OG-B
それが俺の名。
「おっ、きたきた」
俺を呼んでいたのはワッツ地区のバウンティハンターの連中だった。
狭いスペースであるにも関わらず、カードゲームを楽しんでいる。どうやら俺を呼んだ理由はこれだ。
「ポーカーか?」
「そうだ。やろうぜ」
一人のメンバーがカードを五枚、ふせたままみんなに配った。
俺を含めて、五人でのゲームだ。
「リラックスしてるみたいだな」
俺は手札のカードを二枚捨て、山札から引きながら言った。
「辛気くさいのは俺達らしくねぇからな」
俺の隣に座っている奴がそう返した。
スキンヘッドにあごヒゲを蓄えた男だ。シャドウと同じくらい肌の色が黒い。
俺はソイツに質問した。
「ところでバウンティハンターも、ギャングスタクリップからの支配を受けてるのか?」
「あん?いや、俺達は直接ギャングスタクリップとの関わりはないぜ」
「そうか。じゃあ交流のある別のブラッズセットへの加勢って事なんだな?」
コンプトン市内に含まれていないワッツにまでは、まだランドの手は伸びていなかったようだった。
「あぁそうだ。コンプトンのブラッズセットには仲良くしてもらってる奴等が結構いてな。俺達も話をきいて、ギャングスタクリップには腹が立ってたんだよ」
「やはりそうだったか。感謝するぜ」
俺はそう言って3カードで勝負をかけたが、他の奴のフラッシュに負けてしまった。
「あぁクソ!おい、いくらだ?」
「なんだ、OG-B。金を賭けたいのか?
おい、みんな!リーダーは賭け金があった方がイイらしいぞ!どうする?」
バウンティハンターの連中は普通にゲームを楽しんでいただけらしい。
俺は余計な事を言ったかな、とやや不安になった。
「金だと?」
「1セント賭けでいいか?」
「持ち合わせは…これだけしかねぇぞ」
カードを囲んでいたメンバー達はジャラジャラとポケットから小銭を出し始めた。
一番金を持っている奴でも5ドル程しか無いようだった。
「これじゃあ無理だな」
俺は頭をかく。
B.K.Bも資金難だったが、俺のポケットには少なくとも40ドルは入っている。
同じギャングとはいえ、他のセットと比べると、いかにB.K.Bが裕福な生活をしていたかがよく分かった。
「悪いな。やっぱ賭けは無しにしよう」
「おい、OG-B。自分で言い出したのに、実は手持ちが少なかったんだな?」
横の奴がそう言ったのでみんなは笑った。
そういう事にしておくか。
しばらくバウンティハンターとポーカーを続けると、俺は立ち上がった。
「じゃあ、俺はそろそろ抜けるぞ」
そうか分かった、と何人かの短い返事があった。
再び最後尾のエミルの所へ戻ろうとした俺を、今度は別の声が呼び止める。なぜか俺は人気者らしい。
「OG-B」
「ん?」
「次こそはランドを仕留めれるんだろうな?」
俺は背中がゾクゾクとした。
何とも言えないすごいオーラ…ビショップのOG達だった。固まって座り、全員が俺を見上げていた。
すぐ横にはトゥリートップの連中がいる。
「奴を見つけるまで『絶対』とは言えない」
「真面目な奴だな。『もちろん確実にブチ殺す』くらい言ってくれてもイイんだぜ?
