Big Kray , Lil Kray
大きな男は何を語った。
幼い瞳は何を見た。
「え…?」
クレイは当然わけがわからないようだ。
目を丸くしている。
「弟…!弟か!
あはは!そりゃいいぜ」
ライダーが俺の横で大笑いした。
母親は黙って酒を飲んでいる。
「…」
クレイが突然、完全に母親の陰から出てきて椅子に座った。
よじのぼるように席につく姿は何とも愛くるしい。
クレイはカーキ色のハーフパンツに薄汚れた白いTシャツを着ていた。
ボロボロの黒いオールスターを履き、髪は伸びっぱなしでまるで清潔感がない。
「どうした、クレイ?俺達が怖くて隠れてたんじゃないのか?」
「…なんで僕の名前をしってるの?」
俺の質問にはまったく反応せず、一方的にクレイが言った。
「ん…そりゃ知ってるさ。クレイとは昔、会ってるからな」
「どうして?」
「俺達はジャックの友達だからだ」
そう答えたライダーにクレイは反応した。
「ほんと!?二人はパパの友達なの?
どんな人?今、何してるの?僕の事何か言ってた?どうして会いにきてくれないの?」
クレイは椅子に立ち上がって質問を次々に出した。
「おい、本当の事を言うのはまずいよな?」
俺がライダーに耳打ちすると、奴は頷いた。
だが予想外の事が起きる。
「だから何度も言ってるだろ?パパは帰ってこないんだよ」
「どうして?」
「だからそれも何度も言っただろう?死んでるからだよ!」
なんと母親はすでにクレイにジャックが死んだと教え込んでいたのだ。
間違いではないが、少し乱暴な気がした。
「うそだ!」
クレイは怒って母親の肩を叩いている。
しばらくすると叩くのをやめて俺達の方を向いた。
「ほんとなの…?」
「…」
俺達は返す言葉もなく、ただ押し黙っていた。
「もう、なんで黙ってるのさ」
「…クレイ」
俺が言った。
「なに?」
「ジャックは強い男だ。仲間を想い、家族を想う。
俺達の仲間内では一番強いんだぞ」
「一番!すごい!」
クレイが目を輝かせる。
「そんな家族想いの強い男が帰って来れないんだ。
どうしてか…わかるよな?」
「え…わからないよ!」
「そうか…」
俺は立ち上がり、向かいの席に座っているクレイを抱き上げて言う。
「ジャックに…会わせてやる」
ライダーも立ち上がった。
「どんな人かなぁ!?」
「カリフォルニアで一番強い心を持った男だ」
インパラの前列のベンチシートの真ん中、つまり運転席の俺と助手席のライダーの間にちょこんと座ったクレイがはしゃいでいる。
母親を家まで送り、クレイはまた後で家まで連れて戻るからと彼女から了承を取った。
今頃は家で酔いつぶれているだろう。
三人でロングビーチまでのドライブだ。
「強い心?優しいって事?」
「うーん…それはどうだか」
ライダーのクレイへの返答に俺は笑いをこらえた。
間違ってもあの短気なジャックが優しいとは思えなかったからだ。
「そうだ。これを見ろ、クレイ」
ライダーが財布から一枚の写真を取り出した。
財布を持ち歩いているなんて、さすがは身だしなみに気を使うニックだ。
俺やマークなんかは常にポケットに裸で札や小銭を入れている。
「七、八年前の写真だと思うけどな。ほら、この左に座ってる男だ」
ライダーがクレイを膝に乗せて写真に写るジャックを指差した。
B.K.Bが撮った写真は後にも先にもこの一枚だけ。
ウィザードやスノウマン、クリックも生きていた頃に十一人で一度だけ撮ったのだ。
クレイは写真が鼻に当たるほどに近付いてジャックを見ていた。
「これが…パパ…」
「そうだ」
ライダーが頭をなでるとクレイはボロボロと涙をこぼし始めた。
