シーン01「炎の転校生(かわいい)」その1
県立南高校という名前の高校が全国にいくつあるのか知らないが、池田充はそのうちの一つに通う、高校二年生である。
五月下旬。黄金週間が終わり、休み明けの定期試験も終了して、答案の返却という恐ろしいイベントで受けた精神攻撃の傷も癒えた、そんな頃。
朝、二年C組の教室に充が入ると友人の中村が声をかけてきた。
「充、ニュースだぞニュース。これはきっとあれだ。なにか事件の前触れ的なアレだ」
妙に勢い込んで意味不明なことを言う。
「何言ってんだ。なんかしらんがとりあえず落ち着けよ」
冷静に友人の肩を叩き、充は言う。
ちなみにこの学校の男子は黒の詰襟いわゆる学ラン、女子は濃紺のセーラー服。今時ちょっと珍しい(?)クラシカルな制服である。
「聞いて驚けよ? 今日なんと」
「……転校生、か。確かにこんな時期に来るなんて、珍しいよな」
狙いすましたタイミングで話の腰をへし折る。
「なんだ、知ってたのかよ! つまんねえ」
「見りゃわかるよ。だって」
充の席は窓側の一番後ろ、というポジションにある。その後ろに、昨日までなかった机と椅子が増設されているのだ。つまり、このクラスに増員があるということである。
以上、証明終わり。
「それに、サブタイにもあるしな」
「メタなこと言うんじゃねえよ。 ……じゃあ、状況から推理しただけで、知らないんだな? その転校生が欧米からの帰国子女で、しかも……」
欧米、って。えらく広範囲じゃね?
「超! 美少女らしいぜ! 昨日サイトーが校長室に挨拶に来てるのを見たんだってよ!まるでCGじゃねーかってくらいのクオリティだったって……」
ああそうかい。
充は正直、興味を持てなかった。自分のクラスに時期はずれの転校生が来る、そしてそれはどうやら相当な美少女であるらしい。しかも、その席は自分のすぐ後ろ……となれば、確かに深夜アニメかギャルゲのごときイベントであるというのは認めよう。
だがしかし、である。
自慢じゃないが、池田充は自他ともに認める平凡な男子高校生。大きな短所も長所もない、まるでキャラメイクを手抜きしてデフォルトのままにしたような存在なのである。
転校生(美少女)が自分の後ろの席に座る。
なんと言っても転校生なので、最初は何かとわからないこともあるだろうし、足りないものもあるだろう。そうした不便を自分が助けてあげるという口実のもとに彼女に声を掛けることは、比較的容易だと思われる。
だがしかし。再び、だがしかし、なのである。
そうしてお近づきになれたとしても、充は女子が喜びそうな話題など持ち合わせがない。これと言った特技も特徴もないこんな凡人の事など、すぐに見切りをつけて転校生は女子のグループや、もっとハイスペックな男子と親しくなるだろう。
帰国子女だって言うから、英語かなんか喋っちゃうんだろうし。多分金持ちっぽいし。
要は、自分には関係ない。充はそう結論づけた。
謎の転校生が巻き起こすに違いない数々の事件を妄想して語り続ける中村の事は放っておいて、充は冷静に自分の席に着く。予鈴が鳴った。