お前には俺達がついてる。俺達みたいなクソッタレ共を使うには少しぐらい荒くて構わねぇんだよ」
OGの一人がそう言った。
「『使う』なんて、よしてくれ。俺はみんなと何も変わらない」
俺の言葉に彼等は首をかしげた。
「まぁ、とにかく…俺はみんなの上司でもなければ大統領でもない。
みんなの上に立つ人間じゃない。同じ対等な仲間だ。そう思ってくれって事さ」
それでもなかなか彼等には俺の言いたい事が伝わらないようだった。
「そうは言ってもな、実際にお前は俺らに対して召集をかけたじゃねぇか?」
「指示してんのはお前だし、俺達はその通り動いてるんだぞ。
OG-B。お前がリーダーじゃなきゃ、誰の意志で俺達は動いてきたんだよ?」
ビショップのOG達が言う。
俺は答えた。
「…意志はみんなのものだろ。ランドを倒したい、それはみんな一緒だ。違うか?」
「そういう事じゃねぇだろうが」
「指示を出す事も必要だし、俺がリーダーだって事も必要不可欠な事だ。それは分かってる。
だが、俺がみんなを使ってるなんて考え方はやめてほしいんだよ」
わけわかんねぇよ、といった声がいくつか上がる。
「そこまで対等にこだわる理由でもあるのかよ?」
「仲間を『使う』ってよ、まるで部下みたいな扱いしてたんじゃあ…俺達が一番嫌ってるランドみたいじゃないか?」
俺はそう言って笑った。
「おい聞いたか!本当に真面目なヤロウだ!」
ビショップ達からどっと笑いが起きた。
「OK、OK。俺達の負けだ。まったく難しい事を言う奴だぜ、まだガキのくせによ」
一人のOGが両手を上げて降参のポーズをしてくれた。
俺も笑った。ビショップのOG、そしてトゥリートップのメンバー達とようやく打ち解けられたような気がした。
俺がエミルのいる一番後ろの場所に戻るまでの間に、ホーリー・フッド、ウェストサイド・パイル、ケリーパーク・クリップ、古株のギャングスタクリップなど、ブラッド、クリップ関わらず様々なセットの奴等から呼び止められる事となった。
どのセットの連中も、話してみたらイイ奴ばかりだ。
特に家族や仲間を思う気持ち、ランドを討ち果たしたいという気持ちは紛れも無く本物だった。
俺は『コイツらと出会えてよかった』という、B.K.Bの立ち上げ以来の感情に包まれた。
…
キキィ…プシュ!
突然トラックが停車する音と振動がコンテナ内に伝わった。
ガヤガヤとコンテナ内のギャング達が騒ぎ始める。
「なんだ!?」
「止まったみたいだな!」
「故障か?」
箱の中からは一切外が見えない。
俺も理由が気になったのでドアに手をのばした。
「くっ…開かないぞ」
だが、外に出る事はできなかった。
向こう側からロックされているのだ。誰かが外から扉を開けてくれない限り、俺達は夜空を見る事はできない。
「なんだ?開かないのか?」
エミルが俺に言った。
「そうらしい。どうしたらいいんだ」
俺は扉に寄り掛かって座った。
すると、一瞬身体がフワリと宙に浮いた感覚に襲われた。
つまり、ちょうど扉が開いたのだ。
「うおっ!」
誰かの声と、背中に何かの感触があった。
「サムか!?あぶねぇな!扉に寄り掛かってたのかよ?」
シャドウの声だ。
俺の背中を両手で支えてくれているらしい。俺はいつの間にか真直ぐ空を見上げていた。
そのままの状態でいるのも、俺とシャドウにとっては辛いので半身を起こしてコンテナの中に戻る。
「よっ…と。シャドウ、何で車を止めたんだ?」
「…見つけたぜ」
シャドウがそう言うと、ガヤガヤしていた箱の中が静まった。
みんな開いた扉の方を一心に見つめている。
「何を見つけた?ランドか?」
みんな俺達の会話に耳をかたむけている。
「いや、それはまだ分からないが…
とにかくあれを見てくれ。間違ない」
俺はコンテナから顔をのぞかせてシャドウの指差す方を見た。
それは三階建てのアパートのような建物だった。
俺達が乗っているトラックと車からは少し距離がある。ブラックホールが離れて停車したのだろう。
周りには似たようなビルがいくつかある。だが、その建物だけは遠くからでも分かる程に、茶色い壁の一階部分がギャングスタクリップのタグでうめつくされていた。
1フロアに五部屋程度といった感じで、そこまで大きくはない印象を受けた。
「アジトか?」
「あぁ」
「メンバーは?確認できたのか?」
シャドウは首を縦にふった。
「周りをグルグル走りながらしばらく見てたが、何人かの出入りがあった。ランドは見てない」
「そうか。まだ手を出すには早いかもしれない」
俺はタバコに火をつけた。
「ガイは?何か言ってたか?」
俺はシャドウにたずねた。ガイは別の車に乗って移動していたからだ。
「いいや。話がしたいなら自分できいてみろよ」
トラックの後ろには数台の車がひかえている。
その内の一台にガイが肩をおさえて座っているのが見えた。
「みんな。奴等のアジトらしき場所を見つけたんだが、ランドがいるのかどうか分からない。
ちょっと仲間と話してみるから少し待っててくれ」
俺はギャング達にそう言い残して、コンテナから飛び降りた。
