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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
58/61

a dopeman

人が悪に染まる瞬間は、他人によって生み出される。

俺はガイとマークから視線をそらし、階段へと走った。

 

「…上か」

 

息を切らしながらかけ上がる。

 

途中のフロアには立ち寄らない。

もしかしたらそのフロアにランドが身を潜めているかもしれないが、俺は階をとばして、上へ上へとひたすら階段をのぼった。

なぜか不思議と体がそう動いたのだ。

 

『ランドはまだ上にいる』

 

根拠もなく、俺の体がそう告げていた。

 

そして階段が終わった時、そこには小さな鉄製のドアがあった。

それを開き、中に入る。

 

 

「…っ!」

 

ごぉ、と強い風が突然俺を襲った。

そのドアは何かの部屋の中に入る扉ではなく、外に出る扉だったのだ。

 

「はぁ…はぁ…屋上か…」

 

屋上には俺が出てきた扉以外に、金網で囲われた空調設備用の機械らしき物が少しあるだけ。

 

空はまだ夜明け前で薄暗く、ポツポツと小さな雨が降り始めたところだ。

 

「…」

 

俺は一点を見つめた。

屋上の一番隅っこ、開いた扉からは右前方に位置する場所だ。

 

「…」

 

その一点もまた、俺を見つめていた。


 

ゆっくりと、俺はそれに向かって歩き出した。

 

ある程度距離を詰めたところで立ち止まり、腰から銃を抜く。

 

パチ…パチ…

 

「ふ…ふふ…。ははは…!」

 

ランドは小さく拍手をしながら笑った。

そう。奴はやはりここにいたのだ。

 

「…?何がおかしい?ランド!終わりだ…!」

 

「いやいや…見事だ、サム」

 

もう奴を守るものは何もない。俺はどんな口車にも乗せられない。

 

下からは喧騒が聞こえる。

俺は、まだ署の外でブラックホール達が戦っているに違いないと思った。

 

「…君は合格だよ。試練はこれで…」

 

「くたばれ!」

 

パァン!

 

俺は奴の話を無視して引き金を引いた。それが最後の弾だった。

弾丸は奴のハットの上部を貫き、頭から落とした。

 

ランドが仰向けにドッと倒れる。

 

「…殺った…か?」

 

俺は弾が無くなった銃を腰に戻した。

そして素早くランドに近付いて額を見る。

 

 

傷は…ない。

 

 

突然、奴の両手が伸び、ガシリと俺の肩を掴んだ。

 

「…!」

 

「サムぅぅ!!貴様ぁぁ!!」

 

俺は地面に引き倒され、奴は立ち上がった。

細身であるランドからは考えられない程の怪力だ。


奴は左手を大きく振り上げて、仰向けに倒れている俺の顔面に拳を振り下ろしてきた。

 

「…クソ!」

 

俺は横に転がり、それをかわす。

そのまますぐに立ち上がって、奴と距離を置いた。

 

「あぶねぇ…」

 

「フン、上手くよけたな」

 

ランドはコンクリートの地面を殴った左手をハンカチで拭った。銃で撃たれた右手では殴れないようだ。

 

奴は激怒して少しの間だけ取り乱していたが、すでに元の紳士的なふざけた態度だ。

 

「サム…」

 

「なんだ!」

 

俺がファイティングポーズをとって構える。

ランドは地面に落ちていたハットを被った。

 

「計画が少々、狂ってしまったよ…私とした事が。

余興のつもりで逃がした、十一匹のウジ虫共に…ここまで惑わされるとはな」

 

「相変わらずおしゃべりが好きなヤロウだ」

 

俺は地面にツバを吐いた。

 

「まぁ…そう言わないでくれたまえ。予定通り、君達は死ぬ。どう足掻いてもここで…駆除される」

 

「死ぬのはお前だ、ランド!」

 

俺が叫ぶのと同時に、署の下の喧騒がいっそう騒がしくなった。

 

「やっと到着したようだな…グズ共が」

 

雨は、騒ぎに共鳴するように一気にどしゃ降りになった。


「お前の部下か…」

 

下にいるみんなが心配だ。

だが目の前にはランドがいる。コイツを倒しておかないと何も終わりはしない。

 

