colors
なぜ争う。
人種、言語、母国の違い…
答えにはそんな重い根源など存在しなかった。
いがみ合っていたはずのギャングスタクリップの背景を知り、手を組むまでになった。
以前、コンプトンのマフィアクリップと仲良くなった事があったが、それとはまるでわけが違う。
ギャングスタクリップと手を結ぶ事には、不安なホーミー達もいた。
少なからず俺の中にもとまどいはあった。
そんなある日、久し振りにセントラルパークのベンチに俺とライダーとシャドウは座っていた。
「しかし、ランドにはアイツらが裏切った事を隠し通さなきゃいけないよな」
ふいにライダーが言った。
「『ちょくちょく殺し合わなきゃいけないな』って事か?そりゃないぜ」
俺が言うとライダーは深いため息をついた。
結局、地元に戻ったところで頭の中はギャングスタクリップの事ばかりだった。最終的にはランドの死は絶対に必要だということか。
それに金も必要だ。新しい仕事を見つけなければならない。
シャドウが珍しくどこかで見つけてきたクロニックをふかして言った。
「サム…ランドにあのクリップス達が怪しまれない、イイ考えがあるぜ」
「なんだ?」
「ただし、心を悪魔にしないといけないけどな」
シャドウは話し始めた。
「疑似的に抗争を演出するのさ。その為にはお互いにわざとケガ人を出したり…」
「おいおい…」
「それに死人も作る」
…!?
奴の言葉に俺は本気で驚いた。
ライダーと二人でシャドウを見る。
「だから死人を作るんだよ。しっかりと新聞に載るようにな。ランドも疑いやしねぇだろ。
…心を悪魔にしてな」
「ニガー!仲間を殺すってのか!?さっき『そりゃない』って言ったばっかだろ!
仲間は死ぬわ、警察は動くわで何もイイ事なんてないだろうが!」
俺はシャドウに怒鳴り散らした。
「仲間を殺すわけじゃねぇよ!誰か適当に一般人を連れてきて赤色や紺色の服を着せればイイだろ」
「そっちの方がさらにマズいだろ、マザーファッカー。意味のない殺しだ」
ライダーが退屈そうにシャドウの指からクロニックを取り上げて言った。
どうやら奴の考えは期待外れだったようだ。
…
しばらくして、遠くからブラックホールが歩いてきた。
「おーい!ホーミー達!なにやってんだ!?」
両手を振っている。
「今、シビックとインパラを返してもらいに行くところだけどみんな行くか!?」
その台詞に反応して、すぐに俺達はコリーに駆け寄った。
…
二台はかなりキレイな状態で保管してあった。
場所は今は使われていない倉庫。
中にはギャングスタクリップの奴等がたくさんいた。
ここはアジトを捨てて、逃げ込んだ先の一つらしい。
この倉庫以外にもいくつかの場所に隠れて生活しているらしかった。
「キレイに残してくれてたんだな。ありがとよ」
俺は一番近くにいたクリップスに言った。
自分でもなぜ礼を言ったのかはよく分からなかったが。
「こんなにイイ車だ。捨てちまったりもできなくてよ」
ソイツはそう答えた。
やはりどこにでも車の価値を分かってくれる奴はいる。
ブラックホールは初めて見る俺のインパラに興奮している様子だ。
奴が見つけた車だが、仕上がった姿を目にした事は無かったからだ。
「B!エンジンかけてイイか!?」
目を輝かせて俺を見ている。
「もちろんだ、ドッグ!」
「サンキュー!」
キュキュ…
バルン!
すぐにライダーとシャドウも飛び乗った。
仕方がないので俺は一人でシビックの運転席に乗り込む。
「じゃあ、返してもらうぜ」
俺がクリップス達にそう言い、俺達はそのまま道へと飛び出した。
再びセントラルパークに戻ると、多くのホーミー達がたむろしていた。
俺達も車を停めて合流する。
ホーミー達がハンドサインを出してきたので俺達も返した。
「よう。返してもらったのか」
その場にいたガイが俺に言った。
どうやらE.T.は奴だけのようだ。
ホーミー達には初めてウィザードとブラッドホール64を見る奴等も多く、感嘆の声を上げていた。
「あぁ、キレイだろ?またクレンショウでビッチをピックアップしないとな」
「仕事か…そうだな」
俺の言葉にガイがうつむいた。
「ここにいるクリップスは、どうしてるんだろうな?商売をしているようには見えないが…
おそらく秘密があるな…奴等にあやかろうぜ」
さすがガイだ。
俺が気付かないような盲点をよく指摘する。
「確かに言えてる」
シャドウが感心したように言った。
「きいてみるか?それとも探ってみるか?」
俺がガイにきいた。
「それなら当然、直接きいた方がイイな」
「どうしてだ?」
「絶対に資金源はある。だが奴等が隠そうとするかしないかで、本当に信頼できるかが分かるからだ」
俺達は納得した。
「でもよ、そうは言っても俺達も稼げるだけのツテを持ってない可能性もあるぜ?
