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キス×バッテリー!  作者: 和無田 剛
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シーン03「ウォーターフロント・ラブアフェア(仮)」その12

 奥の手だと? まだ何かあるのかと充は思う。隣のユウも強く手を握ってくる。不測の事態に備えてのマフト補充だ。

「それではお立会い……取り出したるこちらのステッキ、種も仕掛けもございません」

 さっき充の手を叩いたステッキを振る。するとその先端に作り物の花がポン、と現れた。

「そんなつまらない手品に興味はないな!」

 ヨーコはハルバードを突き出す。離れた位置に立つ道化師の喉元に先端が現れる。槍斧はそのままピエロの首を刺し貫いた。

「うえっ……」

 グロシーンに充が目をそらすと、隣のユウが叫んだ。

「違う! お姉ちゃん油断しないで。かわり身だ!」

 え?

 充が視線を戻すと、確かにピエロを貫いたはずのハルバードの先端は、何もない空間で静止しており、殺されたはずのピエロはそのすぐ横に、平気な顔をして立っていた。

「マナーの悪いお客様ですねえ。ショーは最後までおとなしく見るものですよ」

 と、今度はシルクハットを取り出し、そこに手を突っ込んで何かを取り出した。

「はいっ!」

 と、拍手を期待したようなジョーカーの声。もちろん、三人の観衆はそんな気になれなかった。

 シルクハットから取り出されたのは、ユウと同じくらいの年頃の少女。

 長く美しい銀髪、灰色の大きな瞳で雪のように白い肌の、美少女だ。

 ノースリーブの真っ白なワンピースを着て、足元は裸足。そして胸には白いクマのぬいぐるみを抱えている。雨に濡れて、捨てられた猫のような目で上目遣いに三人を見ている。

 まるで真っ白、というかモノクロームのような少女だ。

「ゲルダ。今、我々はとってもピンチです。助けてくださいますか?」

 ピエロがモノクロの少女に言う。彼女は微かに頷いたように見えた。

「……カイ。やりなさい」

 少女がつぶやくように言った。その時、胸に抱いたシロクマのぬいぐるみの目がキラリ、と光ったのを充は見た。

 次の瞬間。

「いたたたた! 痛い!」

 降り続けていた雨が、氷の粒になっていた。ひゅうっ、と風が吹いた。

「寒っ! なんじゃこりゃ」

 初夏のような気候だったのに、あっという間に真冬のような寒さだ。スク水姿のヨーコは既に唇を紫にしている。

「このっ! 雪女か、そこの幼女! クソぉ……」

 ガタガタと震えながらヨーコは悔しそうに言う。

「おい、ユウといったな、こっちの味方の幼女Aは!」

 充たちの方を向いてヨーコが怒ったように叫ぶ。

 力を貸せ、と駆け寄って合流する。即座に耳打ち。またそんな無茶ぶりを、とユウ。

「……わかったよ。じゃあ、とっておきのを見せてあげる。 ……忍法!」

 また忍法かよ。充は小さくため息をつく。

「かーみーかーぜーのじゅーつー!」

「おい! そのネーミングはマズいんじゃないか?」

 特にお父さん世代には伝わるぞ!

 充の思いとは無関係に巻き起こる突風。それは局地的な小型の竜巻となった。

「ミツル、ちょっともらうぞ」

 ヨーコが手を取り、ユウの起こした竜巻に水のマフトを加えた。

 そうして出来上がった、小型の水竜巻。それはまるで、超電磁なロボの超電磁な竜巻のように相手に襲いかかった。水と風のマフトがコラボすると、こうなるのか。

「ミツル、こっちだ!」

 ヨーコが手を取ったまま走り出す。え? そっちは……

「ゲルダ! ここが勝負どころ。頼みましたよ」

「……カイ。もういちど、やりなさい」

 再びシロクマの目が光る。

 巻き起こっていた水竜巻は一瞬にして凍りついた。

 直径にしておよそ数メートル程度の小型の竜巻だったが、威力はかなり強かったため、凍りついたそれははるか上空まで達し、プリングパトゥースの刺客が展開している高度結界の外まで届いていた。

