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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
59/61

2 da finale

終幕への道標。そこまで続く足跡。

ガシッ!

 

「…!?いてっ…!」

 

左腕に再び体重がかかった。

つまり、誰かに掴まれたという事だ。

 

「んん…!!サム!落ちるな…!」

 

やや高めのトーンの声。ブラックホールだ。

他には誰もいないようだが、奴は下のケンカで無事だったのだ。それだけでも分かってよかった。

しかしまた…俺は仲間に命を救われたわけだ。本当に仲間に頼りっぱなしのリーダーで情けなく感じる。

 

 

ブラックホールは力いっぱいに俺の体を引き上げようとした。

そのせいで俺は腕の痛みに苦しむ。

 

「ぐぁぁ!!いてぇ…!!」

 

「頑張れってくれよ!死ぬなよ!」

 

コリーが叫んだ。

 

死ぬな…

確かにこんな痛み、死ぬよりマシか。

 

「ぐぉ…!」

 

俺は右手を上に伸ばして、左腕の傷口をぎゅっと握り締めた。

 

「ブラックホール!世話をかけてすまない…!クッ…!

悪いが、引き上げてくれ…!」

 

「撃たれた腕が痛むんだな!?大丈夫かー!?一気にいくよ!」

 

「…!」

 

唇を噛みしめて叫び声を殺す。

ブラックホールは全力で俺の体を屋上の地面に引き上げた。


フッと力が抜けて、二人共その場に倒れ込む。

 

「…ありがとう…助かったぜ、ドッグ…」

 

「そりゃガイから『サムがランドと戦ってるはずだ』って聞いたら助けるだろ。

大怪我をしたマークを一人で担いできたから驚いたよ」

 

「ガイが?そうか…。マークはどうだ?」

 

俺はブラックホールにきいた。

パラパラと小さな雨が、上を向いている顔に当たる。

 

「マークは、そのまま下のホーミー達が何人かで慌てて運んでいったよ。あれは…ランドに撃たれたのか?すごい傷だったけど…」

 

「あぁ。ショットガンでやられた」

 

「マジかよ!クソったれ!何て奴だ…」

 

ブラックホールが立ち上がった。

そして下を指差す。

 

「ランドは…落ちたのかい?」

 

「そうだ。凄まじい戦いだった」

 

「そうか!でもよかったな!

アイツは落ちて死んだんだ。ざまぁみやがれ!」

 

 

俺はゆっくりと立ち上がり、右手でコリーの顔を殴った。

 

ガン!

 

「っ…!な、なにすんだよ!」

 

「今だけは彼の冥福を祈ろう…R.I.P.」

 

いくら敵だったとはいえ、死の直後に彼を悪く言うのはルール違反だと思った。


「はぁ?…ったく。なんなんだよ…」

 

ブラックホールはブツブツと悪態をついた。

 

「ランドも…ただの悪者じゃなくて、悲しい男だったって事さ…」

 

「…」

 

結局ブラックホールは最後まで俺に殴られた理由を理解できなかったようだが、それ以上は何も言わなかった。

 

「ところで、下もすごいケンカみたいだったが…大丈夫だったのか?」

 

「うん。なんとかね。

敵は、下にあるバンに乗ってた連中だけだろ?」

 

「何?」

 

話がおかしい。後からもランドの部下がやってきたはずだ。

喧騒が激しくなったのを俺は確かに聞いた。

 

「俺がつれてきたのはサウスセントラルの戦いで傷ついたり死んでしまった連中のセットの仲間だけど、こんなにもホーミーがやられて黙ってられるかって事で手助けしてくれた。

さらには今まで協力してくれなかった周りのセットも!当然俺のトラック一台に収まりきるような数じゃなくてさ!」

 

ブラックホールが興奮して話す。

なるほど。それでマフィア・クリップのスパイダーもいたのか。

 

あの騒がしさはさらなる仲間の到着が原因だったという事だ。

マークも俺と同じで敵が増えたように勘違いしたのだろう。

 

では…ランドがさっきまで電話をしていたのは…

 

 

一体、誰だ。


「まずいな」

 

「何がだよ!こんなにも味方が増えたんだぜ!有り得ないくらいたくさんのギャングが関わってきて…俺達は本当にデカイ事を成し遂げたんだ!」

 

ブラックホールはまだはしゃいでいる。

 