ガイが乗る車まで歩くと、シャドウもついてきた。
「ガイ」
「あぁ。ちょっとまだ分からないな」
窓を開けて、ガイは俺に言った。
俺の言いたい事は分かっているらしい。
「奴等が少ない内に、あのアジトを乗っ取ってしまうのもイイ。
だが、本物のアジトならば中にはすごい数のクリップスが隠れているかもしれないし、あのアジトはほとんど使われていないオトリだという可能性もあるな…」
「どっちにしろ下手に手は出せないって事か」
「そういう事だ」
ガイは肩をおさえたまま言った。
「どうするんだ?」
シャドウが俺とガイを交互に見ながら言った。
「こういう手はどうだろうか」
しばらく何か考えていたガイが口を開いた。
「少しの見張りを残して、それ以外はまた移動する。このまま動かないでじっとしてるのも時間がもったいないだろ」
「確かにそうだな。それで?」
俺が返した。
「見張りは、このアジトに何か動きがあったら…そうだな例えば…ランドを見つけたり、大人数のメンバーを確認できたら公衆電話から連絡だ。
ランドがいればみんなを呼び戻してそのまま攻撃。
たくさんのギャングスタクリップがいたならこのアジトが本物だと確信できる。それならランドが戻ってくるかもしれない。アジトがオトリだっていう可能性が消えるだけでもありがたいしな」
「なるほどな。オトリじゃないと確信できなければ、どうあろうと手は出せないか…」
シャドウが感心したようにつぶやいた。
「そしたら誰か…」
「俺が残ろう。ホーミーを二、三人つけてくれ」
俺が言う前にガイが言い出た。
俺達はガイと数人の仲間を残してコンテナに乗り込む。
今度は俺の他にシャドウも箱の中に入ってきた。
「さっきの戦いまでガイは俺の事を心配して離れようとしなかったのに、自分から残るなんてな」
目の前に座るシャドウに俺は言った。
「ガイの奴、肩をケガしてるんだってな?」
「あぁ…俺のせいなんだ」
「いよいよ痛みがひどくなってきて、耐えられなくなってるんじゃねぇのか?」
シャドウの言葉に俺はハッとなった。
それならばガイが突然残ると言い出した事にも納得できる。
「もしそうならアイツ、やっぱり無理してたんだな…
力づくでもクレンショウに戻しておくべきだったか…」
「さぁ?何が正しいかなんて分からないが、アイツがやりたいようにやらせてやるのがイイんじゃないか」
シャドウはあくびをしながらそう言った。
…
ガイと別れてトラックが発進してから三十分。
俺の携帯電話が鳴った。
「ガイか?早かったな」
「サム。当たりだ。すぐに引き返してきてくれ」
ガイはそう短く言った。
何を見つけたのか詳しく言わなかったが、俺達を引き戻すには充分な言葉だった。
俺達は引き返し、ガイと合流するとすぐにトラックと車を少し離れた場所に停めた。全員で広がって、ギャングスタクリップのアジトを囲む。
もちろん念の為に建物や木陰などに身をひそめていた。
ガイに詳しい話をきいてみたら「ランドは分からないが、結構な数のクリップスが建物に入っていった」らしい。
ランドもここに出入りしている可能性が高いだろう。
先程の戦いから立ち去って、すでにここへ帰ってきているとも考えられる。
「ランドがいるか、いないかを考えるのは後にしないか?」
俺の近くで身をひそめていたブラックホールが言った。
「とにかくあの建物がギャングスタクリップの奴等にとって重要な場所だって事は分かったんだからさ。まずは気付かれてない内に一気につぶしてしまおうよ」
「驚いたな、コリー。そこまでケンカに積極的なお前は初めて見たぜ」
俺がそう言って笑うと、ブラックホールは俺を睨みつけた。
「そんなことはどうでもイイだろ!やるなら早く!」
「あぁ、悪かった。それじゃ、行くぞ!」
俺が駆け出すと、アジトをグルリと囲んでいた俺達の輪が一気に縮まった。
この建物には正面のエントランスが一つと、ちょうど反対側には小さな裏口があるようだった。
仲間達は自然と二手に別れてそれぞれの出入り口から侵入しようとしている。
俺はブラックホールと一緒に正面の入り口へと向かった。
こんな建物の中に侵入して戦うなんて経験した事もない俺は、なんだか警察や米軍の特殊部隊にでもなったような気分だった。
入り口から入ると、ただ真直ぐに伸びた廊下。
その左右にいくつかの部屋の扉や、上の階に上がる為の階段がある。
他の仲間が侵入している小さな裏口も廊下の直線上の一番端に確認できた。
ギャングスタクリップのメンバーはまだ見えない。
建物の内部はコンクリートの床や壁といった珍しい作りで、ところどころに空き瓶や紙袋が捨てられていた。
もちろんタグがあちらこちらに書かれている事は言うまでもない。
「B、奴等が近いみたいだ。部屋にいるに違いない」
ブラックホールが言った。
ギャングスタクリップらしきわずかな話し声や笑い声が聞こえてきたからだ。
俺達の前を行くメンバー達もそれに気付き、泥棒のように息を殺して歩いていた。
廊下には俺達ギャングスタチームがあふれかえっている。
すべての扉の前にそれぞれ仲間達が立つ。
ガン!
