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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
45/61

All Star

たった一足の靴だった。

それが俺達を動かしたんだ。

その後のB.K.Bは見るも無惨な状況だった。

 

ファンキーの死、マフィアクリップの事実上の無力化にメンバー内には混乱が起こる。

どこで知ったのか、ガイの計略が実現できないと分かるとヤケになって酒を飲む奴、暴れ回り意味のない盗みや暴行を繰り返す奴も出てきた。

 

当然逮捕者も出ていて、冷静にヤクや女の仕事を探す事もできない。

それがまた悪循環に繋がる。

 

資金がまったくない状況が続き、俺達はとうとう車やバイクもすべて手放す事になってしまったのだった。

 

 

活気がまるで感じられない。

ロングビーチに逃げた当時のような状態だ。

 

そこにはかつて若い奴等から恐れられ、他のセットからも一目置かれた有名ギャンク゛

『ビッグクレイブラッド』の姿は無かった。

 

好き勝手にやるホーミー達を必死で抑えてくれているE.T.達にも疲れが見え始める。

一度死ぬ程の境地を味わった俺達初期メンバーの中に混乱は無かったが、C.K.Gなどの若い奴等には耐えられない程のストレスがかかっているのだ。

こんな状態ではギャングスタクリップと戦うどころではない。


だが一つ進歩はあった。

俺の家を再びアジトとして使い始めたのだ。

壁だけは昔の様に赤く塗り上げたが、中はガタガタのままだ。

もちろん資金難が理由だ。

 

俺一人が寝泊まりできれば問題はないので特に内装に手を加える事は無かった。

 

 

この日も、若い奴等を抑える事でくたくたに疲れていた俺は、ソファに横になっていた。

オーディオもテレビもないのでBGMとなるものは何もない、ただただ静かな部屋。

 

他のE.T.の連中も疲れて家で(ガイだけは昔のアジトで)休んでいることだろう。

この頃はずっとこんな調子だった。

 

それでもガイやシャドウはめげずにギャングスタクリップ対策の新しい手を考えているらしい。

 

するとここで客がやってきた。

突然ドアが開き、ぼんやりとしていた頭に響くような大声が俺を呼んだのだ。

 

「サムーー!!起きろーー!!」

 

「うわ!何だよ、うるせぇな!」

 

俺はソファから飛び起きる。

そして客人の顔を見るなり、俺は歩み寄ってハグをした。

 

「ただいま!久し振りだな、ホーミー!」

 

「会いたかったぜ!」

 

俺がそう返すとジミーはニカッと笑った。


奴は相変わらず派手なアフロ頭だ。

可愛らしい櫛が髪にささっている。

 

服装はと言うと、ディッキーズのハーフパンツに無地の白いTシャツ。

ハウスシューズにおしゃぶりといったアイテムもそのままで、ラッパーになった割には元のままのスタイルを貫いているようだった。

 

「なんだよ。ちっともイイ服着てないなぁ、ニガー?まあ座れよ」

 

俺はソファに座り直して隣にジミーを座らせた。

そして床に転がっていたバーボンの瓶を手渡す。まだ半分くらいは中身も残っていた。

 

「うるさいなぁ。変わらないってのも面白いじゃねぇかー」

 

そう言いながら奴は受け取った瓶のキャップを開けた。

グラスには注がずそのままラッパ飲みをする。

 

「ほい、プレゼント!」

 

瓶を再び床に転がしたジミーが突然ポケットから何かを取り出す。

 

紙巻きになった一本のクロニックだ。

 

「お、ジョイントじゃねぇか!ちょうどイイ。吸おうぜ」

 

俺はクロニックを受け取って火をつけた。


「ゴホッ、ゴホッ!なんだこりゃ!安物かよ!?」

 

俺はあまりの不味さに咳き込みながらジミーにクロニックを手渡した。

 

「しらねー。貰い物だからな。

ようやくこの家も復活したんだなー!壁が赤くなってたから、すぐにサムが住んでると分かったぜ」

 

ジミーは一口も煙を吸い込む事なく、火を揉み消している。

ヤロウ、俺でハッパの質を試しやがったな。

 

「あぁ。ところで、どうなんだ?仕事の調子はよ?」

 

