Shadow
圧倒的な情報量。
セットとセットを繋ぐバイパス。
すぐにギャングスタクリップの古株達は返事をくれた。
もちろんコンプトンとイーストL.A.の両方からだ。
仲間として信用できるかどうかはまだ分からないが、ランドを倒したいという想いだけは俺達B.K.Bと一致していた。
協力し合うというよりは『お互いを利用する』と考えた方が正しいのかもしれない。
すぐにでも出発したいところだが、まだ他にも人間が欲しい。
クレンショウブラッドの若い連中は、俺達のやりとりを聞いている内に「俺達もランドを倒したい」と申し出てくれた。
元々クレンショウブラッドは昔から付き合いのあったセットだ。
色々あって仲違いした時期もあったし、まだ存在していた事すらも知らなかったが、彼等の協力は心強い。
サウスセントラルが地元のギャングなので、彼等がこちらにつけばクレンショウを拠点にギャングスタクリップと対峙することができるのだ。
だが敵の数は計り知れないし、イーストL.A.やコンプトンのギャング達すべてが俺達につくとは限らない。
手を貸してくれないかもしれないし、俺達を止めようと攻撃してくるかもしれない。
どちらにせよ、まずは二つの地域のすべてのセットに出向く必要があった。
ただ、イーストL.A.のセットは少ないのでほとんど無視する形になるだろう。
「一日だ。それ以上は待てない」
俺がみんなに、そして自分自身に言い聞かせるために出した答えだ。
一日…明らかに短すぎる。
だが何よりクレイの身が心配だ。
最悪、奴等に勝てなくともクレイだけは何としても助け出さなければならない。
みんなが俺の家を出て行く。
マークを始めとするウォーリアー達はすぐさま外に待たせていた血の気の多い若い連中に声を掛けていた。
「てめぇら!ついに決戦だ!武器を集めるぞ!」
すぐにでも武器を揃えるつもりらしい。
密売商のビリーから買いたいところだが、そんな金はない。
武器の調達は本来、俺達ハスラーが請け負うべき仕事だが、俺達は俺達で別の仕事がある。
それを見越してマークが対応してくれたのだ。
俺、シャドウ、ガイ、ライダーの四人は早速コンプトンへと向かう事にした。
隣町のギャングスタクリップにはガイの携帯電話から連絡をしたのだが、コンプトンの方は隣町の連中を通して間接的にしか話していないので連絡先やアジトの場所が分からないし、向こうにも俺達の顔は分からない。
必然的に隣町のクリップス数人と合流して同行することになったが、これは車のない俺達にとっては都合がイイ事だ。
俺の無茶な指示に、みんなは早すぎるぐらいの対応をみせてくれた。
クレンショウブラッドの若い連中は俺達がサウスセントラルに向かうまで同行し、クレンショウに到着次第、彼等の仲間と合流する手筈だった。
それまではウォーリアー達の武器調達に加勢してくれる。
走っていくウォーリアー達を見送り、四人で外で待っていた俺達に隣町から迎えのGライドが二台到着した。
ボロボロのカローラとトヨタのトラックだ。
それぞれに二人ずつ運転手が乗っていたので、俺達も二人ずつに別れて乗り込む。
俺はガイと共にトラックに乗り、ライダーとシャドウの二人はカローラの後部座席に体をすべり込ませた。
「急な話ですまないな。コンプトンにいるお前達のホーミーの所まで頼む」
俺が言うとギャングスタクリップの運転手は「いよいよなんだな」とだけ返して車を発進させた。
後ろからカローラもついてくる。
「サム…」
「ん?」
ガイがひそひそと俺に耳打ちした。
「今まで隠してたが…俺の親父を殺ったセット…実はギャングスタクリップなんだよ」
「何!?」
何でこのタイミングで…!俺はそう思わずにはいられなかった。
俺は動揺を隠せなかったが、幸い運転中のクリップスには俺の「何!?」という声以外は聞こえていない。
俺達はトラックのベンチシートに三人並んで座っている状態だ。
ガイが助手席で俺が真ん中の席だったのだが、いくらなんでもこんな状態でそんな大事な話をするとはガイらしくなかった。
「お前…いくら何でも今言う事じゃねぇだろうが…!聞こえたらどうするんだよ」
今度は俺がガイに耳打ちした。
クリップスは会話の内容が気にはなっているようだが「何の話だ?」なんて野暮なことをききはしなかった。
「すまん。でもお前だけには伝えておこうと思ってな。それだけ今の俺はランドを倒したいってことさ」
ガイは、もう耳打ちではなく普通に話した。
