Compton iz dead
光がなければ影はない。だが、光があるせいで影は真裏へと追いやられる。
「…B。痛手と呼ぶには大きすぎたな」
マークに連れ添ってもらいながら外へと出た俺に、肩をおさえたガイが言った。
顔面蒼白とはまさにこの事だ、と言わんばかりに顔色が悪い。
俺もそうだが、やはりガイにも早くきちんとした手当てが必要だろう。
ただし、クレンショウや病院に戻れとは言えない。
俺もこのざまだ。ガイを戻せば、俺も一緒に帰らなくちゃならないハメになる。
「そうだな…とにかく俺達は一刻も早く手当てを受けないといけないな…
残りの重傷者や死者は…おい、ブラックホール…お前がトラックで病院やそれぞれのセットに運んでやってくれ…」
「分かった。じゃあクレンショウには向かわないで、直接みんなの地元を周ってくるよ」
またコリーは一度離脱する事になるが、快く引き受けてくれた。
これだけの人数を病院やテリトリーに運んで戻ってくるには相当な時間がかかる可能性が高い。
「残りの奴等は…みんな車で移動だ…いいな…?」
「…行き先は?」
ガイが俺に言った。
「まずは俺とお前…それに軽傷の奴の手当てをしよう…
それからコンプトンに向かうぞ」
コンプトン。そう。三階にいた二人のギャングスタクリップが教えてくれたもう一つのアジトは、なんとコンプトン市内にあるというのだった。
俺達はブラックホールと別れるとすぐにドラッグストアへと向かった。
みんなで金を出し合って消毒液や包帯を買い込む。
「これで…どうだ?」
「あぁ、少し楽になった気がするよ…ありがとう…」
ドラッグストアの駐車場で俺の腕の手当てをしてくれたのはエミルだった。他の軽傷者やガイも仲間から手当てを受けている。
エミルはさっきまでマークと一緒に敵をなぎ倒していたらしい。頬に切り傷がついていて無傷とはいかないが、命があってよかった。
エミルは「シャドウも途中まではマークや俺の横で戦っていたが、突然いなくなっていた」と俺に教えてくれた。
おそらくその時点で撃たれてしまったのだろう。
「シャドウの事だが…残念だ。俺は短い時間だったが、奴と一緒に行動できて良かった。シャドウの事は忘れない」
「そうだな…」
エミルとシャドウは俺と共にコンプトンのセットを周って協力者を集めていた時、自然に意気が合ったらしかった。
…
「おい、B!手当ては済んだか?」
その時、マークがのしのし歩いて来て、どっかりと地面に腰を下ろした。
「あぁ…今、終わった所だ。消毒はさすがにしみたが…楽になったよ」
「そりゃよかった」
マークが言った。
エミルも腰を下ろして、三人で向き合う形になる。
「えーと…紹介がまだだったか…?
マーク。彼はエミル。ギャングスタクリップの元リーダーだった男だ。
エミル…コイツはマークだ。俺の昔からの親友で、もっとも信頼できて尊敬できる奴だ」
俺は交互に、首を左右に振りながら言った。
マークとエミルが握手をする。
「さっきのケンカ…俺の仲間も多く犠牲になり、俺も危ないところだったが…お前の活躍は見事だった。あらためてよろしく頼む」
「は!当たり前だ!俺はB.K.B…いや、ロサンゼルス最強の男だぜ!