「違う。ランドの仲間がまだやって来るかもしれないんだ。とにかく、下へ行こう」

 

「…?」

 

俺が歩き出すと、コリーは不思議そうではあったが肩を貸してくれた。

 

 

署の敷地内。

多くのホーミーやギャング達でごった返していた。知らない奴も大勢いる。

味方も少なからず倒れてはいるが、ランドの部下達は全員倒されている。

ブラックホールが連れてきた連中の数に敵うはずもなかった。

 

「OG-B!ついにやったな!」

 

「これでみんな自由だ!」

 

玄関から出てきた俺とブラックホールを見るなり、多くの連中が話しかけてくる。

俺は返事の代わりにB.K.Bのハンドサインを出した。

 

「サム」

 

「エミルか」

 

「終わったんだな…なんだか複雑な気持ちだ」

 

ギャングスタクリップ、元リーダーのエミル。

彼はケガもなく、無事だった。


「そうだな…」

 

俺は辺りをキョロキョロと見回した。

 

「ランドか?あそこだ」

 

エミルが指差す。

俺達が出てきた玄関から、少し横だ。

 

「奴が落ちてきた時はみんな驚いたぞ。少しむごい気もしたが…よくやってくれたな」

 

「そうか。俺も危ないところだった」

 

ランドの亡骸にはシャツや布など、様々なものがかけられている。みんながやったのだろうがそれほどに残酷だったのか。

ランドの亡骸が直接見える事は無かったが、周りに飛び散った血が、彼の最期の悲惨さを物語っていた。

 

 

ランドは…俺と同じだ。

俺にもランドのような悲しい人間になる可能性が充分にあった。

 

貧困地域で生まれ育ち、愛する家族を殺された。

貧乏な黒人だからと警察は相手にしてくれず、犯罪に手を汚してギャングスタに墜ちる。

 

まったく同じ心の痛み…

 

唯一にして最大の違いは『親友に裏切られた』のか『親友が信頼できる人間だった』のか、という事だ。

俺も、親友に裏切られるような事があれば、ランドと同じ考え方にたどり着いたかもしれない。

E.T.や他のB.K.Bのホーミー達と出会えた事をあらためて幸せに思った。


結局誰を恨めばイイのか分からなくなる。

 

ランドか…

ランドの家族を殺した親友か…

事件を無視した警察か…

 

「さぁ、帰ろう」

 

エミルが言った。

 

「そうだな…だが、さらにランドの部下が…」

 

「あぁ、さっき来たぞ?ランドが死んだ直後だった。やっぱりまだ部下はいたんだな」

 

「何!?」

 

俺は驚いた。

 

「だが…すぐに消えた。ランドが死んだ今、奴に従う理由もないからな。

コンプトンの連中はもちろんだが、サウスセントラルの連中も心はすでに奴から離れてしまっていたんだ」

 

「始めから…ランドを守るものは何も無かったのかもしれないな。力だけでは何もついてこない」

 

「その通りだ」

 

 

少し前、コンプトンに入っていたギャングスタクリップのテリトリー内で、正確にはマフィア・クリップのテリトリー内で、ギャングスタチームは結成された。

 

だがこの時、それを遥かに凌ぐ数のギャングがコンプトンポリスに集まっていた。

 

「さて…そろそろ解散するとしようか」

 

俺はみんなを見回して言った。


トラックや車、ランドの部下達が乗ってきたバンなどを使ってそれぞれの地元を周る。

先に、数名の仲間達の亡骸は近くで埋葬をしたが、敵の亡骸は置き去りにした。

 

 

俺はブラックホールが運転するトラックの助手席にいた。

他のみんなは後ろのコンテナの中、あるいは別の車に乗っている。

 

コンプトン市内をグルリと周り、ところどころで停車する。一つ、また一つとセットの連中が去っていった。

 

 

朝になり、雨がやむ。

 

コンプトン市内やワッツ地区など、比較的距離の近い土地のギャングはすべて送り届けた。もちろんマフィアクリップのスパイダーともその時に別れた。

 

 

次はサウスセントラル。ギャングスタクリップのエミルをはじめとする連中を送り、最後にイーストL.A.…B.K.Bの地元に戻るわけだ。

 

「ところで、ブラックホール…」

 

「ん?」

 

「色んな連中を引き連れてきた理由は分かったが…どうしてコンプトン署に俺達がいると分かったんだ?」

 