奴は親父のカタキであるギャングスタクリップと手を組むのに目をつむってまで、ランドを倒して仲間達に平穏が訪れるのを望んでいるという事だった。
「この戦いはいつ誰が死んだっておかしくないくらいの大抗争に発展する。
だから俺が死ぬ前にきいて欲しかったのさ、B」
ガイは笑った。
…コイツにはかなわない。
ただそう思った。
まずはコンプトンにいる古株のギャングスタクリップと合流するため、ハンドルを握るクリップスがぐんぐん車をすすめていく。
コンプトンに入った。
俺達は通常、この街をうろつくならば裏道を避けて大通りを走る。
だが今回は裏道を多用し、様々なセットのテリトリーを通った。
そのおかげでいくつものギャングのタグを目にすることができた。
確かに近道だが、かなり危険性が高いので普通は通らない道だ。
さすがコンプトンを抑圧したギャングスタクリップだと思った。
ここまで堂々とコンプトンのゲットーエリアを縦横無尽に走り回るとは。
もちろんセットのテリトリーを通っている間、道沿いに出ていたギャングのメンバー達が「誰だ?」とでもいうように睨んできた。
だが運転しているギャングスタクリップを見るなり、そそくさと目線をそらしたのだ。
「さぁ、もう着くぞ」
クリップスが言った。
トラックとカローラが停車する。
そして俺達はコンプトンの古株達のアジトに到着した。
奴等のアジトは倉庫などを使っているわけではなく、立派な二階建ての一軒家だった。
玄関の戸を開けて中に入ると、すぐ左手に大きなリビングがあり、その部屋には二十人ほどのギャングスタクリップがいた。
どうやらランドによってコンプトンに送りこまれているのはイーストL.A.のギャングスタクリップよりも遥かに人数が少ないようだ。
この時、俺は少し前にある一人のギャングスタクリップから「サウスセントラルの地元に残っている古株は残りわずか」だと聞かされた事を思い出した。
もちろんコンプトンを抑える時にはサウスセントラルにいるギャングスタクリップの連中もいくらか動員したはず。
さらに警察の力も使って、凶暴なコンプトンのO.G.達を抑えつけてしまった後はわずかな人数の見張りだけでも問題はない。
「よくきた、ホーミー」
奴等はしっかりとハグをした。
クリップスだろうがブラッズだろうが、仲間を想う気持ちは共通しているのだ。
俺はランドのようにすべてを支配して、統率するような独裁的な考えを好きになれなかった。
やりとりが一通り終わると、コンプトンのギャングスタクリップは今度は俺達に握手を求めてきた。
「B.K.Bだな?よろしく頼む」
「あぁ。俺達の共通の敵は強大だ。協力してくれて感謝する」
「まずはかけてくれ」
席をすすめられたので俺達は長ソファに座った。
「よし…B.K.B。ランドを倒すっていう話には俺達は全員賛成だが…どうやって戦うんだ?」
「とにかくできる限りの同志を募りたいんだ。まともにランドと張り合うくらいの人数は必要だろ?」
奴等があぁ、と頷く。
クリップスへの受け答えはすべて俺が行なった。
「期限は一日。それまでにたくさんの人間が必要だ」
「一日だと!」
短すぎる。と次々に声が上がった。
「明日までには出発したい」
「だがどうして?急ぎすぎても失敗するだけだぞ」
当然の質問だ。
「…大事な仲間が捕らえられてる」
「…そうなのか。気持ちは分かるが、そりゃB.K.Bだけの問題だ。
じっくり態勢を整えないか?一人の為に俺達まで危ない橋を渡るわけには…」
「まだ、五つにも満たない幼子なんだ」
すると奴等の眼は一瞬で鋭くなった。
「ガキが人質…?」
「ふざけやがって…」
「墜ちるとこまで墜ちたか…」
ギャングスタクリップの連中からはひそひそと声が上がっていた。
奴等のランドへの反感は疑う必要もない。
後は何がなんでもやってやろうという勢いだけが足りない気がした。
確かに一日でランドの持つ強大な戦力に匹敵する人数を集めるのは不可能に近い。
たとえコンプトンの兵隊を奴から切り離しても、サウスセントラルには大勢の敵が存在する。
さらにコンプトンの猛者達だって、必ずしも俺達に付くわけではない。
「倒したいと思ってるだけでは絶対に勝てない。動かなきゃ何にも始まらない」
協力の姿勢は見せてくれたが、まだどこか逃げ腰なギャングスタクリップを俺は必死で勇気づけようとした。
「黙って見てるだけじゃダメだ!みんなアイツに飲み込まれてしまう。
誰かがそれを食い止めなきゃいけないんだ!」
部屋には俺の声だけが響いていた。
「一日で態勢を整えるだなんて無茶なのは分かってる!
