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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
42/61

baby doll

地元、家族、仲間。

そしてもう一つ、失れていた存在。

ジミーを見送ると、俺達はその場で解散になった。

 

「じゃあ引き続き、みんな手分けして仕事を探してくれ。イイ情報があったらすぐにE.T.の誰かに連絡してくれ」

 

みんなは返事をすると、帰り始めた。

ガイはシャドウと遊ぶらしく、奴と歩いていった。

俺はアジトに戻って一眠りしようと、インパラのエンジンをかける。

 

キュキュ…

 

バルン!

 

「おい!サム!」

 

大きな体が助手席に滑り込んできた。

マークだ。

 

「どうした?送って欲しいのか?」

 

「ちょっと付き合えよ」

 

「はぁ?」

 

俺が嫌な顔をするのも無視してマークは「ほら、早く出せよ」と強引に横からギアをDに入れる。

 

ドドド…

 

「チッ…分かったよ。で?どこに行くんだ?」

 

俺はアクセルを踏んだ。

 

「店だ、店!新しい服を買おうと思ってな!」

 

「服ねぇ…」

 

マークはどちらかと言えば多くの服は持っていないし、しゃれたイメージもない。

B.K.Bの中ではライダーやブラックホール、スノウマン、ジャック、そしてジミーが格好にはこだわりを持っていた。


 

「どうだ?似合うか?」

 

店内でボタンシャツを自分の体にあてがってマークが俺にたずねた。

ストライプ柄のピンクのシャツだ。

 

「悪くないんじゃないか?」

 

「そうか!じゃあこっちは?」

 

次から次へと目についたシャツを持ってきては俺にきいてくる。

 

「なんだよ、今日はやけに悩んでるな?」

 

「ん?まぁな…パンツは…」

 

マークはデニムをあさり始める。

 

「ズボンも買うのかよ、ニガー」

 

「当然だろ!おニューってやつだ」

 

マークがガハハと笑った。

 

「何かあるのか?」

 

「おう。今日はビッチとデートなんだよ」

 

俺は驚いた。

マークは女と遊ぶからといってわざわざカッコつけて出かけるような性格ではないからだ。

 

「本当にその為か?珍しい事もあるもんだな」

 

「今日の女はそこいらのビッチとは違ってな。俺が今、惚れてる相手なんだよ。おっ!このジーンズにするかな!」

 

「へぇ…それで力が入ってるのか。まさかお前から色恋沙汰の話が聞けるとはな」

 

俺は笑った。

 

「うるせぇな!お前こそ、リリーとはどうなったんだよ!」

 

マークの言葉に俺はハッとした。


「リリーか…」

 

俺はうつむいた。

 

「ホーミー!その様子じゃ忘れてたな?しっかりしろよ!」

 

もちろん彼女の事を忘れていたわけではないが、自分の中で勝手に終わっているものだと思い込んでいた。

 

「長い間連絡もせずにほったらかしにしてたんだ。もう新しい男ができてるさ」

 

「そうか。お前はそれで納得してるんだな」

 

「あぁ」

 

マークはようやく買う服を決め、それをレジへと持っていった。

 

リリーとは家が近いし、俺達が帰ってきた事にも気付いているはずだ。

それなのに一度も顔を見ていないという事は、俺を避けているのか、あるいは実家にいないのかだろう。

どちらにしろ俺にはどうしようもない事だ。

謝りたい事もたくさんあったが、避けられているならばそれもやめておいたほうがイイだろう。

もちろん彼女はジミーのパーティにも来ていなかった。

 

そんなことを一人考えていると支払いを済ませ、紙袋を抱えたマークが戻ってきたので俺達はインパラに乗り込んだ。


「そういや、ライダーは彼女とどうなったんだろうな?」

 

マークを家に送る途中、俺は言った。

奴は一度家で着替えて、女を歩いて迎えに行くらしい。

 

「ライダー?あぁ…そういえばアイツもベイビードールがいたな」

 

「あぁ。アイツは紳士的だからなんだかんだでまた付き合ってるかもしれないな」

 

「ガハハ!なんだそりゃ?理由になってねぇぞ、サム。気になるならライダーに直接きいてこいよ!」

 

マークが助手席でタバコに火をつける。

 

「お前だってできることならリリーと戻りたいんじゃねぇのか?ちょうどイイじゃねぇか、カッコつけてないでライダーにでも相談してこいよ」

 