一つの部屋をマークが蹴り開ける。
すると一斉に他の部屋の扉も次々と開け放たれた。
「やれ!ブッ潰せぇ!」
俺の叫びでそれぞれの部屋の中へと仲間達が突入していった。
俺はブラックホールと数人のホーミーを従えて階段の前に待機する。
物音を聞きつけて下りてくる奴等を迎え撃つ為だ。
パァン!パァン!
「おらぁ!」
「やっちまえ!」
敵か味方か分からないくらいの銃声や怒号が響く。
だがすぐにそれは消えた。
「サム!終わったぞ!一階にはそんなに敵はいないみたいだ!」
シャドウが階段に駆け寄りながら言った。
ということは、ほとんどの敵が上の階にいるということだ。
次は二階。
仲間達が俺やコリーの横を通りすぎて二階へと駆け上がっていく。
「サム!一階は俺が引き受ける。上へ!」
ガイが肩をおさえながら叫んでいた。
やはり身体が思うように動かないのだろうか。
「…よし、分かった!ブラックホール、俺達も行こう!」
一階にはガイと数人の仲間だけを残して俺達は進んだ。
…
俺とブラックホールが階段を上り二階に到着すると、すでに廊下でギャングスタクリップのメンバー達との戦いが始まっていた。
一階の騒ぎに気付いたクリップス達が、二階の部屋から次々と武装して飛び出してきていたのだ。
それがちょうど駆け上がっていった仲間とぶつかった。
「クソッ!どうやらこの階が一番面倒みたいだぜ!」
これはライダーだ。
階段から廊下に出てすぐのところで叫んでいる。つまりかなりの数の、ほとんどの敵がこのフロアにいるという事だ。
どうも建物の中というのは戦いづらい。
特に廊下は通路が狭いせいで中々進めないし、一直線に仲間が固まる事になるのでむやみに銃も撃てない。
だがそれは敵からしてみても同じだ。全員が部屋から廊下に出る事は難しいようで、上手く反撃できずにいる。
「サム、進めないよ。上に行くか?」
ブラックホールが階段からチラリと廊下をのぞき込む。
もちろん階段をそのまま上れば、二階をとばして三階にたどりつく事は出来る。
仲間も敵も狭い通路に入り乱れているので、最後尾の俺達が二階にあふれている味方に加勢をするのは難しいようだった。
敵も仲間も少しずつ一人、また一人と倒れていく。
マークやシャドウは前の方に突っ込んでいるらしく、もう階段の辺りからはハッキリと姿が見えない。
ライダーは廊下を上手く進めずに困っているようだ。
「ランドがいるとしたら三階の可能性が高いな…」
「期待はしない方がイイと思うよ」
ブラックホールが俺に返す。
その時、ライダーと目が合った。
「あれは…」
ライダーは真直ぐ、天井に人差し指を伸ばして俺に見せた。
『行け』
そういう事だろう。
俺はブラックホールと、一番近くにいたケリーパーククリップのメンバーを三人程呼び寄せて三階へと階段を上がった。
「二階は大丈夫だ…!きっとみんなが勝つ」
階段で息をきらしながら俺は自分に言い聞かせた。
三階にも敵が大勢いたら、むしろ危ないのは俺達なのだが。
俺は先頭で最上階へと辿りつく。
すると、一発の発砲音が…俺を出迎えてくれた。
パァン!
