str8 outta S.C.
さらなる衝突。サウスセントラルで燃え上がる戦火。
ブラックホールとクレイはようやく車に乗り込み、再び一本道を戻り始めた。
ブラックホールは一度クレンショウに戻ってクレンショウブラッドにクレイを受け渡すか、直接イーストL.A.にクレイを連れて帰るかだ。
どちらにせよ、俺の携帯電話に連絡してすぐにまた俺達のいる場所へと戻ってくるだろう。
クレイの母親には何も話していなかったので、今頃クレイを探し回っているだろう。
二日間も消えていたのだ。もしかしたら警察も巻き込んでの捜索をしているかもしれなかった。
そうなると、ブラックホールかクレンショウブラッドのメンバーがクレイを連れて帰った時にゴタゴタが起きそうだが…何とか上手く取り繕ってくれる事を祈るしかない。
下手をすればコリー、もしくはクレンショウブラッドのメンバーがクレイの誘拐容疑で捕まってしまうからだ。
ピリリ…
着信音。
俺は携帯電話を手にとり、通話ボタンを押した。
「もしもし…俺だ」
「サムか?俺だ!ジミーだ!」
またリリーじゃないかと思ったが、今度はジミーからの電話だった。
「ホーミー、どうしたんだ?」
俺は電話の向こうのジミーに問い掛けた。
「この間ついに曲ができたんだ!嬉しくてよー!B.K.Bの中でのライフスタイルをつづったんだぜ!
今度テープに入れて持って行くから楽しみにしててくれよ!」
ジミーはいつもと変わらず元気なようだ。
「そうか!お前は俺達の中で一番の出世頭だからな」
E.T.達は俺の周りに集まって「ジミーか?」「俺にも代わってくれよ」などと、言っている。
他のホーミーやギャング連中は軽傷者のケガの手当てをしている。
幸い、こちら側には死者は出ていないようだ。
重いケガを負った者が数人いたので、一台の車に積み込んで誰かが車を出していた。
クレンショウに連れていく為だ。
前もって指示をしていたので迅速に動いてくれている。
ギャングスタクリップ側も、倒れている人間は十人にも満たない。他はすべて逃げてしまった。
俺達を本気で潰しにかかっていない事は明らかだった。
すぐに準備を整えてランドを追いたいところだ。
「ジミー。悪いが後でお前の携帯にかけ直すよ。今、忙しいんだ」
「そうなのか?分かった!お前も頑張れよ、ホーミー!じゃあな!」
俺が電話をケツのポケットに押し込むと、周りのE.T.から「あ!切りやがったな!」と声が上がった。
俺はみんなを見渡した。
出発できそうだ。
「よし!じゃあすぐにランドを追いかけるぞ!そんなに遠くには行ってないはずだ!」
ドォン!
突然の爆発音。
俺の声よりも、みんなはそっちに反応した。
もちろん俺もだ。
「うぉぉ!見ろ、サム!」
マークが指をさす。
それはこの廃墟へと続く一本道の中腹あたりだった。
真っ赤な炎とガソリンを含んだ真っ黒な煙が上がっている。
「な…あれは!ケガ人を乗せた車じゃ…」
俺は言葉に詰まった。
たった今、ひどく傷付いた奴等を乗せてクレンショウへと走り出した一台の車。
それが燃えていたのだ。
「おい!早く助けないと!」
シャドウが叫んでいる。
みんなは次々に車に乗り込んで発進した。
…
近くには到着したが、燃え上がる車には誰一人近付けなかった。
いや、近付かせてくれない奴等がいたのだ。
火の手が上がっている奥。一本道を塞ぐようにバンを並べたギャングスタクリップ達…
奴等が早々と逃げ出したのは、俺達を閉じ込める為だったのだ。
林からバラバラに走って逃げ、車を使って先回りしたのだろう。
「やったのは…アイツらだな?」
ライダーが顔に怒りを露にして言った。
…
燃え上がる車を間に挟んで、俺達とギャングスタクリップは再び対峙した。
「クレイとブラックホールは、何とか間に合ったみたいだな」
俺の横にいたシャドウがつぶやく。
確かにあの二人は少し前に帰っていたので、ギャングスタクリップからの攻撃は受けていないだろう。
「もう、思う存分暴れてイイんだよな?サム?」
マークが腕組みをしたままで俺に問い掛けた。
その時。
「おい!OG-B!後ろからも来てるぜ!」
誰かが叫んだ。
廃墟の辺りの林から、続々とギャングスタクリップが出て来たのだ。
俺はつぶやいた。
「なに?じゃあ目の前にいる連中は、さっき林から逃げた奴等とは別なのか…?」
「やっぱ兵隊はまだいたのか。さすがに用意周到だな、ランドのクソったれはよ」
マークが言った。
目の前の一本道を塞がれてしまっただけではなく、後ろからも敵があふれ出てきた。