「それは…」

 

「よし!そんじゃな!ありがとよ、B」

 

ちょうどマークの家に到着し、奴はそそくさと車から降りて部屋に入ってしまった。

 

「ライダーか…ちょっと遊びに行ってみるかな」

 

俺はライダーの実家へと車を進めた。

さっきみんなと解散したばかりなので、まだ家には帰ってないかもしれないが。


ライダーは家にいた。

 

庭先にはブサと、親父の物らしきリビエラが停まっている。

チャイムを押すとライダーの親父が出てきた。

 

昔からライダーの親父は車が好きで、地元のC.C.に所属していた。

今もローライダーを続けているらしい。

 

「やぁ!サムじゃないか。

おーい、ニック!サムがきてるぞ!」

 

「あぁ!車の音で分かったよ!

サム!こっちに来いよ!」

 

俺は声の方へと歩いた。

ライダーの家族はダイニングに集まり、食事をとっていたところだった。

親父、ママ、じいちゃん、ばあちゃん、姉ちゃん、そしてニック…という六人家族だ。

 

基本的にはホーミー達の家族とはご近所さんなのでほとんどが知り合いだ。

 

大きなテーブルには色とりどりのサンドウィッチが並べられている。

ライダーが椅子を一つ、自分と姉ちゃんの間に用意した。

 

「サム、せっかくだから食えよ」

 

「サム、久し振りだね。どうぞ、座っていいよ」

 

「あぁ。ありがとう」

 

俺はライダーと姉ちゃんの言葉に甘える事にした。


 

「ふぅ~食った食った」

 

ライダーが腹をぽんと叩いて言った。

俺もかなり満腹だ。

ニックのママ特製の野菜サンドが何とも言えないうまさで、自分でも気づかないうちに食べ過ぎてしまったようだ。

 

「うまかったな。ありがとう!おばさん!」

 

「あら?もういいの、二人とも?」

 

「ごちそうさま、母さん。よし、サム!二階に上がろうぜ」

 

「おう」

 

バタン。

 

扉を閉めてライダーはキャスター付きの椅子に座った。

俺はベッドに座る。

真っ赤なシーツが敷かれたベッドだ。

部屋中の壁にはバイクや車のポスター、そして床には雑誌が散らばっている。

 

ライダーはタバコに火をつけて、窓を開け放った。

 

「で?何か用か?」

 

「あぁ、最近彼女とは仲良くやってるかと思ってな」

 

「彼女?」

 

ライダーは不思議そうに俺を見つめていた。

 

「昔、ジャック夫婦達と六人でデートしたじゃないか?」

 

「あぁ…その話か」

 

ライダーがつぶやく。


「あの娘とは、こっちに帰ってきてちゃんと会ったよ」

 

「そうか、じゃあやっぱり上手く…」

 

「いや。別れた」

 

ライダーは灰皿にタバコを押しつけた。

 

「別れたのか?そうか、残念だったな」

 

「新しい彼がいた。まあ彼というよりは旦那だな。

…結婚してた。

会えたのは偶然だ。少し離れた所に住んでいるらしくて、その時に少し話したんだ」

 

「何を?」

 

俺は真直ぐにライダーの目を見た。

いつ見ても、ニックは優しい目をした男だ。

 

「まず、俺達の事は間違いなく死んだと思っていたらしい。

簡単に言えば、そこに素敵な男性が現れたってオチだ。

もちろん彼女が悪いわけじゃない。だからきちんと長い間連絡ができなかった事を謝っておいた」

 

「そうか…ドッグ、実は俺も」

 

「リリーに会いたいのか?」

 

ライダーは俺の気持ちを読み取った。

 

「あぁ。せめてお前のように謝る事だけでもしたい。今、ようやくそう思えたよ。

ライダー、お前のおかげだ」

 

「…そんじゃ、早い内にリリーの家に行こう。

俺も家の門の手前まではついてってやるから。玄関先で二人で話せばイイ」

 

俺は頷くと、ライダーにインパラのキーを投げた。


 

ライダーが着替えを済ませると、俺達は家を出た。

 

奴がハンドルを握り、車を発進させる。

するとライダーのママが俺達を走って追いかけるように家から出てきた。

 

「おい、おばさんが走ってきてるぞ?」

 

「ん?」

 

