get smoke
絶対者の陥落。
有り得ない結果、次第に広がる不安と恐怖。
「おつかれさん」
アジトに戻った俺達にそんな声を掛けてくれたのはブラックホールだった。
二人のホーミーと共に、拾ってきたテーブルを囲んでドミノをプレイしていた。
他にいたE.T.やホーミー達は帰ってしまったようだ。
「クレイも何とか帰ってくれたぜ。
家族を大事にすることの大切さも理解してくれた」
「そうか。よかったね」
ブラックホールは俺にそう返事して俺達に席をすすめてくれた。
マークと俺が席につき、五人で小さなボロテーブルを囲む。
机の上にはドミノの他に瓶が一つとグラスが数個、タバコが一箱置いてあった。
瓶の中身は半分ほど無くなったテキーラ。
空グラスを二つ引き寄せ、俺は自分とマークの為にテキーラを注いだ。
五人で軽く乾杯し、ドミノをプレイする。
今回は掛け金なしのゲームだ。
テーブルを囲んでプレイするなら『ドミノ』や『カード』。
ストリートで賭け事に勤しむなら『ダイスゲーム』が定番だ。
こっちのアジトにも少しずつ物が揃ってきた。
すべてを押収されてハンモックだけだった状態から考えるとかなりの進歩だ。
ロングビーチのアジトは冷暖房機器が無い以外は快適そのものだった。
俺はじきにこっちのアジトや俺の家もそのくらいやりたいと思っていた。
まあジミーがいないので大した電化製品は期待できないが。
この時はまだ俺の家の中に入ったわけではなかったので状況は分からなかったが、ギャングスタクリップを追い払った時に警察が入っているはずだと思った。
だがそろそろ家に戻ってもいい頃だろう。
土地は間違いなく俺の物なのだから警察の警戒も弱まった今なら、あの家に俺が住んだところで何の問題にもならないはずだ。
ドミノをプレイしていたところだが、俺はその話をみんなにしてみることにした。
「みんな。このアジトもいいけどよ。やっぱり少し居住区から距離があるし、そろそろ俺の家をアジトとして復活させたいんだが…どう思う?」
牌を握っていたみんなの手が止まった。
「そうだな…悪くはないと思うよ。あそこにはまだ車はあるのかな?」
コリーが言った。
『車』というのは俺のインパラを探していた時、他のホーミー達が持ってきた残りの三台の事だ。
もちろんボロボロで動かないし、そのままにされているはずだ。
「あるのはあるだろうが…どうするつもりだよ、ニガー?」
マークがブラックホールにきいた。
「もちろん直して走らせるんだよ!楽しみだなー!」
コリーがニヤニヤと笑った。
「そんな金はないけどな」
俺が苦笑いしながら言うとブラックホールは「部品は盗んでくるから」と楽しそうに言った。
「盗むのはいいけど、どうしても金がかかる部分だってあるじゃねぇか」
ホーミーの一人が呆れている。
「まぁ何とかなるさ」
「コリー、アジトを復活させるのにも多少の金がかかるんだぜ。車いじって遊ぶのはおあずけだ」
「どうして、サム?」
「壁一面を真っ赤に塗り直さないといけねぇからだろ」
俺の代わりにそう答えたのはマークだった。
「まぁ、そんなところだ」
俺が言う。
さらに付け加える。
「ギャングスタクリップの連中が好き放題にしてくれてたんだから、外壁だけじゃなくて中も手入れしないとな。
どうなってるかは見てみないと分からないけどよ」
コリーは残念そうな表情を浮かべている。
そしてスッと立ち上がった。
「ドミノはここまでにして、Bの家…見に行ってみようよ」
俺達はテーブルにドミノをバラバラと乱暴に置いた。
「そんじゃ、行こうか」
俺が言い、みんなはアジトを後にした。
留守番はいないが、すぐにガイあたりが戻ってくるだろうから大丈夫なはずだ。