「…っ!」
その瞬間、体に激しい衝撃が走り、俺は階段へと後ろ向きに吹き飛ばされた。
「が…はっ…!」
「サム!?」
「OG-B!」
すぐ後ろにブラックホール達がいた事で、俺は階段から転げ落ちる事は無かった。
「おい!大丈夫か!しっかりしてくれ!」
ブラックホールが俺の背中を壁に当てて階段に座らせてくれた。
「上だ!まだ奴等がいるぞ!」
「撃ち殺せ!」
ケリーパーククリップのメンバー達が怒鳴りながら銃を片手に走り出した。
「いっ…てぇ…クソッ!こんな大事な時にっ…!」
敵が放った銃弾は、ちょうど俺の左の二の腕の辺りに命中しているようだった。
「ちょっと待ってくれ。これで何とか…」
コリーが口のバンダナをほどいて俺の腕をきつく縛ってくれた。
「すまない、ブラックホール。見たくもないけどよ…ヒドいか?」
「貫通してる」
「そう…か。取り出す手間が…はぶけた…な。ラッキーだったぜ」
俺は痛みに耐えながら冗談を言った。
パァン!パァン!
三階からの銃声。
「…っ!行かねぇと!」
「マジかよ!サム!正気か!?」
ケリーパークの連中が心配だ。
俺はコリーの体につかまりながら立ち上がった。
左腕は動かない。とまではいかないが、少々動かすだけで激痛が走る。
食事用のフォークを持つのも難しいんじゃないかと思う程に。
「…っ」
よろよろと階段を上って廊下をのぞき込む。
しかしそこには誰もいなかった。
「ケリーパーククリップが、敵をどれかの部屋まで追い込んだみたいだな。俺が行くからBは待っててくれよ」
「あ…まて…」
俺も…と言い終わる前にブラックホールは走り出した。
追いかけようと俺は足を踏み出したが、走ろうとすると自然に腕が振れてしまい、再び痛みに顔を歪めた。
「…っ!ガイの奴は痛みに耐えながらあんなに頑張ってたのに、俺はなんて情けないんだ…」
俺は右手で左腕をおさえながらゆっくりと歩く事しかできずにいた。
…
「サム!」
気付くと一つの部屋からブラックホールが顔を出して俺を呼んでいた。
「どうした?」
「やっつけたよ。この階にはコイツらしかいないみたいだ」
俺はよろよろと、部屋に入る。
ギャングスタクリップのメンバーが二人、ケリーパークのメンバーに叩きのめされて床に転がっていた。
ブラックホールが一人のギャングスタクリップの襟を掴んで引き起こした。もう一人は突っ伏したままだ。
銃弾を浴びてはいるが、二人とも息はあるようだった。
「ランドは?」
ブラックホールがただ一言そう放った。
「…くたばりやがれ」
引き起こされたクリップスは意識が朦朧とした様子で言った。
ガン!
ブラックホールが拳でソイツの顔面を横に殴った。
口の中が切れてわずかに血を吐く。
「どこだよ!教えてくれよ!」
「クソッ…知らねぇよ…!あの人はここにはいない」
「ここにはいない…?ブラックホール。俺に話させてくれ」
俺は言った。
ゆっくりとソイツに歩み寄って、腕をおさえながらしゃがみ込んだ。
「おい、他に…アジトみたいな場所があるのか?」
「お前…サムだな…?」
「そうだ」
クリップスは俺を確認するとなぜか安心したらしく、ブラックホールに対して見せていた強気な態度を消し去った。
「そうか…やっぱりアンタは噂通りの人みたいだな。アンタの周りの奴等が羨ましいよ」
「噂だと?」
「あぁ。ウチのリーダーからは考えられないような人間だってな…」
不意にそんなことを言われたものだから俺は少しとまどった。敵の中にも俺に対して友好的な奴がいるとは思わなかったからだ。
しかも俺を撃っておいてだ。
発砲した時は、もちろん俺だとは思っていなかったに違いないが。
やはり、自分では分からない『人を引き寄せる力』が俺にはあるのかもしれない。
「そりゃ光栄だな…俺はもちろんギャングスタクリップから嫌われてると思ってたからな」
「…俺みたいな事を言う奴は…仲間の中でもわずかなんだが」
「ランドの事が嫌いなのかい?」
ブラックホールが横から言った。
「それはない!やり方は残虐でも…あの人は偉大な男だ。
たった一人でギャングスタクリップを乗っ取り、周りのセット…さらには別の地域のギャングさえも服従させた…!」
「やっぱりエミル達とは考え方がずれてるみたいだな…」
俺が言うとクリップスは目を見開いた。
「エ…ミル…!あの人を知ってる…のか…」
「…?二階にいるぞ。彼は俺達の協力者だ」
するとソイツは突然ボロボロと涙をこぼし始め、もう一人のクリップスも床に倒れたまま小刻みに体を震わせていた。
どうやらギャングスタクリップのメンバー達は、古株のギャングスタクリップ達が俺達に加勢してくれている事は知らなかったらしい。
「情けないぜ…そして恥ずかしいかぎりだ」
「理由は知らないが…俺は別に泣く事ぐらいでそんなこと思わないぞ」
俺の返答にクリップスは「違うんだ」と首を横にふった。
「俺が恥じてるのは…自分勝手な考えをアンタに…伝えなくちゃならないって事さ」
「…?」
「サム…いやOG-B…。そしてエミルもここに来ているのなら…!