ライダーはサイドミラーをチラリと見て、車を停めた。

まだ車を出した直後だったのですぐにママが俺達に追いつく。

 

「あぁ、よかった!ニック、サム!出て行くならそうと言いなさい」

 

ママは大きなバスケットケースを助手席の俺に手渡した。

 

「みんなのところに行くんでしょ?サンドウィッチ、あまっちゃったからみんなにも食べてもらいなさい」

 

そう言ってライダーのママはにっこり笑った。

俺達が今からB.K.Bのメンバーと合流するのだと思っているのだろう。

 

「いや、みんなのところには…」

 

「ありがとう母さん!きっとみんなも喜ぶよ」

 

俺の言葉をライダーがさえぎって言う。

本当にライダーは人の気持ちを考えられる優しい性格だなと思った。

 

「それじゃ、いってらっしゃい」

 

ママは俺とライダーの頬にキスをした。

 

「あぁ、いってくるよ」

 

ライダーがアクセルを踏み込んだ。


車はすぐにリリーの家に到着する。

 

「さぁ、サム。ここからは一人だ」

 

俺は頷き、助手席から降りた。

 

「しっかりな」

 

ライダーが励ましの言葉をくれた。

 

 

玄関のチャイムを押して待っていると、扉が開いた。

 

リリーの母親だ。

 

「はい…?あら、サム?久し振りねぇ」

 

「こんにちは」

 

「娘なら今、学校に行ってるわよ」

 

母親は特に俺を見て驚いた様子もなかった。

 

「学校?」

 

「そう。州立大学にね。勉強が忙しいらしくて滅多に帰ってこないんだけど…」

 

俺はリリーが大学にいっている事など当然知らなかった。

それも州立大学だなんて、俺の頭では到底通えない学校だ。

 

「もし今度帰ってきたら、サムが来た事を伝えておきましょうか?」

 

「いや、それは…」

 

「そう?じゃあ、またいらっしゃいね」

 

扉が閉められる。

 

彼女が元気に頑張っている事が分かっただけでも収穫があったと言えるだろう。

 

「どうだった?」

 

車に戻るとライダーが早速きいてくる。

 

「留守だった」

 

「そうか。また今度だな」

 

俺達はリリーの家を後にした。


一台のタクシーが俺達の車とすれ違う。

 

「サム、せっかくサンドウィッチをこんなにもらったんだから、今夜はアジトに集まって飲めそうだな」

 

「そうだな」

 

「じゃあ今から、家にいる奴等をできるだけ誘ってまわろうぜ」

 

ライダーが俺に笑いかける。

俺はふと振り返った。

 

さっきのタクシーがリリーの家の前に停車している。

車中から大きなバッグを抱えた女が降りてきた。

レディスのスーツに身を包んでいる。

茶色がかった髪は、後ろで一つに結ばれていた。

 

「なんてこった…」

 

「ん?」

 

俺の言葉にライダーも後ろを振り返った。

 

運命ってのは良くも悪くも存在しているらしい。

 

ライダーが瞬時にハンドルを切り、車をUターンさせた。

タクシーが走りさって行くのが見える。

 

「サム、こりゃもう行くしかねぇだろ?」

 

「あぁ、こんなことがあるなんて…信じられない。神様はいるって事だな」

 

リリーは荷物を持ち切れずに引きずるようにしてゆっくりと玄関に向かって歩いていた。


バルン!

 

ライダーが車を停めた。

突然目の前に停まった車に、リリーは驚いて身構える。

 

「重たいだろ」

 

助手席から降り、俺は彼女の荷物を持ち上げた。

ライダーはすぐに車を出して、少し離れた路肩に進む。

 

リリーは俺に気付くと、さらに驚いた顔を見せた。

 

「え…?サム…!?」

 

「よう、久し振りだな」

 

俺はひとまずそう言って荷物を先に玄関まで運んだ。

手ぶらになった彼女も、後ろからゆっくりとついてくる。

 

「驚いた…一瞬悪い人が荷物を取ろうと近付いてきたのかと思ったよ」

 

「はは、悪い人か。間違いじゃないな」

 

俺が笑うと彼女もようやく明るい表情になってきた。

 

「急にどうしたの?今までどこにいたのかも分からないんだけど」

 

「あぁ、そのことなんだ。今までずっと、どこで何してるかも分からないまま連絡も取らなかった事を…謝らなくちゃいけないと思ったんだ。それでここへ来た」

 

