mafia style
マフィア。
この世のすべてを手に入れられる唯一の存在。
俺とウィザードは、二人でウィザードの部屋にいた。
奴はクロニックに火をつけて、一服決め込んでいる。
「ふぅー…サム、色々と大変だったな…」
「あぁ…だがこれからB.K.Bの絆はもっと強くなるぜ」
「そうだな」
ウィザードがクロニックの火を消す。
「ところでウィザード、ドラッグの取引きの話なんだが…」
「あぁ、マフィアと俺の繋がりを知りたいのか?」
「そうだ」
ウィザードは立ち上がり、部屋にこもった煙を逃がすために窓を開けた。
「知らなかったんだ」
ウィザードがつぶやいた。
「何をだ?」
「最初のウチは路上の売人から少量を買い取っていた。だが、いつの間にか取引きの指定場所ができ、相手はマフィアの組員になった。ブツの量も増えた」
「最初の売人がマフィアと連携していて、上に紹介が回ったって事か?」
「そうだ。お前に『料金が高くてなかなか仕入れができない』と言ったが、あれは嘘だ。定期的に取引きはしてる」
そう言うとウィザードは部屋の戸棚を開けた。
そこには何と、袋詰めにされた大量のドラッグがあった。
ちらほらとマリファナも見える。レイクからこの間仕入れた分だ。
「すげぇな…これだけあればハイローラーになれるぜ」
ハイローラーとは金や女に不自由しない大金持ちの事だ。
「だがウィザード、なんで売らないんだ?昔はドラッグも少しずつみんなに分けて小遣い稼ぎしてたじゃねぇか」
「それは俺が薄汚い売人から少しだけ買ってた時の話だ。
だが今は無理やりマフィアに大量の取引きをさせられてる。断れば殺されちまうかもしれねぇ。
それにこんな量のドラッグを俺達の地元で捌いてみろよ、どうなると思う?」
俺はウィザードの言葉一つ一つに息を飲んだ。
「どうなるんだ」
「一発で町中にヤク中が溢れる。
もちろんメンバーやメンバーの家族にも影響が出るかもしれない。コイツはクロニックとは違って危険だ。
こんな狭い町じゃ、すぐに出ドコもバレる。俺は何十年もムショにブチ込まれるのがオチだぜ」
さすがにウィザードの読みは鋭かった。
クスリの危険性を、作用だけではなく、警察の危険視度まで熟知している。
「だったらどうする?このままため込むのか、ニガー?」
「いや、一つ考えがあるんだ。マフィアを逆手にとるんだよ」
俺はウィザードが何を言いたいのか分からなかった。
「サム、まだまだ量を増やせば、他のマフィアに少し高値で売り付けれるかもしれないだろ?」
なるほど、確かに量が増えすぎて個人に売ってもラチがあかないようなら、組織に売り付ければイイ。
「この事は少し前から考えてたんだが、問題は誰に売るかなんだよ…」
奴は頭を抱え込む仕草をしてみせた。
俺にもその答えは浮かばない。
それで新しい提案をした。
「ウィザード、無理やり売り付けてくるマフィアと手を切るほうが先決なんじゃないか?」
「それは俺も考えたよ!でもどうやって!?」
やはり考えたのか。
取引きを一人で背負い込み、問題をも今まで一人で隠してきたコイツの事を思うと、俺の胸は張り裂けそうだった。
「とにかくこの問題はB.K.Bのハスラー全員で話し合おう」
次の日にハスラー全員を呼び出すことにして、この日は眠った。
…
次の日、ガイの家にハスラー全員は集合していた。
奴の家には広い庭がある。
そしてその庭には大きな白いプラスチック製の丸テーブルがあり、イスもちょうど五つあるのだ。
芝生はキレイに手入れされている。