ジミーの事もあり、俺は携帯電話の電源は切っていた。

ブラックホールは何の情報もなく、俺達の居場所をつきとめたのだ。


「そりゃあ、みんながコンプトンにいるって事は知ってたからね」

 

ブラックホールがギアを変えながら話す。このトイザラスのトラックはマニュアルなのだ。

 

「それだけじゃあ…」

 

「もちろん分からないよ。でもサウスセントラルの戦いでのケガ人を、コンプトン中のセットに運んだんだよ?それだけ動けば警察署の近くの異変には気付くだろ?」

 

なるほど。確かにそれは納得できる。

 

「そうだったのか…ありがとう」

 

「サム。急に殴ったり、礼を言ったり忙しいな!」

 

ブラックホールが笑った。

 

「忙しいのはこれからだ。さっきお前が言ったように、色んなギャング達に協力してもらった。ソイツらともこれからは仲良くしていかなきゃいけないからな。もっと団結していかないと、またランドみたいな身勝手な奴が現れるぞ…?」

 

「うーん…ランドってさ。死んでも死んでない気がしないか?

なんつーか、死んだ事すら信じられないようなデカイ奴だったような…」

 

「…」

 

「終わってみれば呆気ないんだけどさ。なんだか不思議な気分だよ」

 

ブラックホールが鼻を掻く。

 

車はサウスセントラルに入った。


 

「エミル…」

 

「そんなに寂しそうな顔するなよ。またいつだって会えるんだ」

 

「色々とありがとう…」

 

サウスセントラル。

ついに地元に戻った古株のギャングスタクリップ達の表情は明るかった。

 

「サム。俺達はホーミーだ。セットも色も地元も関係ない。

俺はそう思うぜ」

 

「あぁ。ホーミー…何かあったらまた力を借してくれ。そして必ず俺達もお前達の力になるぜ」

 

俺とエミルはガッシリと抱き合った。

B.K.Bのメンバーや、イーストL.A.の地元の友達以外に『ホーミー』という呼び方を使う事は、これまではかなりまれだった。

だがそれも終わる。色んな場所に散らばるすべてのギャングスタチームの『ホーミー』達がいるからだ。

 

「さぁ行け。早く帰って手当てを受けるんだ」

 

エミルがうながした。

 

「そうだよ!マークの状態も気になるし!」

 

ブラックホールも長々とここにとどまる事を良くは思っていないようだ。

俺のケガなどどうでもイイ。だが確かにマークの安否は確認を急ぐ必要があった。


俺は助手席に乗り込み、窓をあけた。

ブラックホールも運転席に座る。

 

他のB.K.Bのホーミー達はすでに狭いコンテナの中に入っている。

とはいえサウスセントラルとコンプトンの戦いのせいで人数は少ないので、広々としているように感じるだろうが。

 

「それじゃあ。またな、エミル」

 

俺は窓から顔を出して言った。

エミルが『C』のハンドサインを出す。クリップスのハンドサインだ。

 

トラックはいよいよイーストL.A.に進み出した。

マークを病院に連れていったホーミー達も、地元に帰ってくるはずだ。

 

 

「マーク、大丈夫かな…」

 

ブラックホールは心配そうな表情でハンドルを握っていた。

 

「…死なねぇさ。アイツが撃たれて死ぬなんて、想像もつかないな」

 

「じゃあマークはどうやって死ぬんだ?」

 

「うーん…飢え死にか?」

 

俺がジョークで返すとブラックホールは笑った。

 

「あはは!確かにそれだったら考えられる!『腹減って動けねぇ』ってさ」

 

奴の不安そうな顔が明るくなった。


だが、実際に地元に戻った時…

マークを病院へ運んだ仲間の顔は暗かった。

 

俺達B.K.Bは全員アジトの中に集合していた。

目を瞑りたくなるほど人数は減り、痛々しいケガをしている奴も多い。

もちろん俺もその一人だ。

 

「どうした…?何かあったのか?」

 

ブラックホールが声をかける。

マークを運んだ数人のホーミー達は首を振った。

 

「マークが…」

 

「マークが?なんだ?」

 

俺は問詰める。

ガイも当然その場にはいたが、腕を組んで黙っているだけだった。

 

「かなり危ない状態だ」

 

「マジかよ…」

 

ブラックホールがそう言い、みんなからも落胆の声が次々に上がる。

 

「医者はマークをICU(集中治療室)とかいう所に入れるとか何とか…とにかくよく分からねぇけどマズいみたいだ」

 

「ICU!?そんなにヒドいのか…」

 

俺は驚いた。

ランドから撃たれた直後、マークはまだ意識がハッキリしていたはずだ。

 

…バン!

