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始まりの終わり、そして終わりの始まり。
ずらりと不気味に並んだ車の群。
片側の車線を独占して一直線に俺達全員はクレンショウを目指して走っていた。
協力してくれたセットのほとんどは数人単位だ。セット内のメンバー全員を挙げての加勢をしてくれている人間は少なかった。
だから大多数がそれぞれのギャングで一台、あるいは二台くらいの車を出している程度だ。
しかしそれでも先頭を行く俺が後ろを振り返ると、延々と続く大小様々なヘッドライトの川に圧倒されてしまう。
それくらいの数のギャングスタ達が一堂に会しているのだが、それでも俺にはランドを倒せるという確信は決して無かった。
「B、リラックスしろよ。まだクレンショウに向かってる段階だ」
「あぁ…」
おそらく俺はかなり厳しい顔をしていたのだろう。
バックミラーで俺の顔を見ながらそう言ったのはネオンのハンドルを握るライダーだ。
その右にはマーク。
後部座席の俺の左にはガイが座っている。
マークはずっと助手席でバリバリとチートスを食っていた。
ライダーが言いたいのはそういう事なのかは分からなかったが、俺は前へ手を伸ばして袋からスナックをひとつまみ取り上げた。
もちろんその行動はマークに文句を言われる結果となった。
「こらぁ!サム!人の物を勝手に食うなんて人として間違ってるぜ!」
「いいじゃねぇか、ちょっとぐらい」
振り返って右手を突き上げているマークに、俺の横でガイがあくびをしながら言った。
「ガイ!てめぇは黙ってろよ。俺はBと話してるんだからな」
そう言いながらもマークはバリバリとスナックを口に運んでいる。
言われた通りガイは左を向いて知らん顔していたが、ライダーはゲラゲラと笑っていた。
「だいたいなぁ、俺がお前のせいで飢え死にしたらどうするつもりだ?」
「なんだそりゃ」
「B!俺は真面目に話してるんだぜ!
…おい!聞けよ、ニガー!」
俺もガイに習って窓の外を見ていたらマークに注意されてしまった。
仕方なく反撃に出る。
「マーク。お前…俺のフライドポテトを勝手に食った事があるよな?」
「なっ…知ってたのか」
俺達のやり取りにライダーはさらに爆笑し、ガイも笑い声を上げた。
「知ってるに決まってるだろ!堂々と食ってたじゃねぇか!それも一度や二度じゃねぇ。飢え死にしかけたのはこっちの方だぜ」
「そういえば…俺も以前マークとメシを食ってるとき、便所に行ってる間に俺のチキンが一本消え去った事件があったなぁ」
わざとらしく思い出したかのようにガイが便乗してきた。
「ぐっ…」
マークが押し黙る。
さらにそれを見てニヤリとしたライダーが攻撃を開始した。
「あ!俺もこの間、大事にとっておいた飲みかけのオールドイングリッシュが無くなってたぞ!
その時はなぜかマークが空の瓶を手に持ってたな」
オールドイングリッシュ(O.E.)とはビールの銘柄だ。
バドワイザーなんかよりも質は落ちるが安価で量が多く、ギャングスタみたいな貧困層からは人気があるビールだ。
「マーク。みんなからこんな意見が出てるが?」
「チッ!分かったよ!俺が悪かった!食いたきゃ食えよ、マザーファッカー!」
開き直ったマークが袋を後ろによこした。
奴が仲間の食べ物にちょくちょく手を出している事はB.K.Bのメンバーならば誰もが知る話なのだ。
車内にはマークを除いた俺達三人の笑い声が響いた。
ひとしきり笑った後、俺はガイと話さなければならない事があったのを思い出した。
そう。もちろん細かな作戦の話だ。
まず協力してくれたセットにどう動いてもらうか。
全員いっぺんにまとまって戦うのか、ギャングスタクリップのテリトリー内全体に散らばらせるのかといった事を考えなければならない。
さらにギャングスタクリップ側に付くであろうサウスセントラル内のセット達、ギャングスタクリップ本体…コイツ等がどう出てくるか予測しておかなければならない。
「ガイ」
「ん?」
「色々と話さなければいけない事があるぜ」
俺がそう言うと、ガイは小さく舌打ちをして「そうだったな」と言った。
奴が言ったのが『何の事だ』ではなく『そうだったな』という返事だった事で、ガイには説明はいらない、すぐにでも本題に入る事ができる状態だ、と感じた。
「奴等が売ってきたケンカだ。まずは堂々と正面から行っても、おそらく危険はない」