でも…もうやるしかねぇんだよ!」
「そう言えばよ。今使ってるこの家…どうやって手に入れたんだ?」
ここで突然何を思ったのか、シャドウが話題を変えた。
「あぁ…ここはコンプトン・マフィア・クリップっていう連中からブン取ったんだ。最後までランドに抵抗したらしくてな…
だが、この家は奴等がアジトとして使ってたわけじゃないぜ。
決まったアジトなんか持ってなかったみたいだしな」
「何!マフィアクリップから!?」
クリップスの一人が答えると俺は声を上げた。
「どうした?」
ギャングスタクリップの連中が不思議そうに俺を見ている。
言われてみればそうだ。確かにこの辺りの風景は記憶にある。
マフィアクリップのデリックやスパイダーと出会ったのはバーだったので、この家の事は当然知らなかったが。
ここがマフィアクリップのテリトリーならば、彼等のわずかな生き残り達と連絡を取れない事もない。
だが、ギャングスタクリップから直接攻撃を受けているのならば、たとえランドに反発する古株のギャングスタクリップであろうと、マフィアクリップが手を貸してくれるとは思えなかった。
不思議そうにこちらを見ていたギャングスタクリップに、俺は説明する。
「実はマフィアクリップの連中とは顔見知りでな。たとえ少ない人数でも協力を頼みたかったんだ。
だが、そういう事なら彼等のギャングスタクリップに対しての怒りは他のセットとは比べ物にならない程大きいだろ?
いくらランドに抵抗しようとしているお前達でも『ギャングスタクリップ』だという事には変わりない。
協力してもらえそうにないな…と思ったんだ」
行動に移さなくては何も始まらないのは分かっていた。
マフィアクリップはあきらめて他のセットをまわるしかなさそうだ。
「サム」
ガイが口を開いた。
「どうした?」
「俺は…ギャングスタクリップに親父を殺された」
「な…!」
俺は驚いた。
二度までもこの話を…しかもガイはみんなに聞こえるように言ったのだ。
当然、その場にいた全員が驚きを隠せない様子だった。
「なに考えてるんだ…!」
これではギャングスタクリップが『B.K.Bは途中で裏切るかもしれない』という不信感を持つ可能性が出てくる。
「サム…この話はお前だけでとどめておくつもりだったが…
やっぱりみんなに話しておいた方がよさそうだったからな」
「親父のカタキがギャングスタクリップ…本当か、ニガー?」
「ガイ、ずっと我慢を…?」
ライダーとシャドウが同時に言った。
ガイが頷く。
「もちろん本当だ。こんな嘘はつかない」
「ガイと言ったな?そんな過去があってお前は俺達と協力してくれるのか…?」
俺の予想通りクリップスの連中に不穏な空気が漂っている。
「あぁ、協力する。裏切ったり騙したりはしない。
みんなの為だ。俺の事を気にしてられる状況でもないしな。
だから…マフィアクリップだってきっと分かってくれると思うんだ。
『今、憎むべきはランド一人』だってな」
「そうか…分かった、信じよう」
クリップスが答える。
ガイはあえて不信感をあおる言葉を発し、見事にギャングスタクリップの信頼を強めたのだ。
「人数が減ったとはいえ、マフィアクリップは元々力のあったセットだ。
こっちに引き入れるのは俺も賛成だぜ!