 

一瞬、シンとしたアジト。そこに突然、扉が開いて一人の男が入ってきた。

 

「…おーい!サムー!このクソヤロウめ!」

 

派手なアフロ頭のソイツは汗だくだった。


「ジミー!?」

 

「ジミーじゃないか!何でここに!」

 

当然みんなは騒ぎ出した。

ジミーは仕事をしているものと思っていたからだ。

 

「サム!お前!携帯電話の電源切りやがったな!?

どれだけ自転車で探し回ったと思ってるんだ!」

 

ジミーが一気に俺に駆け寄って胸倉を掴む。

 

「そうでもしないとお前は必ず来るだろうが…!」

 

俺は右手でジミーをドンと押した。

 

「当たり前だ!ホーミーのピンチだぞ!?

それを知って仲間外れにされる気持ちがお前に分かるか!」

 

ジミーはさらにまくし立てた。

ようやく周りのホーミー達も状況を飲み込み、「まぁまぁ」と奴をなだめ始める。

 

「落ち着きなよ、ニガー。Bもお前を嫌ってそうしたわけじゃないだろう?」

 

ブラックホールが言った。

だがジミーはブラックホールを睨む。

 

「じゃあ俺の気持ちも考えてくれよ!」

 

 

「アスホールが…いい加減にしろよ。ランドは倒したんだ。それでイイだろ」

 

ガイが一歩前に出て言った。

すると、ジミーの動きがピタリと止まった。


静まり返るアジト。

 

「ランドを…倒した?本当に倒したのか!?」

 

だが、止まったまましばらく固まっていたジミーが動き出した。

 

「本当に!?おい、コリー!…サム!…ガイ!」

 

そう言いながら順番に俺達を見る。

 

「…あぁ」

 

「な…マジかよー!!」

 

俺が頷いて短く答えるとジミーは飛び上がり、俺達一人一人に握手をしてまわった。

まるで大統領選挙に勝った候補者だ。

 

「本当に奴は死んだのか!?また偽者だったとか…そんなのナシだぜ!」

 

「間違ない…!彼は、俺がこの手で殺した…!

だからもう終わりだ。もう…戦いは終わりなんだ…」

 

なぜか突然、俺の目から涙がボロボロとこぼれ始めた。

 

今までの苦労を思っての悔し涙か、戦いの日々から解放された事へのうれし涙か、仲間達の死を悲しむ涙か、それともランドの死を哀れむ涙か…

 

それは…

俺にも分からない。

 

 

「でもやっぱり俺も一緒に戦いたかったぜー!」

 

ジミーは特に俺の様子を気にする事もなく、大声ではしゃいでいた。


「そういえば、残りのみんなはまだ帰ってないのか!?今日はイイ日だ!

せっかく俺もここまで出向いたんだから、パーッと騒ごうぜ!!」

 

ジミーが軽やかにB-Walkのステップを踏む。

みんなはうつむいてしまった。

 

「…?どうした?まだ全然メンバーが足りないじゃないか?

E.T.もシャドウとライダー、それにマークも見当たらないぜ?」

 

奴がキョロキョロと部屋の中を見た。

俺が説明しようと話しかける。

 

「ジミー…」

 

「ん?そうか!買い出しだな!

今までとは比べ物にならない大宴会だ!それでほとんどの奴等が出払って…」

 

「ジミー!!」

 

俺は叫んだ。

 

「なんだよ、サム。暗い顔しやがって」

 

「これで…

くっ…これでほぼ全員なんだ…」

 

涙が止まらない。

 

「マークや、数人のホーミーがいくつかの病院で手当てを受けている…だが、ここにいるメンバーでほぼ全員なんだよ…」

 

「はぁ?冗談じゃないぜ!ライダー!早く帰ってこい!