彼を…ランドを止めてくれ…!」
涙ながらに奴はそう叫んだ。
「なに?奴を尊敬してるんじゃないのか?」
ブラックホールが言った。
「もちろんしてるさ…若い俺達はみんな、最初は自ら進んで彼が頂点を目指す為に力を貸した…
でもな…あの人は、今止めておかなければとんでもないことをしでかす程、巨大な力を持つ男に成長してしまった。エミルも来てるのならば…ギャングスタクリップを元の姿に戻す最大のチャンスだ。
自分達で手を貸しておいて、敵であるアンタに『彼を止めてくれ』だなんて、身勝手で恥ずかしいんだがな…」
巨大な力…ランドにはまだ隠された部分があるに違いないと俺は思った。
「そりゃムシが良すぎやしねぇか?」
ケリーパークのメンバーがイライラと言った。
「それは…分かってる。あの人は…アンタらが思ってる以上の人だ。今や、警察さえもあの人と繋がってるって話だ…」
やはりか。と俺は思った。少し前から俺やガイは、ランドとそういった政府絡みの連中とのつながりを予測していた。ギャングスタクリップと警察が繋がっているというより、ランド個人と警察が繋がっているという事だが。
それに、なにより今回の抗争は話が出来過ぎている。
俺達もギャングスタクリップも両者共にこれだけの大人数でのケンカであるにも関わらず、一度も警察からの妨害が無かった。
コンプトンやイーストL.A.そしてクレンショウからの移動中に何度かパトカーとすれ違ったりもしたが、呼び止められる事すらなかった。
クレイをさらってまで自分から仕掛けた戦いだ。つまらない邪魔をされたくないという、アイツなりの美学があるのだろう。
俺達をただ消したいだけならば、警察を利用してしまえば簡単に排除できる。
だが、奴はそれをしない。
俺達に試練とやらを与えた意味がなくなる。奴が一番望んでいる俺達の死に場所は…
『あと一歩で自分を殺せる程の距離』に違いないからだ。
「どっちにしろ、お前達に言われるまでもないよ。
俺達はランドを倒すつもりでここまでやってきたんだからな」
ブラックホールが立ち上がって言った。
「そう…だな…」
「それじゃあ…肝心なランドの居場所を教えてもらおうか。ここにいないのならば…早く仲間を引き上げさせないと」
「それにサムの手当てもな?消毒くらいはして包帯を巻いておかないと、見てるこっちが痛いよ」
ブラックホールが俺の腕を見る。腕を縛って止血しているとはいえ、血が少しずつしたたり落ちていた。
「あの人がいるかどうかは…分からないが、もう一つ拠点にしている場所があると聞いた…だいたいの場所なら分かる…
ギャングスタクリップのメンバーは…今ここにいる人間でほとんどだが…まだ他のセットの人間や、それ以外にもあの人の仲間は大勢いる…気をつけるんだな」
そして奴に簡単な地図を書いてもらい、細かく場所を聞き出した。
「…よし、分かった。みんな二階に戻るぞ。まだ…仲間が戦ってる」
下にいる敵はほとんどランドを支持する連中だ。
俺達は瀕死のギャングスタクリップ二人を部屋に残して階段へと向かった。
二階は騒然としていた。
だが狭い廊下には敵も味方も、倒れている人間しか見当たらない。
息をしていない奴もいたが、ほとんど死んでしまっているわけではないようだ。
だが、もう戦うのは無理だろう。
「こりゃひどい…」
俺はその光景に息を飲んだ。
だがフロアは騒がしい。まだ戦っている者はそれぞれの部屋に入ってしまっているという事だ。
「B、待っててくれ。俺達が行く」
ブラックホールがケリーパーククリップと共に廊下を進み出した。
俺はその間、そこら中に転がってうめきを上げている仲間達に声を掛けて周った。
「大丈夫か…?」
「しっかりしろよ」
「すぐにみんなをクレンショウに送り返してやるからな…」
だがそれに反応を見せる奴は少なく、ほとんど俺の独り言のようだった。
