シーン03「ウォーターフロント・ラブアフェア(仮)」その6
昭和のロボットアニメには名作が多い……
そして、平成にも。
本当に、どうでもいいことをつぶやいてしまった。
「それでは帰宅しましょうミツルさん。それともまた寄り道を希望されますか?」
カバンを手に立ち上がったアリスがいつもの調子で言うのを、ヨーコが止めた。
「ちょい待ち。みんなが歓迎会してくれるってさ」
そう言う彼女の後ろで、クラスのみんなが笑いを抑えるような表情でアリスの反応をうかがっている。
「歓迎会?」
片眉をあげるアリス。少なくとも表面上は嬉しそうではない。と言うより、意味が分からないようだ。何故そんなことをするのか、と。
「こんな時期に二人も転校生が来るなんて、珍しいじゃない? わたし達、二人とぜひ仲良くしたいなって思うから……」
代表して、北村という女生徒が言う。
「なんかぁ、みんながこれからカラオケ行こって言うからさ。せっかくだしどうかなー、って思ってぇ……」
ヨーコがすっとぼけた口調で言う。
「なるほど。クラス全員で寄り道という訳ですか。その、カラオケというのは何なのですか?」
アリスの言葉に、クラスのほぼ全員が固まる。
「……アリス」
ヨーコが優しく彼女の肩を叩く。
「行けば、わかるさ。こちらの世界の勉強だと思って、行こうじゃないか。ある意味、これも任務だ」
「……そう言うなら、まあ……」
地元駅前にある『カラオケスタジオABP』には、この町で一番大きなパーティールームがある。土日はすぐに埋まってしまうので、平日の今日は狙い目だ。先に予約を入れておいた南高校二年C組一行はぞろぞろと入店する。四四人中、部活や諸用で不参加が八人で三六人の団体である。これだけの人数が入れる部屋はめったにない。
それにしても、今日決めてこれだけの人数が参加するのだから暇人……いや、付き合いの良い人間がそろったクラスである。
「……ミツルさん。ここは歌を歌うところだと言っていましたね。あの」
入室したアリスがステージ状になった場所を指差して言う。
「舞台に立って、歌うのですか」
「そうだね。まあ、恥ずかしかったら別に座ったままでもいいと思うよ。マイク、ワイヤレスだし」
部屋は定員五〇名の大部屋で、壁際にソファが並び、丸テーブルや普通の椅子なども多く用意されているので、利用者が好きにレイアウトして使うことができる。天井にはミラーボールやスポットライトなどもあり、自由に使うことができる。ちょっとしたコンサートならここで出来そうだ。
アリスは、つまり職業歌手の真似事を素人がやる遊びなのだな、と理解する。
「ささ、みんなテキトーに座って! 飲み物頼んじゃうから決めてよー。食いもんはこっちで決めていいかな。リクエストあったら言ってねー」
こういう時に仕切るのが得意な、本日の幹事が言う。加屋野という男子生徒だ。
みんなで乾杯して、喉に覚えのある強者どもがさっそく歌い始め、帰国子女(嘘)の二人には女生徒たちが世話を焼いてやったりしている。
充はカラオケでは歌う歌を決めてある。こういう場でただ拍手したり他人の歌を聞いているだけでは飽きてくるし、せっかく料金を払っているのに、もったいない。
かと言って、一般人の聞くような歌を知らない人間が流行の曲など歌えるはずもなし。
「中村。いつもので行くぞ」
「おう。『昭和の名作ロボットアニメ・XMV主題歌三連発~平成生まれにゃわかるまいっ~』だな。既に一曲目は送信済みだぜ」
見ると、画面に開いたウインドウには二曲先に『疾風ザブングル』の文字が。
やがてシンセに続くドラムフィルにギターメロがからむイントロが。充と中村の二人はステージに並んでマイクを握る。主にオトコ連中から歓声が上がる。
はっきり言って上手くもなければ下手でもない歌だ。だが、この曲の持つ魅力が男心をくすぐるのである。アニメ自体を知らない、平成生まれの高校生と書いてわかものたちにも。
結構な盛り上がりに満足して二人はステージから降りる。
アリスが驚いた表情で見ていたのが、少しばかり充の自尊心をくすぐっていた。
「中村……!」
「みなまで言うな。次は超時空要塞だな?」
「おうよ!」