またバイクでも盗んで走りに連れてってくれ!」

 

両手を上げ、天井に向かって大声を上げるジミーの目は、俺の言葉など信じていなかった。


だが、段々とジミーも弱気になってくる。

はしゃぎ疲れたわけではない。黙ってうつむいたり、泣いたりしている俺達の様子を無視できなくなったのだ。

 

「…本当なのかよ」

 

「言ってるだろ…ライダーとシャドウは死んだ…

他にもたくさんのホーミーがな」

 

「…」

 

いよいよジミーも俺の言葉を信じる他なくなったようだ。

 

「なんてこった…」

 

「今日はもう、おしまいだ。

明日の朝、逝った仲間達への弔いの宴を静かにやろうと思う。俺はタトゥーも彫らないといけない。それから病院へ、手当てと見舞いに行こう…」

 

俺はそう言って、メンバー達を解散させた。

ほとんどの奴等は自宅へ帰っていったが、ガイとジミーだけはアジトに泊まると言った。

 

「ジミー、仕事はイイのか?」

 

「イイんだよ、B。明日までこっちにいる」

 

「そうか…じゃあおやすみ」

 

日はすでに高い。翌日の朝までならば、かなりの時間がある。俺達三人は深い眠りについた。

 

 

バタン。カタカタ…ガチャリ。

 

何かの物音。

 

久し振りの睡眠だったので俺はぐっすりと眠っていたのだが、ぼんやりと目を覚ました。


「…ん?」

 

俺は目をこすった。だが何事もないようだったので、再び眠りにつこうとする。

 

カタカタ。

 

「…!?」

 

だが、それは許されなかった。

間違ない。何者かが…アジトの外で動いている。それで物音が聞こえるのだ。

 

「…おい、ジミー、ガイ…!」

 

俺は近くに寝転がっていた二人の体を揺すり、ひそひそ声で呼び掛けた。

 

「あぁ…起きてる。何かいるな?外に…」

 

ジミーは寝息を立てて眠っていたが、ガイはすでに起きていた。

 

「ジミー…!起きろ…」

 

ガイがジミーの肩を強く叩く。

そしてジミーが目を覚ます瞬間に、手で奴の口をふさいだ。

 

「んー!」

 

「シッ…!起きたな、ジミー?」

 

ガイがジミーの口から手を放す。

 

「…?」

 

「アジトの外に誰かいるみたいだ」

 

俺が言った。

その瞬間。

 

…バン!

 

「…!!」

 

扉が激しく開いた。

 

すぐに、カランカランという金属製の何かが床を転がる音が響く。

 

「…!これは…マズいぞ、ニガー!」

 

ガイが叫ぶ。部屋中に勢いよく真っ白な煙が噴き出した。


「確保しろ!」

 

「行け行け!」

 

バタバタと、いくつもの足音がアジトに入ってきた。

『突入してきた』と言った方が正しいかもしれない。

 

「…なんだなんだ!?」

 

ジミーが慌てて叫んでいる。

 

「裏口から逃げよう!」

 

俺はそう言った。

勢いよく開いたのは正面の扉。俺達が寝ていた場所からは少し離れている。

 

「逃がすな!」

 

誰かの声。警察なのか何なのか、もはや室内には煙がたち込めていて周りはよく見えない。

 

「SWATかもしれない…!」

 

ガイが裏口を開け放って言った。

外は月明りで仄かに明るい。

ちなみにSWATスワットとは警察の特殊部隊の事だ。テロリストなどの凶悪犯を相手にする時に出動する。

 

そして、ガイが裏口を開けた時。黒い戦闘服に身を包んだ奴等が建物を囲んでいた。

わけが分からないが、残念な事にガイの予想は的中したのだ。

 

パパパン!

 

「…ぐぁ!」

 

「ニガー!!」

 

ガイが足を撃たれて倒れ込む。

 

「よし!全員確保しろ!」

 

号令。すると驚く程の素早さで、警察の特殊部隊チームは俺達を捕縛した。


頭を地面におさえつけられてボディチェックを受ける。

 

「くっ…なんでこんな奴等が…」

 

俺は唇を噛みしめた。

ガイとジミーも地面に倒されている。

 

「おい!放せよー!なんなんだよいきなり!」

 

「…いてぇ…」

 

ジミーはジタバタと暴れているのに対して、ガイは足の傷で苦しんでいた。

チラリとしか見えなかったが、大分出血しているようだ。

 

「B.K.Bのサムだな?」

 

突然、低い声に話しかけられた。

俺からはソイツの足しか見えない。

 

「誰…だ…?」

 

「この部隊の長だ」

 

「そうか…確かに俺はサムだが。一体何の用だ…?」

 

俺がそう言うとソイツは鼻で笑った。

 

「フン、『何の用だ』は無いだろう?