「どうした…?圧倒的不利な状況に絶望しているのかね?」

 

「いや…お前を殺すまで俺達は諦めない」

 

俺は濡れ始めた上着を脱ぎ、半裸になった。

 

「予定外な事もいくつかあったが…私の計画が崩れるとまではいかなかったな」

 

「…ビッグトライアングルか?」

 

「ギャングが高い地位を得る素晴らしい計画だ。

おぉそうだ…君達も賛同してくれるならば、命は助けてやらない事もないぞ?」

 

ランドがスーツの内ポケットに手を入れた。

俺は銃を出すのかと驚いて身構えたが、奴は葉巻を取り出しただけだった。

 

「どうだね?先程も言ったが、試練は見事にクリアした事にしようじゃないか」

 

葉巻は雨で濡れてしまっている。ランドは火をつけようとしていたが、すぐにそれを地面に捨てた。

 

「…ふざけるな。力で人を支配する様な奴に従う気はない。

それに、なにより… 

…俺の大切な仲間達を殺しといて、タダで済むと思ってんじゃねぇぞ!マザーファッカーがぁぁ!!」

 

俺は、喉が潰れるんじゃないかというくらいの怒鳴り声を上げた。


俺は頭に血がのぼり、そのままランドに向かって駆け出した。

右手でまっすぐパンチを繰り出す。

 

だが奴は俺の拳を左手でいとも簡単に払った。

雨の中、パシンという音が空しく響く。

 

紳士的な格好や態度でふざけてはいるが、ランドはなかなかケンカ慣れしているらしい。

悪知恵だけでギャングスタクリップのトップに上り詰めたわけでもなさそうだ、と初めて思った。

 

「ヒドい言われようだな。私は君達の様なギャングも含めて、すべてのギャング達の為に改革を起こそうとしているのだよ?」

 

ランドが軽やかにステップを踏んで数歩下がりながら言った。

 

「だったら何で俺達にケンカを売った!

何でいきなり地元に入り込んで、仲間を殺し、俺達を追い出した!」

 

「…以前も話したと思うが?私は他人が苦しむのが好きなんだよ。

B.K.Bに目をつけた理由があるとすれば…君達がテレビで目立っていたから、というくらいだ。あの警官殺しのニュースには驚かされたよ。

もちろん君達がブラッズだという事もあるが。クレンショウブラッドと君達は、ちょうどイイ余興になると思った」

 

ランドは淡々と話した。


「どこまでも救う価値の無いヤロウだな!」

 

「ははは!まったくおかしな事を言う。

皆を救うのは私だ。私は誰にも救ってもらう必要などない。満たされているからな」

 

「アスホールが!いちいち屁理屈を言うんじゃねぇよ!」

 

俺はもう一度、一気にランドに接近して右手で殴りかかった。

 

「くたばれ!」

 

「またか…バカが!」

 

だがまたも簡単に払われてしまう。

 

「…おら!」

 

俺はすかさず左腕で奴の腹にフックをお見舞いした。

 

ゴッ、という鈍い音が聞こえる。…入った。

 

「ぐはっ!貴様…」

 

「…!ぐぁ…」

 

当然ランドはうなった。しかし俺も左腕の激痛でもだえる事となった。

サウスセントラルのアジトで撃たれた傷が開いてしまったのだ。

 

 

それまで一切反撃をしなかったランドも、ついにやる気になったらしい。

奴はハットを投げ捨て、高そうなスーツとシャツを脱いだ。

 

痩せてはいるが、しっかりと筋肉がついてしなやかな肉体。

首筋の『blood klla』の文字以外に、腹や胸にはギャングスタクリップのメンバーである事を表す様々な文字が彫り込まれていた。


「サムぅぅ!!」

 

ランドは勢いをつけて俺に掴みかかってきた。

俺の肩に奴の両手の爪が食い込む程の握力だ。

 

だがやはり右手は痛いらしく、間近にある奴の顔には苦痛の表情が浮かんでいた。

 

「くっ…!」

 

「クソッ…!ランド!!」

 

俺も奴の肩を掴み返し、もみ合いになった。

 

「…っ!」

 

