無粋
めっきりとシオカラトンボを見ることがなくなって、日に日に風も冷たくなる。いよいよ落葉松も散りはじめるかという季節になった。
ある男がいた。分厚い口唇と大きな鼻が特徴的で、毛質の硬い髪は伸びるに任せている。四尺九寸ほどの小柄な体躯は白くぶにぶにした肉に包まれている。この時期は常に紺や黒の絣を身につけており、洋服などは着たこともないふうであった。彼はかなりの癖っ毛で、特に頭の左側の黒髪がつんとはねているのが、居心地悪く気に食わないようであった。
彼は休みの間中部屋から出ず、金のかからぬよう、金のかからぬよう、と寝て過ごすほどの吝嗇家である。自分の金では酒を飲んだこともない、そんな彼の唯一の友が読書であった。彼は新しく本を買うためには、金を払うのを惜しまなかった。むしろ本を買うために他の出費をけずっているようでさえあった。
寝室を囲む四方の壁は、北の扉とそのすぐ近くを除いて全てが背の高い本棚で覆われていた。陽の光も入らず、地震が来れば本とともに一瞬にぺしゃんこになってしまうのではないか、というほどであった。
昔ながらの友は、酒と引き換えに高尚な本を借り、飲みながら「この作家は先達の癖を真似ているのがいけない」などと彼と一晩語りあかすのである。飲み慣れぬ酒に軽く酔いだすと、彼は決まって「自分だって書けるさ」と胸を張り文机に向かい、あれも違う、これも違うと書いては消しを繰り返し、ついに翌日目を覚ませば、白紙と屑が残っているというふうなことを繰り返していた。何でも否定しているばかりで、自分の心から納得するものが書けないのである。
過去一度だけ庭の樹を題材に『百日紅』といった題の話を、ものは試しと書いたことがあり、以来それがあまりに酷かったのがトルウマとなって「失敗作」を過剰に恐怖するようになったのだ。自分が書きうる文芸の全てを細かく細かく植えていったのがまずかった。それが却って頭の固くて要領の掴めぬ不快な文章にしてしまったのである。
彼は気楽に本を読むことこそできたが、『百日紅』の件を境に、頭の中の些細な述懐でさえ気を張るようになった。この言葉はいけない、その文章は美しさに欠ける、とものを考えるときの言葉にさえ、満足を覚えぬのだ。
のべつ幕無し言葉と会話しており、人との対話に入れぬのだ。だんだん言葉少なになるのは、もはや必定である。外へ出ても、蕎麦を食う時には「天蕎麦」と「お勘定」といった具合に、最低限の言葉しか話さぬものであるから、ついに、落葉松が落ちきる時分には、比翼の鳥連理の枝とまで云われた友人からも「あいつぁ言葉を解さねぇ」と言われるようになった。文芸に最も精通し、最も真剣に向き合ったがために、言葉を紡がぬと診断されたのだ。
彼はますます文学にのめり込むようになった。
ヤゴが成虫となる季節が来るまでには既に「本の読みすぎで気が違えたのだ」と噂されるようになった。彼の家の門をくぐる者は彼一人のみになり、さらに根っからの吝嗇家のせいで、外出すらもめっきり減った。人に「お勘定」のひと声をかけることすら無くなり、彼の喉は弱冠二十七にしてひどく心許ないものに変貌した。
また彼は妻を持たなかったのもいけなかった。飯を食うのもけちりだし、秋霖の頃には、家と本屋数軒と道中の蕎麦屋のみを週に二三回だけ行き来する生活になった。慣れてしまえば、といったふうに胃もそれに応じて小さくなり、笊蕎麦を半分も食べられなくなった。彼は読本に用いるエネルギィが体力の九分九厘を占めるまでになった。
彼の評判は狂人から廃人になり、家の垣根からは近所の子どもたちが怖いもの見たさで覗くだけである。勿論周りの世話を焼く者も居ないので、庭も荒れ放題。北の屋根は颱風によって崩れかかっている。扉は動かす度にがたぴしと鳴き、ついには閉まりきらなくなった。彼は住処の不調に頓着しないわけではなかったが、彼のけちな気質を忖度すれば、家が荒れ果てるのも当然であった。
そうして彼は、次の春を迎えるまでに批判のできない文章に出会わなければ、すぐに腹を括って死んでしまおうと考えた。至極当然のように思い至った。自分が心酔できるようなものを見ないで生き続けても仕様がない、いっそ死んでしまおう、と。思い立った頃には重陽も過ぎていた。そうして大切にしていた本(貴重で高価なものも多かった)を質に流し、まとまった金を得て、新しく本を買うための資金とした。
しかし、終ぞ彼は人生の傑作に会うことが無かった。というのも、翌春を迎えることも出来ずに死んでしまったのである。
その年の晩秋に大きな地震があり、彼は寝室の東側を覆っていた大きな本棚に潰されて死んだのだ。前もって本を売っ払ったために少し軽くなっていた本棚は、彼を苦しめて殺したのだが、わずか残っていた俗な本は地震ですべて見事にぶちまけられていて、誰もが彼は即死したものだと思い込んだ。その地震での死者は彼を除いて二百七十余人あった。
質屋の主人だけは、彼の真の目的と死に際の苦しみを斟酌したのだろう「可哀想に」と呟き、いくらかの梅鉢草を手向けとして供えた。しかし生前彼を見知っていた者の大半は、晩年の彼の傑作探しの夢も識ることなく、口を揃えてこう言っただけである。
「彼にとって最も幸福な最期であろう」
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
実はこの長さが、この話の限界です。これ以上延ばすと面白くなくなるし、これより削れば話が通らない。ぴったりのところです。
本作品は以前サークルで(二度も)公開した作品の加筆修正版です。読んだことがある人が居たかもしれません。
それでは、また。