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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
60/61

Bible

きっかけ、原点、引き金。

0と1の違い。

いくつもの後悔があった。

やり残した事など、例を挙げれば星の数ほどあった。

 

「ニック…ブライズ…」

 

その内の一つに逝った仲間の名を刻む事ができなかった事。

背中にあるはずのその名前を俺はつぶやいた。

 

「リリー…」

 

約束。大事な約束。

嘘を重ねて振り回し、電話越しに泣かれてもないがしろにしてしまった愛する人。

 

「みんな…」

 

マークやブラックホール、他にもB.K.Bのホーミー達。彼等の事はおろか、ジミーやガイの事さえも何一つ分からない。

寂しい…会いたい…誰でもイイ。心許せる仲間と話がしたい。

孤独。冷たく湿っぽい空間以外には何も無かった。

 

「クレイ…」

 

俺の頭の中に浮かぶ二つの顔。

優しくてデカイ男。自慢の兄貴の顔。

幼くて可愛い子。ホーミーが残した天使の顔。

 

「母ちゃん…」

 

もう何年経つのか。自分の愚かさで母親を失ってから。

代えなどきかない。大事な大事な存在…無限に無償の愛情を注いでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつしか…

ここにきて、どれくらいの月日が経ったのか、分からなくなっていた。


ジャックやブラックホールだったら、体を鍛えたかもしれない。

だが俺にそんな元気は無かった。

 

いつ出れるのか分からない。

その前に、ここを出れるのかも分からない。

 

俺は他の囚人達のように、食堂で食事をしたり、自由時間にスポーツを楽しむ事はできなかった。

ほぼ一日中独房の中で過ごすのだ。

 

やる気が出るはずなど無かった。

何に対しても。

 

 

ある日、裁判があった。

 

 

始めから台本が出来ていたとしか思えない裁判が。

 

 

ただただ、俺の頭の中は真っ白になった。

 

自分が死ぬ。そう告げられた事以外、何も耳には入って来なかった。

署長は嘘などついていなかった…

 

 

「おい」

 

「…?」

 

「返事くらいしないか!」

 

返事をしない…いや、する元気もない俺に監守が怒鳴る。

俺はガリガリに痩せて醜い姿だった。

 

監守がわざわざ声を掛けてきたので、ただの見回りではなさそうだ。

 

「お前に客だ」

 

「…!!」

 

面会だ。ようやく許可が出たのだろう。

俺は、一体誰が来てくれたのかと心躍らせた。


 

ガラス越しの席に座っていたのは、なんとガイだった。

 

「何…?ガイ…?」

 

俺は驚きながらも対面の席に座った。

受話器を取り、耳に当てる。

 

「よう、B」

 

「よう…元気が無さそうだな」

 

「そりゃお互い様だ」

 

ガイはニヤリと笑った。

俺ほどではないが、少しやつれている。

 

「片足が動かなくなっちまった。ステッキ無しには歩けない」

 

「マジかよ!スワットの連中のせいだな…!」

 

「まぁ…毎月金が入ってくるから悪い事だけでも無いさ」

 

なるほど。警察のせいで出来た後遺症なのだから、ギャングだろうと多少は補償してくれるのか。

 

「ところでホーミー…どうして外に出てるんだ?」

 

「何?お前は何も知らないんだな。

俺は一週間くらいで出たし、ジミーなんか一日で釈放されていた。

こうして一年近くも入ってるのはお前とマークくらいだ」

 

「マークだと!?」

 

俺は驚いて立ち上がった。

 

「お前とマークは最重要の罪人なんだとよ…マークはICUを出てすぐに終身刑を食らってる」

 

「それで俺は死刑だってのか…クソ…」

 

「警察や政府がマスコミに吹き込んだ情報を教えてやる」

 

ガイはそう言って、ポケットから数枚の紙きれを取り出した。


「新聞か…?『大規模なギャング抗争。死傷者多数』…これがどうした?吹き込んだも何も、事実がそのまま書いてあるぞ?」

 

俺は新聞にデカデカと書かれている見出しを読み上げた。

おそらく抗争直後の新聞なので、少し前の物だ。

 

「確かに、事実は事実。だが、ギャングスタクリップに警察が関与していた事はもちろん公表されていない」

 

「悔しいが当然の対応だ。警察からしてみたら口が裂けてもそんなことは言えないだろうからな?」

 