すると一つの返事が背後から聞こえた。
「サ…ム…俺は、もうヤバイかもしれねぇ…」
「…!!大丈夫か…!」
腕の痛みも無視して無理矢理駆け寄る。
「…おい、ブライズ…!嘘…だろ…」
見慣れたスキンヘッド。
他の連中に紛れて、腹から大量の血を流したシャドウが倒れていた。
「すげぇケンカだったぜ…それより…サム…ケガしてるみたい…だな…大丈夫か?」
「何言ってるんだ…!お前の方がヤバイじゃないか…!」
腹を何発か撃たれているようだ。
クレンショウに戻るよりも、急いで病院へ連れていかなければならない危険な状態だった。
「ちょっと待ってろ!ブラックホールを呼んで…」
だが、立ち上がろうとする俺の足をシャドウが掴んだ。
「サム…俺はもうダメだ…間に合わねぇ」
「ふざけるな…!いつもの減らず口はどうしたんだよ…!」
俺は涙声で叫んだ。
シャドウはよほど苦しいらしく、呼吸も上手く出来ていないようだった。
「俺以外にも…ヤバイ奴はいる…
あれを見ろ…」
シャドウが少し先を指差す。
そこにはもう一人のE.T.が倒れていた。
「ライダー…か?」
ライダーは仰向けに転がっていた。
丁寧に編み込まれた長髪が、血で汚れた地面に接している。
「俺よりもまずアイツを…ぐっ…!助けて…くれ…!」
シャドウが血を吐きながら言った。
俺は再び、腕がちぎれる程の痛みを無視してライダーの元へ駆け寄った。
「ニック…!」
俺は右腕をライダーの首にあてて抱き抱えた。
「お前…さっきまで元気だったじゃないか…!上を指差して『行け』って…!」
「どう…だ…?」
これはシャドウだ。
少しずつ、這いずりながら近付いてくる。
「…!?おい!何してるんだ!ブライズ、動くんじゃない…!」
「ライダーは…ぐっ…大丈夫か…」
「あぁ…大丈夫だ。必ず…必ず助かるから…!」
俺はボロボロと涙を流した。
シャドウが笑う。
「サム…相変わらず泣き虫…だな…
ハハッ…ニックが無事ならそれで…充分だ…」
「ふざけるな!お前も…必ず助かるって…!」
「なぁ…サム…」
シャドウは這いずるのをやめ、その場に仰向けに寝転んだ。
「昔、お前の家が燃えた事…あったよな…?」
「…?…あぁ」
シャドウは突然昔話を始めた。
「すまねぇ…あの頃、隣町のクリップスに…情報流してたのは俺なんだよ…」
「な…!」
「あの場は…上手くごまかして隠し通せたし、すぐに奴等とは手を切った…
でも…仲間を売ったという過去を後悔してきた…
仲間に嫌われるのが怖くて言い出せなかった…
こんな卑怯な俺を…
許して…くれ…」
俺は首をふった。
「いいんだ…お前は今でも大事なホーミーだ。それに変わりはない…」
「…」
「シャドウ…」
俺はライダーを抱えたまま、わずかに移動してシャドウの寝ている辺りにすり寄った。
「家は、また建て直せる…事実、俺の家の跡地にアジトを建てた時はお前も手伝ってくれたじゃないか…!
でも…人は違う。生き返らせるなんて無理だ…」
俺はライダーをシャドウの横に寝かせた。
「だから…自分が危険な状態だってのに、そんなどうだってイイ話を持ち出すんじゃねぇよ…!
ほら…!ニックも横に連れてきたぞ!分かるか…?」
「…」
俺はシャドウの顔を見下ろして泣き叫んだ。
「ブライズ…!
お願いだ…お願いだから…
目を開けてくれよ…!」
シャドウは、すでに安らかな眠りについていた。
「『許してくれ』…だなんて…寂しい言葉を残して…俺を…置いていかないでくれ…」
…
まだ聞こえていた二階の喧騒はこの時、ようやく消え去った。
…………………
「シャドウ!走りに行こうぜ!」
「あん?…ライダーか。お前と走るなんてお断りだぜ。なぁ、サム?」
「ははは!行ってこいよ。ほら、ジミーもニコニコしながらこっちを見てるじゃないか。ニックの後ろに乗りたいんだろうよ」
…………………
「おい!ウィザード!