お前達を捕まえる為に来たのだ。これだけ大きな事件を起こしておいて呑気な奴だな…」

 

ギャングスタクリップとの抗争の話か。サウスセントラルに続いてコンプトンでの戦い。

ランドの死亡が確認できた事で、奴におさえつけられていた警察もついに動き出したのだろう。

 

「連れていけ」

 

ランドが警察をおさえていた手口は分からないままだったが、俺にはもうどうでもよかった。


 

牢獄。壁も天井も、鉄柵も、すべてが冷たい。

俺達は問答無用でムショに連行されたのだ。手錠をかけられ、アイマスクまで当てられて。

なんとも嫌な特別待遇だ。

 

かなり長い時間連れ回されたので、地元の警察署や刑務所というわけではなさそうだった。

 

「…」

 

だが、いきなり射殺されるよりはマシだと思った。

 

「…寒いな」

 

周りには誰もいない。

いや、いるのかもしれないがよく分からない。

照明が落とされているせいで真っ暗なのだ。ジミーやガイがどうなったのかも分からなかった。

 

俺達は一人一人がバラバラになった。

二人もおそらく別の独房に入れられているはずだが、近くにいない事は確かだ。

 

誰の声も聞こえないし、誰の気配も感じない。

 

腕が…痛い。

 

これから長い月日、こんな湿っぽい場所で孤独に生きていかねばならないのか。

 

刑期は裁判で決まるのだろうか。俺達が高い金を払って優秀な弁護士なんか雇えるはずがない。

 

「…?」

 

カツ…カツ…

 

真っ暗な世界で、誰かが歩く音と、懐中電灯の明かりが向かってくる。


「無様だな」

 

そう言いながら光を顔に当てられた。

俺の目は暗がりに慣れていたので、かなりまぶしい。

 

「あぁ…最近はよく、そう言われる」

 

「誰だ?とは言わないのか」

 

「冗談じゃねぇ。お前の顔なんか別に見たくないさ、署長」

 

俺はイライラと返した。

すぐに声だけで分かったが、ソイツはカール巡査を殺したコンプトン署の署長だった。

 

「お前がいるって事は…ここはコンプトン署か」

 

「違う」

 

「なんだそりゃ。じゃあ管轄外かよ?」

 

奴はわざわざ俺の顔を見に来たのか。

 

「ランドのバカも死んでくれたし、我々もようやく本領発揮という事だ」

 

「…?」

 

「彼は莫大な金で警察全体を買収していたからな。我々も従う他に無かった」

 

意外なところであっさりとランドの手口が浮き彫りになった。

やはり『警察』というデカイ組織は悪党…コイツらは腐ってる。

 

「…いいのか。そんなこと俺に吹き込んで。俺が出所したら…」

 

「無理だ。お前は死刑だ」

 

「何!?」

 

俺は耳を疑った。

それがいきなり確定する事など有り得ないし、署長がそんなことを口にする理由が分からない。警察には人を捕らえる事は出来ても、裁く事など出来ないのだから。


「信じないならそれもイイだろう。確かに私の口からこんな事を聞かされても、信憑性など皆無だろうからな」

 

「当然だ!いきなりわけのわからねぇ事を…!何が死刑だ!それは陪審員が決める事じゃないか!」

 

俺はガン!と鉄柵を蹴った。

だが当然署長には何の効果もない。

 

「判決は下っていなくとも、下っているのだ」

 

「はぁ…?」

 

矛盾している言葉だが、何故か胸騒ぎがした。

 

「チッ…だいたいお前は管轄外に何をしに来たんだよ?」

 

「カール巡査の殉職の件でだ。少し時間があったのでこうしてお前の顔を見に来た」

 

「殉職だ…?よく言うぜ。お前も俺と何も変わらねぇよ!ただの人殺しさ。

制服を着てるだけで殺人が正当化されるのかよ…!きたねぇ…!」

 

俺は再び鉄柵を蹴ったが、署長は軽く笑っただけだった。

 

「じゃあな。何年生きられるか分からないが、余生を楽しむんだな」

 

「うるせぇ…誰がこんなところで!さっさと消えろ!」

 

口ではそう言ったものの、俺は心の底でわずかな恐怖を感じていた。

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