 いつの間にか、充たち三人の姿が消えていた。

「……まさか。ミス・ジャック! 起きなさい」

「なによう……もう戦いたくないわよ。やたら寒いし……」

 むくっと起き上がったカウガールは、どうやら戦闘そっちのけで自分の顔の傷をマフトで修復していたらしい。既にキズがほとんど塞がっていた。早期治療が痕を残さないための秘訣である。

「ごめんなさい、じゃっくさん。さむいの、いやですよね……」

「別にアンタのせいじゃないよ……で、どうしたのジョーカー。あれ? アイツらは? 逃がしちゃったの」

「……この氷柱を破壊してください。どうやら、してやられました」

 悔しそうに道化師は言う。

「いいけど……えいっ」

 緑の投げ縄で水竜巻が凍ったものを叩き割る。チューブ状になった氷の柱の中は空洞だ。割れ目から首を突っ込んだジョーカーは上に視線をやると、やはりですかとつぶやく。

「……逃げられました。まんまと」


「これから、どうする? ……そうだヨーコ、アリスが攫われたんだ! なんか、プリンに転送されたみたいな感じで!」

 走りながら充が言う。

「どうも、君の表現は緊迫感に欠けるな。まあいい、そのへんはちゃんと結界の外からモニターしていたからわかっている。侵入するのに水が欲しかっただけで」

 夜道の住宅街を走る、学生服の高校生と普段着の女子小学生、スク水の女子高生。三人ともずぶ濡れである。少なくとも警察官の職務質問は覚悟しなければならないだろう。早めにどこか、身を隠す場所があると良いのだが。

「じゃあ、ボクとユイのアジトに行こう!」

 ユウの提案は、そのまま採用された。

 そして着いたのが、ここである。

 立ち入り禁止のテープ、窓にはテナント募集中の紙。端的に言うと、潰れたコンビニだ。

 こっちだよ、とユウは裏手に回り、従業員用の裏口から建物内に侵入する。

 かつて休憩室として使われていたらしい部屋に通される。室内は掃除もされているし、休憩用の長テーブルとパイプ椅子が四つ残されている。給湯スペースにはヤカンや鍋があり、二重人格の殺し屋がここで生活していたのがわかる。手渡されたタオルで体の水気を拭う。

「倉庫にまだ、インスタントの食べ物が結構残っててさ……あとお水も」

 当然のように照明をつけ、コンロの上のヤカンで湯を沸かす。もちろんこれマフトでやってるからね、またちょうだいねお兄ちゃんとユウは明るく言う。

「なるほどなあ。本当に生活必需品なんだな」

 充は言うが、ひちゅじゅひん、と噛んでしまった。こほん、と咳払いをして話を変える。

「それより、これからどうするんだヨーコ! アリスを助けないと。マフトが切れちゃってて、まともに言葉もしゃべれなくなってるんだ」

「……キタムラという女生徒が操られていた。薬物ではなく、暗示のようなものでな。アリスの飲み物にマフトを排出させる薬を入れていたらしい。本人は、彼女の病気を治す薬と信じ込まされていたようだ」

「そうか……それで、マフトがなくなったのか。ヨーコは、何もされなかったのか?」

「ああ。向こうは情報の伝達スピードが遅いらしい。護衛が一人という前提で組まれていた計画が更新されずに実施されたようだ」

 案外まぬけな奴らだな、と充は思う。そして彼女の次の言葉を待った。

「……ヨーコ? どうしたんだよ。当然、連合軍は救出作戦を開始するんだろ? 奴らを一網打尽にしてくれよ! もちろん人質の安全最優先でさ。何か俺に出来ることがあるなら」

「……覚えているか? あのジョーカーってやつが言ってたこと」

 静かに言う。ああ覚えてるさ、だからどうした。

「モニターは、僕だけがしていたわけじゃない。本部の人間もしていたんだ。結界のレベルが高かったから、スピーゲルウェルドからだと音声だけになるはずだが」

「だから、なんだよ? 裏切り者とか言ってた事か。なんなんだよあれ」

 充も当然気になってはいたのだ。そして彼もそう愚鈍なわけではない。何となくだが、予想くらいはつくではないか。

「まあ、言いがかりさ。アリスは……いわば残留孤児なんだ」

 ヨーコは、へくちっ、とくしゃみをしてから話しだした。

「彼女の両親は、プリングパトゥースからの亡命者だ。かの国の相当な立場の人間だったそうだ。まだ生まれたばかりのアリスを連れてやって来て、それからわずか数ヵ月後、彼女が一才になる前に……殺された。厳重な護衛の元に暮らしていたはずだが。まだ赤ん坊だった彼女は何故かその時、連合軍の将校が預かっていたそうだ。そのへんの理由やいきさつは僕も知らない。最重要機密扱いだ」

 その将校、というのが……。

「うん。アリスの義父……表面上は叔父、ということになっている人物だ。現在は我が軍のゲネラル・オベルスト、僕よりはるかに上の階級だ」

 なんか、陰謀の匂いがするな。 ……って、今この話はモニターされてないだろうな?

