シーン02「ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ(嘘)」その3
「うわっ! なん、なんだこれ」
いつの間にか、充の足は真っ赤なエナメルの靴を履いていた。芝生に横たわるワンピースの少女の足は、素足になっている。
「そっちが本体……! 迂闊だった……」
青ざめた顔のアリスが言い、再び剣を構える。
充の足の赤い靴は地を駆け、飛び上がって鋭い蹴りを繰り出す。
「ミツルさん! 自分の意志ではどうにもなりませんか?」
赤い靴の攻撃を避けながら言う。
「ならないよ! 勝手に……うわっ」
「念のためにお聞きしますが、両足を切り離すという対処は不許可でしょうか!」
炎の剣を構えた美少女が真顔で言う。
「不許可で! お願いします!」
だそうよ、どうするのと独り言を……いや、スピーゲルウェルドの作戦指令部に通信しているらしい。
という事は……ちょいちょいふざけた事やってくる指令部の提案だったのか。マジでいつか殺すと充は心に決めた。
そしてそれは、いきなり現れた。
ひとことで言うと、巨人。身長は三メートルくらい、腰にボロ切れのようなものを巻いただけの半裸で足も素足。全身の皮膚が緑がかった色で、頭髪は伸び放題のボサボサ、そしてその目は……明らかに、正気を失っていた。
丸太のような太い腕が充の腹に軽くパンチを食らわせた。気を失いグッタリとなった足をつかみ、そのまま肩に載せて連れ去ろうとする。
赤い靴はどうやら務めを終えたようで、ぽろりと地面に落ちて動かなくなった。充は巨人の右肩の上で脱力している。
「待ちなさい!」
巨人に背後から斬りかかるアリス。
しかしその刃は、筋骨隆々たる背中に弾き返されてしまった。
見るとフランベルジュは炎を失い、ただの剣になっている。
「まずい……マフトが足りない」
その言葉に反応するかのように、巨人は歩みを止め、振り返った。相変わらずその目には自分の意思など感じられない。
巨人は空いている左腕でアリスを殴る。それは単なる左ストレートパンチでしかなかったが、怪力で繰り出されるそれは、下手な兵器などよりも強力な破壊力を持っていた。
「くっ……!」
両手で持ったフランベルジュで攻撃を防ぐ。衝撃で後ろへ飛ばされそうになるのをローファーの足を踏ん張ってなんとか堪える。
「……アリス!」
衝撃で充が目を覚ました。
自分の状況を知るや、とにかく肩から飛び降りた。巨人は油断していたのか、そもそも現状を把握して判断する能力がないのか、あっさりとその離脱を許した。
手ぶらになってようやく察したのか、狂った巨人は両腕を天高く振り上げ、雄叫びのような、あるいは獣の唸りのような声をあげる。
「ミツルさん、わたしの後ろへ!」
アリスは自分の倍ほどもある巨大な敵に正面から向き合った。唯一の武器は炎を失い、ただの剣に成り果てている。
「……ミツルさん、マフトをください。供給してもらってすぐに使用します」
目の前の敵を睨みつけたまま言う。
「ど、どうやって?」
「どこでも構いませんので、わたしの体の露出している部分に手を当てて、気持ちを強く持ってください。あの巨人を倒すというイメージを心に持つのです。そのイメージが強ければ強いほど、わたしがあまり錬成しなくてもマフトは強力になります。敵を、貴方の力でやっつけるのです」
やっつけるって……。巨人の恐ろしげな姿を見る。アリスと充をにらみつけ、再び目的物、つまりイケダミツルを持って帰ろうと、ズシンズシンと歩み寄ってくる。
はっきり言って、怖い。怖いけど……自分の目の前で剣を構えて、堂々とその恐ろしい敵に立ち向かっている彼女の背中が勇気をくれた。
「わかった!」
俺だって男だ、やってやる。充は人生で初めて、というくらいの男気を……いや、漢気を心に燃やした。
「どこでも、いいの?」
「動きがとれなくなるような場所は、やめて下さい。アックと接続したままマフトを放出しますので」
困った。とりあえず順当に手をつないでおこうと思っていたのだが。
まさか服の中に手を入れるわけにはいかないし……うーん。
「早くしてください!」
「はいっ!」
仕方がない。充はアリスの綺麗な黒髪をかきわけ、細い首に後ろから両手を当てる。
「ひゃうっ!」
妙な声をあげた彼女にごめんと謝る充。
いえ、正しい判断ですとアリスは冷静さを取り戻す。
そうだ、今は萌えている場合じゃない。
大股で迫ってくる巨人を睨みつけて心に念じた。こいつをぶっ飛ばす! 俺の、よくわからない力で!
「すごい……すごいです!」
アリスの持つ剣から、大きく炎があがった。それは今までとは比べ物にならないくらいの勢いで、業火となって燃え上がる。
「はあっ!」
アリスはフランベルジュを力強く振るった。巨大な火の玉が巨人に向かって一直線に飛ぶ。
次の瞬間、その体は炎に包まれて火だるまになった。ごうごうと燃え、そして一際強く光ると、そのまま掻き消えるようになくなった。
先程まで巨大な敵が立っていた場所には、もう何もなくなっていた。地面の芝生に焼け焦げた跡が残っているだけ。
「や、やった……か?」
あんな強そうな敵を一撃で……?
「ええ。貴方は、最高のアックです」
アリスは振り返り、最高に眩しい笑顔で言った。
思わず微笑み返す充に、彼女は表情をさっと曇らせた。今度はなんだ?
一目散に、芝生に倒れる少女に駆け寄る。水色のワンピースの女の子……そうか。赤い靴が本体だとすれば、この女の子は単に利用されただけ……罪のない子を傷つけてしまったんだ。
「まだ、息がある! 早く来てください」
駆け寄り、アリスの手を握ってマフトを渡す。今度は、目の前の少女の目が再び開くことを祈りながら。
「う……うん……」
少女の口から小さく声が漏れた。
「ミツルさん! 救急車、であっていますか? この子の治療をするために運搬する車両を」
「あ、ああ! わかった」
すぐに119に通報した。
アリスはそれを見届けてから、いつの間にか展開されていた結界を解く。
「かれん! どうしたの」
母親らしき女性が血相を変えて駆け寄ってきた。
「この子のお母様ですか? どうやら転んで気を失っているようです……」