それにギャングスタクリップがこの町にいない事も、俺達が安心してアジトをあける事ができる理由の一つだ。
五人全員でタウンカーに乗り込む。
運転はもちろんコリーだ。
「よーし、出発!」
奴が俺の家の様子よりも、そこに置いてある車を見たいだけなのは明白だ。
だがそんなことはどうでもよかった。
…
俺の家についた。
外から見た感じでは、外壁の色が違う以外に俺達が使っていた頃と大きく変わった様子は無かった。
裏手にあるガレージや、そのまま外に置いてある車も変わっていない。
ここに戻って初めて『帰ってきた』と言えるのかもしれない。
「おい、中に入ってみようぜ」
マークが言った。
しゃれた家でもないので、当然カギなんてついてない。
俺達は道に車を停め、その道に面している玄関へと歩いた。
「あちゃあ…」
ホーミーの一人がつぶやく。
外側とは大違いだ。
中にあった多くの物はそこら中の床に散らばり、テーブルやイスなども破壊されていた。
電化製品や酒などの類はそっくり無くなっていたので押収されてしまったのか、あるいはそれ以前にクリップスの連中が売り払ったり、飲んでしまったりしたのだろう。
「片付ければなんとかなるさ。
壁や床、窓が壊れてなかっただけでもラッキーだと思おうぜ」
俺はそう言った。
警察のクリップス掃討の時、この部屋の中でも一悶着あったに違いないからだ。
「そんじゃ、この家に戻ってくる日も近いな」
マークがポケットからチューインガムを出して言った。
もぐもぐと口を動かし、ストロベリーの甘い香りが広がる。
「もう一つの…つまり今使ってるアジトは破棄するのか?」
別のホーミーが俺にきいた。
「いや、そのまま使おうと思ってる。ガイの家としてな」
「ガイの家?」
「あぁ、ガイは家が無いからな。アイツがあっちのアジトに住めばイイと思ってる。
それにもしこの先、銃やクロニックを手にいれた時、アジトが二か所あれば隠しやすくて便利だろ」
俺がそう答えると、タバコをくわえたブラックホールが言った。
「ただ、この家はみんなの家とも近くて連携が取りやすいけど、ガイだけ離れてるってのもなぁ。
車があれば大した距離じゃないのは確かだけど、それでもガイにだけ連絡が遅れる事に違いは無いよ」
「だったら俺の携帯電話を奴に預けよう。それなら少しはマシになるだろ?俺達からガイに連絡すればイイんだから」
ジミーの携帯電話は奴自身が持っているので、B.K.Bには一つしか携帯電話がないのだ。
「それなら安心できるかもな」
マークがポンとコリーの肩を叩いた。
奴が頷く。
「でもガイからこっちに連絡してきた時は?家に電話するしかないよね?
連絡を取りたい人間が家にいなかったら…」
「それはそうだけどよ。今までだってそうだったじゃねぇか、ニガー」
マークがガムを窓から外に吐き出した。
「いずれはホーミー達全員に携帯電話を持たせれるようになればイイんだけどな。
今は仕事もないし、まずはそっちを優先しなくちゃいけないな」
俺はコリーに言った。
「そうだね。ところで、B?」
「ん?」
「帰る前に、ガレージと車達を見ておきたいんだけど」
ブラックホールはすでに出口のドアに手をかけている。
「あぁ、行ってこいよ。俺達はもう少し部屋を調べるから」
「分かった」
バタン。
コリーは外へと出て行った。
「このアジトの復活は近い。ブラックホールのヤロウが満足して戻ってくるまで片付けでもやるか?」
マークがそう言ったので、俺達は部屋の片付けを始めた。
片付けを始めて三十分くらいたつと、ようやくブラックホールが戻ってきた。
「あれ?片付けしてたのか?言ってくれれば手伝ったのに…ごめんよ」
俺達を見て申し訳なく思ったのか、ブラックホールがそう言った。
「別に気にするな。そんじゃアジトに戻ろうぜ」