アンタもなかなかの腕っぷしだとは思ったが、ギャングスタクリップの頭だったのか!」
マークが威勢よく叫んだ。
しかし急に落ち込んだ様子になる。
「…仲間達を守れなかったのは悔しいがよ」
「俺も…ニックやブライズの事が…ショックでたまらない…
さっきまで一緒にいた奴がこんなに簡単にいなくなるんだもんな…」
俺はそう言って寝転がった。
「ライダーとシャドウか…」
いつの間にか、ガイが俺達の側にいた。奴も手当てが終わったらしい。
寝そべっていた俺は、すぐに座り直してガイの肩を見た。
包帯が巻かれていたが、骨に損傷があるならば安静にしておく以外に回復できる手があるとは思えない。
だが奴はそれでも戦い続けるつもりだろう。
「終わったのか…?」
「あぁ…俺なら大丈夫だ。サム、お前も無理しないようにな。死んでもらっちゃ困る…」
この時、生きているE.T.は俺を含めてマーク、ガイ、ブラックホール、そしてMCをしているジミーだけだった。
「…E.T.も寂しくなったもんだ…ウィザード、スノウマン、ジャック、クリック、シャドウ、そしてライダー。みんながいた頃が懐かしいぜ…」
「サム。お前の背中で、そして俺達の心の中ではみんな生き続けてるんだからよ。そんなこと言うのはよそうぜ」
マークが俺の背中に手を当てて言った。
「そうだな…シャドウやライダーの名前も彫らなくちゃならないな」
だが、ランドとの決着がつかない限りはそんな時間はない。
「行くか」
俺が立ち上がると、全員車に乗り込んだ。
…
一度スタンドに寄り、燃料が少ない車に給油した。もちろんほんのわずかな量のガソリンだ。
さらにそのスタンドで安上がりな食料を買う。夜中に開いているなんて大助かりだ。
マークの提案だった。
「メシ食っとかないと力が出ないだろ?みんな腹が減ってるだろうぜ」
これは案外イイ意見だったようだ。みんな、パイやチキンなどを早々と食べていた。
だが俺は、無理矢理口に放り込んだチョコバーをすぐに戻してしまう結果となった。
ガイも「食べる気にならない」と言って何も食べなかったし、他の奴等の中にも仲間の死のショックからか、食べ物を受け付けない奴が数人程度いた。
仕方なく口直しにタバコを吸っていると、ガイに注意される。
「B、スタンドでタバコはダメだろ…?」
「あぁ…すまない。すぐに消すよ」
「いよいよコンプトンに向かうんだな?」
俺がタバコを踏むのを見ながらガイがきく。
「そうだな…これ以上準備する事もないだろ。弾を買う金も、仲間を増やす術もないからな…」
「たったこれだけの人数だからな…
だが俺はコンプトンには何度行っても慣れない…今でもあそこは怖いぜ」
ガイは軽く笑った。
「確かにコンプトンってのは、治安が悪いって言われてるイーストL.A.やサウスセントラルと比べても別格だよな。
始めの頃は俺もびびってたよ…」
俺はガイの肩に手を置いた。
「そうだな。何か街全体からヤバイ雰囲気が出てるって言うか…今でも俺は体が馴染めない感じだな…」
「ガイ、俺達はギャングスタだ。汚れてしまっている。
今となっては、むしろ馴染みやすい街なんじゃないのか?」
「いや。あの街は暗い過去を持つ場所だ。
汚れている人間だからといって必ずしも居心地がイイわけじゃない」
暗い過去…奴隷時代の話だろう。
もちろん俺達の世代にそんな記憶はないが、街はすべてを覚えている。そしてコンプトンの現在の治安はそれを伝えているようにも感じる。
悪くなるべきしてなった治安。クリップスやブラッズというギャングスタ達、そしてゲットーと呼ばれる貧困街が出来る事になったのは、黒人を強制的にアメリカへ連れてきて、無理矢理働かせて、狭い街に押し込めてきた奴等のせいなのかもしれない。そんなことを俺は思った。
だが、そんな状況であったからこそ作り上げられてきた物もある。
ウェストコーストヒップホップなんかがその代表的なものだ。そんな事もあるものだから、一概にコンプトンの存在が悪いだけのものとも言えなかった。
「…そろそろ全員動けるな?連なって出発だ…!」
ようやく俺が号令をかけ、サウスセントラルを後にした。
…
「…B、まだ痛むか?」
俺は一番先頭の車に乗っていた。九十年代式のフリートウッドだ。三人しか乗っておらず、狭苦しくはないのでリラックスできる。
後部座席の俺に声を掛けてくれたのはエミルだった。彼は助手席に座っている。
運転しているのは古株ギャングスタクリップのメンバーだ。
「そりゃさすがにな…だが、動ける。心配はいらない」
「そうか。それならイイんだが」
エミルはふぅとため息をついて座席を少し倒した。
「何か聞いてもイイか?」
ドライバーのギャングスタクリップのメンバーが言う。
「あぁ」
俺が返すと、奴はラジオをつけた。
ジ…ジジ…
『…らB.K.B…すぜ…っぱつ…バン…ザ…リート…』
「…!」
電波受信の具合が悪いようだが、ラジオから聞こえた声は確かに俺には聞き覚えがある声だった。
すぐさま俺は携帯電話に手をかけた。
…
「よう!クソッたれサム!起きてたのか!」
ジミーの明るい声が聞こえた。
「あぁ。お前…ラジオで曲が流れてるぞ」
「何!?マジで!?そういえばちょっと前に、ダメ元でラジオ局にデモテープ持ち込んだ!