俺はジミーにきいた。

 

「やっぱ忙しいぜー。色んな所に連れ回されてさ。

今、俺の初めての曲を作ってる最中だ。たくさんの人間に挨拶して回ってんのさ」

 

「そうか。よく分からないけど、暇がねぇのも辛いだろうな」

 

「でも今日はオフだからな。一日自由だぜー!サム、どっか連れてってくれよ」

 

ジミーがはしゃいで俺の手をひいた。

仕方なく俺は疲れた体に鞭を打って立ち上がる。

 

「それじゃ、その辺をブラブラしようか。今のところこの町も平和だしな」


俺の家はガイがいるアジトとは違い居住区の中に入っている。

 

俺達二人が歩いていると、アッと言う間に道端で遊んでいた子供達に囲まれてしまった。

 

「お、この町じゃ子供達からヒーロー扱いか!」

 

「あぁ。迷惑なもんだな」

 

俺は頭を掻きながら笑った。

 

「ねぇねぇ遊ぼうよぉ」

「B.K.Bだー!」

「わーいわーい!」

 

ギャングが何たるかを分かってないからこそだろうか。

当然、彼等には抗争の記憶もないしギャングが普段どんな悪さをしているのかも知らないに違いない。

しかしだからといって、あまりなつかれるのも危険だ。

 

「ほらほら、俺達は忙しいんだから。あっちで遊んでこいよ」

 

俺はイライラと言ったが、子供達は別に気にした様子も無くわいわいと騒いでいる。

 

「サムー!!」

 

そんな中、一際目立つ甲高い声が響いた。

 

「サムってばー!!」

 

「ん?よう、クレイ。コイツらをどうにかしてくれよ」

 

そこにいたのはリル・クレイだった。


「どうにかする?サム、今日は忙しいの?」

 

クレイは残念そうな顔になった。

彼はこの間と同じ服を着ていたが、前回とは違ってキレイに手入れされている。

髪もだらしなく伸ばしっぱなしの状態ではなく、丁寧に編み込まれたコーンロウだ。

 

「あぁ。忙し…」

「クレイ!お前がクレイか!?」

 

俺の言葉をさえぎって、ジミーが一歩前に出た。

かがんでクレイの頭を軽く叩いている。

 

「可愛いなあー!ジャックにそっくりだ!」

 

クレイはメンバー全員が我が子のように可愛がっている。

当然その想いはジミーも同じだったようだ。

 

「ジミー…だよね?」

 

「ん?俺を知ってるのかー?」

 

クレイがジミーの手を頭からどけて言った。

ジミーは驚いた様子だ。

 

「うん。この間ライダーが言ってたもん」

 

なるほど。写真を見た時、ジミーの事を覚えていたらしい。

 

「へぇー!賢いんだな、クレイは!」

 

「えへへ…」

 

クレイは照れくさそうにはにかんだ。


「クレイ。この間も言ったけど、あんまり外に出て家族に心配かけるような真似はいけないぞ?」

 

「うん、サム!今日は遊んでもイイ日だから大丈夫だよ!いつもは家でママのお手伝いしてるんだよ」

 

なるほど。母親はクレイの力もあって酒浸りの生活を脱したのだろう。

子供の力ってのは大したものだ。

どうりで服や髪型に以前のようなみすぼらしさが無いわけだ。

 

「そうか。本当に偉いな、クレイは」

 

「見て見て、この髪型はママに編んでもらったんだよ。このごろはママが優しいんだ」

 

クレイはくるくるとその場で回って、コーンロウを自慢げに見せてくれた。

 

「そりゃよかったなー!似合ってるぜ!」

 

ジミーがクレイを抱っこする。

 

「ニックみたいでしょ?髪型がカッコいいから真似したくって…ママに言ったら編んでくれたんだよ!」

 

クレイの目標はライダーか。そんなことを考えていると、いつの間にかクレイがジミーの手から下りて俺の服の裾を引っ張っていた。

 

「サム。僕とは兄弟なんだから遊んでもおかしくないよ?」

 

「…分かったよ」

 

これには参った。


俺とジミーはクレイや他の子供達、総勢十人に引っ張られてセントラルパークで遊んだ。

 