俺はそう言った。
みんなが片付けを中断し、部屋から出る。
近所の子供達が三人、車の近くで道路にクレヨンでお絵描き遊びをしていた。
もちろん俺達の居住区の子供達なので顔見知りだ。
「おーい、みんな。車を動かすからちょっと避けてくれないか?危ないぞ」
ブラックホールが子供達の頭を撫でてそう言った。
「あ!赤い服だ!」
「B.K.Bかな?」
「クレイ君のお友達なんでしょ?遊ぼうよぉ」
子供達が口々に騒ぎ出す。
クレイが近所の子供達に俺達の事を話したらしい。
クレイの様に俺達と接触させたくはないのだが。
ブラックホールが「また今度な」と子供達を上手くかわす。
そのまま俺達はタウンカーにぞろぞろと乗り込んだ。
ゆっくりとブラックホールは車を出した。
途中で用事があると言ったホーミー二人を降ろす。
残ったのはマークとブラックホールと俺だ。これは都合がよかった。
「サムの家をアジトとして復活させる話、ガイやシャドウにも話した方がよさそうだな?」
マークが助手席から振り返って俺を見ている。
車内ではWu tang clanの曲が流れていた。
「そうだな。別に今日じゃなくてもイイとは思うけどよ」
「じゃあ真直ぐアジトに向かうよ。いいかい?」
俺の返事にコリーが反応した。
…
車をガレージに突っ込む。
シビックやインパラはもちろんそこにあった。
バスも外に置いてある。
「ライダーがいるみたいだな」
マークが言った。
部屋の扉の前にブサが停車していたからだ。
俺達が部屋に入ると、そこにはライダーだけではなく、シャドウとガイもいた。
都合がよかったというのも、こうしてイレブントップが全員集結したからだ。
「やっと帰ってきたか。サム、話がある」
口を開いたのはシャドウ。
顔つきからして楽しい話ではないらしい。
俺達は椅子に座り、E.T.の六人でテーブルを囲んだ。
…
ガタン!
マークが椅子から勢いよく立ち上がった。
バン、とテーブルを叩いてシャドウに詰め寄る。
「嘘つけ!そんなことが!」
「落ち着け、マーク。取り乱すのも分かるけどよ」
ライダーがマークの両肩を押さえて座らせようとしたが、奴は振り払った。
「落ち着けだ!?マザーファッカーが!俺にとっちゃ落ち着いてる奴の方がどうかしてると思うがな!」
「マーク!仲間にあたるな!」
ガイがぴしゃりと言った。
チッと舌打ちしてマークが座る。
ライダーも席に戻った。
「…もういいか?」
シャドウが咳払いして言った。
「じゃあ続けるぞ。
とにかく、今のままじゃどうしようもない。もっと…計り知れないような巨大な力に対抗できるものが必要だ」
「クソ…クソが…」
シャドウが話している間もマークはぶつぶつと唱えるようにつぶやいていた。
「マーク…大丈夫か?」
奴の隣に座っていた俺が言った。
「大丈夫なわけねぇだろ。
ありえねぇ…ありえねぇぞ…クソ…
コンプトンブラッズがやられるなんて…ありえねぇ…!!」
「やられたってんじゃないけどな」
マークの声に、シャドウがそう返してきた。
「やられたんじゃねぇ…だと?
どういう意味だ?」
「つぶされたとか、殺されたってわけでもないんだよ…多分」
シャドウの言葉にみんなは目を丸くした。さっぱり意味が分からないからだ。
だが、ガイがいち早く反応を見せた。
「事実上で無力化されたか、あるいは従属させられてるという事か、シャドウ?」
「そうだろうな。コンプトンブラッズだけじゃない。
コンプトン地区にいるすべてのクリップスとブラッズはギャングスタクリップに対して友好的、もしくは中立的になったらしい。敵はいないって事だな」
それでも俺にはまったく意味が分からなかった。
コンプトンブラッズがおとなしくランドの言う事をきいた?