まだ未完成の奴だったけど、かけてくれたのかー!やったぜー!カッコよかっただろ!?」
「いや…それが電波が悪くてな。あまり聞き取れなかったんだよ…
でも、声で分かった。それにあのリリック…クソッたれクリックの考えた歌詞だよな…?」
俺がそう言うとジミーは満足そうに笑った。
「ははは!よく分かったな!フックは絶対あのフレーズを使いたかったんだよー。
『俺らB.K.B かますぜ一発 バンギン・オン・ザ・ストリート!』ってな!懐かしかっただろ!」
「そうだな…ジミー、今度帰ってきたら俺達の目の前で、みんなの為にラップしてくれよな」
「もちろんだぜ!そういえば、サム。さっき電話した時、『忙しい』って言ってたけど…何かあったのか?」
ジミーは心配そうにおそるおそる俺にきいた。
「実は…今、ギャングスタクリップと決着をつけようっていう大事なケンカの最中なんだよ…」
「マジかよ!そりゃ俺も手を貸さないわけにはいかないぜ!何で言ってくれないんだよ!?」
「お前が『手を貸すから待ってろ』とでも言うんじゃないかと思ってな。
お前は現役のギャングスタとは違うんだ。ラッパーとして頑張ってる今の自分の人生を無駄にするんじゃねぇよ」
俺がそう返すと、ジミーはしばらくの間押し黙ってしまった。
エミルやドライバーのクリップスも、ラジオを消して静かにしてくれている。気をつかわせてしまったかと少し心配になった。
「…いやだ」
「おいおい…そうは言ってもな」
「うるせー!俺はやりたいようにやるんだよ!待ってろよ、クソッたれ!今から向かうからよ!」
そしてプツリと電話が切れてしまった。
「…どこに向かうつもりなんだよ。バカな奴だ…」
俺は苦笑いをしながら携帯電話の電源を切り、ポケットに押し込んだ。
これでジミーは俺達の居場所が分からなくなるだろう。
「セットからラッパーが出たのか?すごいな」
俺が電話をしまったのを確認しながらドライバーのクリップスが言った。
「そうだ。まさかラジオで奴の曲が流れるとは思ってなかったから驚いたけどな…」
「ウチからも何人か、そうやって夢を追いかけていった奴もいたな」
エミルが言った。
「あぁ、いたいた!ロビンソン兄弟に、マッド・ロック、ファントムのヤロウもそうだったよな、エミル?」
「そうだ。懐かしいな。
アイツらがいた頃のギャングスタクリップは良かった。みんな自由で…金はないが悩みも少なくて。なにより仲間同士の結束が硬かった。
本当に…懐かしい」
エミルとクリップスが昔話を始めた。
どんな過酷な生き方をしてきたセットにも楽しい思い出は必ずあるのだ。
「でも、もう会えないんだよな」
ドライバーのクリップスが言った。
彼は頭にも口にも紺色のバンダナを巻いているので、わずかに露出している目だけが、ルームミラー越しに悲しそうな表情になったのが見えた。
「死んだのか?」
俺は二人にきいた。
エミルがベースボールキャップを深く被り直して答える。
「あぁ…だが少し違うな」
「は?」
「『殺された』んだよ。それも全員な…」
殺された…俺は息を飲んだ。
「…どうしてだ?」
「ギャング出身のラッパーてのは、常に危険がついてまわる。
色んな所に出る事で顔が割れちまうから、現役以上にな。
例えばクリップス出身なら、ブラッズに。ブラッズ出身ならクリップスに…町中で出会うだけで理由もなく撃たれちまう。
名前が売れれば売れる程、危険度が増すが…その頃には用心棒くらい雇える。
むしろまだ駆け出しで、金もないくらいの奴が一番危ないのかもしれない」
「じゃあ…ジミーも…」
俺の頭の中を最悪の結末が過ぎった。
「さっきのホーミーだよな?出身セットを公表してるんなら、危ないぞ。
別にギャングの格好してなくても、顔が割れちまってたら何の意味もない。
ホテル、マーケット、ガソリンスタンド、スタジアム…安全な場所でも危険な場所でも、どこであれ墓場に変わる」
ジミーは堂々とセット名を言っているし、それ以前にファッションは現役の頃と何ら変わっていない。かなり危ないという事が分かった。
ジミーはどこに向かうつもりか分からないし、俺達の居場所も電話連絡が取れなければ分からない。
だが、俺達を探そうとサウスセントラルやコンプトンのゲットーエリアを動き回るのは危険だ。