アニメとコミックのヒーローやその仲間になりきった子供達。

こういう場合は大人は悪役にさせられてしまうのが鉄則だ。

 

多くのX-MENやスパイダーマン達に囲まれて、俺達は必殺技の数々を受けた。

 

サタン・ジミー。なぜか奴はやる気満々でそう名乗っていた。

ベノム・サム。奴から勝手に名付けられた。ベノムってのは一体何だ。

 

「ぐはは!貴様らの攻撃など俺様にとっては痛くもかゆくも無いわぁ!」

 

ジミーの言葉にチビッコヒーロー達は憤った。

 

「なんだとー!」

「みんな、一斉攻撃だー!」

 

子供達がジミーに群がってパンチやキックを繰り出した。

 

「ぐは!な…なんだと!!

バカな…どこにこんな力が!ベノム・サム、後は任せたぞ…う…ぐぁぁ!!」

 

ボカーン!と叫び、爆発演出をしながら奴は倒れ込んだ。演技派め。

子供達は敵を打ち倒した事で大はしゃぎしている。

 

「次はお前だー!」

「覚悟しろベノム・サム!」

 

「な…」

 

俺は目を見開いた。


 

「あぁ…疲れた…」

 

俺は地面に倒れ込む。

あっと言う間に夕方になり、子供達は帰っていった。

ジミーも横でぐったりしている。

 

「まったく…子供ってのはパワフルだな。疲れも容赦も知らねー。なぁ、B?」

 

「そういうのが子供だからな」

 

俺は仰向けに倒れたまま、タバコに火をつけた。

服や顔が地面の砂で汚れてしまっている。

 

「大丈夫?」

 

小さな顔が俺をのぞいた。

 

「まだ帰ってなかったのか?クレイ」

 

俺は立ち上がって全身の砂を払い落とした。ジミーも立ち上がる。

 

「疲れてたんだね。みんなと遊んでくれてありがとう」

 

「もう次はないぜ」

 

「え?」

 

クレイが言った。

 

「俺達はギャングスタだ。悪い事をしてる人間だ。だからそんな奴等と遊んじゃいけない」

 

「悪い人?」

 

「あぁ」

 

どうやらクレイは俺達がギャングだとは知っていても、具体的にギャングが何なのかは分かっていないようだった。

そろそろ突き放さないといけないだろう。

 

「悪い事してるの?」

 

「たくさんな」

 

「でも…」


 

 

クレイはぼそぼそと言った。

 

 

「僕の弟だから」


俺は初めてリルクレイにビッグクレイの姿が重なって見えた。

 

ビッグクレイはどんなに俺が悪くても必ず俺をかばってくれた。

どんなに俺に落ち度があっても、どんなに不利でも。それが正しいのかは分からないが。

 

しかし、それがクレイを危険な目にあわせてもイイ理由にはならない。

 

「クレイ」

 

「何?」

 

「お前やお友達を危ない目に合わせたくないんだ。

俺達には…そうだな…『敵』がいる。その敵はみんなに悪い事をする。

俺達だって悪者だが…B.K.Bがソイツらをやっつけてしまうまでは、みんなと遊んだりできないんだ。忙しいからな」

 

「おいおい!まるでB.K.Bがヒーローみたいな口振りだな、サム?」

 

「シッ!ジミー、黙ってきいてろ」

 

俺はジミーを黙らせた。

クレイは真剣な目差しで俺を見ている。

 

「だからこの町を俺達が平和にするまで少し待っててくれ」

 

「分かった!なんだか大変そうだし…少しだけなら待ってるよ!」

 

「それから、俺達B.K.Bが敵と戦ってる事はみんなには秘密だ。

俺達は悪者だけど影では秘密のヒーローなんだ」

 

見え透いた子供騙しだったが、クレイの目が輝いたのは確認できた。


これで今度こそ俺達に子供が寄ってくることはないだろう。

 

子供の世界にも子供達だけのルールがある。

クレイは、上手く子供達が俺達の邪魔をしないような理由を考えてくれるだろう。

 

俺達二人はクレイが家の方に帰っていくのを確認すると、俺の家に歩き出した。

 

日がゆっくりと落ちて辺りは薄暗くなる。

外灯がチカチカと弱い光を放っている。

 