前後を挟まれてしまったという事だ。
「クソ…やりづらいケンカだぜ」
俺はグロックを腰から抜いた。
だが、周りのみんなの反応は違った。
「見ろよ!前にも後ろにも敵だらけだぜ!」
「こりゃ楽しめそうだな、ホーミー!」
これはバウンティハンターの連中のやり取りだ。
不利な状況なのに怖じ気づくどころか、喜んでいるように見えた。
「よう。もうB.K.Bの言うクレイって坊主はいないんだよな?」
「大丈夫だ、ニガー。その上キレイに前と後ろに敵が並んでるからよ。本気でコイツをブッ放せるぜ。仲間になんか当たらねぇよ」
すぐ近くにいたビショップのOG達もまた、やる気満々で銃を構える。
「車にはウチのメンバーも一人乗ってたんだぞ!ギャングスタクリップめ…ブッ殺してやる!」
「クソ…どっちにしろ間に合わないみたいだな。もう全部燃えちまってるぜ…」
犠牲となった仲間がいる奴等からは怒りの声が上がっていた。
ついにこちら側からも数人の死者が出てしまったのだ。
車を包んでいた炎が徐々に小さくなる。
そして…完全に火が消えた時、その瞬間が合図となった。
「いくぞ!」
俺達は背中合わせに全員前後を向き、ギャングスタクリップとぶつかった。
パァンパァン!
辺りは一気にものすごい銃声音に包まれた。
俺達は車を盾に、姿勢を低くして発砲する。前後を囲まれているとはいえ、車があってよかった。
だがほとんどの車は当然銃弾を浴びるほどに食らっているので、これ以後は使い物にならないだろう。
ギャングスタクリップの連中も負けてはいなかった。
前の道を塞いでいる奴等は、バンに隠れながらこちらの攻撃に応戦している。
「後ろが手薄だ!先にやっちまうぞ!」
誰かが叫ぶ。
後ろの林から再び現れた方のギャングスタクリップ達には、盾となるものがない。確かに手薄だ。
奴等は俺達の方へ走って近付いてくる間にバタバタと倒れていった。
おそらく俺達の出発が奴等の予測より少し早かったのだろう。
まだ廃墟の近くでぐずぐずしていたら、林の中からの攻撃と一本道の終盤あたりとで挟まれて、かなりの苦境に陥っていたに違いない。
「よし!後ろだ!まずは後ろの奴等をブッ殺せ!」
盾にしている車達も、いつ爆発炎上するか分からない。
後ろが安全になれば、少しでも後退する事ができるはずだと思った。
B.K.Bのウォーリアー達を中心に、他のセットの猛者達も後ろの敵に向かって一斉に攻撃を開始する。
その勢いに押されてギャングスタクリップは一人、また一人と倒れて俺達に肉薄できずにいる。
前からの敵への牽制には俺を含めたハスラー達、その他にも少数の奴等が加勢をしてくれた。
こちらは無理に倒そうとしているわけではなく、ただおさえていればイイというだけだ。
「今度は奴等も簡単には逃げ出さないな…クッ…これが本腰入れた攻撃だって事かもしれない」
ガイが肩の苦痛に耐えながら銃を撃つ。
俺がこたえた。
「ガイ、お前大丈夫かよ…しかし、本気だとしてもよ。ランドの事だ。まだまだ二重三重にいろんな手を考えてるはずだ」
「そうだろうな。奴の姿も見えない。色々と手を回してるのは間違ないだろう。痛っ…クソ!」
ガイは肩の痛みに少し苛立っているようだった。
「サム!」
「ん?」
ライダーの声だ。どうやらライダーは後ろを攻撃していたらしい。
俺は振り向いて奴を見た。
「後退できるぞ!どうする!?」
俺は後ろ側の光景に驚かされた。
後ろ側のギャングスタクリップの連中は誰一人として、立っていなかったのだ。
「いつの間に…!思ったよりもやるな、アイツら」
俺達に協力してくれたセット達の力を改めて思い知った。
顔合わせの時に、シャドウが興奮していた理由が初めてよく分かった。
「B、どうするんだ?下がるのか?」
横からガイが俺に言った。
俺が下がる指示を出さないので、後ろ側を攻撃していたウォーリアー達も前方への加勢に入っている。
「サム!どうするんだよ!とりあえずこのまま前に集中攻撃か!?」
ライダーが叫ぶ。
依然として俺達が盾にしている車はいつ爆発炎上するか分かったものではない。
危険な状態である事には変わりないのだ。
だが、一つ大きく状況が変わった。
俺達全員が前に発砲し始めた事によって、むしろギャングスタクリップの奴等が盾にしているバンの方が危険な状態になったのだ。
「これは…いけるな」
俺はつぶやいた。
奴等を集中攻撃で車ごと吹き飛ばす。
「みんな!後退はしなくていい!全員、奴等の車を一斉に撃て!!」
バァァン!!
