない」
床に座り込んでいる彼に言う。
「ちょっと待ってくれよ! もう立ってるのがやっとだ」
「……それで充分だ。立っていろ」
「え?」
二度目の挑戦で、見事クリア。充はステージの中央、ボタンの無い場所に棒立ちになり、ヨーコが隣でプレイしながら、クネクネと槍を曲げて充側のボタンも押す。
「ぐぬぬ……た、確かに二人ひと組ぢゃ……。マフトの使用も攻撃ではない……。
見事! 第二の試練、達成ぢゃ!」
再びゲーム機からファンファーレ。ただし今回はダンスミュージック風。
第二の試練『ダンス! ダンス……以下略』クリア!
第三の試練『勝利をつかみ取れ! クレーンという名の腕で……』が解放された!
ハウンドドッグが三匹になった!
お助けアイテム『HDレーダー』を手に入れた!
おっ。クレーンゲームなら俺にも活躍の場が……! 充の目が輝く。
「さあ、最後の試練は、あれぢゃ!」
じじいの指さすのは予想通り、クレーンゲーム。今までと同じく、見た目はまったく普通のゲーム機と変わらない。中に詰まっているぬいぐるみにユウが目を輝かせる。
「今回は、今までよりも恵まれとるぞ? なんと一回で二度、挑戦できるのぢゃ」
見ると、2PLAY 一〇〇YEN と書いてある。安いやつだこれ。
「へえ、そりゃ助かるな。少なくとも一度は様子見できるし」
「その、パンダのぬいぐるみを取ったら達成ぢゃ」
老人の言葉にゲーム機の中を見る。すべて動物のぬいぐるみで、パンダはひとつしかない。大きさは手のひらに乗るくらい、普通にゲットできる大きさだ。
「これ……無理だぞ」
充の言葉にヨーコは首をかしげる。
「なぜだ? そう大きくもないし、他のぬいぐるみとの間も少しある。クレーンが届かない位置でもないし……」
そう。今回のこれは決して無理ゲーではない。だが、これまでに一体いくら使ってきたのか計算するのが怖いしそもそもできないくらいの経験を積んでいる充にはわかる。
あのパンダは、二回では取れない。位置、角度、周りの状況、そしてクレーンの爪の角度などから見て、まず近くの景品をとって山を崩してからでないとパンダの下に爪は入らない。ぬいぐるみに付いている紐も隠れてしまっているし。
「絶対に、無理だ。ケルベロス増やす覚悟でやっても……山の崩れかたによってはドツボにはまるかも知れない」
「そんな……」
充の断定にユウは言葉を失う。純粋にあのぬいぐるみが欲しかったというのもある。
「マフトをどう使うか、だな。これ以上失敗はできない」
ヨーコは慎重な表情になって考え込む。
「言うまでもないが、注意事項は守るんぢゃぞ?」
じいさんが釘をさす。『ガラス面をたたいたり、ゲーム機を揺らさないでください』と、ガラス面にステッカーが。
「……マフトをちょっとでも乱暴に展開したら反則にするつもりだな」
ここは慎重になるべきだろう。ユウの風でゲーム機の中に竜巻を起こすのは……確実にアウトだな。きっと内側から破壊してしまう。
「ゲーム機の中にハルバードを入れるのは……」
老人はドヤ顔で、景品取り出し口の注意事項を指差す。
『取り出し口から景品を取ろうとする行為は禁止です』
中に水があれば、先日の戦闘のように切っ先だけゲーム機の中に侵入することができるだろうが……。
「この中が水槽状態でなきゃ無理だ」
ヨーコはお手上げのポーズ。
「……どうする? 最悪四~五回チャンスもらえれば取れる可能性はあるけど」
充の言葉に彼女は表情を曇らせる。
「それだとハウンドドッグが五匹以上になる。残りの時間を逃げ切れる可能性がほぼゼロになってしまう。僕の計算だと、ここを出て一五分以内に全滅する可能性が九割以上だ」
それじゃ意味がない。
「……仕方ない。イチかバチかだが、やってみるか」
小さくつぶやく水色頭。無言でゲーム機に近寄り、両手を前と左の矢印が記されたボタンに手を乗せる。
「料金は無用ぢゃ。何度でも挑戦するが良いぞ?」
意地の悪い老人の言葉に耳を貸さず、充にも来るように告げる。なんだか口調がシリアスなのは気のせいか。小さな背中に声をかける。
「どうするんだヨーコ。まともな手段じゃ取れないぞ?」
だから! と前を向いたまま言う。
「まともじゃない事に挑戦する。 ……ミツル、覚悟を決めろ」
やっぱりシリアスだ。何をやろうってんだ?
「……もっとくっつけ」
充の方を見ずに言う。
「は? 何だよふざけてるのか。マフト渡すだけなら手ぇつなぐだけでも」
キッと、振り向いたヨーコの顔は……赤面していた。
「女の子に何度も恥ずかしいこと言わせるな! いいからくっつけ!」
衝撃だった。
女の子? 誰が? こいつの羞恥スキルって、こういう方面でも発動するのか?