まあ、何かしら仕事なり何なりで奴等がやりくりしていたとしてだ。それと同じ事を俺達にもやらせる余裕がないかもしれない」
シャドウが言った。
「確かにその可能性はあるな。その時は他の道を考えよう」
ガイが返す。
「よう。とりあえずその話は後回しにして…せっかく車が戻ってきたんだからみんなを集めて飲もうよ」
ブラックホールがガイとシャドウを制止して言った。
「車のために飲む?お前らしいな、コリー。そんじゃ、みんなを集めてセントラルパークで大宴会といこうか!」
俺も急になんだかパーッと騒ぎたい気分になってそう言った。
「よっしゃあ!」
ぞろぞろとホーミー達が散らばり始める。
みんな電話やポケベルは持っていないので、直接仲間達を掻き集めてくるのだろう。
俺はとりあえずジミーにだけは電話連絡を入れて、その場でみんなが集まるのを待つ事にした。
みんなが酒を持ち寄って揃うと、飲む、歌うの大騒ぎになった。
ジミーは相変わらずラップしながらウォークを踏んでいる。
結局のところ、みんなはいつの間にか返ってきた車が主役だということも忘れて騒いでいた。
俺は楽しんでくれているホーミー達全員を見回した。
まるで昔に戻ったかのような光景だ…
俺は一人立ち上がってその場を後にする。
…
生暖かい風が吹いている。
俺はその中をゆっくりと歩いた。
…
目的地には十分ほどで到着した。
「よう。久し振りだな」
俺は手に持っていたぬるいビールを少しだけ地面にこぼした。
「ウィザード…ただいま…」
俺はその後、スノウマンやマーカス、他にたくさんのホーミー達、クレイ、母ちゃん…それらの墓を三時間近くかけてすべて周った。
そしてセントラルパークに戻ってみたが、みんなはすでに解散した後。
シンとした公園のベンチにガイが一人ビールをあおりながら座っていた。
「よう、ドッグ。どこに行ってた?」
「墓参りさ」
「そうか。みんなは帰ったぜ」
奴が立ち上がる。
「さて、帰ろうか、サム」
ビール瓶が地面に転がった。
…
俺は汚いハンモックに横になる。
やるつもりでほったらかしになっているが、そろそろ本当に掃除をしないと、毎日こんな埃っぽい場所で寝ていては病気にでもなりそうだ。
「ガイ、明日はクリップスに資金源をたずねてみよう」
「あぁ、そうしよう」
奴は着ていたワークシャツを脱ぎ、半裸になった。
背中の『R.I.P.Kray』そして大きな『CK』の文字が目に入る。
ガイはそのままハンモックに寝そべった。
俺はハッとした。
ガイには親父をクリップスに殺された過去がある。
クリップスに紛れて生活したり、ギャングスタクリップと手を組んだり、明日は奴等に資金源の話を直接きかなければならない…
そんな事に対して一番抵抗があるのはガイではないか、と思った。
「お前…無理してないか?クリップスとつるむ事…」
「はぁ?何の事か分からねぇな」
とぼけたのか本当に分からないのか、奴はそう言った。
「そうか?それならイイけどよ」
「さて…もう寝ようぜ、B」
ガイがそう言ったので俺は目を閉じた。
翌日。
「なに?資金源だと?」
俺とガイ、そしてシャドウの三人は奴等の居場所に来ていた。
この頃には警察の動きも弛み、ギャングスタクリップの奴等も少し緊張を解いて生活しているようだ。
「俺達がクロニックやドラッグをさばいているように見えるか?そんなしゃれた事は一切やってないぜ」
クリップスの一人がそう答えた。
「隠さなくてもイイ」
「いやいや、OG-B。本当に何もやってない。資金源があるとすればケチな盗みだけだ。
みんな好き勝手に金や食い物を盗んできてる。商売やってるギャングスタってのは一握りだ」
そう。今思えばB.K.Bが異常なのだ。
しっかりと金の流れを計算して仕事をこなしていた。
ある意味、マフィアに近い金の稼ぎ方だった。
これもウィザードやガイのような人間がいたからこそ成せた事だ。
普通はどこのギャングもその日暮らしで明日の事は分からない。たった1ドルの為に人を殺し、それを繰り返しながら生きていく。
コンプトンブラッズやクレンショウブラッドもそれ以外に知り合ったギャングも商売はしていたが、大抵はケチな盗みで稼いでいたのだろう。
