Jimmy
一番のムードメーカー。
明るい笑顔に誰もが助けられた。
ギャングスタクリップを移動してから一週間もたたない日だった。
「ようようよう!聞いてくれ!」
ゴミ置き場から拾ってきたテーブルで俺とガイ、他にホーミーが二人でドミノをプレイしていると、ジミーがアジトに飛び込んできた。
俺達は立ち上がってハンドサインを出し、ハグをして奴を迎え入れた。
「どうした、ニガー?何かイイ事があったのか、ホーミー」
拾い物のボロボロの椅子に座り直してホーミーの一人が言った。
ジミーは席がないのでハンモックに座る。
「俺が、最近クラブで歌ってるのは知ってるか?」
ジミーの言葉に「あぁ」とみんなは返事をしたが俺は初耳だった。
「知らないな。ラップか?」
「サムは知らなかったか!実は暇さえあれば街中に出てクラブのステージでオリジナルのラップを歌ってるんだ」
「そうなのか?まあ好きにしてイイと思うぜ…よっしゃ!ドミノ!」
俺の掛け声でみんなからブーイングが上がる。
「またお前がアガリかよ!」
「シット!ほら持ってけ、マザーファッカー!」
みんなから乱暴に1ドル札が俺に投げつけられた。
俺がニヤニヤしながら金をかき集める。
「お前はやらなくてイイのかよ、ドッグ?」
「いや、サム。そんでクラブでよ」
ジミーが上機嫌で話の続きを始めた。
ホーミーの一人がドミノ牌をかき混ぜている。
「ついさっき、スカウトを受けたんだ!すげぇだろ!」
「そうか、それはよかったな…なに!?」
ガタン、と音を立てて俺は椅子ごと振り向いた。
ジミーがピースサインを出している。
他のみんなも驚きを隠せない様子だ。
「マジかよ、ジミー?お前…プロのラッパーとしてデビューすんのか?」
ガイが真剣なまなざしできいた。
「そりゃすぐにってわけにはいかないさ!小さなレーベルらしいからな!
でも俺とクリックの『ラップとウォークで世界を目指す』って夢がぐんと近くなったぜ~!」
ジミーがクリックの声を真似て言った。
「そりゃイイぜ!お前ならやれる!」
俺は嬉しかった。
こんなクソみたいな生活から、一人のホーミーが夢に向かって羽ばたこうとしているのだから。
「俺もイイと思うぜ。
お前のギャングとしての人生は終わりだって事だがな」
ガイが言った。
自分のセットからラッパーになる人間が出る事は名誉な事だが、それは同時にソイツがギャングから足を洗う事になるのだ。
その言葉を聞いたジミーの顔が少し曇った。
「おい、俺は死ぬまでB.K.Bだぜ!抜けたりはしねぇさ!」
「そんなこと言ってもな。イベントにはガンガン顔出して自分を売り込んでいかないと成功なんて無理なんじゃないか?
俺も業界の事は詳しくないが、色んな場所にも行かなくちゃいけないんだろ?
売れる前も、もし売れたとしてもお前には多忙な日々が待ってる。
そんな中ギャングとして俺達とつるんでいく事は不可能だ。仲間じゃなくなるわけじゃないぞ?
でも…事実上は抜ける事になるだろうな…」
ガイの厳しい言葉にジミーはすっかり元気をなくしてしまったようだ。
「そんな…」
「でもせっかくのチャンスじゃないか。頑張れよ」
ガイはジミーに笑いかけた。
「じゃあせめて…俺が売れたらB.K.Bの為に何かしてあげたいな」
「はは、気持ちは分かるがな。自分の金は自分の為に使えよ」
俺はジミーに言った。
「大丈夫だ。こういう場合は裏切りにはならない。みんな喜んでくれるだろう」
ガイが声を掛けた。
「分かった。じゃあみんなの分も精一杯頑張るぜ。来週は事務所に顔出して、色々と契約やら何やらあるらしいんだ。それから仕事に入るんだろうな!」
「まったく、すげぇよな。N.W.Aみたいなスターになれるかもしれないんだからな」
ホーミーの一人が言った。
「来週か…急な話だな。そんじゃ盛大にみんなでジミーを送り出そう!」
「そりゃイイな。明日あたりやるか?」
俺の意見にホーミーも賛成した。
「マジか!?俺の為に!?やったぜ!」
ジミーはいつの間にか元気を取り戻して、おおはしゃぎしている。
本当に調子のイイ野郎だ。
「じゃあ、明日の夜だな。みんなには連絡しておくから、絶対来いよ。お前がいなくちゃ始まらないからな、ヒーロー?」
「もちろんだぜ!」
ジミーは笑った。
次の日の夜。
アジトの前ではなく、ジミーの実家の庭先にみんなは集合した。
結局アジトまで色々と運ぶよりも、ヒーローの家にみんなで行こうという事になったのだ。
もちろんジミーも、両親も了承してくれた。
俺達は大量の肉に野菜、ビール、テーブルやイスを持ち寄った。
ジミーの実家の庭は決して狭い方ではないのだが、B.K.Bが集合しているせいで人であふれかえっている。
さらにホーミー達の家族、ギャングスタではない友達なんかも呼んでもいないのに続々とやってきた。
彼等もジミーがスカウトされた事は知っているのだろう。
『頑張れジミー』
そう書かれた横断幕が家の二階の窓にかけられている。
きっとホーミーの誰かが作ったに違いない。
ジミーのママが屋外用のコンロを引っ張り出してくる。
すぐにマークがコンロを受け取り、テーブルの一つに設置して肉や野菜を焼き始めた。
みんなが紙皿を手に行列を作る。
気付けば百人近い人間が集まっているようだった。
「みんな!メシもイイが先ずはジミーの為に乾杯しようよ!」
ブラックホールがみんなに聞こえるように大声を出した。
「そうだな!そうしよう!