鳴り響く発砲音の中、一際大きな爆発音が轟いた。
すぐにカラカラと辺りに鉄くずやガラス片が撒き散る音がする。
「効果てきめんって奴だな」
ガイが感心したようにうなった。
「よし!今だ!一気につぶしちまえ!」
俺の掛け声に全員が雄叫びを上げて突っ込む。ギャングスタクリップの奴等は、なす術が無かった。
奴等の車の内の一台が爆発したのだが、それで吹き飛ばされて、とても反撃できるような奴はいなかったからだ。
パァン!パァン!
B.K.Bのウォーリアー達が先陣をきっている。
何とも頼もしいホーミー達だ。
「おらおらぁ!俺達がB.K.Bだ!」
「ギャングスタクリップはみんな許さねぇ!」
みんなが口々に叫び、ギャングスタクリップはアッと言う間に倒されていく。
マークの声が聞こえた。
「俺がB.K.Bのマーク様だぁ!ギャングスタクリップ!てめぇら俺達にケンカを売った事を後悔させてやる!」
この声は、俺とマークが病院でランドと出会った時のマークの言葉を俺に思い出させた。
ようやく廃墟の辺りは静けさを取り戻した。銃声がやんだのだ。
それは…俺達の勝利を意味していた。
「…や、やったな」
ガイがその場にへたりこむ。
その瞬間に静かだったこの場所が、すぐにまた騒がしくなった。
俺達ギャングスタチームの歓声だ。うるさくてうっとうしいだけの銃声や爆発音とはわけが違う。
「うぉぉぉ!やったぜ!ギャングスタクリップを打ち負かした!」
マークがシャドウに抱きついて叫んでいる。
「B.K.B!B.K.B!」
「OG-B!OG-B!」
周りのセット達も俺達B.K.Bも一緒になってのB.K.Bコールが沸き起こった。
…
クリップス達の亡骸はかなりの数にのぼっていた。
もちろんこちら側にも死者やケガ人は多数出ていて、沸き起こる歓声の中で静かに涙を流している者もいた。
「みんな、よくやった!だがぐずぐずしてはいられないぞ。
まだ動く車が何台かあるはずだ。それにケガ人や死んだ仲間を乗せろ。クレンショウへ引き上げさせる!