「俺達も色んな場で言い触らして回ってるんだが、あまり効果は無かった。

俺達がいくら叫んでも…警察が認めなければ、誰も聞いちゃくれない」

 

ガイは首を横に振った。

 

「…みんなは元気か?」

 

「あぁ。何とか生きてる。今は俺がBの代理みたいなもんだ。

多分これからは交代で色んな奴がここへやって来るぞ」

 

「そうか!そりゃイイ!」

 

俺の心に少しだけ元気が湧いてきた。

 

「だろ?みんなもサムに会いたがってたからな。

よし…この新聞の内容に話を戻すぞ」

 

ガイの声が途端に小さくなった。


「何だよ…?まだあるのか?」

 

「実はこの新聞には、俺達B.K.Bをはじめとして、仲間として協力してくれたほとんどのセットの名前が書いてある」

 

「そうなのか?でも…それがどうした?」

 

特に驚くような事でも無かったので、俺はガイにきいた。

 

「エミル達の側も、ランドの側も…ギャングスタクリップの名前だけは載ってないんだ。

抗争は、俺達と協力してくれた他のセットだけで起こした事になってる」

 

「はぁ…?有り得ないだろ!ギャングスタクリップにもかなりの犠牲が出てるんだから、ギャングスタクリップが抗争とは関係ないなんて話は誰だって嘘だと分かるぞ?」

 

これにはさすがに衝撃を受けた。

 

「だが警察はそれを突き通した。世間の人間は、どこのセットが戦ったのかなんて事に興味は無い。ギャングスタクリップの存在さえ抗争から消えてしまえば、警察がギャングに手を貸していたなんて事はバレないだろうからな」

 

「まぁ…ギャングから金で買収されていたなんて、笑えないからな」

 

今度はガイが目を見開く番だった。


「なんだその話は?金で警察はランドから買収されてたってのが答えだったのか、ニガー」

 

「あぁ。つまらないだろ?コンプトン署の署長が教えてくれたんだ。莫大な金がどうとか…

本当につまらない」

 

俺は笑った。

だがガイは悔しそうな声で言った。

 

「つまり奴は、それを俺達がどう叫ぼうと無意味だと分かってるんだろうよ」

 

「そういう事だ」

 

「…そうだ、サム。渡したいものが」

 

「ん?」

 

ガイがドンと大きな紙袋をガラス越しに押し当てた。

四角い物が中に入っているように見える。

 

「あとでそっちに回してもらうからよ」

 

「何が入ってるんだ?」

 

「聖書だ」

 

ガイが優しく微笑む。

 

「おいおい冗談だろ!俺は別に熱心な信者じゃないぞ!

それにそんなに分厚い読み物なんて…」

 

「あぁ、苦手だよな?文字を読むのは。

でもお前、何もせずに毎日を過ごしてるだろ?

まるで死人みたいにやつれてる。だがまだ死んじゃいないんだぞ?信じる心も大切だ」

 

「信じる?奇跡を?

…死刑でもか?」

 

ガイが俺を励まそうとしてくれているのは分かったが、俺の口からは皮肉な言葉しか出て来なかった。


 

ガイが立ち去った後、聖書が俺の元に届けられた。

さらに面会可能な日にはホーミー達や、エミル、スパイダー、さらにはT.R.Gのロブなど、懐かしい顔も面会に訪れてくれた。

 

だが…

 

リリーの顔は一度も見る事が出来なかった。

 

 

そんなある日。

俺の元にはブラックホールが来てくれていた。

 

「B…言わなくちゃならない事があるんだ。マークにも後で会いに行くつもりさ」

 

真剣な顔つきで奴が切り出した。

 

「どうしたんだ?」

 

「実は…俺はギャングの世界から足を洗おうと思う」

 

「…理由は?理由次第じゃ許すわけにはいかないぜ」

 

俺はあえて冷たく言った。

 

「家を継がなくちゃならないんだ。親父が病を患って、ウチの整備工場が…。

ママや妹を養う人間がいなくなってしまうんだよ。それに、あの工場は親父の誇りなんだ。潰したくない…」

 

俺は安心した。ジャックの時のような身勝手な理由で抜けられるのは裏切り以外の何でもないが、そういう事情なら喜んで応援できる。

 

「それは大変だ…苦労も多いだろうが、頑張れよ」

 