さっき五人分のコーヒーを運んできてくれたガイの母ちゃんは、確かガーデニングが趣味だったな。
「さて、サム。なんなんだ?ハスラーがみんな揃ってウチにいるなんてよ。何があった?」
ガイがぶっきらぼうに発した。
すぐにコーヒーを一口すする。
なんだかこんな小ギレイな場所にギャングのハスラーが集まってミーティングをしていると思うとおかしかった。
俺もコーヒーを一口飲んで一息入れると、話を切り出した。
「ウィザードのドラッグの取引きに問題が生じた」
みんな黙っている。
特に大きな反応もないので俺は続けた。
「ちょっとマフィアが絡んでて面倒なんだ」
「マフィア?」
ライダーに反応があった。
ウィザードの方を見ている。
「ウィズ、マフィアなんかと取引きして手に入れてたドラッグだったのか?」
ライダーはそのままウィザードに質問した。
「いや、お前らに回してた時のヤクはマフィアと直接取引きしたブツじゃねぇ。
後々ソイツに変わり、マフィアが後ろからその姿を表したのさ。つまり俺が最初ヤクを買ってた奴がマフィアと繋がってて、上に紹介が回ったって事だ。
最近、俺はお前らにドラッグを渡してないだろ?実はウチにはたくさんのヤクがたまってる。ソイツが無理やり大量にマフィアに買わされた分だよ」
「無理やり大量のヤクを売り付けてくるのか…?イイ客だと思われたんだろうな」
ライダーが言った。
すぐにガイも発言する。
「それで…あまりの量にサバけなくなったんだな?俺達の町がヤク中だらけになっちまうしな」
さすがにガイはよく頭が回るな、と俺は関心した。
ウィザードが続けて言うはずだったセリフを見事に当てて見せたのだ。
「ウィズ、他の街…例えばそうだな…ロングビーチあたりに売りに行ったらどうだ?」
ガイがとんでもない事を言い出したので俺達全員は驚いた。
ギャングのハスラーは普通自分のテリトリー、つまりヤクやクロニックの売り場は地元に限定される。
当然他の街にはその街の売人がいるわけで、余所者がそこで商売をすれば、必ず揉め事になるのは分かりきっていたからだ。
「ガイ!どういうつもりだ!?」
俺は叫んだ。
みんなもガイを見ている。
「街でクスリが流せないなら別の場所を探すのが当然だぜ。まあ今はわざとロングビーチの名前を出したが、よく考えてみろ。他のハスラーと揉め事を起こさずに売りができる場所があるじゃねぇか」
みんな考えたが分からない。少したってウィザードが答えを出した。
「隣町か…?」
「御名答。そっちに流してしまうのさ。ただ、クリップスの生き残りが七、八人くらいいたはずだ。ソイツらさえ追い払えば大丈夫だろ」
さすがにガイの考えは安全で的確だった。
マフィアとの繋がりを維持しつつ、金を儲ける。
ウィザードはどう考えているのか分からないが、俺はいずれマフィアと手を切りたい。
これでは解決にならないのではないだろうか。
確かにマフィアと揉めるとなると面倒なのだが。
「ガイ、一つ教えてくれ。お前はマフィアと取引きをし続ける事をイイと思うのか?」
俺はガイにきいた。
「そうだな…下手に揉めると面倒だ。上手く付き合っていくのがイイんじゃないか、サム?」
「それは俺も同じ考えだ。だが俺達はマフィアの手下じゃねぇぞ。今の状況を考えてみろよ。ウィズは無理やり大量にヤクを買わされてる。これじゃあ取引きじゃなくて押し売りだ」
確かに、とガイも頷いた。
「B.K.Bはマフィアの小間使じゃねぇんだぜ。あんな奴等とつるんでなんかいられるか!俺達は誇り高きギャングスタだ!