奴は力ずくで俺を地面に投げ倒した。

冷たいコンクリートと水の感触が背中に伝わる。

 

「な…!?」

 

そのままランドは俺に馬乗りになり、顔面を殴った。バコッ!という激しい音と衝撃。

 

「がっ…!」

 

口の中が切れ、血の味が広がった。

 

「サム!貴様は早々に殺しておくべきだったようだ…!」

 

「その意見には…賛成だ…な!」

 

俺はそう言うと、血を含んだツバを奴の顔に吐きかけた。

一瞬怯んだランドの顔面に右の拳で一撃食らわせる。

 

「おら!もう一発だ!」

 

立ち上がり、ランドの腹を目掛けて回し蹴りを放つ。

 

「ぐ…!」

 

「はぁ…はぁ…」

 

俺が片膝をつく。

ランドは地面に倒れ込んだ。


だが俺は攻撃の手を緩めない。

今度は逆に俺がランドに馬乗りになって、顔面にパンチを食らわせた。

 

「クソ…!」

 

だが体力の限界に近づいていた俺は、上手く力が入らずにまともなパンチも打てない。

 

『ここで決着をつけなければ』

 

その意志が俺の身体を気力で動かし続けた。

 

ランドも気を失っていたわけではない。

しばらくは殴られっぱなしで倒れていたが、ガシリと俺の両腕を奴の両腕が掴んで封じた。

 

「サム…!ブッ殺してやる!」

 

「何…!?クソ…!負けるか!」

 

俺は奴の手を振りほどこうと力を入れる。だがランドの腕には、どこにまだそんな力があるのかという程の力がみなぎっている。

 

「くっ…!振りほどけねぇ…!」

 

「ふん!」

 

ランドはさらに力を込めて俺が馬乗りになったまま立ち上がった。すごい力だ。

あわてて俺は両足を地面につける。

 

「クソ!放せ!」

 

ガン!

 

俺は頭突きをランドに食らわせた。

 

「つっ…!こしゃくな!」

 

ランドが頭をおさえながらよろめき、ようやく俺は奴の腕から解放された。


その後も激しい攻撃の打ち合いがしばらく続いた。

ランドの体力と俺の気力、どちらが先につきるかで勝敗が決まると言える。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…くっ…サム。なかなかやるではないか…だが、そろそろあきらめてはどうだね?」

 

「だろ…?お前こそ早くあきらめろよ。はぁ…はぁ…俺はまだまだ平気だぜ…!」

 

俺の挑発的な言葉にランドが笑った。

 

「ふふ…本当に面白いな。君も…君の仲間達も…」

 

「は!ウチのセットはいつも冗談ばっかり飛び交って、にぎやかなもんでな…!お堅いだけのお前達には新鮮だろうさ…!」

 

「あぁ…少し…羨ましく思う」

 

…!!

 

ランドの口から出たとは思えない台詞に、俺は驚かされた。

 

「ふふ…昔は私にだって、明るい仲間達や、愛する家族はいたのだよ?

なにも私は…始めからこんな人間だったわけではない。力で支配する世の中など、むしろ嫌いだったのだからな」

 

「ケンカの最中だってのに昔話かよ!どこまでもふざけたヤロウだ!」

 

「それもそうだな。君は不思議だよ…サム。私が自分の昔話をするなんて。それも敵である君にな」

 

ランドの表情はいつもの冷たい感じではなく、なんとなく温かい様に感じた。


だが、そんなことは関係ない。ランドは憎むべき敵なのだから。

 

俺はガラ空きになっていた奴の腹に右手の拳をたたき込んだ。

 

「ご…ふっ…!」

 

ランドが目を見開いて膝から崩れ落ちる。

 

「…おしゃべりな性格が仇になったな!」

 

ゴホゴホと咳き込みながら地面に突っ伏しているランドを見下ろして俺は言った。

 

「くっ…」

 

「とどめだ。覚悟はいいな?ランド!」

 

俺は奴のベルトを掴み、ズルズルと身体を引きずった。

屋上の一番端、ここから奴を投げ落とせば…

 

「サム…話の続きだ。私は…」

 

「黙れ…!お前は殺す!」

 