「正面から?冗談だろ、ニガー」
ガイはすぐに答えを出してくれたが、その答えが意外すぎて俺は驚かされた。
「いや『まず最初は』って事さ。
奴は紳士的な態度で一人芝居するのが大好きなんだろ、B?」
「あぁ、ふざけた奴さ。小綺麗な格好して葉巻なんか吸ってたしな」
俺は葉巻を吸うかわりにタバコに火をつけた。
「そんじゃ、まず間違いなく最初くらいは顔を見せるはずさ、ニガー。
わざわざクレイをさらってまで自分から仕掛けてきたんだ。挨拶くらいしてくれるんじゃねぇかな」
「言われてみればそんな気はするが…」
「ただ、最初だけだ。双方がサウスセントラルで対峙して『さぁ今から始まるぞ』って時だけさ」
ガイの言葉を前の二人もしっかり聞いているようだ。
時折、頷いたりしている。
「ガイ。ランドだって、こっちが正面から行くかも分からないはずだが」
「いや、そう思ってるはずだ。不意打ちなんて真似したらクレイがどうなるかも分かるだろ?絶対に奴はドンと構えてる。
逆に言えば、ランドだけを殺りたけりゃその時ほどのチャンスはないぜ」
ガイの眼が鋭くなる。
俺は腰に差していたグロックをきつく握り締めた。
「最初で最後のチャンス…か」
運転席のライダーがつぶやいた。
「今までの怒りを一発の弾に込めろ。
俺達の苦しみ、逝った仲間達の魂、その重たい一発を撃てるのはお前だけだぜ…B?」
続いてマークが言った。
「最初で最後のチャンスかどうかは分からないし、俺にしかランドを倒せない理由も見つからないな」
仲間からの嬉しい言葉のはずだったが、俺は冷たくそう返した。
「サム!お前!」
ガイが叫ぶ。
これはもちろん予想通りの反応だ。
「チャンスは一度じゃないぜ。
ランドへ向けて引き金を引く人間も俺一人じゃない」
「…?」
三人は沈黙して俺の次の言葉を待っている。
「今ようやくイイ案が浮かんだぜ。
ハナから狙いはランドの命だけだ。
俺からの命令は『ランドが出てきたら全員で奴一人を攻撃』。
以上だ。それですべてが終わる。
正面からの一斉攻撃だ。奴もクレイに手を出したりもしないだろ?」
マークは「分かった!任せろぉ!」と雄叫びを上げたが、ガイは首を横にふった。
「B、確かに奴は手を出さないかもしれないが…何とも言えないな」
「じゃあ…!」
俺の反論をガイが手で制した。
「そんなに大勢の一斉攻撃が集中してみろ。
万が一、クレイがランドのそばにいたら?
あるいは奴自身がクレイを抱き抱えて出てくるかもしれない」
実はこちらは全員が銃を持っているわけではない。
協力してくれたセットも含めて、全員武装してはいるが、バットやナイフしか持っていない人間も少なからずいる。
とはいえ大多数が銃を所持しているのでクレイがランドのそばにいれば確実に流れ弾が当たる。
「だったらどうしろと言うんだ?
たとえ俺一人が発砲したとしても、クレイが近くにいたんじゃあどちらにしろ危険だ。
俺はクリックとは違う。百発百中なんて言えないからな」
「…祈ろう」
ガイが言った。
すると突然マークがガハハと豪快に笑った。
「祈るだと!?
ランドの近くにクレイがいない事をか?
それともサムの弾が奴の額を撃ち抜く事をか!?
ガイ、ふざけてる場合じゃねぇぞ」
「ふざけてないさ。人質がいる時点でこっちが不利なんだぞ。
どんなに頭働かせたって、運だけが頼りになる事もある」
ガイらしくないその言葉に、俺は少し不安になった。
「ランドとの知恵比べはお前の負けって事か?」
自分が嫌になる。
俺の言葉に当然ガイはイラッとしたような表情になった。
ガイが悪いわけじゃない、それは分かっている。
「だから今言っただろ?人質がいるんだぞ。それも幼い子供が!
どう手を尽くしても!クレイが危険な目に合うんじゃ、どんな策も何の意味も持たないんだぞ!」
「すまない。今の一言は俺が悪かった」
…
かなり長い沈黙があった。
「俺はランドの命だけが目的じゃないと思うな」
ライダーがその沈黙を破る。
俺が返事をした。
「もちろんクレイの救出も目的だ、ホーミー」
「だよな?でも、さっきから俺達はランドを殺す事を先に考えてた気がするんだが」
そのままライダーは続ける。
「発想の転換さ。
ランドを殺すのにクレイが邪魔なんじゃない。クレイを助けるのにランドが邪魔なんだよ。
クレイを助けるのが先決だとは考えられないか?