「せっかくの休みなのにくたくただぜー!でも楽しかったな、ニガー!ジャックの息子にも会えたしよ!」

 

「あぁ。わざわざ帰ってきたのに、もてなしてやれなくてすまんな」

 

「もてなす?別にそんなこと期待してねーよ。そんじゃ俺は帰るからな」

 

俺の家に到着すると、ジミーは停めていたローライダーバイシクルに跨がった。

 

「じゃあまたな!サム!みんなにもよろしく!」

 

「あぁ!またな、ホーミー!」

 

ジミーを見送ると、俺は部屋に入った。

 

そして床に転がっていたバーボンを一口あおると、ソファにくずれ落ちるようにして眠った。


 

ガタン!ガタン!

 

俺は何者かが部屋に入ってくる音で目が覚めた。

 

「サム!手を貸してくれ!」

 

シャドウだった。

汗をびっしょりかいていたのでかなり焦って走ってきたのだろう。

若い連中がまた好き勝手に動いているといったところか。

 

「クソ…またか?」

 

「あぁ!今回ばかりはやべぇぞ!」

 

俺はキャルトップの上着を羽織り、ベースボールキャップを被ると立ち上がった。

 

「こっちだ!急げ!」

 

シャドウに続いて俺は家を飛び出す。

アシとして使う乗り物はないので走るしかない。

走りながら俺が言った。

 

「ブライズ!遠いか!?」

 

「少しな!」

 

「そうか!ちょっと待て!あれを見ろ!」

 

俺は路肩に停まっている数台の車を指差す。

 

「やるか!?」

 

「あぁ!一台もらおう!」

 

俺達は唯一カギがついていたオンボロのニューヨーカーに乗り込んだ。

 

 

「で?今回はヤバイって…アイツら何やらかしたんだ?」

 

俺は助手席でひと息つきながらシャドウにきいた。

 

「銀行強盗だよ。エライ事やらかしてくれたぜ…」

 

「なに!?冗談だろ!」

 

俺は驚きを隠せなかった。


俺達の居住区からでは一番近い銀行まで1マイル以上ある。そこが現場らしい。

 

シャドウがどこから走ってきたのかは分からないが、かなりの距離を全力疾走したに違いない。

 

「B、ついたぜ…」

 

少し離れた場所に車を停める。

 

 

現場は騒然としていた。

警察やらギャラリーやらで銀行の周りは人だかりができている。

 

パトカーが十台近い数で現場を包囲していた。

 

B.K.Bのホーミー達は確認できない。

ただ、銀行の壁がダッジのラム・トラックで突き破られているのが見えた。

もちろん車はぐしゃぐしゃだ。そこから侵入したのは明らかだった。

 

銀行の中からは警報のベルが鳴り響いている。

 

『銀行強盗』というよりは、深夜の『金庫破り』といった形だ。

この時のB.K.Bには、俺が持つグロック以外に銃がなかったので強盗はできない。そう考えれば当然なのだろうが…

それ以前にメンバーみんなに銃を買う余裕があれば、金庫破りなんてする必要もない。

 

「逃げきれたのか…それに金は盗めたのか…どうする、サム?」

 

シャドウは不安そうだ。


答えはすぐに分かった。

それを見た俺が驚いて指差す。

 

「マジかよ…おい、シャドウ…見ろ!」

 

「あぁ…言われなくても見てる」

 

警官に連れられて、三人のホーミー達がでてきた。

いずれもまっ黒な服をまとい、口を赤いバンダナで覆っている。

 

車があの状態だ。逃げ遅れてしまったのだろう。

 

それに、あれでは銀行内には立ち入れても、金庫まで突き破っているとは考えにくかった。

もし金を盗めたとしてもそれを積む車がない。

 

金を盗むのも失敗。

逃げるのも失敗。

それが結果だった。

 

ガン!