「え…?あ、ありがとう!」

 

ブラックホールは呆気なく答えを出した俺に戸惑ったが、すぐに明るい顔になった。


次の日。

一通の手紙が届いた。

 

差出人はマークだった。

 

「マークから…?」

 

俺は不思議に思いながらも柵越しに監守から封筒を受け取った。

そして無作為に封を破り、数枚の便箋を取り出した。

汚い字。インクが滲んでいたり、字を間違えて指でこすって消した様な跡がある。

俺は小さくつぶやくようにその手紙を読んだ。

 

「『…親愛なるサム。

手紙でお前と話すなんて、初めての事だと思う。

お前は今、何をしている?俺と同じだろうか?マズいメシを食って、臭いベッドで寝るだけの日々か?

 

そういえば最近になって、仲間が何度か来てくれた。温かかった。嬉しかった。

 

だが、俺は一番…お前に会いたいんだ。

また、一緒にビールが飲みたいんだ。

ドミノがやりたいんだ。

 

…声も届かないこの壁の向こうで、お前は今何をしている?

 

俺は信じる…必ずまた会える。

また、お前の横を歩ける…』」

 

俺の声はかすれ、視界はぼやけた。

 

「信じ…る…?」

 

俺がガイからもらった聖書にようやく手を伸ばしたのはその瞬間だった。


俺は同時にマークへの返事も考えた。

読むことが苦手だった俺は、当然書くことも得意ではなかったが。

 

なんとか完成した下手な返事を送る。そしてまたマークからの手紙。それが続いた。

 

 

聖書を最後まで読んでも、俺にとって大きく心に響く事は無かったが、とにかく生きる事を信じてみようとは思った。

 

俺は文字を読むという事がそんなに嫌いでは無くなった。

時々監守を呼び付けては、本や雑誌を仕入れてもらうようになり、ただ何もせずに生きていく毎日に終わりがきたのだ。

 

俺はマークと手紙でやり取りし、仲間達とは面会の時に話し、そしていつしか…暇さえあれば本を読むようになった。

文字。それは言葉を目に見える形にしたもの。

音…映像…そんなものは無いが、文字から自分の頭の中に無限に広がる想像の世界。

 

…ガイがくれた聖書を読む事から、妙な方向に転んだものだ。

 

 

「おい、監守さん」

 

「…?今度はなんだ?また読みたい本でもあるのか?

まぁ、他にやる事も無いか」

 

その日も俺は監守を呼んだ。

監守はアジア系の小柄な男で、彼はなかなか俺に良くしてくれた。

職務には忠実だが、慈悲の心も忘れない人間味のある男だ。


「何か、書くものが欲しいんだ」

 

「書くもの?ペンとノートでイイのか?」

 

「あぁ充分だ」

 

俺の要求を監守は快く受け入れてくれた。

 

「おっと」

 

すぐに歩き出した監守が、何かを思い出したらしく立ち止まった。

 

「おい、ノートは一冊でイイのか?」

 

「ん?…分からない。足りなくなったら、その都度お願いするよ」

 

「そうか」

 

監守は再び歩き出したが、今度は俺が呼び止める。

 

「あ!おい!アンタ!」

 

「あぁ?今度はなんだ?」

 

「名前を聞いてもイイか?」

 

彼は俺の言葉を聞くと、ハッと鼻で笑った。

どうやら答えてくれないらしい。

 

「はぁ…くだらない事で呼び止めるなよ。仕事に私情は無用だからな」

 

そう言って、手を振りながら監守はそのまま去って行った。

 

その後、俺は何度もその監守に名前を尋ねたが、結局最後まで答えてくれなかった。

 

 

数日後、俺の手元にペンとノートが届いた。

 

ガイからもらった聖書、そこから本を読み、マークと手紙のやりとりをしていく内に、俺は一つのやりたい事を見出していた。


それは、まず始めに日記として生まれる。

 

毎日の出来事。

どんな風に過ごして、どんな本を読んだのか。そんな何でもないような事を俺は日記に書いた。

 

だが…

 

違う。こんなことを書いても…ただ、読んだ本の内容を複写しているだけに等しい。

俺はそのつまらないノートを破り捨てた。

 

『じゃあ日記は日記でも今の話じゃなくて、過去の出来事を書き記そう』

 

「おい!監守さん!」

 