ランドを殺してもクレイが死んだら意味はないが、クレイを助け出してランドを取り逃がすんなら…俺はそっちを選びたいな」
奴の優しさが一つの答えを導き出した。
「そう…だな。確かにリルクレイ坊やが死ぬくらいなら、ランドをブッ殺す機会を先延ばしにする方がマシかもしれねぇ」
マークが悔しそうに両手の拳を自らの前でぶつけた。
「ニック、お前が正しいな。クレイの救出を最優先しよう」
「あぁ。サムがそう思うなら俺達は従うまでさ」
ライダーが手をひらひらとふってそう答えた。
特に反応を見せなかったガイに俺がたずねる。
「ガイ、お前は?異存はないな?」
「もちろんだ。ただしランドも…殺すチャンスがあれば容赦なく殺る」
「そうだな。クレイが危険な状態でなければ殺ってやる。もちろん全員でな」
俺の答えにガイも満足そうに頷いた。
目まぐるしく作戦の話題が変わっていったが、クレイの救出が第一、ランドの命が第二となったわけだ。
ギャングはテロリストとは違う。
ランドのように人質を取るような汚い手を使う事は許せなかった。
とはいえ人を殺す事にキレイも汚いもない。はたからみれば人殺しは人殺し。
殺しを美化するつもりはないが、俺達は無差別な殺戮者ではないと思いたかった。
…
日が高く昇り始めた。朝早くから集合をかけて動いてきたが、やはり大人数での移動は時間がかかりすぎたようだ。
色々と話している内に俺達はようやくクレンショウに入った。
パァン!と甲高いクラクションが響き、すぐ後ろにいた車が俺達を追い越して前に躍り出た。
コリーがハンドルを握って運転しているゴルドバだ。もちろんこれはウォーリアー達が持ってきたGライドだった。
その助手席にはシャドウ。後ろの席には銀行強盗事件に関わっていたクレンショウブラッドの若い三人。
どうやら彼等のアジトがあるところまで案内してくれるらしい。
あまりにも長い列なので、信号はすべて無視しながらゆっくりと常に隊列をくずさないように進んできた。
しかし細い道に入っていくならば、最後尾の連中がはぐれてしまわないように気をつけなければならない。
そんな心配をしていると、ブラックホールはクレンショウブラッドのアジトではなく大きなホームセンターの広大な駐車場に車を乗り入れた。
まだ開店前らしく、人はほとんどいない。
俺や後ろの仲間達の車も続々と駐車場の中に入り、停車した。
「どうした!」
助手席の窓から顔を出したマークが叫んでいる。
コリーからの返答は後部座席の俺には聞こえなかったが、マークは「分かった!」と返して窓を閉めた。
「待機しててくれ、だとさ。
ちょっと全員はアジトに入れないんで、クレンショウブラッドの若い連中が仲間をここまで連れてくるってよ」
「走ってか?」
ガイがあきれたような声を出した。
「知らねぇよ。アジトは近いんじゃねぇか」
「ここでこのまま待つのか?ちょっと目立ちすぎるんじゃないかな」
ライダーがハンドルに肘を置き、頬杖をついて言った。
確かに目立つ。
今はまだいいが、早くしないと人が集まってきてしまうからだ。
「サツが嗅ぎ付ける前にギャングスタクリップのテリトリーに入りたいな」
俺がそう言った時、コリーの車が動き出した。
やはり歩いていくわけではないようだ。
「作戦をみんなに話しておこう。コリー達にはあとから話す」
今の内にと、俺は車から降りて全員を集合させた。
…
ざわざわとどよめきが起こる。
「冗談きついぜ!」
「気持ちは分かるが、俺達は自由を求めて集まったんだぞ」
「そりゃB.K.Bの問題じゃないか!」
そうだそうだと声が上がる。
みんながこんな状態になったのは、もちろん『クレイの命をランドよりも優先してほしい』と俺が指示をしたからだ。
クレイの事は知らない人間が多かったので、俺達にとってどういう存在かきちんと説明した上での指示だ。
俺達B.K.Bがクレイを助け出す目的がある事を始めから知っていた連中からも「さすがにランドを見逃してまでは優先できない」という意見が出た。
「みんなの気持ちも分かる。だがお前達はランドの顔も分からないだろう?
知っているのは俺と、横にいる相棒のマークだけだ」
俺がマークを指差して言った。
奴が口を開く。
「手当たり次第に攻撃はするなよ。
リルクレイの安全を確保できたら、間違いなくすぐに俺達はランドの首を取りにかかる。
その時は目一杯暴れてくれよ!
なーに、少しの辛抱だ。今まで押さえ込まれてきた日々に比べればな!そうだろう!?」
マークがニカッと歯を見せる。
すると少しずつ「そうだな…」「分かった」と言ってくれる奴等が出てきた。
ブラックホール達が戻ってきた。
後ろにボロボロのカトラスとメルセデスを従えている。間違いなくそれがクレンショウブラッドの残りの連中だ。
昔よりも人数が明らかに少ない。
バタン!
