シーン02「ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ(嘘)」その4
志茂野加恋ちゃん、という赤い靴を履かされた少女は救急車で病院へ運ばれた。診断結果は、軽い脳しんとうと膝の小さなすりキズだけだった。
要は、マフトによる治療がほとんど治してしまっていたということだ。
「しっかしまあ、すごいんだなマフトって。本当に何でもできるんだ」
公園での物騒な寄り道の翌日の放課後、アリスの空家のようなアパートの部屋にて。
相変わらずガランとしているが、今日は少しだけ変化がある。
まず、先程立ち寄った百均ショップで買ってきたクッションが、向き合って座る二人の下に敷かれている。板間に直に座るのは痛いのだ。
次に、同じく百均の紙コップに飲み物が入っている。
充はコーラ、アリスはミルクティーである。こちらはペットボトルのをコンビニで買ってきた。何となく女子はミルクティーとか、ラテ的なものが好きなんじゃないかと選んだ。
「錬成技術にもよりますが……何より、昨日は供給量が多かったのです。フランベルジュは明らかにオーバーロードしていましたし、あの少女の治療も。傷ついた細胞をすべて力尽くで再生させるような、尋常ではない勢いでした」
「へえ」
充はコーラを口に運びながら適当な相槌をうつ。しまった、炭酸でゲップが出たら嫌われるかもしれん。確か、欧米ではオナラよりも下品と思われているんじゃなかったか?
「……ミツルさん。あまり自覚がないようですが、本当にすごいのですよ? 記録にあるアックの中で一番……いいえ、それどころか前代未聞、ケタ違いの能力です。早くマフト供給量の最高値を報告しろと本部がうるさくて仕方がないくらいです」
言いつのるアリスは正座のまま紙コップのミルクティーを一口飲んだあと、なんですかこれこんなに美味しいもの初めて飲みましたと目を丸くしている。
……供給量の最高値ね。無理なんじゃないかな。何ていうか、根本的にわかってないもん、この人……と、目の前の美少女を見る。濃紺のセーラー服を着た彼女はペットボトルの原材料欄を熱心に読んでいる。
ふっと、その瞳がボトルから上がって、充と目があった。不覚にも少しドキッとしてしまった。
「という訳で、ミツルさん」
「はい?」
「貴方の貴重さ、重要さが少しはお解りいただけましたか?」
ああ、その話題ですか。はあ、なんとなくは。
「それと重要なのは、昨日の巨人がミツルさんを連れ去ろうとしたことです」
前回は問答無用で殺そうとしていたが、昨日は赤い靴から始まって一連の行動が充を拉致するためのものだった。巨人は、明らかに充をどこかへ連れて行くという命令を受けて動いていたと思われる。
「やはりマフト不足なのか、あの巨人は人工的に合成したか、死体を加工したものを動かしていたようです。事前に命じられたことだけをこなす、リビングデッド……ゾンビのようなもの。あれに自己判断能力などを付加したらマフトの消費量は跳ね上がりますので……でも、だからこそミツルさんは逃げ出せた」
確かに。そうでなければきっと、今ここには居られなかっただろう。
「次はまず、こうはいかないでしょう。ですので、ミツルさんにも最低限の護身術を覚えていただきたいと思うのです」
美しい姿勢で正座した美少女が言う。なんだか、茶道か華道の師範みたいだ。あるいは何かの武道の。
「護身術? 言っとくけど俺、運動神経にも体力にも自信はないよ」
わかっています、と失礼なコメントをしながらアリスはペットボトルのミルクティーをコップに注ぐ。いつの間にか二リットルの半分以上がなくなっていた。
「そもそも、生半可な体術など役に立ちません。相手はプロですから」
だよなあ。
「ですから、ミツルさんの最大の武器を使います」
「俺の、武器?」
それってつまり……
「ええ。マフトです」
そう言ってアリスは紙コップの中身を空にする。