…ん?サム!ウィザードはいるか!?」
「ウィズならそこにいるぜ。どうした、ブライズ?」
「ケンカだ!マーク達がクリップスと殴り合ってる!」
「マジかよ!おい!行くぞ、ウィザード!」
…………………
「…あの女…イイ尻してるな」
「そうだな。シャドウ、お前仲良くなりたいんなら声かけてこいよ」
「分かった!見てろよ、B!」
…………………
「クリック」
「なんだぁ~?」
「お前、たしか今日バースデイだよな?ほら、これやるよ。一本だけしか手に入らなかったんだけどな」
「え~?うわぁ!マジかよ~!
おい、サム!シャドウがハッパくれたぞ~!やったぁ~!」
…………………
「また壊したのか?この64」
「さぁな。エンジンがかからなくてよ」
「俺がいなくてもメンテナンスくらい、たまにはしろよな、サム」
「いつもすまないな、ライダー」
…………………
「だいたいよぉ!てめぇは女に甘すぎるんだよ、ライダー!」
「お前が適当すぎる、の間違いじゃないか?
なぁ、サム!ジャックの方が間違ってるよな?」
「そんなもの人それぞれだろ。誰にとってどんな付き合い方が大事だなんて決まりは無いと思うぜ」
…………………
「しかしお前もコリーも、よくあきないよな。車やバイクを毎日いじってさ」
「何言ってるんだ、サム?俺達からしたら、何でこんなに面白い事に興味を示さないんだって思うぜ」
「そうなのか?」
「このブサは…俺が愛情を注いだだけ、それに応えてくれる。
ちょっとでも面倒を見ないでいると、すぐにグズる。赤ん坊と一緒だな。
だが人間とコイツの違いは『きちんとオシメを代えて世話をすれば、決して裏切らない』って事だ。人は世話してやったからといって、必ず言うことを聞いてくれるわけじゃないしな」
…………………
俺は地面を殴った。
「何が…必ず助かるだ…
何が…大丈夫だ…
何が『許してくれ』だ…!」
数人の足音が近付いてくる。
もし味方が全滅していて、ギャングスタクリップが部屋から出て来たのならば俺の命などすぐに終わってしまう。
だがそんなことはどうでもよかった。
「最期に嘘をついて…見送るなんて…俺は最低だ…!なぁ…シャドウ…!俺の方こそ…許して…くれ…」
俺はシャドウの額を優しく撫でた。
汗でべっとりと湿っている。痛くて、苦しかったのだろう。
「ニックが大丈夫だ…なんて…クソ…クソォ…!ライダー…!お前どう…して…」
そう。俺がライダーの元に駆け寄った時には、すでにライダーはわずかな温もりだけを残して眠っていたのだ。
シャドウが安心するように、と俺は精一杯の嘘をついたのだった。
「サム…?おい!サムか!無事か!」
「サム!敵は全部倒したよ!あ…。あぁ…!…ブライズ!?…ニック!?そんな…」
マークとブラックホールの声だ。
俺はブラックホールの足にしがみついて泣き叫んだ。
「ブラックホール…」
「…?」
時間も忘れて泣き続けていた俺は、ようやくまともに話せるようになった。
ブラックホールも横でずっと泣いていたのだが、マークや他の仲間達は涙を流しながらもすでに死体やケガ人をトラックに乗せていた。
一階で待機していた者の内、ガイ以外のホーミー達が二階に上がってきてそれを手伝っている。
「マーク達を…手伝おう…」
「うん…でも、サムは人なんか運べないだろ?後でちゃんと手当てするから、じっとしてなよ…」
ブラックホールがライダーを担いで階段を下りて行った。
俺はふらふらと床に座り込む。
当初三百人はいただろう俺達ギャングスタチームは、無傷や軽いケガだけでまだ戦える人間はわずか三十人足らずになっていた。
だが、仲間の為にも戦いをあきらめるわけにはいかない。
…
「B、終わったぜ。みんな外で指示を待ってる」
二階の廊下が敵の死体やケガ人だけになった頃、マークが俺のもとへやってきた。右腕を引いて俺を立ち上がらせる。
「分かった…行くか」
俺はOG-B。数々の死線をくぐりぬけた『OG』の名を持つ男。
…まだ立ち止まらない。