ブラックホールやシャドウ、クレンショウブラッドもドアから全員が降りて、俺の元へやってきた。
「早かったな、コリー」
「うん。結構近かったからね。
それに、すぐに状況を理解してくれて。ギャングスタクリップと戦う事も、このクレンショウを拠点にする事も引き受けてくれたよ」
「そうか。それはありがたい。
協力に感謝する。俺はビッグ・クレイ・ブラッドのOG-Bだ。よろしく頼む」
俺はクレンショウブラッドのメンバー全員に握手をして回った。
「クレンショウブラッドには自分達のアジトで待機してもらいたい。
ケガ人が出たりしたらソイツらは一度クレンショウまで引き上げさせるからな。
電話はあるよな?誰かをここへ戻す時には連絡だけは入れるようにする」
「あぁ。それが俺達の役割ならば」
一人のギャングスタがそう答え、番号をタバコの箱に書いて俺に渡した。
「あ、俺の電話は…」
「俺が持ってるぜ。ほら返すぞ」
連絡を入れると言ったものの、携帯電話がない。
貸していた事を思い出した俺はガイを探そうとした。だがすでに奴は俺の真横に立っていて、元々は俺の物だった携帯電話を俺に手渡したのだ。
「あぁ。ありがとう、ホーミー。さぁそろそろ出発しないと…」
ピリリ…ピリリ…
絶妙なタイミングで俺の携帯電話が鳴った。
俺はガイと目を見合わせた。
だがまずは大声で全員に指示を出す。
「よし!みんな、ぐずぐずせずに出発だ!
シャドウとブラックホールに先頭の道案内を頼む!いよいよギャングスタクリップのシマに乗り込むぞ!」
おう!と全員からの返事があると、すぐに俺はネオンに乗り込んだ。
マーク、ライダー、ガイもさっきと同じ席順で乗り込む。
その間も電話は鳴り響いていた。
ガイが「もう出ていいんじゃないか」と言ったので俺は電話を取った。
もちろんこの電話を鳴らす人間といえば…
ピッ。
「よう。ジミーか?声が聞きたかったぜ、ホーミー!」
「…サム…?私。リリー」
…!!
俺の予想は外れた。
「リリー…」
俺がそういうと、一斉に三人の視線がこっちに集まる。
ガイはチラリと一瞥した程度だったが、マークは大袈裟に後ろを振り返り、ライダーはミラー越しに俺の顔を見た。
誰もが、まさかリリーから電話があるとは思っていなかったからだ。
むしろ俺の電話番号を知っているとすら思わなかっただろう。
だが、俺は以前リリーの家に行った時に電話番号を書いて彼女に渡した事を思い出した。
ライダーを何時間も待ちぼうけさせてしまった時の事だ。
「どう…したんだ?」
「特に何もないんだけど…声が聞きたくて」
「そうか。俺はこの通り、元気にしてるさ。学校はどうだ?順調なのか?」
俺は心配をかけないように、元気に振る舞った。
「よかった…なんだかよくわからないんだけど…急に不安になっちゃって」
「心配ないさ」
「なんでだろう。なんだか…もう会えないような気がして。サムが遠くへ行ってしまうような気がして……!」
…
女ってのは、妙な勘が働く時がある気がする。
静かに泣き出した彼女の声は…安心からきたものか、不安からきたものかは分からなかった。
「俺はどこにもいかないからよ。安心してくれ」
精一杯の嘘をついた。
この後、危険な目にあう事は分かりきっていたし、下手をすれば俺は死んでしまうかもしれない。
「分かった…ありがとう。また私が実家に帰ったら会おうね」
「あぁ、もちろんだ。約束しよう。
じゃあまたな」
「うん、それじゃ」
…
嘘ってのは悪いだけの物でもない。
良い嘘をつけば感謝され、悪い嘘をつけば恨まれる。
だが…俺がついた嘘は明らかに『悪い嘘』だった。
「ふー…びびったぜ。何てタイミングだ」
俺はそうこぼして携帯電話をしまった。
「おいおい!ヒヤヒヤさせんなよな、ニガー!」
マークがガハハと笑ってパッセンジャーシートに座り直した。
「ヒヤヒヤ?何でお前が」
「決まってるだろ!女の事が愛しくなって、お前が怖じ気づいちまうんじゃねぇかと思ったんだよ!」
「マザーファッカーが。大事なクレイや憎たらしいランドのクソったれを目の前にして、誰が怖じ気づくんだよ」
「お?言うねえ、リーダー。その意気だ」
ライダーが横でそう言った。
もはや、ギャングスタクリップのテリトリーは目の前だ。




