シーン03「ウォーターフロント・ラブアフェア(仮)」その9
「ついでです。この娘も一緒にお連れしましょう。 ……お仲間が一緒の方が、アックのボーイも言うことを聞いてくれそうですしね」
ニヤニヤ笑いを浮かべてピエロが言う。
そこに、聴き慣れてはいるものの、実際には……つまり、日常生活の中で聞くことは滅多にない音が近づいてきた。
パカラッ、パカラッ、という軽快な足音。
いや脚音か。それは馬の走る音である。
等間隔で並ぶ街灯が照らす住宅街の夜道を駆けてくる馬。
やがて充の目にもはっきりとその姿が認識できた。
それは、茶色い馬にまたがったカウボーイ……いや、女性なのでカウガール。ガールという年齢でもないような気もするが、と充は心中つぶやく。金髪碧眼で頬にそばかす。ステレオタイプのアメリカンな白人女性だ。テンガロンハットに革ベスト、ジーンズにウェスタンブーツの典型的カウボーイファッションである。
ヒヒーンと鳴き声をあげて馬は前脚を高く上げて止まる。
手綱を握るカウガールはピエロを見て、
「ジョーカー? どうしたのその格好」
やや呆れた口調で問う。
今回は、とピエロは道化らしい仕草で肩をすくめる。
「こうした役回りのようです。まあ、私は何にでもなれる、というのが持ち味ですから」
「ふうん。で? そのオトコノコを運べばいいの?」
馬上から充を見下ろして言う。
「ミス・ジャック。その前にこちらのレディをお願いします。ミス・アリスだそうですよ」
ジャックと呼ばれたカウガールは驚いたような怒ったような、なんとも中途半端な表情を浮かべた。
「……アリス? 生きていたの? でも今更そんな……」
ええ、とピエロはしたり顔でうなずく。
「まさに今更、ではありますが。アウグストゥス様の御心によっては、或いは……。彼女には生まれ持っての適性がありますから、改心の余地はあります。それに、そちらのアックボーイとも親しいようですしね。どちらにせよ利用価値はあるでしょう」
まあいいわ、とジャックは小さな豆を取り出した。鮮やかな緑色のそれから、スルスルとツルが伸びた。それをヒュンヒュンと振り回す。まるで、投げ縄のように。
しゅっ、と緑色の投げ縄は倒れたままのアリスへ。それは輪になり、彼女の体をすっぽりと囲んだ。輪がすぼまるのと共にセーラー服の彼女は姿を消した。
「アリス! ……おい、彼女をどうした!」
ふふふ、とカウガール姿のジャックはほくそ笑むと、
「捕まえただけよ、アックの坊や。若い子はすぐにムキになるんだから」
かわいいわあ、と喜んでいる。なんだこのBBAと充は心中思うが、口に出すほど馬鹿ではない。そんな地雷を踏むほど子供ではないのである。
「心配しなくても、すぐにあなたも一緒のところに行かせてあげる……って、悪役丸出しのセリフねこれ。別に殺したわけじゃないから安心してよ? 空間移転のマフトを輪の中に展開しただけだから。こうやって」
と、再び豆のツルでできた投げ縄を振り回す。
「極力小さく、凝縮するから効率的にできるの。一見簡単そうに見えて、実は結構難しいのよ?」
いや聞いてねえよそんな事。
緑の輪が充をとらえようとした、その時。
ヒュン、という風切り音と共に、ジャックの投げた縄が断ち切られた。
どこからか消音器付きライフルでの狙撃。それも、動いているごく細い的に向けての。
とんでもない技術のスナイパーだ。
そして、その人物の持つスキルは狙撃だけではなかった。
「忍法、雲がくれ!」
一瞬にして周囲が煙に包まれる。聞き覚えのある声とうさんくさい忍法。これは。
「ユウか! どこだ」
相手は無言で充の手をつかむ。その小さな手の感触は紛れもなくユウであり、商店街を一緒に何往復もしたユイのものだ。安堵が充の胸に広がっていく。
「ありがとう、助けに来てくれたのか」
お兄ちゃん黙って、と小声でユウが言う。
「相手に位置を知らせちゃだめだよ。このまま……」
おやおやこれは何ともこしゃくな、と楽しそうなピエロの声。
「ゴライアス。 吹き飛ばしなさい」
巨人の巨大な斧の一閃で、煙幕は払われてしまう。
前回もそうだったけど、あまりにもしょぼいぞ、この忍法。
「やべっ。お兄ちゃん、走るよ!」
手を握ったままのユウが駆け出すが、すぐさまその前に立ちふさがるカウガール。
「機動力で私の愛馬、シルバラードに敵うと思うの? 舐めないでちょうだいね」
再び手の豆からツルが伸びる。
そして、背後からはゴライアスの巨大な姿が迫る。公園でエンカウントした初号機に比べて、今回の弐号機は物騒な斧も持っているし、ピエロというマスター付きだ。サーヴァントとして明らかにハザードレベルが上がっている。
「やべえな。どうすんだユウ?」
手を握ったまま自分の横に立つ子供に頼ってみるが、
「どうしよっか。正直、勝てる気がしないんだよね。できれば何とか逃げたいんだけど……」
もう一人の敵、ピエロ姿のジョーカーの様子を伺う。相変わらず余裕ありげなニヤニヤ顔のまま、こちらの動きを油断なく見張っている。
くそ。どうにか……
その時、やっと思い出した。そうか、あの伏線を忘れていた。
充は極力さりげなくユウの手を離し、もう片方の手に持ったままだったペットボトルのキャップを外した。しゅうっ、と小さく炭酸の抜ける音。中身は半分以上残っている。300ミリリットルくらいで……足りるのかどうかはわからないが。
「ヨーコ! 来てくれ!」
腕を振り、ボトルの中身を一気に撒き散らす。炭酸水のしぶきが街灯の灯りに照らされてキラキラと輝いた。




