life
すべてのセットにはそれぞれの道、それぞれの考え、そして…それぞれの生き様。
俺達三人は歩き出したマフィアクリップのメンバー達についていった。
薄暗い路地を歩き、一軒の家にたどり着く。
距離はそんなに遠くはなかったので、歩いて二、三分くらいだった。
木造の小さな家。やたらと庭だけが広く、その一面は芝生で覆われている。
狭い玄関の真ん前に、ヤマハの古いモトクロスバイクが一台停まっている。
ボロボロの白い壁はマフィアクリップのタグだらけで、辛うじて元々は壁が真っ白だった事が分かるくらいだった。
よく見ると壁の一部がすすで黒くなっている。
間違なく火が上がった痕跡だ。誰かに火をつけられた事があるのかもしれない。
…ガンガン!
マフィアクリップの一人が乱暴に玄関の網戸を叩く。
「スパイダー!いるか!?」
しばらくして中から「あぁ、入れ」と小さな返事がかすかに聞こえた。
マフィアクリップのメンバーが振り向いてこちらを見たので、俺は頷いた。
ドアを開け、中に入る。
家の中をメンバーに続いて歩き、寝室らしき部屋についた。
ここがスパイダーの部屋か。そう思った瞬間…
パァン!
突如銃声が鳴り響いた。
ガタン!
今度は俺のすぐ後ろで大きな音。
シャドウが尻餅をついて出た音だった。
「びびった…いきなり何しやがる!」
当然シャドウは頭にきたらしく、すごい形相で部屋の中の人物をにらみつけた。
ソイツは寝室の角にあるベッドの上に座り、そこから銃口をこちらに向けていた。
よく見えなかったが、そのリボルバーの銃口からうっすらと煙が出ている。
「チッ…壁に当たったか」
そう聞こえた。
確かに銃弾はシャドウのすぐ横の壁に突っ込んでいた。
「スパイダー!いきなり撃つなんて!」
マフィアクリップのメンバーが叫ぶ。
「お前ら…なんでブラッズなんか家に入れてるんだよ?部屋がケガれるだろうが!」
スパイダーはイライラと言うと、立ち上がって部屋の照明を明るくした。
別に元々暗かったわけではないが、よく見えるようになる。
奴は以前と変わらずパーマがかった黒髪にベースボールキャップを被っていた。服装は、くたびれたジーンズにタンクトップを身につけている。
あらわになっている両腕は異常なほど細く、何よりも目をひくのは、両腕におぞましい程の数の蜘蛛、その巣、それに捕らわれた蝶のタトゥーが彫られている事だ。
彼の『スパイダー』というニックネームは誰が見ても納得できるだろう。
『怖い』というよりは『怪しい』と見てとれるような風貌だ。
「待てよ、ニガー。俺達だって敵をわざわざ連れてくるわけないだろ。
理由があるんだよ」
「…どんな理由があるんだよ!」
そう言いながら、スパイダーはベッドの脇に置いてあったグラスを手にとり、中に注いであった茶色い液体をごくりと飲みほした。
おそらくウィスキーか何かだ。
「俺達に見覚えがないか?
それにしても…いきなり撃ちやがって…スパイダー!」
シャドウが言った。
俺も一歩前に出て、かけていたロークを手で外す。
「…お前ら…」
「やっと気付いたか?」
「…誰だ…?
とにかく…くたばれ、ブラッズ!」
スパイダーは本当に俺達が誰だか分からないらしく、再び銃口をこちらに向けてきた。
「やめないか!マザーファッカーが!」
だがマフィアクリップのメンバー達がすかさずスパイダーを取り押さえ、銃を奪った。
暴れるスパイダーを取り押さえ、落ち着かせるまでには五分ほどかかった。
自分の部屋にブラッズがいることが相当許せないらしい。
「分かった分かった!お前ら!もう分かったから放しやがれ」
スパイダーのその言葉で、彼を取り押さえていた複数の腕がようやく解かれた。
「まったく…アスホール共が…」
悪態をつきながらスパイダーはベッドに座り直す。
「で?ファッキンブラッズを連れてきた理由ってのは、相当なもんなんだろうな?