 

シャドウがステアリングを叩く。

俺達はただ、警察に捕まって連れていかれる仲間を見ている事しかできなかった。

 

だが、すぐに俺達の驚きはこれ以上のものになった。

 

わーわーと大きな騒ぎの声が起こり、ギャラリーが現場から散り散りに走り始めたのだ。

警官達はパトカーを盾にしながら一つの方向に一斉に銃をかまえる。

 

捕まっていたホーミー達は早々と護送車にぶち込まれている。

 

俺とシャドウも警官達が見つめている方向を目で追った。


一台のマイクロバスが突っ込んでくる。

俺達が以前所有していたものより一回り小さなものだ。

 

「とまりなさい!」

 

拡声器から聞こえていた警官の怒号に怖じ気付く事もなく、一直線に走っていく。

 

「おい!サム、ありゃなんだ!?」

 

「そんなこと分からねぇよ!」

 

とにかく誰かがホーミーを助けようとしている事は明らかだった。

とすれば、あれはE.T.の誰か。あるいはB.K.Bのホーミーだ。

 

「シャドウ、お前が金庫破りの事を走って俺に知らせに来た時、他のE.T.には連絡したのか!?」

 

「いや!俺が町中で騒ぎを聞きつけた時、一緒にいたマークとブラックホール以外で知らせを出したのはお前だけだ、ニガー!」

 

俺とシャドウはお互い目を合わせて、短い間沈黙した。

 

「それだろ!マザーファッカー!その二人だぞ、シャドウ!」

 

ガシャァン!

 

バスはパトカーを二台ほどはじいて、護送車に体当たりした。

 

「応援を呼ばないと!アイツら捕まっちまう!」

 

俺が叫んだが、その必要は無かった。

 

うぉぉ!という雄叫びが上がり、どこからともなくB.K.Bのメンバー達が集結してきたからだ。


俺達は車から下りて現場に少し近付いた。

 

ホーミー達は一斉に発煙筒を警官隊に投げつけている。

視界を奪い、発砲を免れるためだ。

 

喧騒の中、煙が立ち上ぼっている。

ホーミー達は全員が顔をバンダナで隠し、誰が誰だか、俺でも判別がつかなかった。

 

辛うじて一つだけ確認できたのは、やはりマイクロバスから出てきたホーミーが、どさくさに紛れて護送車の中から捕まっていた仲間を連れ出している事だ。

 

おそらくあれはブラックホールだ。

マークの姿は見えない。バスに残っているのだろうか。

 

パァン!パァン!

 

ついに警官達が反撃に出た。

まずい。B.K.Bには銃などない。

 

騒ぎが一層激しくなった。

俺達は下手に仲間に加わる事も出来ずに成り行きを見ていた。

 

「よし!いいぞ!」

 

間違ない。コリーの声だ。

煙から飛び出し、捕まっていた仲間を引っ張ってみんなと合流している。

 

「分かった!おい、てめぇら!ズラかるぞ!」

 

誰かが叫ぶ。

その声を皮切りにホーミー達はその場から一斉に走って離れはじめる。 

マークの姿は最後まで確認できなかった。


 

俺の家の中。

 

続々と残りのE.T.が集まってきた。

最後に到着したのはガイだ。

 

E.T.以外のホーミー達は家の外に全員待機させている。

警察が来る危険性があるからだ。

 

俺達は輪になって、ある三人を囲んでいた。

 

それは先程コリーが護送車から助け出したホーミー。

ブラックホールが軽く状況を説明してくれた後、まずマークが口を開いた。

実はバスに乗っていたのはコリーだけで、残りのホーミー達を率いて叫んでいたのがマークだったのだ。

 

「で?お前ら誰だ?」

 

そう。

ブラックホールがわざわざ危険をおかしてまで助け出したホーミーは、バンダナを外してみれば見ず知らずの人間だったのだ。

手錠はまだ外していない。

 

「なんでそんな格好をしてる?俺達が警察に疑われるだろうが」

 

マークが続けた。

 

「それだ」

 

ガイが割って入った。

素早く状況を理解し、奴等の行動の意味を考察している。

 

「盗みが成功した場合、目撃情報や監視カメラの映像から『ブラッズの仕業』として俺達にぬれぎぬを着せる為…とかな」

 

ふぅ、とガイの口からため息が漏れた。


その三人は若い黒人だった。

 

どこかのセットに属しているのか、それともただギャングの真似事をしているだけなのかは分からない。

なぜなら、それからしばらく奴等に色々と質問をしてみたが、まったく答えようとはしなかったからだ。

ただうつむいて、黙り込んでいる。

 

「さて、どうしたものか」

 

ライダーが退屈そうにソファに座り込む。

 

この頃のライダーは元気が無かった。

大好きなバイクをみんなの為に手放す事になったわけだから無理もない。

奴はブサを恋人のように大事にしていたからだ。

 

当然俺も愛車のインパラがなくなるのは残念だったが、以前のように無理矢理奪われたわけではないし、みんなの為だと思えば苦にはならなかった。

 

同じ乗り物好きのブラックホールは意外にケロッとしていた。

その理由はおそらく、売り飛ばした車はすべて自分の車では無かったからだ。

 

ガタン!