彼等はたとえ戦って敗れても最後まで自分達の誇りを貫き通すような連中だ。
ウィザードのいとこ、レイクが身を持ってそれを教えてくれた。
この時の俺にはどうにもシャドウの情報は信じられなかった。
ライダーがプシュッとコーラの缶を開けた。
テーブルには人数分のコーラが置いてある。
「しかし、シャドウ。先にそれを言えよな」
「そうだな。すまん、ライダー。
だがよ、みんなすでに同じ事を思ってないか?コンプトンブラッズが黙ってギャングスタクリップを放っておくわけがないってな」
シャドウのその言葉に一同は、「おう」と声を上げた。
「そこで俺はこう思うんだよな。
この情報はデマだ。ギャングスタクリップは、まだコンプトンには入ってない…ってな。
なんだかうさん臭いんだよ」
「俺もそう思う」
俺はそう答えた。
だがすぐにガイから意外な意見が出る。
「コンプトンブラッズ以外のブラッズやクリップスがランドに従ったのは本当かもしれないぞ?
コンプトンブラッズはそれで動けないのかもしれない。あるいは、すでに周りのすべてのギャングから攻撃を受け始めているのかも」
本当の状況はこの後、すぐに分かる事になる。
「ちょっと提案がある」
俺は言った。
「なんだ?直接コンプトンに行ってみるってか?」
シャドウがやめとけ、とでもいうような口調で言った。
「その通りだ。この目で状況を見てみたい。
ライダー!手を貸してくれないか」
「よしきた」
ライダーは嬉しそうにポケットからブサのキーを取り出す。
「おい!勝手に話を進めるなよ、サム!コンプトンブラッズが無事じゃなかった場合はお前達だって危険な目に合うぞ」
シャドウが慌てて俺達を止めようとした。
「俺達をおびき出したり、牽制させたりするための罠の情報かもな」
タバコをくわえたガイが冷静に言った。
「罠だろうがデマだろうが真実だろうが、見てみないとわからないよ」
コリーが横からつぶやいている。
「もしコンプトンが落ちてるとしたら早く手をうたないといけないだろ?
あそこにはマフィアクリップも武器屋のビリーもいるし、ここでもたもたしてるよりは早く正確な情報が手に入る」
これは俺だ。
そして手早く着替えを済ませ、俺達はバイクに跨がった。
ウォン!
シャドウは苦い顔をしていたが渋々俺達の出発を見送ってくれた。
まだガイに携帯電話を渡していなかったので、何かあれば公衆電話か誰かの家の電話からコイツに連絡が入ってくるはずだ。
「出してくれ」
「OK」
ライダーがギアを一速に入れる。
…
コンプトンには二十分程度で到着した。
やたらと飛ばして運転したわけでもなかったからだ。
「ライダー。まずはファンキー達の居住区に行こう」
そしてコンプトンブラッズのテリトリーに俺達は入った。
タグだらけの壁、見た感じ町には何の変化もない。
だが、ギャングのメンバーは一人も見当たらなかった。
「ファンキーがいつも日向ぼっこしてる所に行ってみようか?」
「おう」
だがB.K.Bはコンプトンブラッズから絶縁をされている。
俺達はファンキーに怒られるのを覚悟でそこへ向かった。
どうしても今の本当の状況が知りたかったからだ。
「いない…いない!