運転しながらなのでチラチラとしか見えないが、それでもクレイが泣いているのは明らかだった。
「強そうだろ」
ライダーが言った。
「うん…早く会いたい。この人が本当に僕のパパなんだね」
「そうだ。目なんかお前にそっくりだろ」
「そうなの?わかんないや」
クレイとライダーがそんな会話をしている間に、車はロングビーチのアジトに到着した。
「ついたぞ」
俺が言った。
辺りは月明りで仄かに明るい。
燃えた小屋、その周りには車。
すべては煤で真っ黒になってしまっていた。
「なに?ここ」
クレイは辺りをキョロキョロと見渡している。
車を停め、俺達は降りた。
「ここで、ジャックが眠ってるんだよ」
ライダーが言い、俺達は歩き出した。
「よう、お前の息子をつれてきてやったぞ」
俺がジャックに言った。
俺達が地面に立てられた赤い墓の前に立つとクレイがハッとした。
ライダーが胸で十字をきった。
俺もそれに習う。
『ジャック』
『ルーク』
そう刻まれたボロボロの墓。
その下には二人のOGが、隣りの二つの墓にはC.K.Gの新入り二人が眠っている。
「ジャック…って書いてるけど、これパパのお墓?嘘だよね?」
クレイが目にいっぱいの涙を浮かべて言った。
「クレイ…よく聞け」
俺はクレイの両肩を掴んでしゃがみ込み、目を真直ぐに見た。
小さく震えながらも父親の前だからか、涙をこぼさないように必死でこらえているのが分かる。
だがそれでもクレイはきちんと大きく頷いた。
「お前の父親…ジャックはカリフォルニアで一番強い心を持った男だ。
奴はいつだって自分を信じて強く生きてきた。そんなジャックが今のお前を見たらどう思うだろうな?」
「…」
「俺はアイツだったらこう言うんじゃないかと思うんだよ。
泣きたきゃ思い切り泣け!だが俺の息子がそれ以上はめそめそするんじゃねぇ!『俺が死んだぐらいで』よ!
ってな…」
クレイはもう涙をこらえなかった。
クレイはそれから一時間近く墓の前で泣き続けた。
俺達は先に車に戻ってその様子を見ていた。
「やっぱりここに連れてきたのは間違いだったかな」
「いや、いいと思うぜ。いずれは認めなきゃならない事実だ。
母親だってクレイにジャックは死んだって、すでに言ってたしな」
ライダーが大きなあくびをして言った。
クレイはひとしきり泣いた後、俺達の元へ歩いてきた。
「パパといっぱい話してきたか?」
「うん。今まで楽しかった事とか、パパにずっと会いたかった事とか、もう悲しまないから安心してねとか…とにかくいっぱい話したよ!」
「それはよかったな!」
ライダーがクレイを膝の上に乗せた。
俺はすぐエンジンをかけて車を出す。
あまり遅くまで子供を連れ回したくなかったからだ。
「ねぇ、サム?」
「ん?」
帰り道の途中、クレイが俺に声を掛けた。
「サムはなんで僕の弟なの?」
「あぁ、俺の兄ちゃんも『クレイ』って名前だったんだよ」
「だった…?死んだの?」
クレイは恐る恐る言った。
「あぁ、ずっと前にな」
「そうなんだ…」
「あぁ」
クレイはライダーの膝から下りて真ん中の席に移動した。
「僕はその人から名前をもらったのかな?」
「はは、そうかもしれないな」
「じゃあさ!本当に僕がサムのお兄ちゃんになってあげるよ!
そしたらサムは寂しくないよ!」
…
俺は心を撃ち抜かれた気がした。
これが…たった今、自分の父親の死で絶望していたはずの子供の口から出る言葉かと思った。
自分の味わった悲しみを、こんなにもすぐに他人の境遇に置き換えて感じ取る事が出来るとは。
「あぁ、そうだな…クレイ。俺の自慢の兄貴だ」
「自慢の!?やったー!
やっぱりサムのお兄ちゃんもすごい人だったんだろうなぁ!