 

マークが突然三人の胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。

それも三人とも一緒にだ。

 

「何にもしゃべらねぇんじゃ、仕方ねぇな!」

 

「あぁ。俺達の邪魔になるような真似したんだ。仕方ない…殺すか」

 

シャドウがそう言うと奴等の身体がピクリと反応した。


俺もそうだが、ガイはその動きを見逃さなかった。

 

「そうだな。じゃあ連れて行こうか。

なるだけ人の来ないような茂みがいいだろう」

 

そう言って奴は三人に近寄る。

 

「サム、銃を貸してくれないか」

 

「あぁ」

 

俺にはガイに何か考えがあると感じた。

奴は明らかに演技をしている。

とりあえず腰からグロックを抜き、おとなしく奴に手渡した。

 

マークやシャドウは本当に奴等を殺す気だという事は間違いないが、それはガイにとっても都合がイイはずだ。

 

「じゃあ行くか!」

 

マークが両手で三人の服の襟を掴み、無理矢理引きずる。

その時だ。

 

「…ま、待ってくれ!殺さないでくれ!」

 

かかった。

ついに怖じ気づいた一人が口を開いたのだ。

他の二人もガタガタと震えている。

 

「なんだ?ちゃんと英語は話せるんじゃねぇか」

 

ガイがやれやれといった表情で銃を俺に投げ返した。

 

マークが乱暴に奴等を床へと転がす。

シャドウはチッと舌打ちして悪態をついている。

 

「じゃあ、話してもらおうか。全部な」

 

ガイがタバコに火をつけて言った。


怖じ気づいて口を開いた奴は、ガイが演技をしていた事に気がついた。

 

「クソ…はめやがったな…ぐは!」

 

言葉を遮るようにガイが奴を壁際まで蹴り飛ばした。

他の二人から「ひっ!」と短い悲鳴が上がる。

 

「なんだ?せっかく話をきいてやろうと思ったのに…じゃあ、お望み通り殺してやるよ」

 

ガイは隙を見せなかった。

目つきは冷たく、鋭い。

奴の瞳が『いつでも殺せる』と語っていた。

 

一時はガイの行動を演技だと見破っていた三人も、ついに信じ込んで震え上がってしまった。

上手い。空港での別れから数年…奴は名俳優へと成長していたわけだ。

 

「わ…分かった!許してくれ!」

 

腹をおさえながら、蹴り飛ばされた奴が叫んだ。

マークが猫でも扱うようにソイツの首を掴んで元の位置に座らせた。

ガイが訊問に入る。

 

「よし、イイ子だ。じゃあ、まずお前達はギャングか?もしそうならどこのセットだ?」

 

少し間があった。

奴等は瞬きする事も、息をする事さえも苦しいほどに緊張しているのが分かる。

 

「俺達は…クレンショウブラッドだ…」

 

「何!?」

 

俺が叫ぶ。

 

E.T.全員に衝撃が走った。


「クレンショウブラッドだと!?だが奴等はもう…」

 

シャドウが信じられないといった様子で言った。

小柄のラットが率いるクレンショウブラッドは、数年前の抗争時、俺達と共にギャングスタクリップを攻めた直後に裏切り者のbj達から潰されたはずだ。

クソったれランドのビッグトライアングル計画、最初の犠牲者として。

 

最初から百五十人の大ギャングだったにもかかわらず、ギャングスタクリップはそこからさらに驚くべき成長を遂げたのだ。

 

「あぁ…だからこうして小間使いをさせられてるんじゃないか」

 

一人が答えた。

つまり…潰された後もクレンショウブラッドの形だけは残り、コンプトンのギャング達のように無理矢理ギャングスタクリップに服従させられているという事か。

 