金の為にしか動かないマフィアとは違う!奴等はキレイなスーツを着て、メルセデスやビーマー(BMWがなまったL.A.の方言)に乗ってさえいればイイと思ってる!」
俺は次第に興奮してきた。
気付くと机を叩いて立ち上がり、いつの間にか叫んでいたのだ。
イスに座り直して続けた。
「トニーは…一人でマフィアのカモにされて、今まで悩み続けてきたんだぞ…コイツを騙したような奴等と取引きを続ける事は認めない。
ウィザードを利用するような奴等を、俺はコイツの仲間として許せねぇ!」
すると、今まで黙り込んでコーヒーを飲んでいただけのジミーが口を開いた。
「みんな、マフィアとは手を切ろう。
ブツの仕入れ、コンプトンブラッズから以外の分はまた別のルートを探そう。俺もマフィアの手下みたいに思われるのは嫌なんだ」
ジミーの言葉にガイもついに折れたようだ。
分かった好きにしろ、と両手を上げて降参のポーズでつぶやいている。
ライダーも深く頷いた。
俺は最後にウィザードの方を向いた。
「ウィザード、俺達の腹は決まったぜ?お前はどうしたいんだ?」
「正直、マフィアと手を切るのは怖いぜ。だがぐずぐずとヤクを買い続けるのもな…?
次の取引き、実は今日の夕方なんだ。ハスラー全員で行こう」
分かった、と全員が了承する。
「もし、取引きの終結を奴等が拒んだら…みんな分かってるな?」
俺は冷たく笑った。
…
夕方までに全員準備を済ませた。
程度の良いバンを一台ちょうだいし、ハスラー五人はソイツに乗り込む。
運転は俺が引き受けた。
取引きの指定場所。
マフィアは高そうなSUVでやってきていた。
人数は二人。
到着するとまず、ウィザードと俺だけが降りた。
他の三人は車で待機させる。バンの後部座席にはスモークが貼られていたので、おそらくマフィアは俺達二人だけだと思っただろう。
「おい、取引きは必ず一人で来いと伝えたはずだ。なぜ仲間がいる」
マフィアの一人が言った。
もう一人はしゃべる気はないらしい。
口をつぐんで突っ立っている。
「コイツはウチのチームの頭だ。連れてきたって悪くはねぇだろ」
「口のきき方には気をつけろ小僧」
チッとウィザードは舌打ちをして、黙り込んだ。
「お前がコイツのギャングのリーダーか?」
コイツとはもちろんウィザードの事だろう。
俺は軽く頷いた。
「それで?薄汚いギャングのリーダーが何の用だ?取引き量の追加か?」
「薄汚いギャング?何様のつもりだお前?お前の方がよっぽど俺達より体臭キツそうだぜ」
俺がちょっとしたジョークを言ってやったが、笑ったのはウィザードだけだった。
本当にマフィアってのはおカタイらしい。
「なに怖い顔してんだよ、おっさん。笑えよ」
俺はタバコに火をつけて大きく一服した。
ウィザードはゲラゲラ笑っている。
「死にたいのか?」
まださっきのジョークを引きずっているようだ。
マフィアは俺を睨みつけている。
もう一人は一向にしゃべらない。
「じゃあ本題だ。取引きは中止。今後一切お前らマフィアと取引きはしない。それだけだ」
空気が重くなる。
ついに奴等も怒ってしまったようだ。
「なんだと?もう一回言ってみろ」
奴がそう言った。
俺は右手を上げる。
車の中の仲間への合図だ。
三人が拳銃を手にして降りてくる。
「そういう事だ」
俺は静かに言った。
もう一人の黙っていたマフィアが口を開いた。
「お前達、生きてはいれないぞ」
「それはお前達だろ」
パアン!パアン!パアン!
ライダーとガイ、ジミーが発砲した。
どさりとマフィアが倒れ込む。
「…お…お前ら…絶対に…殺してや…る」
パアン!