頑張って近付けるようにするからね!」
「おっ!こりゃビッグクレイに負けないくらい、リルクレイも頼もしいな!」
ライダーが笑った。
リル(Lil)はリトル(Little)の略語で『小さい』という意味だ。
俺達はBigとLilで二人のクレイを区別した。
クレイは満足したのか、それ以上はあまりしゃべらなくなり、そして家に到着した時にはすやすやと眠ってしまっていた。
…
「じゃあおやすみ、クレイ」
俺はクレイを抱えて母親に受け渡した。
どうやら酔いも少し醒めているようなので安心だ。
「これからは酒なんて飲んでられないかもしれないぞ」
俺がそう言うと母親は不思議そうな顔をして、扉を閉めた。
「さて帰ろうか。もう今日は寝ようぜ」
インパラに乗り込むとライダーが声をかけてくる。
「そうだな、ニガー。じゃあ家まで送るからよ」
「いや、今日はアジトに泊まるよ」
「そうか?分かった」
そして俺達はアジトに戻る。
アジトでは、ガイが一人ハンモックの上で本を読んでいた。
「よう、ライダーも一緒か」
部屋に入った俺達にチラリと目をくれてそう言うとガイは再び本に視線を落とした。
「何を読んでるんだ?」
俺は服を脱いでハンモックに腰掛ける。
ライダーはドア際に立ったままタバコを吸っている。
「あぁ、これか…聖書だ。さっき拾ってな」
「はぁ?聖書を落とすなんて、まぬけな奴もいたもんだな。神様がお怒りになるぜ」
ライダーが言った。
次の日の朝、俺達は意外なきっかけで目覚める事になる。
「サムー!!
起きろー!!」
甲高い声がアジト内に響いている。
眠かったので、俺はそのまま無視していた。
ガン!
突然顔を殴られたような衝撃が走った。
「いて…!」
「起きろー!」
「ん…?」
目を開くと、俺に馬乗りになったクレイが拳を握って笑っていた。
コイツが犯人か。
さわぎに気付いてライダーやガイも起き始める。
「よう、クレイ…なんでここにいるんだ…?」
「俺が連れてきたんだよ」
部屋に入ってきた一人の男。
…ブラックホールだった。
「コリー…」
「朝、コーラを買おうと歩いてたら、このガキがサムに会わせろって…」
コリーが言った。
「このおじさんもサム達みたいに赤い服を着てたから友達だと思ったんだ。
僕はお兄ちゃんだから会いにきてもいいだろー?」
「ママは?」
「まだ寝てると思うよ」
厄介な事になった。
アジトの場所を知られたのだ。
これから先、クレイがここへ来て危ない目にでも合ったら大変だ。
「ところで、誰だこのガキは?」
コリーが座って言った。
「ん?…あぁそうか、お前は捕まってたからな。話してなかったか?」
俺が返すとブラックホールは頷いた。
「コイツは『クレイ』、今は亡きジャックのせがれだ」
「クレイ!?だからサムの兄貴だとかなんとか言ってたのか…イイ名前だね。
それよりも、ジャックの息子なの?どうりで押しが強いガキだと思ったよ」
コリーは笑った。
クレイが俺の上から降りてブラックホールの前に歩く。
「僕はクレイ!『ガキ』なんて呼び方はいけないんだよ。
サムのお兄ちゃんなんだからね!」
こんこんとコリーの頭を叩いている。
昨日のバーで出会ったクレイからは想像できないくらい、えらく大人びたなと俺は思った。
「ごめんよ、クレイ。
俺はジャックの親友のコリーだ。アイツとは昔から一緒に遊んだり、家の手伝いしたり、色々仲良くやってた仲だよ。
俺はみんなからはブラックホールって呼ばれてる。クレイもそう呼んでくれ」
「親友?パパはたくさん友達がいたんだなぁ…うらやましい。
よろしくね、ブラックホール!」
クレイはそう言うと再び俺の腹の上に戻ってきた。
「ブラックホールだけじゃないぜ。この間の写真にはもちろんコイツも写ってたけど、あそこにいた全員はジャックの親友だ。