まだ戦える奴は俺についてこい!すぐに出発するぞ!」
俺は銃を腰にさして赤いバンダナを口にきつく巻き直した。
その車数台が出発するのを見送り、クレンショウブラッドへ俺が電話連絡を入れ終わると、俺達は歩きだした。
すでに日は、わずかに傾きだしている。
「E.T.は全員無事のようだぜ」
先頭を歩いていた俺にマークが駆け寄ってきて横に並んだ。
「そうか。だがかなり人数は減ってしまったな」
俺はそう答えてチラリと後ろを振り返った。
百人いるか、いないかといったぐらいの人数だ。しかしどれだけ仲間の数が減ろうと、ランドを倒すまでは引き下がらない。
マークの言ったとおり、ライダー、シャドウも後ろからついてきていた。ガイは俺の右手側を歩いている。
「ん?ガイ、お前ケガしてんのか?無茶すんなよ」
マークが言った。
ガイが肩をおさえているのに気がついたからだ。
「マーク…お前の口から無茶するな、なんて言葉が出るとは驚いた。
俺は真っ先に敵に突っ込むお前の方が心配だぞ、ニガー」
「ガハハ!そんだけふざけた口がきけりゃあ大丈夫そうだな、ホーミー!」
ガイはチッと舌打ちした。
マークへの皮肉が、奴にとっては笑いのたねにしかならなかったからだろう。
「サム。とにかく、このままぞろぞろと歩いていくわけにはいかないぞ?」
ガイが話題を変えた。
ランドを追いかけて、さすがにサウスセントラル中を歩いてまわるわけにもいかないからだ。
「そりゃ分かってるんだが…」
ピリリ…
俺がそう答えると、ちょうど携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「よう、B。クレイは無事にクレンショウに送り届けたぞ!今、公衆電話からかけてる」
先程離脱したコリーからだった。
「そうか!じゃあ戻ってこい。
さっきの場所からはそんなに離れてないから分かると思うぜ。ぶらぶらとその辺りを歩き回ってたところだ」
「歩き…何で歩いてるんだ?車はどうしたんだい?」
「あぁ。あの後またギャングスタクリップの奴等と一悶着あったんだ。
それで車はほとんど使い物にならなくなってな」
マジかよ!とブラックホールが声を上げる。
「それでわずかに残った車はケガ人なんかを運ぶのに使ってるんだ。だから俺達はアシがねぇのさ」
「そうかぁ…分かった。すぐに戻るから待っててくれよ!」
そう言ってブラックホールは電話を切った。
…
「な…」
「ガハハ!こりゃ傑作だな!」
マークが笑い声を上げたが、俺は呆気にとられていた。
「よう、ホーミー!ちょっと窮屈だろうけど、これで我慢してくれよ」
高い運転席の窓から顔を出してブラックホールが言った。
奴が乗っているのは中型くらいの箱トラックだった。トイザラスのロゴがデカデカとペイントされた派手なトラックだ。
俺との電話を切って、ここへ来るまでのわずかな間に奴はネオンを乗り捨て、なんとトラックを盗んできていたのだった。
「コンテナにぎゅうぎゅう詰めで乗り込めば五、六十人くらいは乗り込めると思うよ」
ブラックホールが笑った。
「確かにそれはそうだがよ…」
「もうすぐクレンショウにケガ人と死んでしまった奴等を運んでいった車達も戻ってくるはずだ。これで全員、アシには困らないだろうな。
…コリー!助かった!」
ガイが上を見上げて叫ぶ。
子供の夢を運ぶはずのこのトラックに、扉を開けてみればギャングスタが大勢乗り込んでいるとは誰にも考えられないだろうと俺は思った。
…その後、戻ってきた残りの車も含めて俺達は再出発した。
トラックの運転席にはコリー、助手席にはシャドウだ。二人がギャングスタクリップの居場所を探して俺達を運んでくれる。
残りのE.T.はすべて戻ってきた乗用車に乗り込んでトラックについていく。俺だけが唯一他のみんなと一緒にトラックのコンテナの中に入った。
マークやライダーからは「お前もそんな暗い箱の中じゃなくてこっちの車に乗れよ」と誘われたが「お前達は好きにしろ。俺はここでイイから」と断った。
特に大きな理由はないが、B.K.Bだから…リーダーだからと特別扱いされるのも変だなと思ったのだ。他のセットの奴等と色々と話してみるのも悪くはないだろう。
「OG-B」
車が進み出した時、さっそく声をかけられた。
箱の中には小さな照明が二つ点いていて、ぼんやりとだが顔を確認できた。
「エミルか」
「あぁ。まずは『見事だ』と言わせてくれ」
ギャングスタクリップの古株、エミルはポンと俺の肩に手を置いた。
「ありがとう。だが死んだ仲間も少なくはない。彼等の死を思えば俺自身『見事だ』とは言えないぜ」