ウィザードが銃で頭をブチ抜く。
二人…マフィアをついに殺した。
すぐにマフィアの車、銃、ついでにヤクもいただいて俺達は地元に戻る。
銃とヤクはウィザードの家に隠し、車はコリーの知り合いの店に売り飛ばした。
証拠隠滅ってヤツだ。
…
その夜、セントラルパークでハスラー全員で話していた。
たまたまいたスノウマンも一緒だ。
「さて、これから大変だ。必ず一悶着あるぜー!」
ジミーが言ったが、なんだか揉め事を楽しんでいるようだ。
すぐにガイが言う。
「奴等は必ず居場所を突き止めてくる。おそらくウィザード、お前が特に狙われるぞ。
取引き自体はお前一人が行っていたものだからな。B.K.Bみんなで協力して守ってやる」
ウィザードはガックリとうなだれていた。
ライダーが横でしっかりしろ、と言っている。
「こういう時はシャドウを呼ぼう。奴なら何か知ってると思うぜ!」
スノウマンが缶ビールを飲みながら言った。
すぐにシャドウに連絡が回る。
五分もしないウチに奴は一人でやってきた。
珍しくバイクに乗っている。
ヤマハのR-1だ。かなり新しい。
「おい!?どうしたんだニガー!?」
あぁ、やっぱりだ。
今までウィザードを元気づけていた奴に火がついた。
ライダーだ。シャドウのYZFを舐めるように見回しては、勝手にまたがっている。
「おぉ!なんだよシャドウ!こんなのどこから!?」
「さっき盗んだんだよ。ライダー、やらんぞ。そりゃ俺のだ」
どっかりと公園のベンチに座り込むと、シャドウはクロニックに火をつけた。
「で?サム、なんで俺を呼び出したんだ」
「あぁ、そうだった。実は…マフィアを二人殺したんだ」
シャドウはクロニックを投げ捨てた。
俺達を見回す。
「マジか?そりゃ大変だぜ。奴等は必ず家を調べ上げてやってくる」
「おそらくウィザードが一番危ない」
ガイが言った。
すぐにマフィアとのこれまでの取引きの話もシャドウにすべて話した。
「そういう事か…マフィアは白人か?」
「あぁ」
「この辺りで白人系のマフィアは一つしかない。奴等はそこまで大きな組織じゃないが、注意はしないとな」
シャドウは淡々とマフィアの報復の手口について教えてくれた。
おそらくピンポイントでウィザードの家が襲撃に合う。
必ず二台以上の高級車がつるんで走っているのですぐに見分けがつくらしい。
そういうわけで、俺達B.K.Bは全員で夜の間ウィザードの家の周辺を警護することになった。
メンバー総出なので、そう簡単にはマフィア達もウィザードの家には近付けない。
昼間ですら、必ずウィザードの移動の時には護衛を最低五人つけた。
ウィザードはみんなにすまねぇ、と言ったが、みんなは気にするな、と笑って返した。
…
ある日の夜、ついにゆっくりと走る三台のメルセデスが俺達の町に姿を表した。
それを見つけたクリックからすぐにポケベルに連絡が入る。
『来た。ウィザードの家の方に向かってる』
急いで仲間達は車の進行ルートを予測し、途中の道で待ち受けた。
案の定、奴等はその道を通る。
すぐにコリーが小型のバスでウィザードの家への道をふさいでくれた。
ベンツは止まる。
「ウィザードの家に近付けるな!撃ち殺せ!」
俺達は一斉砲火した。
まさか報復にきたマフィアをギャングが奇襲する事などありえるだろうか。
これもすべてシャドウのマフィアの知識と俺達の連携のおかげだ。
そんじょそこらのバカなギャングとは俺達はひと味違った。
パリンパリンとガラスが割れて、ベンツは大慌てでバックし始める。
「逃がすな!B.K.Bの恐ろしさを教えてやれ!」
ウォーリアーがマークの掛け声で一斉に襲いかかる。
二台は逃げ去ってしまったが、最後の一台は運転手をジャックが引きずり下ろして撃ち殺したせいで逃げられなくなった。
中の奴等は全員両手を上げている。
「お前達、二度と俺達のテリトリーに踏み込むな。俺達はB.K.B、マフィアだろうがなんだろうが容赦しねぇぜ」
俺がそう言って奴等を帰らせた。
いくらマフィアでも、報復に来てやられて帰るような危険な土地にはもう近付かないだろう。
俺達は消えて行くメルセデスを見ながら全員で雄叫びを上げた。
遠くではまた、警察のサイレンが聞こえていた。