誰もいねぇぞ!?」
俺は叫んだ。
向かった先でもそれ以外の場所でも、ファンキーはおろかブラッズのメンバーさえも見当たらない。
町だけを残して一つのギャングが消滅してしまっていたのだ。
「とにかく、この際ギャングじゃなくてもいい。誰かいないか探してみよう」
ライダーが後ろの俺に言った。
「あぁ」
…
すぐに道を歩いている通行人を見つける。
腰がえらく曲がった黒人の婆さんだ。
パジャマ姿で外をうろついていた。
「おーい」
ライダーがバイクを停めて彼女に話しかける。
「んん?あんた誰だい?」
「俺はニック。こっちはサムだ。
ばあさん、散歩中悪いな。この辺りの若いギャング達はみんなどこに行っちまったんだい?」
「若い衆…?あの赤い服を着たゴロツキ達の事かい?」
婆さんは大きなあくびをしながら答えてくれた。
俺達はブサから降りる。
「あぁ、そうだ。どこにいるか分かるか?」
俺は同じ質問をした。
「みーんな連れてかれたよ」
「連れて行かれた?誰に?」
俺は婆さんに詰め寄る。
「警察だよ」
「なに…!?」
その後しばらく詳しい内容を婆さんから聞くと、俺達二人は急いでアジトへと帰った。
…
「よう。早かったな」
E.T.の四人は変わらず部屋の中で待っていた。
俺達に声を掛けたのはマークだ。
席についた俺とライダーは、みんなに状況を話し始める。
デマだと思っていた情報は大きく間違っていたわけでは無かった。
ギャングスタクリップが直接コンプトンに踏み込んでいるわけではない。
だがコンプトンにいるのはすべて奴等にとって友好的、中立的なギャングだけだという事は信じてよさそうだ。
コンプトンブラッズの様に反抗的なギャング達はほとんどが警察に排除されていたのだ。
ランドは警察にもコネを作ったのだろうか。
今まで動かなかったコンプトン警察を動かしたとなると、ランドの力が日に日に勢いを増している事が分かる。
それも驚くべき早さでだ。
さすがにコンプトンに対してはランドも直接攻め込んだりはせず、策を巡らせたわけだ。
周りに仲間を増やし、どうしても引き入れられない連中は排除する。
ギャングスタクリップには…いや、ランドにはそこまでの力とカリスマ性があるということか。
しかし、コンプトンのギャング達が隣町に移したギャングスタクリップのOG達のように嫌々ランドに従っているだけであれば、切り崩す事は不可能ではない。
ただ数が多いだけで互いを信頼も尊敬もしていない様な連中は一度崩れてしまえば脆いものだ。
「でもよ」
マークが突然切り出した。
五人の視線が奴に集まる。
「コンプトンブラッズが、すんなり捕まるか?警察相手にだって容赦なく発砲してきたオリジナルギャングスタだろ」
「あぁ。捕まっちまったメンバーは少数だ。
逮捕者のほとんどはメンバー以外の、ギャングと繋がりがある人間だ。
あの町にギャングと繋がりのない人間なんてそう多くない。
だから町がガランとしてるくらい人が減ってた。
主力のメンバー達はみんな、病院と…
墓場だ」
俺の言葉にみんな息を飲んだ。
「じゃあやっぱり『やられた』が正しいんだな」
ガイが言った。
マークはわなわなと体を震わせていたが、テーブルを叩いたりはしなかった。
「情報はデマと真実が半分ずつだったって事だね。
ギャングスタクリップに従ったり、中立的な奴等はたくさん増えた。
で、従わない奴等は捕まった。簡単に捕まらない危ない連中は殺された。
…そういう事だね」
コリーが簡潔に話をまとめた。
「そういう事だ」
ライダーが短く答える。
続いてシャドウが発言した。
「奴はどうやって警察を動かしたんだろうな?
コンプトンのギャング相手なら特殊部隊の連中も動いたんだろうが…そもそも本当にランドが操ったのか分からないぞ」
「ランドが動かしてないにしてはタイミングが良すぎるぜ。警察を動かしたのは奴だ。間違いない」
頬杖をついたままガイが言った。
「どんな方法で?」
「それは分からん。二、三人の警官ならともかく、特殊部隊ともなるとチンケな金で動かせるレベルでもないしな」
そう答えたガイの顔はぼーっとしているように見えるが、頭の中はフル回転しているに違いなかった。
マークが言う。
「ファンキーはどうなったんだ?」
「さぁ…この話をしてくれたのは婆さんだったし、一人一人の状況までは知ってる様子じゃなかったな」
ライダーが答える。
「そうか…そうだよな」
マークは残念そうに首を振った。
「どうする?サム?」
ブラックホールが不安そうな顔で俺を見た。
正直どうにもできないが、弱音を吐いてみんなの不安をあおるような真似はしたくない。
「コンプトンの事はしばらく放っておく。
とにかくサウスセントラルのランドさえ潰してしまえばすべて終わりなんだからな」
「そりゃもちろんだ」
シャドウが同調してくれた。
「もうアジトがどうだとか車がどうだとか言ってる場合じゃないな。
態勢は万全とは言えないが、仕掛けるしかない。隣町に移したクリップスにも協力してもらってな」
「待て」
ガイがドンとコーラの缶をテーブルに置く。
「サム、慌てすぎだ。今動いても必ず失敗する」
俺とガイとで意見は割れた。
「どのみち、待ってても俺達は殺られてしまうと思う」
「いや、それはない。慌てるな」
俺の反論にもガイは強く釘をさした。
「第一ランドはイーストL.A.では、まだ俺達とギャングスタクリップの小競り合いが続いていると思ってるんじゃないか?