ちなみにそこにいるのはガイ。もちろんジャックの親友だ」
半身を起こしてライダーが言った。
ガイはクレイを見つめたまま黙っている。
「写真以外にも何十人もの仲間がいた。
みんな俺達やジャックの友達だよ」
「すごいすごい!」
俺が言うとクレイは腹の上でピョンピョンと跳ねた。
ちょっと苦しい。
「ところで、サム…」
「ん?どうした?」
「パパはどうして死んじゃったの…?」
一瞬、部屋の中がシンとした。
「ジャックは撃たれて死んだんだよ」
「ライダー!!」
ブラックホールが叫んだ。
さすがにクリックがジャックを殺した話をクレイにするのはまずい。
人を信じられなくなるようなトラウマになる危険性があるからだ。
「撃たれた…?誰に?」
クレイの顔が青ざめた。
まさか誰かに殺されたとは思ってもいなかったからだろう。
「ねぇ誰に?」
クレイがライダーの方を向いてもう一度言った。
「それが分からないんだよ」
ライダーが答えた。
なるほど、そうきたか。
クレイに本当の事がバレた時のことを考えれば少し怖い気がしたが、こうなったらこの場は口裏を合わせるしかない。
後々B.K.B全員への連絡もしなければならないだろう。
どこから情報が流れるか分かったものではない。
「みんなで犯人を探したんだけどな…結局見つからなかったんだ」
俺が目の前にいるクレイに言った。
クレイはそうなんだ…と残念そうにうつむいた。
「この話は俺達にも辛い話だから、もう終わりにしようぜ。あんまり思い出したくないからな。
クレイ、他に何か知りたい事はないのか?」
「じゃあさ、サム。今度はビッグクレイの話を聞かせてよ。どんな人だったの?」
「ビッグクレイか…彼がいたから今の俺達がいるって言ったら分かりやすいかもしれないな」
俺がそう言うと、クレイはわけがわからないという表情になった。
「俺達は今『B.K.B』って名乗ってる。それはビッグクレイブラッドの略なんだよ」
「ギャングにビッグクレイの名前をつけたの?」
「そうだ」
クレイは俺達がギャングスタであることは理解しているらしい。
「でも、どうしてビッグクレイの名前をつけたの?」
「彼は俺の兄だから俺が言うのもなんだが、偉大な男だった。
俺達みんなが集まったのも、初めて力を合わせたのも彼がいたからこそだ」
「集まれって言われたから?」
「違うよ。彼は俺達を守る為に命を落としたんだ。
自分を犠牲にしてまで俺達を必死で守ってくれた。
それに心うたれたんだ。自らの意志でみんなは集まった」
ライダー、コリー、ガイは黙っているので、俺とクレイのやりとりだけが部屋に響いていた。
「じゃあ僕もサム達が危ない目に合ったら助けてあげなきゃ」
「あはは。クレイ、お前はまだ小さい。
もっと大きくならないとな」
「えー!?弟のくせに生意気だぞ!僕はサムのお兄ちゃんなんだからね」
クレイが舌をべーっと出した。
…
少し経つと他のホーミー達やE.T.も続々とアジトに集まってきた。
何か用があって来たのか、なんとなくやってきたのかは分からないが、みんなはクレイを見るなり周りに群がった。
「誰の子だ?」
「なんでガキが?」
「えらく小さなホーミーがいるじゃないか」
次々と話しかけられてクレイは混乱している。
俺を見つめて何かをうったえていた。
「ほらほら、みんな散れ!
クレイが怖がってるじゃねぇか」
だが俺の言葉でさらにみんなはクレイに詰め寄った。
「クレイ!?お前クレイなのか!?でかくなったなぁ!」
これはマークだ。
大きな顔が小さな顔に近付く。
「みんな友達なの…?」
クレイが俺にきいた。
「あぁ。ここにいるみんなは友達だ。安心してくれ」
「そっか!