だいたい、お前ら一体誰だよ」
「俺達はビッグクレイブラッドだ」
シャドウが簡潔に答え、そしてイライラと言った。
「それよりも、いきなり撃った事に関して謝罪の一つもねぇのかよ?」
「あー、悪かった」
「チッ…」
なんだか険悪な雰囲気だ。
シャドウが怒るのも納得できるが、スパイダーと争っても何にもならない。
俺は口を開いた。
「よう、スパイダー。俺はサムだ。
コイツはホーミーのシャドウ。
デリックやお前と一緒に酒を飲んだ事…覚えてないか?」
「サム…?…あのサムか?
サム、てめぇ!ブラッズだったのか!」
スパイダーはようやく俺達の事を思い出してくれた。
「あぁそうだ。俺達はブラッズだ」
シャドウが俺の代わりに言い放ち、スパイダーを睨みつけた。
「だがよ、スパイダー?今お前がイラついてんのは、俺達ブラッズなんかじゃないはずだよな?」
そう俺が言う。
「…そうだな。そうかもしれない」
「ところでよ。デリックは、殺られたのか?」
またシャドウが横から入ってきた。
なんだか俺達二人でスパイダーを訊問しているようだ。
後ろに控えているマフィアクリップのメンバー達やギャングスタクリップは黙っている。
このギャングスタクリップの一人にスパイダーが気付いている様子は無かった。
「…あぁ。あのマザーファッカーは…自分の命と引き換えにこのセットを守ったんだ」
彼はしっかり俺とシャドウだけを見て話した。
シャドウが返す。
「命と引き換えにマフィアクリップを守った?
そりゃどういった意味だよ?」
「…コンプトン・マフィア・クリップは、本当なら今頃…一人残らず消されてるはずだったんだ。分かるだろ?」
スパイダーの声は小さかったが、妙に響いた。
「最初はもちろん、俺達マフィアクリップは全員力を合わせてギャングスタクリップに立ち向かった。
今考えりゃ敵うはずもねぇがな。
実は、奴等を相手にするだけじゃすまなかったんだ。というよりはギャングスタクリップの奴等と直接やり合うなんて事はできもしなかったのさ」
「どうしてだ?」
シャドウが真剣な顔つきで言った。
「周りのセット…それもコンプトンの連中だ。
ソイツらが寄ってたかって俺達に襲いかかってきた。理由は分からねぇ」
「知らないのか?コンプトンは今じゃほとんどのセットがギャングスタクリップのランドについてる」
シャドウの言葉にスパイダーは「マジかよ!」と驚いた様子を見せた。
「てことは…俺達がそのランドってヤロウに従わなかったから、すでに奴に尻尾ふってやがるヘタレ共が俺達を潰しにきたわけか…」
「そうだろうな。
だが勘違いするなよ?ソイツらだって好き好んでランドに付き従ってるわけじゃねぇ」
シャドウはマッチを擦り、タバコに火をつけた。
「それで?だから奴等を許せ、とでも言いたいのか?」
スパイダーの目が鋭くなった。
「いや。別に許さなくてイイ。
ムカつくんならいつまでも根に持ってりゃイイと思うぜ」
「はは、そりゃよかった」
初めてスパイダーが笑みを見せた。
すぐにシャドウが言う。
「だがよ。許せまでとは言わなくてもしばらくの間、力を貸してくれないか?」
「どういう事だ?」
「今言ったように、ソイツらだって心の中ではランドに従いたくない、自由に暮らしたいと思ってるに違いない。解放されたいってな」
シャドウは窓を開け、タバコを外に放り投げた。
そして続ける。
「今、俺の仲間達が他のセットを周ってる。
まずはソイツらと協力してランドを叩き潰さねぇとな。他のセットとケンカしたくても、そんな事してる余裕なんかないだろ」
「…」
「それに、俺の後ろにいるが…ギャングスタクリップの中にだってランドに反感を持ってる奴等が大勢いる。
彼等も協力してくれるそうだ」
スパイダーはチラリとギャングスタクリップのメンバーを一瞥したが、特に何も言わなかった。
「俺達にとって、コンプトン・マフィア・クリップが重要な鍵を握ってる。
理由があって、遅くとも明日までにはサウスセントラルに攻め込まなくちゃならないんだ」
スパイダーが黙り込んだので、シャドウが一人でスピーチをしているような形になった。
「このままデリックのカタキを討たずにランドのヤロウの手の内で、周りのセットと小競り合いしながら暮らすのか?