さて、いよいよ俺の出番だな!」
すぐに聞こえたシャドウのこの言葉は、なんとも頼もしかった。
早速、俺とシャドウの二人はマフィアクリップに会いに行くことになった。
もちろんブラッズの格好に身を包んだ俺達だけでは命を落とす危険性があるので、ギャングスタクリップが一人同行する。
ライダーやガイもまた、コンプトン市内の別のセットへと出向く事になった。
そっちにもギャングスタクリップが一人ついていく。
それから残りのギャングスタクリップの連中も、数人ずつ散り散りになってセットをまわる手筈だ。
「さて!行こうぜ、ホーミー」
シャドウが部屋を出ようと歩き出したので、俺とクリップスの一人もそれに習った。
この辺りはマフィアクリップのテリトリーなので徒歩で充分だ。
だが、マフィアクリップに会った後で、それ以外のセットへ移動する時には車を手に入れる必要がある。
「奴等はアジトなんか持ってないんだよな?シャドウ、どこへ向かってるんだ?」
しばらく歩いたところで俺は言った。
「ぶらぶらしてりゃ、誰か一人くらい見つけられるだろ」
「なんだそりゃ」
シャドウの答えに、さっき俺が奴に感じた頼もしさは消え去った。
シャドウはよく行き当たりばったりだったり、バカな考えを起こしたりする。
だが妙に慎重だったり適格な判断をすることもあり、なぜか頼り甲斐がある。
『大ざっぱなのに細かい』
なんだか矛盾しているようだが、それがシャドウを示すのに一番適した言葉だと思えた。
特にギャングやマフィアに関して充分すぎるくらいの情報を持っている事は、俺達が奴を最もリスペクトできる点だ。
「ほら、見ろよ。やっぱりだ」
シャドウが上機嫌に言った。
奴の指差す方向にはマフィアクリップのメンバーが四人、道端に座りこんで話していたのだ。
「な?」
「あぁ、ニガー。見つけられてよかったぜ」
シャドウは真っ黒な肌と対照的な真っ白い歯を出して、ニヤニヤと笑いながらソイツらに近づいた。
当然、近づいてくるブラッズに気づいたクリップスは全員立ち上がって身構えた。
「ヘイ!マザーファッキンブラッズ!止まれ!どこのセットだ、てめぇら!」
「俺達はB.K.B!ビッグクレイブラッドだ」
シャドウが返す。
俺はシャドウに任せる事にした。
「ビッグクレイブラッド?なんだか聞いた事があるな…お前らのフッド(地元)はイーストL.A.じゃないか?」
「あぁ。そうだぜ」
マフィアクリップの奴等はB.K.Bの存在は知っているようだった。
おそらく、コンプトンブラッズのOG達による警察殺しのおかげだ。
ラットがいたクレンショウブラッドのメンバー達と初めて会った時も、その事件のことを言われたからだ。
「で、そのB.K.Bが何の用だよ!
おい!それ以上近づくな!」
だが、だからといって俺達に対する警戒を解いたわけでもなさそうだ。
俺達三人は奴等とある程度の距離をとって立ち止まった。
「分かった分かった。じゃあ用件を言うぜ?」
シャドウが両手をあげて攻撃の意思はない事を示した。
茶色い服を着たマフィアクリップ達が全員立ち上がった。
そして一人が一歩前に出る。
俺達が立ち止まったからでも、シャドウが両手を上げたからでもない。
ソイツが言った。
「よう。どうしてギャングスタクリップのクソが一緒にいるんだよ?」
『三人目』に気づいたからだった。
「あぁ。用件っていうのもギャングスタクリップに関係することなんでな。ついてきてもらった」
シャドウがそう答えると、チッと舌打ちして彼等は黙った。
話は聞いてくれるらしい。
ギャングスタクリップが絡んでいると、どうにも反抗できないのだろう。
かつての武闘派セットが丸め込まれている姿を見ると、なんだか気の毒だ。
「じゃあ簡単にいうぞ?俺達はギャングスタクリップの頭、ランドってヤロウをブッ殺す」
「な…!」
「バカかお前!」
マフィアクリップのメンバー達はひどく驚いた様子だった。
後ろにギャングスタクリップのメンバーがいるだろうが!とでも言いたいような顔だ。
「ランドって奴は、無理矢理ギャングスタクリップのトップにのし上がった大悪党だ。
もちろん昔からギャングスタクリップにいた連中からは反発を受けたが、奴に付き従う若い奴等に後押しされて力をつけた。
今じゃ、昔からいる古株のメンバー達や、周りのセット、他の町までも巻き込んでデカイ組織を作り上げてる」
シャドウはマフィアクリップの様子を気にする事なく話を進めた。
「なんだそりゃ…ギャングスタクリップは一枚岩じゃないって事か?」
マフィアクリップのメンバーの一人が言った。
いい具合に話にのってくれている。
「サウスセントラルのクレンショウブラッドを知ってるか?