みんなー!僕はクレイ!サムのお兄ちゃんだよ!よろしくね」
みんなから笑いが上がった。
クレイが俺の兄貴だと名乗ったからだろう。
クレイは笑われた事に少しムッとしたらしい。
短気なジャックに似てきているのかもしれなかった。
それからクレイを囲んでいるみんなを一人一人俺が紹介した。
しかしすぐにみんなの顔と名前を覚えるのは不可能だろう。
その間にも仲間が次々とアジトへやってきて、ほとんどのメンバーが集結した。
さらに色んな奴から話しかけられて、ムッとしていたクレイもすぐにご機嫌になる。
写真を取り出したライダーが、死んでしまって今ここにはいない仲間達やジミーの話をしている。
「パパ以外にも友達がたくさん死んじゃったのか…
でも、みんな元気に笑ってるからえらいね!」
クレイがライダーや俺の頭を撫でた。
「そうだ、クレイ。朝メシは食べてきたか?」
「まだだよ」
「じゃあ一緒に食べようか」
クレイがうん、と頷いたので俺はクレイを抱っこした。
「さぁ、どこに行こうかな」
「俺も行くぜ。腹が減った」
これはマークだ。
「OK、ホーミー。じゃあ一緒に行こう」
クレイに手を振る仲間達を残して三人でガレージの中のインパラに乗り込んだ。
マークの強い要望で俺達はバーガーキングに入った。
屋外のテラスの席に座る。
よく晴れていて気持ちのイイ日だ。
「クレイ。家は退屈か?」
俺はクレイにきいた。
「うーん…おじいちゃんとおばあちゃんは優しいけど、ママはいつも元気がないよ」
おじいちゃんとおばあちゃんとは、もちろんジャックの両親の事だ。
「そうか。やっぱりジャックがいなくて寂しいのかもしれないな」
これは俺じゃなくマークだ。
慌てて俺はマークに耳打ちする。
「マーク…ジャックがクリックから殺された事、クレイには秘密だからな。
犯人は分かってない事にしておいてくれ、ニガー…」
マークは黙って頷いた。
アジトに残っているみんなにはライダーやガイ、コリーが「クレイにはジャックを殺した犯人が分からないと口裏を合わせるように」と伝えてくれているはずだ。
「ママはジャックだけじゃなく、お前もいなくなったらもっと寂しいんじゃないか?
あんまり家を出てうろうろしないようにな」
これでクレイがアジトへの出入りを控えてくれると助かるのだが。
クレイが少し暗い表情になった。
「そうなのかなぁ…?ママは僕がいないのも悲しいの?」
「そりゃそうだろ」
マークが答えた。
「ママに言ってやれよ。『パパがいなくても僕がいるから寂しくないよ』ってな」
奴は特大サイズのバーガーに食らいついている。
続けて俺が言った。
「ママに元気がないって言ったよな、クレイ?だったら元気にしてあげたいだろ?
それはクレイの仕事だ。
というよりクレイにしかできない事だな」
「うーん…」
「俺達とばかり仲良くしててもダメだぜ」
マークがぴしゃりと言った。
「えー!やだやだ!ビッグクレイは仲間を大事にしてたんじゃないのー?」
クレイがだだをこねている。
「ビッグクレイは…仲間だけじゃなく、優しかった母親と、そして父親も大事にしてたぞ。
父親なんか酒飲みでどうしようもない人だった。
俺はどうしても好きになれなかったが、ビッグクレイはそんな父親をも『たった一人の父親だから』と言っていた。
そういうデカイ男だった」
俺は諭すように言った。
「…そっかぁ。なんかよく分からないけど、人を思いやる気持ちが強い人だったんだね」
「そうだ。ちょっと難しかったか?ごめんな」
俺はそう言いながらクレイの口についたケチャップをナプキンで拭いてやった。
どう背伸びしても子供である事に変わりはない。
だがクレイは「いいよ、自分でやるから。僕はサムのお兄ちゃんなんだし」と俺の手を押し退ける。
つけ離せばただをこねるし、世話をしてやれば嫌がるし、難しい年頃だなと思った。
「でもさ」
「ん?」
「どうした?」
クレイの言葉に俺とマークが同時に返事をした。
「ビッグクレイが『大きな男』だって…少し意味が分かったような気がする…」
クレイはうつむいてぼそぼそと言った。
俺はそうか、とだけ返した。
マークは当然さっさと自分のメシを食べ終わっていて、勝手に俺のポテトに手を伸ばしている。
「ウチに帰ろうかな」
クレイが自分からそう言い出した時、俺とマークは顔には出さず心の中でホッとした。




