シーン01「炎の転校生(かわいい)」その2
担任の浜田センセーのあとについて教室へ入ってきた彼女は、中村の言葉が決して大げさではないということを身をもって証明していた。
その姿を目にしたクラスの全員が息を呑む気配がはっきりと伝わる。
黒く艶やかな髪はまっすぐに腰のあたりまで優雅に流れ、陶器のようにきめ細かく白い肌は、透き通るような透明感と瑞々しさを併せ持ち、大きな形の良い瞳が、長いまつげにふちどられているのが特に目を引く。
それだけでなく、すべての構成パーツが美しく、その配置も黄金比率のごとき完璧さでなされているのである。
正直、充は思った。2次元3次元を問わず、こんな美少女見たことない、と。
担任は黒板に達筆で、
火野アリス
と、大きく書いた。
「……ということで、お父さんの仕事の都合で日本に帰国したばかりなんだそうだ。久しぶりで何かとわからないことも多いだろうから、みんな色々と教えてあげてくれ。 ……じゃあ、自己紹介を」
浜田教諭の言葉に、
「はッ!」
と、短い答えを返す美少女。
……は? なんか、武闘家みたいだな。
火野アリスは自分の名が記された黒板の前で直立不動の姿勢をとり、上履きの両かかとをかん、とぶつけるようにして敬礼した。
警察式でない、戦争映画で見るような、どっかの軍隊とかでやるタイプの敬礼。
「火野アリスであります! こうした組織への配属は初めてのことであり、至らない点も多いかと思われます。どうぞ、ご指導、ご鞭撻をお願いいたします!」
見事な腹式呼吸で発声された自己紹介に、教室内は水を打ったような静けさに包まれた。
「……ひ、火野さん。それだけ、かな? ほかに何か……?」
担任が助け舟のつもりか、声をかける。
「はッ! 以上であります!」
……かわいい。
教室の中の誰か……多分、女子が言った。
「かわいい! ずるいでしょそのルックスで痛カワとか!」
「俺、俺も軍事方面なら割といけるよ!」
「サバゲー? サバゲーですか!」
「いやコスは! コスOKな感じですか? セクシーなコマンドーな感じで」
「ねえねえ! あります、ってアレ? カエルの軍曹的なキャラなの?」
一気にヒートアップする教室内。
「確かにフェルドウェベルというのは、日本語の軍曹に該当しますが……って、なぜわたしの階級をご存知なのです!」
謎の設定を持ち出す転校生。更に盛り上がる二年C組。基本的にノリがよく、付き合いのよい生徒が集まっているクラスである。
「あー、もうそれくらいにしとけ! 仲良くやるのはいいが、もう一限目がはじまるからな!」
担任の言葉でHR終了となる。火野アリスは予想通り、充のすぐ後ろの席を指定された。彼女が教壇を降りて机と机の間を歩いて充の横を通り過ぎるとき、
目があった。
なるべくさりげなく見ようと向けた充の視線と、転校生の目が。
彼女は、明らかにずっと充を見ていた。感情を感じさせない、冷静に観察するような視線。充と目があっても逸らすことなく見下ろすように見つめてくる。
その時初めて気づいた。彼女の黒い瞳の奥に、赤く、燃えるような光が潜んでいることに。