このふたりの描写はこんなもんでいいだろう。
室内が急に盛り上がった。何事かと見ると、ヨーコが照れ笑い(絶対嘘だと充は思った)を浮かべながらステージにあがったのだ。
選曲されているのは充の知らない曲だった。イントロから察するにR&B調のナンバーらしい。近くにいた女子いわく、今かなりきてる女性シンガーの曲らしい。
歌い始めてすぐ、それまで手拍手をしたり、がんばれーなどと、はやしたてていたクラスメイト達が動きを止めた。皆呆然とステージ上のメガネっ娘を見つめている。
うますぎるのだ。若干、引くくらいに。
これだけカラオケという文化が根付いた国に生まれた日本人、特に若者世代はそれなりに歌える人が多いが、まるで別次元の声量、完璧な音程とリズム感である。そして声質すらも一曲の中で微妙に変化させて歌い上げる彼女の歌は、その場にいる者の心を完全につかんだ。
歌い終え、軽く一礼するヨーコに、級友たちは割れんばかりの拍手を贈った。ほぼ全員スタンディングオベーションである。ブラボーとアンコールの声があちこちから。その次に選曲していた人がマイクを持つのをためらってしまうくらいの盛り上がりとなった。
なんなんだ、なんでアイツあんなに歌上手いんだと充は内心呆れる思いだったが、多分本人に言ったら「ふん、当然だ。僕は天才だからな」などと言いそうなので絶対に言わないでおこうと決めた。
その後、ヨーコはどれだけ言われても歌おうとせず、あまり日本語の歌知らないから、などと言って他の人の歌を聴いたりおしゃべりに興じたりしていた。
……なんか、俺よりクラスに溶け込んでいるような気がする、と充は若干の寂しさを覚えつつ、その後も中村と二人で残り二曲のロボアニソンを熱唱した。何事も最後までやり遂げてこそ、なのである。ただの惰性とも言うが。
やがてひと通り歌い終え、自由に飲食しながらおしゃべりの、まったりタイム。外から小さく有線のBGMが聞こえてくる、なごやかな雰囲気。
そう言えばアリスだけが一曲も歌っていない。気を使ってか、北村が彼女に近寄る。
「ねえ、火野さんもどう? もし知ってる歌があったら……」
渡された端末を手に、固まってしまったアリス。こうやって検索するんだよ、と教えてもらい、操作し始める。
「ね、もし良かったら一緒に歌う? なんでも、火野さんの知っている曲でいいから」
世話を焼いてくれる北村に画面を示し、
「では、これで」
アリスの選んだ曲はまったく知らない曲だった。ごめんねわかんないや。いえお気になさらず、というやりとりの後、気を取り直して送信、ポチッとな。
アリスがステージに向かうのに気づいたクラスメイトたちが一気にヒートアップ。
マイクを手に取り、真剣な目で画面を見つめるアリス。
やがて曲名が表示される。
『出征兵士を送る歌』
またも、その場の空気が固まった。
無表情、と言うより決意を込めた顔のアリス。
勇壮な短いイントロに続き、歌い始める。タイトルから予想はついていたが、やはりド軍歌であった。
直立不動で朗々と歌い上げる美少女に対し、この一週間ほどでクラスのみんなも耐性が付いてきたのだろう。すぐに気を取り直して手拍子をしたり、声援を飛ばしたり、わからないながらも何となく一緒に歌ってみたり、拳をふってリズムをとってみたりと、室内の男女に一体感が生まれたのであった。
本当にノリと付き合いのよい人達が集まったクラスなのである。
「じゃあ、このへんでお開き、という事で! みんな今日はいきなりのお誘いなのにありがとね。明日からも仲良くやっていきましょう」
幹事の締めの言葉に続いて、本日の主役二人がステージに。ひとことお願いされる。
「みんなありがとー。こんなに優しい人ばっかりのクラスに転入できて、僕もアリスも幸せです。これから、よろしくねっ」
ヨーコがよそ行きの口調で挨拶。どうやら既に何名か、目がハートになっている(死語)男子がいるようだ。ただし、同じくらい女子の好感度も高い。
「本日は、有難うございました。 ……お疲れ様でした」
深々と頭を下げるアリス。みな、どこか保護者のような優しい目をしているようなのは充の思い違いではあるまい。
V とは、なんでしょう?