コイツらが若いという事から、抗争当時を知るクレンショウブラッドのOGではなく、新しく作られたクレンショウブラッドのメンバーだという事も分かる。

 

「って事は…ギャングスタクリップはお前達を使ってB.K.Bに不利な状況を作ろうとしたって事か?間接的な攻撃だな」

 

ライダーがつぶやいた。


「じゃあ、ランドって奴は全部分かってたんだね」

 

ブラックホールが言う。

 

「何をだ?」

 

これは俺だ。

 

「俺達が地元でどうしてるのか、だよ。

ロングビーチからここへ戻ってきてる事はもちろん、隣町にクリップスを移してる事も、彼等と一時的に和解してる事も…」

 

「そして今、B.K.Bが資金難にあり、若い連中が好き勝手やってる事もな」

 

ガイがコリーの言葉を引き継いだ。

 

「これはほんのお遊びだろう。『全部見てるぞ』っていう威嚇かもな。

コンプトンが事実上落ちたんだ。もうイーストL.A.に奴の目は向いてるぞ。

俺達がコンプトンや隣町にいるクリップスをどうするつもりなのかも…バレてるのかもしれない」

 

二つの町にいる古株のギャングスタクリップと連携を取り、その周りすべてのギャング達にも力を借りる。一人の強大な男を倒す為に。

それが俺達に残された道なのだが…

コンプトン・マフィア・クリップがいない今、実現は難しい。

 

さらに手の内を敵に知られている可能性すらあるのだ。

毎度の事だが厳しい状況だった。


「その通りだ。ランドは全部分かってる」

 

突然クレンショウブラッドの一人が言った。

 

その時。

 

バン!

 

外で待たせていたホーミーの一人が、勢いよく部屋の中に飛び込んできた。

 

「E.T.のみんな!大変だぜ!」

 

奴は一足の靴を手に持っていた。

サイズは小さく、子供用にしかみえないコンバースのオールスターだ。

 

「いきなり怪しい車がやってきて、ソイツを俺達の方に投げたんだ」

 

ホーミーが説明する。

怪しい車か…心あたりがありすぎて困る。

 

靴には大きなメモ用紙が挟んである。

ガイがそれに気付いて読み上げた。

 

「ビッグクレイブラッドの諸君、ごきげんよう。

私は今、猛烈に感動している。

コンプトンに少し手をやいている内に…あぁ!どうしたことであろうか!

いつの間にやら、数年前に試練を与えたウジムシ共が立派なハエへと成長して帰ってきている!

 

…ところでこの靴はそんな君達が大事にしている、ある男の子のものだ。

それではごきげんよう。

 

親愛なる諸君へ愛をこめて…」

 

 

 

 

 

 

俺は戦慄した。

 

「…!奴だ…!奴が来てる…!」


「クソ!これってクレイの事だろ!追いかけよう!」

 

「待て!!」

 

焦って出ようとするライダーの腕を俺は引っ張った。

 

「待つんだお前らぁ!」

 

その他にもマークとコリーが飛び出そうとしていたが、俺の一喝でピタリと動きを止めた。

 

「こりゃ間違いなくランドのクソったれの仕業だ。靴もクレイの物に違いない」

 

「サム!そんなこと分かってんだよ!早くクレイを助けよう!」

 

ブラックホールが叫んだ。

だが俺はそれでも行かせない。

 

「だが!!いいか!!

ランドが何を言いたいのか…分かるだろ!」

 

ランドはクレンショウブラッドの強盗騒ぎに乗じてクレイをさらった。

つまりB.K.Bの若い奴等が荒れている事や、クレイと俺達の関係までも知っていてそれを利用したことになる。

奴は一体どこから見ていたのか…

 

「クレイを殺す気ならその場で殺れば簡単だったはずなのに、わざわざさらったんだぞ?

汚い手だが、奴が言いたいのはこれだけだ。

 

『ケリをつけよう』」

 

みんな静まり返る。

 

「隣町のギャングスタクリップ、それからコンプトンの古株ギャングスタクリップに連絡だ。なるだけ仲間を集めるぞ」

 

俺の言葉についにガイさえも頷いた。

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