唯一、T.R.Gはしっかりしていたようだが。
「俺達ギャングスタクリップにはお前らみたいにイカシタ車を仕上げる事も頻繁に飲み食いすることも許されない。
特にこうして地元を離れてる奴等は尚更だ」
「そうか…」
「やっぱり地元が一番だぜ。B.K.Bにも分かるだろ?」
ソイツは笑った。
…
仕方がないので俺達三人はその場を後にして歩き出した。
「まさかの結果だったな。あの様子じゃあ資金源を隠してるというより、本当に何も無いと思うぜ」
シャドウが歩きながら俺とガイに言った。
「あぁ。こうなりゃまた新しい仕事を見つけなきゃな?やっぱ、まずは女と…クロニックあたりか」
俺がそう言った時、どこからか怒号が聞こえてきた。
「おい!なにしやがる!」
「うるせぇ!ブチ殺すぞ、てめぇ!」
俺達三人は目を見合わせ、声の方へ走る。
そこではなんとB.K.Bの若い奴等が三人と、ギャングスタクリップ二人が殴り合っていた。
「おい!なにやってんだ!おい!やめろ!」
俺は叫びながら間に入る。
すると次第にソイツらのもみ合いは落ち着いた。
「一体どうしたんだ…?」
ソイツらを引き離して地面に座らせると、ガイが言った。
するとB.K.Bのホーミーの一人が立ち上がり、俺の肩を勢いよく掴んで言った。
「聞いてくれ、B!コイツら、俺の妹から財布を!!」
「…なに?本当か?」
俺が聞き返すと奴は頷き、クリップスを睨みつけた。
「仕方ねぇだろ!俺達だって知っててやったわけじゃないんだぜ!?」
「分かってくれよ!金が必要なんだ!」
それに対してクリップスの二人も反論している。
また新しい問題が起きてしまったのだ。
やはり異なるセット、それもBサイドとCサイドの人間が同じ土地で暮らすのは難しいのか。
次々にこんな事が起きる中で、仲良く笑って暮らしていくなんてわけにはいかなそうだ。
「どうする、ガイ?」
シャドウがタバコに火をつけて言った。
「大丈夫だ。こういう問題は予測してたからな」
「どんな手がある?」
これは俺だ。
「クリップスを移動させるんだ」
「どこに?」
「俺達のテリトリーはN.Y.を除けば残り二つ。
この地元と…隣町だ。
そっちにギャングスタクリップを移す。もちろんサウスセントラルに戻るまでの間だがな」
「悪くはない考えだ。でも…奴等全員を動かすとなると難しいな…」
俺は言った。
この頃に俺達の地元にいたクリップスの数はだいたい百から百五十人くらいらしい。
この数から考えて、一昔前のギャングスタクリップから比べるとかなり巨大化している事が分かった。
コイツらは全員ランドからの解放、そして地元への帰還を望んでいる。
だが、一斉に隣町に動けばランドに悟られる可能性がある。
それに上手く移動しても、その後にバレるかもしれない。
「ランドが気掛かりか?」
シャドウが言った。
俺が頷くと奴は笑った。
「奴なら心配ない。なにせ今はコンプトンの事で手一杯だからな」
「何の話だよ、ニガー?」
「サム、コンプトンだぞ。ランドが言うビッグトライアングル最後の一つだろ?
奴は今、コンプトンのギャング達とぶつかってるらしいんだよ。今朝仕入れた情報だ」
その場にいた全員が驚いて「何!?」と声を上げた。
「ドッグ!そういう事は早く言えよ!」
「おいおい、B。お前がきかねぇからだ」
シャドウはツルツル頭に巻いたバンダナを結び直した。
「とにかくお前達、この問題は俺が預かる。もう帰れ」
ガイがB.K.Bのホーミーとギャングスタクリップを合わせた五人に言うと、奴等は睨み合ったままゆっくりと逆方向に歩いて帰っていった。
「ガイ、クリップスの移動は?」
「すぐにでもやろう。しかし、ランドの奴がそんな状況だってんなら…もうイーストL.A.はいらないのか…?」
ガイが腕を組んで考え込む。
「だがこうして俺達がイーストL.A.に戻ってきちまったら三角形は完成しない。
奴にとってこの土地が価値のない物だとは考えられねぇな」
シャドウが言った。
すぐにガイが返す。
「だったらどうしてここにいる仲間を見捨てるような真似を?よく考えたら不自然だよな?