彼等は俺達の大事な仲間だったが、ランドの手によって壊滅させられた。
いわば最初の犠牲者だ。
その後、サウスセントラルすべてを力で支配したランドは俺達の地元、イーストL.A.をも飲み込んだ」
「…つまり、お前達はギャングスタクリップから痛い目にあわされたわけか」
「あぁ。俺達は地元を追われ、ロングビーチへ落ち延びた。
そんでようやく地元に帰ってきたんだが、奴を倒すには力が足りない」
シャドウはタバコに火をつけて地面に座り込んだ。
「後ろにいるギャングスタクリップのメンバーは、もちろんランドに反感を持ってるんだが…
彼等だって犠牲者だからな。
お前達がギャングスタクリップを恨む気持ちは分かるが、すべては一人の男がギャングを動かしてきた結果なのさ」
「俺達は確かにギャングスタクリップをブッ殺してやりてぇ。
だが、その為に敵であるギャングスタクリップの連中と…ましてや、お前達みたいなブラッズと仲良しごっこしなくちゃならねぇのか?」
マフィアクリップの回答は冷たいものだった。
だが、こちらも簡単に引き下がるわけにはいかない。
「だったら、ずっとランドの支配下におかれたまんま黙ってるのか?マフィアクリップにだって、このコンプトンには友好的なセットくらいあるだろ?
自分達だけの問題じゃねぇ。みんなが立ち上がらないと何の意味もないんだぜ。
それも今すぐにだ」
「今すぐにだと?
そう言われても…赤の他人から急にそんな事言われて『はい。分かりました』って今すぐに返事ができるか?」
…
その後もシャドウの懸命な説得は続いた。
だが「信頼できない」「手を貸す理由がない」の一点張り。
俺達には時間がない。
仕方なく俺が一歩前に出る。
そして、ただ一言だけ言った。
「デリックやスパイダーは…元気か?」
迷惑がっているだけのように感じられた奴等の顔つきが、一瞬で真剣なものになった。
あとはシャドウがどうにかしてくれるだろう。
マフィアクリップの一人が言う。
「どうしてその名を知ってる…?」
俺のかわりにシャドウが答えた。
タバコを地面でもみ消して立ち上がる。
「彼等とは知り合いだからだ」
「知り合い?」
「あぁ。昔、俺達が店で酒を飲んでいた時に偶然同じ席になったんだ。
もちろんマフィアクリップのテリトリーの外での話だぜ?」
「…」
「彼等は気さくに話しかけてきた。確かデリックはベースボールが大好きだったよな」
あの日、正確に言うとシャドウはカウンターでマスターと話し込んでいたのだが、俺とブラックホールがデリックやスパイダーと合席になったのは事実だ。
さらにその後も、彼等二人や他のメンバー達ともある程度の接触はあった。
もっとも、目の前にいるマフィアクリップの三人の中に、俺達の顔を知るメンバーはいなかったが。
「そうだ。デリックはバカがつくほどのベースボールファンだった…本当にバカなヤロウ…だぜ…」
「おい?どうしたんだよ?」
なんと、突然マフィアクリップのメンバー達がボロボロと涙をこぼし始めたのだ。
マフィアクリップのメンバーはそれからしばらく泣き続けた。
シャドウが時折「しっかりしろ」「大丈夫か」などと声をかけていたが、彼等から答えは返ってこない。
ようやくシャドウも口出しするのをやめ、俺達はかける言葉もなく、ただ見ていた。
そうすることしかできなかったのだ。
これほどのOG達が男泣きしている様は、見ているだけでも倒れそうな程の迫力を俺は感じた。
まるでコンプトンブラッズのファンキーやレイクみたいな力強さがあったからだ。
彼等もまた、泣き笑いするだけで俺達が圧倒される程のオーラを持っていた。
「…すまんな。みっともないところ見せちまった」
やっと話ができる状態に戻ったマフィアクリップのメンバーの一人が言った。
「かまわないさ」
シャドウは本当に気にした様子もなく、ひらひらと手をふった。
「しかし…残念だったな。デリックは、亡くすには惜しいくらいイイ奴だった。なぁ?」
シャドウはそう続けた。
まだ死んだかどうか分からないが、マフィアクリップの反応からもそれは確実だろう。
「ついてこい。スパイダーの所に案内しよう」
彼等は質問には答えてくれなかった。