こちらからあまり出歩くな、とも言えない。言ったとしても、きいてはくれないだろう。
「ジミーの事…今はどうこうできる状態じゃない。
まずは早くギャングスタクリップの奴等からきいたコンプトンのアジトに向かって、ランドを見つけ出してブッ殺さないと…」
「あぁ。心配だろうが我慢してくれ、B。
他のB.K.Bのメンバーには言わない方がイイだろうな」
エミルが俺に言った。
「気掛かりになる奴が出てくるかもしれないからな…」
俺は後ろを振り向いた。
数台の車で、わずかな数の仲間達がついてきている。
誰もはぐれたりはしていないようだ。
…
「よし…ついたな。OG-B、細かい場所を誘導してくれ」
ドライバーのクリップスが言った。
俺達は再びコンプトンの地へと足を踏み入れた。
俺達ギャングスタチームの中にはコンプトンのセット出身の奴もたくさんいる。
だが、サウスセントラルのギャングスタクリップがコンプトンにアジトを構えている事は誰も知らなかった。もちろんエミル達、古株のギャングスタクリップですらだ。
「ここは…」
エミルが言った。
サウスセントラルにあったアジトの廃ビルの三階にいた二人のギャングスタクリップ。
彼等に教えてもらった場所へと俺がみんなを案内していく。
「まさか…?本当にここなのか?間違いないんだよな…」
俺自身も驚いていた。
目の前にはひっそりと静まり返ったコンプトン警察署があったのだ。さすがにランドであろうと、アジトとして使っているとは思えない。
「サム。…サム!」
「ん?あ、あぁ…アイツらがくれた手書きの地図は…間違いなくココを指してる…」
「まったく…どういう事だよ」
エミルがキャップを脱いで面倒くさそうに頭を掻いた。
すぐにバタバタと駆け足の音が聞こえる。
「おい!ここはコンプトンポリスだぜ!?」
「ここで道案内でも頼むのか!?」
後ろからついてきていた仲間達が次々と車から下りて、先頭にいる俺のところへ叫びながら駆け寄ってきた。
俺もまだ少し痛む腕をおさえながら、キャデラックの後部座席から下りる。
コンプトンポリスは気味が悪い程、静まり返っている。
もちろんこんな治安の悪い管轄を持つ警察署では基本的にありえない事だ。
ぞろぞろと警察署前に停車している俺達にも、何の反応も示さない。
「サム…ここは?」
「おい、アイツらは確かにここを!?」
ガイとマークが俺に近寄ってきた。
「どうやらここが、奴等の言う『コンプトンのアジト』らしいぞ…?多分、ここを教えてくれたアイツら本人も来た事がないんだろう…」
彼等も場所以外は何も知らなかったに違いない。
ギャングスタクリップのアジトというより『ランド個人の根城』という感じなのだろうか。俺にはまったくわけが分からなかった。
「警察署がアジトだなんて知ってたら先に言うだろうからな?…署の様子がおかしいのは気になるが…」
ガイが自分のあごをなでながら言った。
「本当にここで間違いないのかよ?乗り込めるわけなんてないじゃねぇか…」
珍しくマークが弱気な発言をした。
ランドとの戦いは驚きや混乱の連続だったが、この時も例外ではなく、俺達を困らせた。
ギャングスタクリップの二人が俺達に嘘を教えた可能性もある。
敵に「自分達のリーダーを止めてくれ」だなんて言う事は、普通では考えられない。
だが、彼等の涙は本物だった。
俺も、仲間達も、ここにランドがいるとは到底思えなかった。
それでも、ギャングスタクリップが涙ながらに訴えた言葉を…俺は信用する事にした。
「…やっぱりここだ」
俺がぽつりとつぶやいた言葉に、みんながざわつく。
「ここ?」
誰かが言った。
「…あぁ、乗り込むぞ。本当は、俺だってランドがいるとは思えないが…信じてみようと思う」
信じるって何をだよ、という声が聞こえたが俺は無視した。
「しかし、静かだな…まるで死んでるみたいによ」
「ランドには警察以外に、サウスセントラルの他のセットもついてる事を忘れるなよ」
マークとガイが言った。
だが、俺はそれも無視した。
…
こんな場所に乗り込めば、ランドがいようがいまいがタダでは済まない。そんなことは分かっていた。
長く息を吐いて、俺はゆっくりと歩き出す。
警察署の駐車場にはパトカーが数台停まっていた。