内面の疑問はさすがに言葉にできなかったので、別のことを聞いた。
「それで……取れるのか?」
「いいから! イチかバチかだと言っただろう。この賭けは失敗してもプレイ回数にはカウントされない、安全性の高いものだ。だから少しばかり恥ずかしいのを我慢しろと言ってるんだ!」
恥ずかしがってるのはお前だろ、と思いながら充は小さい背中との距離を縮める。
「これでいいか?」
これ以上近寄ると接触してしまう。
「日本語を理解する能力の低い男だな。僕はくっつけ、と言ったんだ。その意味するところは接触、もっと言えば密着だ。わかったかこのウスラトンカチ」
……なんか、聞きなれない言葉で罵倒されてるんですが俺。
「……わかったよ」
ままよ、と体を押し付ける。 一瞬だけ、ビクッとヨーコの体が震えた。後ろでユウが息を飲む音がした。さすがに口ははさむまい、と思っているのだ。
ヨーコは、アリスが公園での戦闘時に行なった充との接触を保ったままでのマフトの展開を試してみたかったのだ。推察通りなら、なぜか充は体内のマフトを錬成することができる。ただし、特異体質のため自分ひとりではそれを排出することができない。
なぜ、なんの訓練も受けていない彼にそんな事ができるのかという疑問は措くとして。
「よし。じゃあ、そのまま僕の両手の上に手をおくんだ」
ヨーコの言葉に充は従う。ゲーム機のボタンに手を添えた彼女の後ろにぴったりと寄り添って手を重ねている状態。限りなく親密な感じの……これは、キツイな。
「……心拍数が上昇しているな。落ち着けミツル。それではマフトを同期できない」
「同期?」
ああ、と前を向いたまま冷静に言葉を繋げる。
「君と僕のマフトを同期させ、混成状態で錬成して、このゲーム機の中の空気中に含まれる水分を操る」
ええっ、と後ろから声がする。
「なにそれ、おねえちゃんそんなことできるの?」
「ワシも初耳ぢゃ。其の様な技、達人どころか神の領域ではないか! 人間のすることではないぞ」
ふん、と普段通りの嘲り笑いをもらすヨーコ。
「なら、そうなんじゃないか? 僕は天才だ。その能力が人の領域を超えて神レベルまで到達してしまった、てことさ」
うそぶくヨーコだが、それはハッタリだった。
実際には、充にマフトをある程度錬成させた上で自分の能力を上乗せさせることで、通常なら不可能なほどの微細な水蒸気を操ろうという心づもりだった。
しかし、相手に充の能力……異能を知られたくない。そのために、ふたりの物理的な位置関係を極力近くし、更に二人の人間のマフトを混ぜる、という現実的には不可能なことを『ひょっとしたらできんの? マジで?』という程度には相手に信じさせることによってマフトの分析結果に少々不審な点があってもごまかせるように……つまり、池田充は貯蓄料が多すぎるだけのアックであり、それを混ぜたり錬成して通常ではまず不可能な現象を起こしているのはヨーコの能力である、と信じさせようとしたのだ。
「……いいか? いくら僕が魅力的だからってヘンな気を起こすんじゃないぞ。目の前のゲーム機の中の空気に集中しろ」
誰が。 ……ていうか空気に集中って。難しくね?
「じゃあ、あのパンダに集中しろ。あれが囚われのアリスだと思え。彼女を救い出すんだ」
その言葉に、充の頭がすうっと冷めた。
そうだ。彼女を救うためにやってるんだ。失敗したらアリスも、俺たち三人もプリンなんとかっていうヤバイ所に拉致られるんだった。
「お。これか……想像以上だ」
え? と充が不思議そうに言う。
「集中しろ。何度も言わせるな……っていうセリフも何度も言わせるな」
後半若干の笑いを含んだヨーコの言葉に、わかってるよと答える。
ヨーコの体内に大量のマフトが流れ込んでくる。それは通常の供給とは明らかに質が違った。身体の中心が熱くなる。それは凶暴な熱さではなく、むしろ頼りたくなるような力強さを伴った熱であり、それが体内に満ちていくに従ってすべての神経が研ぎ澄まされていった。
充が、精神を集中しているのに従ってマフトが性質を変容させているのだ。
視神経が過敏になっていく。目の前のゲーム機の中の空気が……その中に含まれる水分が……なんだか、今なら酸素と窒素も見分けられそうな気がする。
驚愕とともに、理解した。
充の体内に取り込まれたマフトは、混じりけのない素直な性質になるのだ。それは、自然界には絶対に存在しないくらいに純粋な、力そのものの結晶のような存在に。
全くの不純物を含まない力として、体内に粛々と詰め込まれていくマフト。それは池田充本人には認識されない領域で透明に透き通って、奇跡の泉のように蓄えられる。
だから、なのだ。充はマフトを錬成しているわけではない。むしろ蓄えるときに不純物を取り除くようにして変質させているのだ。だからこそ、常識ではありえない程の量を貯められるし、体外へ放出するときの感情に大きく左右される。