隣町にクリップスを移動して俺達が地元で堂々と暮らしてるなんて知ってるはずがない。もうしばらくはこっちに目が向かないだろう」
「それでも長くは続かないだろうよ。コンプトンは落ちたも同然だ。あとはサウスセントラルのセットからOG達を引き抜いてコンプトンに住ませるだけだろ?ここみたいに」
俺は地面を指差した。
コンプトンが第二のイーストL.A.になってしまう。
「そうか?もしそうなら俺は嬉しいぜ、ホーミー」
「なに?ガイ!また自由を失う奴等が増えるんだぞ!?」
俺は立ち上がり、ガイを睨み付けて胸ぐらを掴んだ。
「たまんねぇぜ。だってよ…コンプトンにサウスセントラルからの古株達がやって来るってんなら、コンプトンにいるギャング達は色に関係なく俺達の仲間につくだろうが」
ガイは笑っている。
「まだ笑うのは早いぜ、ガイ。たとえ古株がコンプトンに入ってきて、隣町のギャングスタクリップと連携が取れても…コンプトンのギャング達がなぜ俺達の味方になると分かる?奴等はそんなに協力的な連中じゃないぜ、ニガー」
シャドウが厳しい口調で言った。
「いや、仲間になる。その確信が俺にはあるのさ」
ガイがクックッと含み笑いをしながら答えた。
「なんだそりゃ?教えてくれよ」
マークがタバコに火をつけて言った。
「あぁいいぜ。だが俺の考えにはまず、必要条件がある。
もちろん今言ってたように古株達がコンプトンに入ってきてくれる事だ。ランドを崇拝してるようなクリップスがコンプトンにきたんじゃあ意味がない。これは分かるよな?」
みんなが頷いたのでガイは続けた。
「そして隣町の連中と共にランドから離脱させる。ギャングスタクリップの昔の姿の復活だ。
その後、コンプトンの連中にはマフィアクリップづたいに真実を話していく。もちろんこれはサムとコリーの仕事だぜ」
俺は何も反応しなかったがブラックホールは親指を立てた。
そしてコリーはひそひそと俺に耳打ちをする。
「デリックとスパイダー…元気にしてるかな?サム?」
「あぁ、マフィアクリップも武闘派だからな。下手に抵抗してやられてなきゃいいが…」
ガイがゴホン、と咳払いをしたので俺達は黙った。
「もしコンプトン・マフィア・クリップがやられてた場合は俺の計略は失敗だ。他に質問は?」
チッ。しっかり聞いてやがった。
地獄耳め。
「それ以外にコンプトンで頼れる奴等はいない。武器屋のビリーにはギャングを動かす事はできないだろうからな。
俺達がブラッズだとマフィアクリップにはバレる事になるが、ランドのビッグトライアングルのすべてを打ち明ければ必ず彼等は立ち上がってくれるはずだ。自分達の誇りにかけてな!」
ガイの話はそこで終わった。
…
二週間後…コンプトンに入ったのは古株だという情報に俺達は喜んだが、同時にファンキーが撃たれて死んでいた事、マフィアクリップは大半が壊滅的ダメージを受けている事を知る。
それは仲間達に大きな不安を与えるには充分すぎた。