直接デリックを殺ったのがどこのセットの何てヤロウかは知らねぇが、元を辿っていけば必ずランドのクソったれに結び付くと思うぜ」
少しの間だけ部屋がシンとしたが、スパイダーが反応を見せた。
「デリックは…」
「…?」
「デリックは…俺達の目の前で撃ち殺された…
本当なら俺達も皆殺しだった…!
だがデリックの奴が…『俺達はもうギャングスタクリップに反発もしないし、加勢もしない。だから勘弁してくれ。これ以上仲間には手出しするな』って…!」
スパイダーはさらに叫んだ。
「そしたら『条件を飲む代わりにお前の命は奪う』って奴等はデリックを撃ちやがった。
たとえ嫌々従ってるだけだろうと、そんな奴等と協力しろっつうのかよ!?」
いつの間にかスパイダーは涙を流していた。
さらに声を少し落として続ける。
「…ようやく分かった。あの時、デリックがギャングスタクリップの名前を出した意味がな。
奴はいち早く感づいてたのかもしれない。『コンプトンはギャングスタクリップに食われてる』ってよ…」
「見事な最期だったな…」
「見事?死に方に良いも悪いもあるかよ。死んだら一緒だ。何にも残らねぇ」
スパイダーが鼻で笑う。
「シャドウ…だったな?
俺はよ…ほとんどのセットがギャングスタクリップに食われちまうなんて夢にも思ってなかった。
俺等を襲った周りの奴等さえもギャングスタクリップと繋がってるはずがない。何で俺達を潰そうとするんだ?
そんなことばっかり考えてた。
現実から逃げるようにな」
「俺だってコンプトンのほとんどのOG達が抑え込まれてるなんて、信じたくもなかったさ」
「…でも頭の片隅では分かってたのかもしれないな。それを無理矢理否定し続けてた。
お前の口からコンプトンの状況が聞けて、ようやくすべてを受け入れる事ができた気がするぜ…」
他のメンバー達はギャングスタクリップが絡んでいる事を黙認していたが、スパイダーは一人、それを信じたくなかったのだろう。
シャドウは黙って頷いた。
「そう言えばよ、本当のところお前達がサウスセントラルへ急いでる理由ってのは何なんだ?」
「あぁ、実はホーミーの息子が人質になってるんだよ。ケンカをけしかけてるのはランドの方なんだぜ。
俺達は急ぎたくて急いでるんじゃねぇ。
『急がなくちゃいけない』んだ」
「ガキが人質?まったく、そのランドってヤロウの神経を疑うぜ。
ギャングスタのやる事じゃねぇな。ワンクスタめ!」
スパイダーがいきり立つ。
ワンクスタとは格好だけ真似して、ギャングスタごっこをしている様な奴の事だ。
簡単に言えば、偽ギャングスタ。
「だが、やっぱりデリックを直接殺った奴等と手を組むってのは聞けない頼みだぜ」
「そうか…残念だが、それがお前達の選ぶ道なら仕方のない事だな…」
シャドウが言い、くるりと振り返った。
話の終わりとしてはあっけない。
だが少し時間をとりすぎたし、仲間になってくれないならば仕方ない。
「B、引き上げだ。早く次のセットに行かないと」
「そうだな。…おい!スパイダー!邪魔したな!」
俺の言葉に、奴は両手でMのハンドサインを出して応えてくれた。