今思えば、この時の俺の顔は誰にも見せられない程に醜かったに違いない。

 

「愛する…ゴホゴホッ!!家族を…親友に殺されたのだよ…」

 

「…」

 

あと一歩で奴を投げ落とせる。

そんな場所で俺は足を止めた。

 

「…どうした?私を殺さないのかね?」

 

「聞いて欲しいからそんな話をするんだろ?本当のヒーローは悪役にも慈悲深いんだぜ」

 

「ふふ…笑わせてくれる…ゴホッ!ゴホッ!」

 

ランドの吐く血が雨と混じり、俺の体を濡らした。


はたから見れば、決着を目前にして甘いと思われるかもしれない。

 

だが俺は…『ランドがこの世で会話する最後の人間』。

仲間でもないし、大事な友でもない。

『彼』は憎むべき敵。

 

それでも…一人の人間だ。

 

彼は話した。サウスセントラルの貧困街の生まれだという事。

ある日、親友が金欲しさゆえランドが留守の間に、彼の家族を殺した事。

黒人であり貧困層である彼の訴えを、警察は大した事件として取り合ってくれなかった事。

ギャングスタクリップに入り、自身で親友に復讐を果たした事。

誰も信じられなくなり、力ですべてを飲み込もうという思想に辿りついた事…

 

「…」

 

「私は…身だしなみを整えた。お偉い政治家や立派な会社の社長にも負けないように、紳士的な作法を身に着けた。

黒人だからと…!仕事もない貧困層のギャングだからと…!バカにされないよう、金と力を手に入れようとした…!

心を許す友などいらない!信頼は裏切りに繋がる…!

私はあらゆる手を用いて、嫌いな警察をもおさえつけ…私達を薄汚いと蔑むすべての人間を見返す!

ただ…それだけが…私の望みだ…」


雨が少しずつ弱まり始めた。

 

「…俺達にとっちゃ傍迷惑な話だぜ」

 

「ふふ…謝りはしないぞ?君達を苦しめて楽しんでいたのは事実だが…私にだって誰を力づくで従わせるか、誰を痛めつけて余興を楽しむかを選ぶ権利はある。ビッグトライアングルには君達のイーストL.A.の地が必要だ」

 

「食えない奴だ…」

 

俺はため息をついた。

 

「そして…その為には…私は死ねないのだよ」

 

「…!しまっ…!」

 

全身に鳥肌が立った。

ランドは手で俺のベルトを掴み、俺を屋上から投げ落とそうとしてきたのだ。

 

「やめろ…!」

 

俺は腰のベルトにさしていた拳銃を引き抜き、硬い銃身でランドの顔を殴った。

 

「がっ…!」

 

「うぁ…!」

 

ランドの体が俺を掴んだままで空中に投げ出される。

 

二人共…落ちる。

 

「クソぉ!!」

 

俺はとっさに左手で建物のふちにしがみついた。

腕の傷が悲鳴をあげる。

 

腰に掴まっているランドの重みもあるせいで気を失いそうになるくらいの激痛が俺を襲った。


「この…っ!」

 

「はぁ…はぁ…!はははは!!サムぅ…!君はイイ人間だが、死んでもらうぞ!」

 

ランドが俺の体をよじ登ろうとしてきた。

自分だけ助かる気だ。

 

「ぐっ…!させるか!」

 

俺は右手のグロックで、何度も何度もランドの体を叩いた。

 

「ぬぅ…!」

 

「落ちろ…!ランド!」

 

「落ちるのは君だけで充分だよ…!」

 

俺はさらに激しく右手のグロックで叩く。

左手は今にも千切れてしまいそうな感覚だった。

 

ガン!

 

一度だけ、銃がランドの額に当たった。

それが最後の攻撃となる。

 

 

「ぁ…!!」

 

ランドの手の力が緩み、俺の体が軽くなるのを感じた。

 

「…!サムぅぅ…!!!!!」

 

 

その声は遠ざかっていく。少し経ってドスン、という気味の悪い音が聞こえてきた。

ランドが、屋上から地面に叩きつけられたのだ。

 

「終わっ…た…」

 

それと同時に俺の左手の力も抜けて、さらに体が軽くなった。

 

 

俺も…落ちる。

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