充が自分の目で、自分のマフトが起こしていることを目にして、実感できる状況であれば、それは更に顕著となる。
要は、信じさせてやればいいのだ。自分が奇跡を起こす手伝いができているのだと。
「……動くぞ」
ヨーコが小さく呟く。パンダに集中している充の耳にも、その言葉は届いた。
クレーンゲームの中のパンダのぬいぐるみがピクリ、と動いた。
後ろで見ていた老人と子供が、おおっ、と揃って声をあげる。
集中しているヨーコと充にはその声は聞こえない。今、二人は完全に目の前の事だけに集中していた。
ジリ、ジリとパンダは動き、やがて宙に浮いた。そのままふわ、ふわ、と頼りないながらも迷いのない動きで取り出し口の真上まで到達し……
「いやん、ミツルのエッチぃ」
ヨーコのふざけた言葉で集中の糸がブチぎれ、支えを失ったパンダはそのまま取り出し口へ落ちた。すかさず手を入れ、逃すものかとばかりにつかむヨーコ。
「獲ったどー!」
高々とかざすヨーコ。その顔に先程までの恥じらいは一切残されていなかった。
「よっしゃー! ……って、お前ヘンなこと言うなよ! 俺が何かしたみたいじゃないか」
充が喜びつつも抗議する。
「ナニかしたってワケじゃないけどぉ……。ミツルくんのカラダの一部がぁ……」
明らかに先ほどとは違う、演技丸出しの恥らいで言うヨーコ。
「嘘だ! ふざけんなよ! ……ユイちゃん、いやユウも! 嘘だからな? そんな軽蔑の目で俺を見ないでくれ! おいじじいお前までのるんじゃねえ!」
そこへ再びファンファーレ。クレーンゲームには液晶画面がないので文字は出ていないが、代わりに館内放送からピエロの声が続いた。
「素晴らしい! 素晴らしすぎますアンビリーバボー! なんと、なんと! クレジットを使わずに景品を取るという圧巻の結果に対しボーナスポイントが加算され、ハウンドドッグの数が一匹に減りました!」
マジか。悪役のくせにサービス良すぎないか?
「お疑いですか? いえいえ、本当ですとも。ルゲル・ブッフェに誓って」
と言うピエロ。石のせいで嘘はつけないはずだから、やはり本当なのか。
「疑い深い奴らぢゃのう……ほれ」
と、大きめの懐中時計のような丸い機械を手渡してくる老人。
「お主らが第二の試練でゲットした、HDレーダーぢゃ。見てみい」
画面には館内地図が簡略化されて表示され、そこにひとつだけ光る点があった。
「それが、ハウンドドッグの居る場所ぢゃ。一匹しか、おらんぢゃろ?」
確かに。それに、これがあればケルベロスの位置がわかるってことだ。これは助かる。
「そしてこれが、最初の試練の獲得アイテムぢゃっ!」
なんか微妙にじいさん、威厳が薄れてきているが。
「HDフード~! ……これはケルベロスの大好物でな、蓋を開けたらまっしぐらに飛んでくる。そして、食べ終わるまで約五〇秒時間が稼げるのぢゃ」
これも使えるな。再びピエロの声。
「さてさて、それでは見事に第二クエストをクリアしました皆様に、次のクエストのご説明を致しましょう! これから二〇分後、三階のシネマ内に設けました特設会場にて開催されますシューティングゲームです」
おお。射撃ならユウの得意分野だ。だが……ユウの表情は冴えなかった。
「ユウ? どうした」
無言で充の腕をつかみ、軽い体重の全てを使って自分の後ろへ下がらせる。つんのめるようにして充とユウの位置関係が逆転する。
「な、何す……」
言いかけた言葉は、振り返った視界に入った巨大な猟犬の姿を認めて途切れる。
ケルベロスが、のっそりとした動きでゲームコーナーへ侵入してきていた。
「ああ、うっかりしていました」
館内放送のピエロの声。
「もう、六〇秒過ぎていますのでお気をつけ下さい。それでは、第三クエストの説明を」
低い唸り声が三つの口からもれる。
一瞬の間の後、ケルベロスが猛スピードで襲いかかってきた!
「お兄ちゃん、おねえちゃん、にげて!」
両手を広げて猟犬の前に立ちふさがるユウ。
その直前でケルベロスは急停止し、すっと前脚をあげた。
ぽん。
と、その脚をぶるぶると震えて涙目になっているユウの頭に置く。まるで、犬がお手をするような仕草で。
瞬間、小さな姿が消えた。
「おお、残念! ここで初の脱落者です!」
ピエロの楽しそうな声。きたねえ。やっぱりヴィランだ。
「ちっ。出し惜しみは」
ヨーコがHDフードの蓋を開けた。
「……させてくれないか!」
床を滑らせて遠くへ。機敏に反応したケルベロスは缶を追った。
「行くぞ。五〇秒なんてあっという間だ」
気づくと、先ほどの老人の姿は消え、ゲーム機はすべて沈黙していた。第二クエストは終わった、ということか。