ほら、散れお前ら!」
一番食べる気満々だったであろうマークが、火の周りに集まってきていた連中を手で追い払っている。
すぐにみんなはビールケースやジュースが積まれている場所へと移動した。
集まっていたホーミーのママ達がみんなに飲み物を配ってくれた。
もちろん俺も缶ビールを一本もらう。
「よし!ジミー!いけ!」
シャドウがジミーの肩を押している。
ジミーは近くにあったプラスチック製のイスの上に立ち上がった。
「よっしゃ、じゃあ俺から一言…」
奴はポケットから紙切れを一枚取り出した。
みんなからどっと笑いが起きる。
「どれだけ力が入ってんだよ、ドッグ!」
誰かが叫んだ。
「うるせーな!
えーと…今日はみんな、俺の為に集まってくれてありがとう!
呼んでない奴等も少しはいるみたいだな。
えーと…それから…
…まあいいや!とにかく楽しんでいこうぜ!」
みんなからは大きな拍手と歓声が上がった。
「しかし、話が大きくなったなぁ。デビューしたわけでもねーのによ!」
ふらふらと上機嫌なジミーが俺の元へとやってきた。
二人でイスに座る。
近くのテーブルではホーミー数人がビールや肉を片手にドミノを囲んで楽しんでいた。
「いいじゃねぇか。それにしても天気がよくてよかったな」
「まぁな!みんな楽しそうでなによりだぜ!」
ジミーがビールをあおった。
「これからは別々の道を歩くことになるな…寂しいが、お前は俺達の自慢のホーミーだ。
ギャングスタラッパーはみんなの憧れの存在だからな」
「ブラッズ出身とくりゃ、俺が目指すのはDJ-Quikだな、ホーミー!」
「その意気だ、ニガー」
突然ライダーが入ってきた。
ジミーの肩をポンと叩くと、自分のイスを持ってきて俺達のそばに座った。
「ジミー、お前は俺達とは違う才能を持ってる。世の中に向けて一発ブチかましてこいよ!」
ライダーが笑う。
「おう!」
ジミーがそう返すと、俺達三人のビールの缶がぶつかった。
…
時間が経つにつれて、段々と人が減っていく。
もちろんジミーへの別れの言葉は忘れていない。
ソイツら一人一人に、ジミーは立ち上がって礼を言っている。
B.K.Bのホーミー達数十人は全員残っているようだったので、俺は集合をかけた。
「ここからはB.K.Bだけの時間だ。メンバーとしてのジミーと俺達との最後の時間。楽しもうぜ、ホーミー!」
おう!とみんなから声が上がった。
「サム!俺は抜けるつもりは…」
「おい、ジミー!B.K.Bとしての生活はもう終わるんだろ。もちろんお前は死ぬまで仲間だ。
だが、お前はもうギャングスタじゃねぇ。
『ギャングスタラッパー』だ!」
マークがそう言いながらジミーの頭に拳骨を食らわせた。
奴は思わず頭を押さえている。
「それも最高のな!」
ブラックホールが笑って言った。
「みんな…ありがとう…」
ジミーがうつむく。
「なんて言うと思ったか、クソったれ!
俺は誰が何と言おうと現役のギャングスタだって言い続けるからな!」
だが奴は顔を上げて、いじらしく舌を出した。
本当に仕方のない奴だ。
みんな最後までコイツに笑顔にさせられてしまった。
…
そしてジミーとの別れの日がくる。
俺達はセントラルパークに集合していた。
ジミーはまだ来ていなかったが、すぐに姿を現した。
「おーい!みんな!」
ジミーはリュックを背負い、ローライダーバイシクルに跨がっている。
キッとブレーキをかけて俺達の目の前に停車した。
「いよいよだな」
俺がジミーに言った。
「いよいよ別れの…」
「サム!『別れ』じゃなくて『新たな旅立ち』くらい言ってやれよ!」
ライダーが俺の言葉をさえぎった。
「あぁ…ジミー!もう何も言う事はねぇ!しっかり頑張れよ!」
「もちろんだ!」
ジミーはドンと胸を叩いて拳を前に突き出した。
「B.K.B!俺の誇りだ!俺はみんなと共に過ごした時間が一番幸せだった。辛い事も悲しい事も色々あったけどな!
俺達がガキだった頃、ビッグクレイの為に立ち上がった事…それが俺の人生を大きく変えてくれた!」
「クレイ…」
俺はつぶやいた。
「B.K.B 4 life!」
ジミーが叫び、みんなが続けた。
時間がないらしく、すぐに奴は自転車をこぎ始めた。
俺達はハンドサインを送った。
「頑張れよ…」
やがてジミーは見えなくなった。