「ダイジョーブだよ、お兄ちゃん。このお姉ちゃん、ここに入る前に超・高度結界はってたもん。ここの場所はマフトで感知できない。それにしても、あんなスピードで出来る人、初めて見たよ。お姉ちゃんすごいね」

 まあ天才だからな、とヨーコは軽く流す。

「これは軍上層部の、ごく限られた人間しか知らない事だ。まあ、僕の場合は特殊ケースでね。職務上必要になるかもしれないので知っているだけだ。だからピエロの言ったことを軍本部がモニターしていても奴らの戯言、としか取らない者がほとんどだろう。だが、報告を受けた上層部の何人かは事態を正しく認識する。そして……あらぬ疑いを持つかも知れない」

「はあ? そんなの、アリスに何の罪もないじゃないか。相手に寝返るかも、とか疑うってことか?」

「ふん、洗脳なり何なり手段はある。そして、彼女には『適正』があるからな。アリスの親もなぜ、あんな名前をつけたのか……。将来的にプリングパトゥースに戻る可能性も考慮していたのかもしれないな」

 まあ、話はこんな所でいいだろうとヨーコは打ち切る。

「これで大体の事情は飲み込めたはずだ。ミツル、ここからが本題だ」

 コバルトブルーの瞳が眼鏡越しに彼を見つめた。

「軍本部に対して、この件に関して僕は完全には信頼をしていない。そしてアリスは、僕の幼ななじみであり、向こうがどう思っていようが……かけがえのない友人だ。助けたい」

 意表をつくくらいにまっすぐな意思表明。

「そ、そりゃもちろん俺だって。何しろ、俺を守るためにさらわれたんだし」

 充もそれなりに責任を感じているし、彼女に対する想いもあった。

 すると水色頭は眼鏡の奥の目を光らせて言った。

「そうか。ならミツル、命をかける覚悟はあるか?」

 ……なんだか、穏やかじゃなくなってきたな。


「あの、水着のレディーは計算してやったのでしょうね……」

 彼女が脱ぎ捨てていった制服を手に、ピエロは呟いた。風と水のマフトを合わせて水竜巻を起こし、それをゲルダが凍らせることを見越していたのだ。

 凍った竜巻は中が空洞になった、言わば上に向かって開いたトンネル。それは高度結界の外まで続いていた。結界は外部からの力には強いが、内部から抜け出すことは比較的容易である。

 凍る前に竜巻の中に入っていた三人はトンネルができると風のマフトで上昇気流を起こして上に逃げた。結界というドームに刺したストローを通って外に脱出したようなものだ。

「やはり、あなどれない策士ですね。とっさにこんな事を……なにより、引き際をわきまえている敵ほどやりにくいものはない。追い詰められても冷静で、自分と相手の戦力を計算の上で秤にかけて必要なら迷わず退く……まったく、嫌な相手です」 

 ジョーカーに与えられている戦力は現状のこれだけだ。巨人・ゴライアスはジャイアントキラーのジャックがいる限り、何度でも作ることが出来るが……。

 相手の水属性マフトに最も相性の良い氷属性のゲルダという奥の手を出したのだから、そこで一気に勝負を決めるべきだったのだ。

 こちらの戦力の増強がない以上、もう一度戦った場合、相手は対策をもって臨むはず。つまり、今回よりも相手の勝率が上がるのだ。より悲観的に考えるなら、相手はまだ奥の手を出していない可能性もある。

「これは……策を練る必要がありますね。幸い、こちらには人質があります。やつらをこちらの有利なフィールドへおびき出すべきでしょう……」

 白塗りの道化師は、その外見にそぐわない冷たい目をして、言った。


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