それにコンプトンにだって残り少ない古株のギャングスタクリップを送り込んでるのかもしれない」
「まったく読めないな」
シャドウがため息をついている。
「一旦アジトに戻るぞ。
E.T.を集めて話そう。コンプトンの事は重要な話になりそうだ」
俺は二人に言った。
…
俺達三人はほこりだらけのアジトに戻った。
呼びかけはE.T.全員にした。
携帯を持つジミー以外は自宅に電話連絡を入れたが、ライダーとブラックホールは出掛けているらしく連絡がつかなかった。
少し待ってかけなおすと、コリーの家に二人が戻っていたので奴等は一緒に出かけていたのだろう。
俺達三人は外に出て地面に座り、みんなを待った。
辺りはスクラップの山だらけで直接道は見えない。
しばらくすると、ジミーとマークが型遅れのキャデラックに乗ってやってきた。
運転席の窓ガラスがわれているので、どうやら盗難車らしい。
二人は車を下りてハンドサインを俺達に出した。
俺とガイとシャドウもハンドサインを返す。
「で?どうしたんだ?」
「サムー!何か問題かー!?」
マークとジミーが口々に言った。
残るはライダーとブラックホールだけだ。
俺達は二人を待つ間、アジト内のほこりを掃除していたが、奴等は二時間ほど経っても姿を表さなかった。
アジトの横にある広い屋根付きの駐車スペースにはこの時、ところ狭しとインパラ、シビック、タウンカー、シェビーバンが停車していた。
そしてスクラップ置き場に紛れて、ロングビーチから盗んできたバス、マークとジミーが乗ってきたキャデラック。
「さすがにおせぇな!」
マークが言った。
掃除も終わり、小屋の外で俺達は地べたに座り込んでぬるいビールをあおりながら二人を待っていた。
するとようやく奴等は口にバンダナを巻き、バイクに二人乗りしてやってくる。
「すまねぇ!二人でコイツを仕上げてたんだ!」
ライダーが謝った。
ブサだ。
この間のケンカでボロボロになったはずのブサが元通りに直ってピカピカに磨かれていた。
「お前ら…本当に好きだな…まぁいいや。
やっとE.T.全員揃った。みんな中へ」
俺はケツの砂をはたき落としてアジトの中へ入った。
みんなも中に続いて入ってくる。
椅子や机は一切ないので、俺達は部屋の所々に吊されたハンモックに座った。
…
七人のE.T.がアジトに集結している。
「ウチの若い奴等とギャングスタクリップに、ちょっとしたトラブルが起きた」
ガイが言うと、みんなの視線が奴に集まる。
「トラブル?」
ライダーが言った。
赤いバンダナを口から首にずらしている。
「あぁ、大した事じゃねぇ。俺達のホーミーの身内から、そうとは知らずに金を盗んだのさ」
「そりゃ同じ場所に住んでればね。いつか当然そうなると思うよ」
コリーがドジャースのベースボールキャップを脱ぎ、頭を掻いて言った。
髪を切ったらしい。短い坊主頭になっていた。
体は相変わらず小柄な割にガッチリと鍛えられている。
「それで?どう落とし前つけるんだよ」
マークがアゴ鬚を指でなぞっている。
「わざとじゃねぇんだ。落とし前だなんて、わけの分からん事はしねぇぞ。奴等がサウスセントラルに戻るまでは、隣町に一旦移動させるんだ」
「なるほどな!それなら小さなケンカもなくなるな!」
ジミーが言った。
相変わらず派手なアフロに赤いハウスシューズといった出で立ちだ。
奴はハウスシューズを外でも履くので、すぐにボロボロになる。これまでに何足買い直したのだろうか。
「と、まぁここまでは前置きだ。本題は別にある」
ガイが話を続けた。
「なんだよ。まだ何かあんのか」
マークがそう言いながらポケットからガムを取り出している。
「ギャングスタクリップがついにコンプトンに入った」
その言葉にアジト内が静まり返った。
「そういやランドの奴はそんなこと言ってたな」
まずマークが口を開いた。
「だが、イーストL.A.はもう俺達が取り返してる。トライアングルは完成しないぜ」
ライダーが編み込んだ長い髪をいじりながら言う。
「それによ、コンプトンが落ちるわけねぇだろ。コンプトンブラッズはOGの中のOGだ。
ランドごときがファンキーのおっさんに勝てるわけがねぇ。あんな奴がよ」
これはもちろんマークだ。
本物のランドの姿を病室で見たのは俺とマークだけなのだから。
「コンプトンにはクリップスもごろごろいるけど…ランドのマザーファッカーはソイツらも殺るつもりなのか!?」