屋内の電気もすべて点いている。
だが、マークが言ったように警察署はまるで死んでいるようだった。
警官らしき人影はおろか、声や気配すらも無い。
署内の建物へと続く入り口は大きく口を開けていた。
「…」
エミルが無言で先頭をゆっくり歩く俺の横についた。
エントランスをくぐり、建物内部に入る。
「サム、警官が出てきたらどうするんだ?殺してイイのか?」
少し後ろからマークの問い掛けが聞こえてきた。
俺は振り返る。
「…マザーファッカー。逃げるに決まってるだろ…だが、この様子は普通じゃない…何が起こっても不思議じゃないな」
「警官がランド率いるギャング共にやられちまったって事か?」
「それは違う」
俺の代わりに答えたのはガイだった。
「署内はキレイなままだし、ランドがサツとやり合う理由は一つもない。
イーストL.A.を取り返した時に、警察を利用してお前が俺達のシマにいたギャングスタクリップを撃退したよな、マーク?あれ以降はギャングスタクリップと警察はぶつかってない」
署内は依然として気味が悪い程静かだ。
俺達の足音や話し声以外は何も聞こえない。
「いくつかに分かれよう」
エミルの提案で俺達はしばらくバラバラになって署内を周る事にした。
警官を見つけたらすぐに仲間に知らせて逃げるように指示を出して解散する。
俺はエミルとガイと一緒に三人で行動する事になった。
「どこへ向かう?」
「さぁな…とにかく上へ行こうか」
エミルの問いに俺は答えた。
「…有り得ない状況だ。なんだか、ランドが関与してるような気がしてきたな…」
ガイがつぶやいた。
その後、いくつかの部屋をシラミ潰しに探索していったが、何の手掛かりも見つからなかった。
…
「結局ここまで何もないな」
エミルが最後の扉に手をかけながら言った。
ガタン。
そこは大きなデスクと椅子が一つだけポツンとある部屋だった。
壁には賞状のような紙切れが額縁に入れられ所狭しとかけられている。
この部屋だけはなぜか明かりがついておらず少し薄暗かったが、署長室に違いないと俺は思った。
「…?」
デスクの椅子に腰掛ける影が一つあった。
「だれ…だ…?」
俺達の存在に気付いたその影が言った。
「…エミル、電気を」
「あぁ」
扉の左に照明のスイッチを見つけた俺は、エミルに明かりを点けるように頼んだ。
パチリと音を立てて明かりがつく。
「おぉ…サム…!サムなのか…!?」
「なに…!?どうして…」
その影は椅子に座っていたわけではなかった。
顔が腫れ上がり、体はズタボロになるまでボコボコに痛めつけられて縛られていたのだ。
そして、その男はランドではなかった。
「カール…」
彼は二度も俺を救ってくれたコンプトンの黒人警官。カール巡査だった。
エミルとガイも大怪我を負った警察官の姿に驚きを隠せないでいる。
「一体どうしたんだよ…カール…」
彼の制服はところどころが破れてジワリと血がにじんでいる。
刃物で切りつけられたような傷だった。
「俺のことはイイ…ゆっくりしてる場合じゃないぞ…っ…。サム、早くここから逃げろ…」
「逃げろ…?アンタだけは特別だ。放っておけるかよ!」
俺達三人はカールに近付いて、彼を縛っている縄をほどいた。
「手遅れになるぞ…!」
俺達が縄をほどいている間、ずっとカールはそう叫んでいた。
「とにかく落ち着けよ、カール…話をきかせてくれ。
なぜケガをしてここに捕まってる?ここはアンタの職場じゃないか。
それに何で署内に誰もいない?警察官全員が非番なわけじゃないよな」
「…俺は…ハメられたのさ。とにかく、お前達は早く逃げろ…」
カールは俺の質問に詳しくは答えてくれなかった。
だが俺はめげずに質問を続ける。彼は何か知っているに違いないからだ。
「ハメられた?誰に?」
「…」
カールは口を開かない。
エミルとガイは黙ったままジッとカールを見つめている。
二人は俺とカールが深い仲なのを説明しなくても察してくれたようだった。
「だんまりか…さっきから逃げろ逃げろって…何を焦ってるんだ?俺達に危険が迫ってるとでも?」
「あぁ…俺もハメられたが、同時にお前らもハメられたのさ…」
「「何…?」」
俺達三人は同時に同じ言葉を発した。
「コンプトンは…もう死んでる…」