「…運がよかったね。私は滅多に家には戻らないから」

 

リリーはうつむいて何か考えているような仕草をした。

 

「とにかく…上がって」


リリーの部屋は何にも無かった。

大学の近くで一人暮らしをしているらしく、ほとんどの物をそっちに移したらしい。

 

「部屋に上げてもらったのは嬉しいけどよ…俺はただ謝りに来ただけなんだが」

 

彼女は飲み物を取りに行っている。

俺が頭を掻きながら何もない床に座り込んでいると、彼女が一杯のジュースを持って部屋に入ってきた。

 

「どうぞ」

 

コースターを床に置き、コップがその上に乗せられる。

 

「ありがとう」

 

そう言って俺は一気にジュースを飲みほした。

 

「サム…」

 

「なんだ?」

 

「毎回毎回、心配させないでよね…」

 

リリーは俺を見つめてそうつぶやいた。

 

「あぁ。謝ることしかできないよ。ごめんな」

 

「ところで…私との結婚の話はどうなったの?」

 

「なに!?」

 

俺は驚いて大声を上げた。

まさか彼女がそれを覚えているとは、それに覚えていたにしろそれを待っているとは思わなかったからだ。

頭脳明晰な彼女には、ギャングスタでは釣り合いそうにない。

 

「何、その反応?あの時の約束は嘘だったの?」

 

彼女は少し不機嫌になって、俺を睨みつけていた。


俺がとまどっていると「嘘だったの?」と、もう一度彼女がきく。

 

「…もちろん嘘なんかじゃないけどよ。

リリー、大学には頭もよくてハンサムな連中がわんさかいるんじゃないのか?」

 

「話をそらさないでよ、サム。私はあなたの考えを知りたい」

 

「…そうか」

 

俺はタバコを一本取り出して火をつける。

すぐに彼女が灰皿を差し出してくれた。優しい娘だ。

 

「…俺はもちろん今でもお前が好きだ。できることなら一緒にいたい。

でもな…お前には大学もあるだろうし、卒業すれば仕事に就くだろう?」

 

「ええ、もちろん」

 

「だが俺はしがないギャングスタだ。お前と俺とでは天と地ほどの差がある。

だから、俺じゃお前を幸せにできないんじゃないかって思ってる。それに、まだまだこの町が穏やかになるのは先になりそうだ」

 

俺はため息をついた。

 

「そうね…でも、いつか争いがなくなれば…サムだってしっかりと働いて生きていけるはず。そうすれば一緒になれるじゃない」

 

「俺が働く?想像できないな…こんなぐうたらな男がよ」

 

俺は火をもみ消した。


とにかく、彼女はどれだけ俺が心配をかけようともこうして待ってくれていた。

もちろんそこまでの気持ちが彼女にあった事を嬉しく思う。

 

だがこうなれば別れるなんていう逃げ道を選ぶわけにはいかない。

いつになるかは分からないが、俺がしっかりと彼女を守れるようにならなければならない。

そう思った。

 

「リリー」

 

「なに?」

 

「すまないが…もう少し、待ってくれ。

もう少しで終わらせてみせる。これでお前を待たせるのは最後だ」

 

彼女は分かった、と小さく頷いた。

俺は彼女を抱き締めてキスをした。

 

おかしな話だが、久し振りに抱き締めたリリーの体は、昔と比べると少したくましくなったように感じた。

 

 

「サム、ありがとう」

 

「なにが?」

 

一時間程経ち、何もない床に寝そべっているとリリーが言った。

 

「色々よ。ところで帰らなくてもいいの?」

 

「あぁ。予定なんて…あ!」

 

俺は慌てて飛び起きた。

リリーに携帯電話の番号だけを教えると、家を勢いよく飛び出した。

 

「サム!気をつけてね!」

 

部屋の窓から手を振るリリーに俺も走りながら手を振った。


「すまん!」

 

俺は奴に駆け寄る。

すでに辺りは夕暮れ時で、少し寒く感じた。

 

「仲間待たせて自分はお楽しみかよ」

 

ライダーがニヤニヤと笑いながら言った。

インパラのまわりの地面にはビールの缶が二、三本投げ捨てられていた。

 

ただ待っているのも暇だったのでビールを買ってきて飲んでいたのだろう。

バスケットケースの中のサンドウィッチも半分ほど無くなってしまっていた。

 