ジミーがガイに言った。
「それは俺にも分からないが…コンプトンにいるクリップスをつぶすのは難しい。だったら仲間に引き入れてしまうんじゃねぇかと思う。
そうすりゃ…」
「さすがのコンプトンブラッズもあぶねぇな」
ガイの続きの言葉を俺が発した。
みんなからどよめきが起きる。
「だがそれは単にガイの予想にすぎないからな。マークが言うようにコンプトンブラッズに叩きのめされて尻尾を巻いて逃げるかもしれない」
場が静まると、シャドウが冷静な声で言った。
「とにかくコンプトンがどうなろうと、俺達は手助けできるような余裕もない。
ファンキーから俺達B.K.Bは絶縁されてるからな…」
俺は言った。
みんなも「確かに何もできないな」と頷いている。
「そんじゃぁとりあえず、様子を見るってことで結論はでたな」
ジミーが立ち上がって言った。
俺も立ち上がり、みんなもそれに習った。
「よし、今できる事をやろう」
俺が言い、俺達は早速ギャングスタクリップの移動の準備にとりかかることにした。
ギャングスタクリップの奴等も快く隣町に移動してくれた。
理由は違っても同じ敵を持つ仲間だ。
奴等と長い付き合いになるか、短い付き合いになるかはこの時は分からなかった。
奴等が地元に戻るまでの時間があまりにも長引けば、隣町に居座るしかなくなる可能性もある。
それだけは避けたかった。
奴等といつまでも仲良くしている理由はないというよりは、俺達が経験したような「地元に戻れない」という苦しみから解放してやりたいという気持ちだった。
…
三日後の夜。
すべての人間の移動が終わり、俺とガイはアジトに戻ってきた。
「そろそろ俺の家もアジトとして復活できるかもしれないな」
俺がハンモックに腰掛けて言った。
「そうだな。ギャングスタクリップも事実上俺達の地元からは消えた。
さらにアイツらはこっちに手を貸してくれる。ランドがコンプトンを自分のテリトリーにする前に俺達が何とかしないと」
「内部崩壊の手筈は考えてあるのか?」
「ある程度…な」
ガイは聞き取れないほどの小さな声で言った。
「ある程度?」
「あぁ。今、こっちにいるギャングスタクリップの奴等はこっちの戦力として俺達と一緒に突っ込むしかない。
だが、未だにサウスセントラルに残ってる古株のギャングスタは俺達とランドがぶつかって『ここぞ』と言うときにランドから離脱させたいんだよ」
「なるほど…そりゃ相手は混乱するだろうな」
俺は感心した。
だがガイはあまり納得してはいないらしい。
「サム、俺としてはもう一ひねり欲しいんだよな。こっちが押されてるようなあぶねぇ状況になれば、古株が離脱しない危険性もあるし…第一、向こうと連絡を取るのも一苦労だ」
「そうか?俺はイイ作戦だと思ったんだけどな」
ガイはそれ以上話すのをやめて、横になった。
「ガイ…」
「ん?」
「なんで争いはやまねぇんだろうな。同じアメリカ人、それも黒人同士だ」
「色…だろ」
奴は言った。
「色?」
「そうだ、色だ。肌の色じゃねぇ。服の色さ。意味の無い事を繰り返してるのは百も承知だ。
古株達も地元に戻れば俺達とは切れるだろ?
もはやギャングバングに理由なんかない。
クリップスとブラッズが争う事に理由なんかねぇのさ」
…
「俺達だけじゃない。カリフォルニアじゃそこら中でギャングの争いは続いてるだろ?絶対に終わる事はないと思う」
「そりゃ悲しすぎるぜ…」
俺はハンモックに寝転がり、タバコに火をつけた。
青い煙が部屋に広がり、月明りに照らされる。
「だが、少なくともランドを倒す事でB.K.Bの戦いは終わる。
それだけで充分じゃねぇか」
「あぁ。それは言えてる。
ところでよ、ガイ?」
俺は一つ、奴に質問することにした。
「なんだ?」
「お前の親父は昔、クリップスに殺されたって言ってたよな」
「あぁ」
短い答えが返ってきた。
「どこのセットだ?」
「どこだったかな…俺もまだ小さかったから分からねぇよ。記憶にない」
「そうか…」
俺はタバコを空き缶に入れて火を消した。
「ホーミー、俺の心配はイイ。お前は俺達のリーダーだ。一番にB.K.Bの事だけ考えろ」
「ホーミーの一人一人の事が俺にとっちゃB.K.Bの事と同じなんだよ」
後に、ガイの親父を殺ったセットはギャングスタクリップだと分かった時、俺は衝撃を受ける事になる。