俺は大きく息を吐いた。
「謙虚な奴だな」
エミルは相変わらずの無愛想な顔で言った。
ベースボールキャップを後ろ向きに被っている。
「それよりエミル、どうだ?ランドの奴を目の前にした感想はよ」
「感想も何も『奴を倒して自由を取り返す』それだけだ。
ここにいる全員と同じ気持ちだ」
エミルはコンテナに所狭しと座っている連中を見回した。
「ところで、OG-B?」
「なんだ?」
「家族はいるか?」
エミルの質問に俺は目をふせた。
「いや…母や兄がいたが全員死んだ」
「そうか。それは気の毒に。恋人は?」
「いる…な」
俺はリリーの顔を思い出した。
「俺にも妻と愛娘が一人いる。いや、『いた』が正しいな」
「別れたのか?」
「あぁ。だが今でも二人を愛している。できる事ならまた、一緒になりたいんだがな」
この無愛想なエミルがこんなにも自分の話をしてくれるのは嬉しかった。
「叶うといいな」
「もちろんだ。だがそれは有り得ないんだよ」
エミルはあきらめとも取れる言葉を出した。複雑な事情があるのだろう。
「そうか。よく分からないが、色々あるんだろうな」
「俺はもっとも愛する人間に利用されたのさ」
「利用?」
俺は深くまで話してくれなければそれでいいと思ったが、エミルは口を開いてくれた。
俺には、知らない内に人からの信頼を得る事が出来る何かがあるのかもしれない。
B.K.Bの仲間にしろ、他のセットの奴等にしろ、幼い子供の頃の俺からすれば考えられない程、多くの味方を得ているからだ。
「俺の妻はただ『子供が欲しかった』だけなのさ。『相手なんか誰でもよかった』…彼女が出て行った日にそう言った。
俺は本気で愛していたのに」
「そりゃひどいな」
「はなっから、別の恋人がいたらしくてな。すぐにソイツと暮らし始めたらしい。だからもう俺の元へは戻らないんだ」
色んな傷を背負ってる奴がいるものだ。
だが俺に一つ疑問が浮かんだ。
「彼女は何で最初からその男と結婚しなかったんだ?子供ならソイツと…」
「…その恋人が…『女』だからだ」
…!!
「だから結婚も子作りも出来ないだろ?俺の妻は同性愛者だったのさ。最初から男なんて愛せない」
この頃のカリフォルニアでは、まだ同性での婚姻は認められていなかったのだ。
俺はエミルの過去に強い衝撃を受けた。
「それは…どうしようもないな」
俺の口からやっと出たのはそんな言葉だった。
周りでは他のセット達が雑談をして交流を深めている。
そんな中、俺はやるせない気持ちになっていた。
「だが、エミル。そんなに辛い過去があっても強く生きてる理由は何だ?
家族の事も、ランドの事だって…耐えられない程に辛かったんじゃないのかよ?」
「それは、ギャングスタクリップのみんながいたからに他ならない」
エミルはチラリと近くに座っている同セットの仲間達を見て言った。
「やっぱり仲間の存在はデカいみたいだな」
「あぁ。これでも一度はコイツらの命を預かっていた身だ。
自分だけがふさぎ込んでコイツらを見捨てるなんて出来なかったんだよ」
「なに!?エミル、まさか…そういう事なのか?」
俺は驚いた。
彼をなめていたわけではないが、そこまでの大物だったとは見抜けなかった。
フッとエミルが笑って続ける。
「お前のもう一人の仲間…シャドウだったな。奴はすぐに気付いてたぞ?
あらためてよろしく頼む。OG-B。俺はギャングスタクリップのリーダー『エミル』だ」
まったく、シャドウもエミルも人が悪いと思わずにはいられなかった。
「シャドウの奴…どうでもイイ事は話すくせに、肝心な事は黙ってやがる」
「まぁそう言うなよ。俺がどんな人間かなんて、大した問題じゃないだろう」
「エミル、そう言ってるアンタもだよ。最初に言ってくれればよかったじゃないか」
俺は苦笑いをして言った。
…
「おい!OG-B!いるんだよな!?お前も入れよ!」
ガヤガヤと騒がしい箱の中で突然、少し離れた所から俺を呼ぶ声がした。
俺はコンテナの中でも一番ドアに近い場所、つまり一番後ろ辺りに座っていた。
声の主はその反対、コンテナの一番前の辺りにいるようだった。薄暗いので顔までは分からない。
「ん?なんだ?何やってるんだ?」
「ご指名だな。行ってこいよ」
エミルがそう言ったので、俺はみんなに道を空けてもらいながら前へと足を進めた。
人が移動するだけでも一苦労だ。それだけコンテナの中は混雑していた。
「悪いな、通してくれ。
…っと。誰だ?俺を呼んだだろう?」
ようやく一番前に到着して、俺は腰を下ろした。