そう思った時には、俺はすぐに監守を呼び、新たなノートを頼んでいた。

 

 

「…」

 

俺は悩んだ。

ノートが届くと早速、書く事に取り掛かったのだが…昔の事といっても、どの頃から、どんな書き出しで…

 

「…」

 

今までつけていた日記とは違って、変に緊張をしながらも、ようやく俺はペンを走らせ始めた。

 

 

『俺の名前はサム。

 

住んでいる地域は貧困街で、家庭は親父、母ちゃん、兄貴のクレイとの四人ぐらしだ。

 

どこにでもあるような幸せな家庭ではなく、腐りきった家庭だった…』

 

そこまで書いて、一度読み返す。

自己紹介から入るなんて、小学生の書いた作文みたいだと俺は苦笑いした。

 

ここから。

 

俺の…いや、俺達の物語が始まる。


書き始めたのはよかったが、これは簡単に終わるものでは無かった。

 

ゆっくりゆっくり、今までに起きた事を振り返る。

もちろん一つ一つの出来事の一部始終を書く事などできないし、誰かの言葉を一言一句違わずに思い出す事も不可能だ。

 

それでも俺は書いた。書き続けた。

少年だったあの頃を思い出しながら…

 

 

気付けば、俺がこの文を書き始めて一年以上の月日が経っていた。

もう、単に『過去の日記』と呼ぶには長くなりすぎた物語。ノートの数は十冊を軽く越えている。

 

仲間達は相変わらず、俺やマークの元へ面会に訪れてくれる。

ジミーはかなり忙しいらしくて、時々顔を見せてくれる程度だったが、ガイやブラックホールは頻繁にやって来てくれた。

 

二人には、俺が今この文を書いている事を伝えた。

ブラックホールは大した感心を示さなかったが、ガイは「聖書を読んだから物書きが出来るようになったんだろ?俺のおかげだな」と言って笑った。

 

 

「おい…」

 

「…?」

 

突然、監守がひそひそと呼び掛けてきたので、俺はペンを握る右手を止めた。


「お前に…悪い知らせがある」

 

「悪い知らせ?」

 

「あぁ…心して聞いてくれ」

 

監守はふぅ、と大きく息を吐いて胸に手を当てた。

 

「…後で、このムショのお偉いさんからも話があると思うが。

お前の刑の執行…その日取りが決まったぞ」

 

「そうか。かなり早いな?まだ俺は収容されて、二年そこらだぞ」

 

「あぁ。異例だな。俺も聞いた試しがない!」

 

もちろん俺は驚いたが、監守はそれ以上に驚いている様子だった。

 

「だいたい、お前は罪状もあやふやだし…いきなりの死刑判決…それに死刑執行の決定も早すぎる…」

 

「おい」

 

「何か怪しいんだよな…」

 

俺の呼び掛けも無視してぶつぶつと独り言をつぶやいた。

 

「警察や検察が何か企んで…」

 

「おい!そんなことをアンタが言ったら!」

 

監守はハッとなって頭を掻いた。

 

「あ!すまんすまん。滅多な事を言うもんじゃないな」

 

俺は声を潜めて最も重要な質問をぶつける。

 

「で?俺はいつ…」

 

「…二週間後だ」

 

監守は『二』を表すピースサインを出して言った。

 

「なに…!?クソ!そんな…」

 

俺の全身がガタガタと震えた。


 

「監守さん、アンタに頼みたい事がある…」

 

俺は情けないくらいにか細い声を出した。

 

「なんだ。言ってみろ」

 

「この…日記の事なんだが」

 

「…?あぁ…また、ノートを?」

 

不思議そうに監守が言う。ノートは先日新しいものを用意してもらったばかりだ。

 

「違う。この日記…俺は、もうすぐ書けなくなる。その時がきたら、ある男にこれを全部渡して欲しいんだ…」

 

「そんなことは簡単じゃないか?手配しよう」

 

「それじゃダメだ!」

 

突然大声になった俺に、ビクリと監守が驚いた。

 

「正式に手配して…外に出せるような内容じゃないんだ…

アンタがさっき言ったように、警察や検察の裏…世の中に広まってもらっては困る事が書いてあるんだよ」

 

「検査に通らない?お前、一体何を」

 

「引き受けてくれるなら見せてやる」

 

監守は帽子を脱いで、またバリバリと頭を掻いた。

 

