シーン03「ウォーターフロント・ラブアフェア(仮)」その3
「……ヨーコ、さっきの話だけれど」
池田家を辞去しての帰り道、アリスが口を開いた。街灯の照らす道は既に暗い。
「ああ。君の言いたい事はわかってる。結婚式場をこちらにするか、スピーゲルウェルドにするのか、という事だろう?」
ヨーコは池田家で借りたパーカーを羽織って、サンダル履きの姿である
「ふざけないで。ミツルさん一人がプリングパトゥースを滅ぼすかも知れない、という話よ。あれ、本当に現実的な話なの?」
アリスの真剣な目を見て、ヨーコは小さく息をはいた。
「……あくまで可能性だが、軍本部としての見解だ。これまでの観測結果から言って、ありうると思う。だって、この周辺のマフトあの男が全部吸い取ってるぞ。トンデモびっくり人間だ」
やはり。こちらに来てからマフトの消耗が想定よりも早いとは思っていたのだ。
「だから、一度ミツルをスピーゲルウェルドに連れて行きたかった。それもあっての作戦だったんだ。結婚となれば、お互いの親に挨拶に行かねばならないからな」
ふざけないで、ともう一度アリスは言う。その横顔をヨーコは見つめ、言った。
「アリス。あの巨人との戦闘時、君はほとんどマフトを錬成していないな?」
不意をつかれた形になっても、彼女はまったく表情を崩さなかった。眉一つ動かさずに、
「なんの事?」
ふ、とヨーコは息を吐き、
「心配するな。その時の計測データは僕しか見ていない。他のみんなはアックから供給されたマフトを即、錬成して君が使っていたと思っているさ。だが、あの時に放出されていたマフトの質は、火の属性とは微妙に違っていた。例えるならそうだな……後ろからぶっかけられたガソリンに君は火をつけただけ。違うか?」
「……まさか。普通の人間がいきなり戦闘に使用できるマフトを? ありえないわ」
ふん、と小さく言ってヨーコはまだわずかに明るさを残した空を見上げる。カラスが数羽、飛び過ぎた。
「そうだ、ありえないな。だがもしそんな人間が実在するなら、世界的な危険人物になるな。連合軍はどういう判断をするだろうか? もし自分たちにとって完全に信頼できる相手なら手厚く保護するだろうし、そうでないなら危険因子を処分するという決定がされてもおかしくはないぞ」
「そんな事……」
まあ、そうだなとヨーコは表情をやわらげる。
「あくまでも、仮定の上に積み上げた仮定だ。単なる可能性でしかない」
「……そうね。考えても仕方のないことだわ」
だがもし、とヨーコは街灯の光を反射する眼鏡を押し上げた。
「その人物の殺処分命令が出されたとして、君はその任務を遂行できるか?」
コバルトブルーの瞳が細められ、アリスを見つめる。
「……自分たちの都合で、罪のない人を殺すというの? ……それじゃあプリングパトゥースと同じじゃない」
「罪がない、か。 ……それだけか?」
「……どういう意味?」
「あの男を殺したくない、と思っているんじゃないか?」
ヨーコの言葉に、アリスは一瞬目を丸し、すぐに表情を戻した。
「倫理の問題よ。そんな命令を連合軍が下すはずないわ」
「……そうか。そうだな。忘れてくれ」
無言になってしまった二人は夜道をボロアパートへ向かった。
アパートの室内を見たヨーコがなんじゃこりゃああ、こんな所に住めるかと雄叫びをあげたのは蛇足である。