「本当にすまないとしか言えないぜ。

そうだ!一杯おごるよ!バーに行こう!」

 

「こんなに飲んでるのにか?」

 

ライダーがニヤニヤしたまま意地悪を言った。

 

「…とにかくすまん」

 

「冗談だよサム、じゃあ今日はサンドウィッチパーティは中止だな!二人だけで飲みにいこうぜ!」

 

「OK」

 

ライダーがケツを浮かして助手席へ移動したので、俺は運転席に乗り込んだ。

ライダーが最後の一本だと言いながら新しいビールを開けた。

 

キュキュ…

 

バルン!

 

「よし、出発だ」

 

俺は車を出した。


俺達はすぐに適当な店を見つけて入った。

 

初めて入る店だ。

古びたジュークボックス、くたびれたビリヤード台、ひびが入ったダーツの的など、ボロボロの店だが中にはそこそこの数の客がいた。

注文を済ませ、カウンターに座る。

 

「はいよ」

 

太ったマスターが瓶を二本俺達の前に置いた。

背が低い。髪をオールバックにしてピッチリと固め、顎鬚をたっぷりとたくわえている。

おそらくメキシコ系だろう。

 

出されたのはコロナビールだった。

瓶の口に添えられていたライムを絞ってビールに入れると、二人で乾杯する。

 

「そんじゃ、サム。リリーに」

 

「ん?おぉ、そうだな…リリーに」

 

しばらくそのまま飲んでいると、ライダーが急に店内をキョロキョロと見回し始めた。

 

「どうした?」

 

「B、あそこに座ってる女…」

 

ライダーが店内の隅っこの席を指差した。

 

黒人の女が一人で酒を飲んでいる。

だが、よく見ると近くに幼い子供の姿があった。

 

「子連れだな。それがどうした?」

 

「サム、よく見ろ。ありゃジャックの嫁だろ」

 

ライダーの言葉に俺は驚いた。


「おい、サム」

 

「なんだよ?」

 

「ちょっと彼女と話してみないか」

 

ライダーが言った。

 

「どうしてだ?ジャックは死んだと伝えるのか?」

 

わざわざそんなことを言わなくてもロングビーチから帰ってこなかったホーミー達の家族はすべてを分かっていると思うのだが。

 

「そんなんじゃないよ」

 

「まさか口説くわけじゃないよな、ニガー」

 

「バカヤロウ!何で仲間の嫁を口説くんだよ。ほら、いくぞ!」

 

ライダーは瓶を手にとって立ち上がる。

仕方ないので俺も付き合うことにした。

 

「よう」

 

席に近付き、ライダーが彼女に声を掛ける。

 

「座ってイイか?」

 

彼女はチラリと俺達に目をやると「どうぞ」とだけ返した。

もしかしたら酔いのせいで俺達が誰だか分かっていないのかもしれない。

 

クレイは椅子からおりて母親の後ろに隠れてしまった。

顔だけを出してこちらを覗いている。

最後に会った時から数年経っていたので、クレイはかなり大きくなっていた。


「俺達の事、分かるか?」

 

テーブルにつき、ライダーが言った。

彼女は少し不思議そうな顔で俺達を見つめる。

まず顔を見て、視線を落として服装を見る。

そして再び俺達の顔をじっと見ると、あっ!と声を上げた。

 

「ニック…サム…!」

 

「やっぱり気付いて無かったか」

 

ライダーが笑った。

 

「それより、どうしたんだよ。子供連れたまんまで飲んだくれて」

 

俺のその言葉に彼女は寂しそうな表情を見せた。

そして真直ぐな長い黒髪をかき上げて言った。

 

「飲まずにはいられないんだよ。

あたしや子供ほったらかしにしてどこかへ行っちゃった誰かさんのせいでね…」

 

一口酒をあおって彼女が続けた。

 

「あの人は帰ってこないんだろ…!

誰も何も言わないけど分かってるんだから!」

 

「それが分かってるんなら、クレイをしっかり守ってやらないとな」

 

俺がそう言うと後ろにいたクレイがピクリと動いた。

名前を呼ばれたからだろう。

母親の陰から少しだけ前に出てきて言った。

 

「おじさん…だれ?」

 

おじさん…俺もそう呼ばれるようになったのか。

 

「俺か?俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の…『弟』さ」

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