「はぁ…刑が執行されりゃ、その日記なんていつでも見れるんだぞ?」

 

「…」

 

しばらく沈黙が続いたが、監守はキョロキョロと周りを見渡して誰もいない事を確認すると、右手を出してボソリと言った。

 

「チッ…見せてみろ」


とはいえ、彼も一日に何時間も俺の所にいるわけではない。

何日かに分けて俺の書いた文を読んでいった。

 

 

「ふぅ…こりゃすごい。これが本当なら、世の中ひっくり反るな」

 

その時点で俺が書き上げていた部分までの日記を読み終えた監守が言った。

 

「俺が欲しいのは、そんな感想なんかじゃないぞ…」

 

「分かった分かった。引き受けよう。クビを覚悟でな!」

 

仕事に私情は挟まないと言っていた彼も、ついに折れた。

 

「それで?これを誰に渡すんだ。量も多いから一冊ずつコッソリやらないと」

 

「あぁ。信頼できる男だ。今は『サーガ』…そう呼ばれてるみたいだ。

そんな大それた名前、本人は気に入らないらしいけどな」

 

「分かった。だが、お前も俺と同じ、バカな男だな。お前にとって、ソイツは信用できるかもしれんが、俺が確実にソイツに渡すかどうかは信用できないだろう?」

 

監守の言う事は、確かに的を得ている。

俺は笑われるのを覚悟で、簡単な答えを返した。

 

「俺は…信じる。アイツも、アンタも…『そうする』事を選んだ俺自身をも」

 

「ふん…そうか」

 

監守がノートを持って去っていく。

俺の手元には、まだ書きかけの最後の一冊だけが残った。


刑の執行日まで、面会の日は一度も無いらしい。

だが、マークと手紙でのやり取りが一度あった。

 

『よう、ホーミー。

お互い長い間、中に入ってるよな。これからもこんな毎日が続くのか。

でも俺には本や日記という楽しみがある。

マーク、お前も本を読んでみてはどうだろう?なかなか面白いぞ。

じゃあまた』

 

それが俺の書いた手紙の内容だ。

手紙を出すのは最後だと分かっていたが、マークにその事は言わなかった。

この手紙を読んだら必ず奴は返事を書く。

 

しかしその後、なぜサムからの返事が来なくなったのだろう、と思うに違いない。

監守や他の囚人たちに理由を尋ねるかもしれない。

 

いつしか答えを知った時、マークがどんなに怒り、悲しむかと思うと、とても俺から『最期の言葉』を切り出す事はできなかったのだ。

 

他の仲間達も、当然この事は知らない。

 

リリーには結局一度も会えなかったが…彼女にはこの事を知らせるのが一番辛いので、それはかえってイイ事だったのかもしれない。

 

 

「アンタか…」

 

「ほら、手紙だ」

 

「手紙…?」

 

マークからの返信にしては早すぎる。

 

…誰だ。

 

俺は立ち上がって封筒を監守から受け取った。


差出人は…クレイ。

 

「ク…レイ?そんなばかな」

 

離れていく監守の足音を聞きながら、俺はつぶやいた。

 

リルが俺宛に手紙を書くとは考えられなかった。

もちろんビッグ・クレイのはずもない。

こんな洒落た気遣いはライダーの奴が考えそうな事だが…中から出した文面を読めば、すぐに犯人は分かった。

 

「『ホーミー。しばらくだな。

面会が出来ないだなんて、ふざけた事を言われたので、この手紙を出した。

お前の書いた日記は、すでにいくつか受け取った。

B。俺はまだ、あきらめない。お前も最後まであきらめないでくれ。奴等の正義の裏に隠れた真実。お前の血で滲んだ文章が、必ず世にそれを広める。

信じろ。神は何者にも平等に、救いの手を差し延べて下さる』」

 

こんなことを言う奴は一人しかいない。おそらく奴は、俺の死刑執行が近い事を感じ取っている。

だが、俺はクレイがこの手紙をくれた事にしておこうと思った。

 

「…ん?」

 

封筒にはもう一枚、何かが入れられていた。

 

「これは…あの時の写真か」

 

一枚の古ぼけた写真。

ライダーがリル・クレイにジャックの事を説明する時に見せていた物と同じ物だ。

 

十一人のホーミー…つまりE.T.が全員集合している唯一の写真だった。

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