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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
35/61

ghetto song

確かに聞いた。

大きくなる銃声と小さくなる俺の心臓の鼓動。それはゲットーの歌。

「ぐ…ごふっ…」

 

声は出ず、何か変な物が口から出てくる。

 

…血か。

 

そうか。ついにやられちまったんだなと感じた。

 

「ぐ…」

 

痛い。

死ぬほど痛い。

 

はじめは呆気にとられて何が起こったのかも分からず、なぜ前に進めないのかとばかり思っていた。

だがこうやって撃たれた事に気付けば、頭の中に入ってくるのは痛みだけだ。

 

マジで死ぬ…でも死にたくない…

 

何が生きろだ。

俺自身が死んでしまったら元も子もない。

 

アイツらは俺の死に怒り狂い、この場で死ぬ事を選ぶかもしれない。

それが心配だ。

 

そういえば、俺を撃ったクリップスはどうしたのだろう。

まぁ、とどめをささないにしてもいずれ死ぬと判断されたのか。

 

…確かに、それはあながち間違いでもない。

 

意識が薄くなってきた。

近くで銃声が響いている。

ホーミー達がまだ勇敢に戦っている証だ。

 

心臓の鼓動が弱まっているような感覚に襲われる。

痛かった…それに、すごく寒かった…

 

 

 

「…サ…ム…!」

 

誰だろう。

 

すごく懐かしい声が聞こえた気がした。


人は自分の死を目の当たりにした時、様々な思い出がたった一秒ほどの間にすべて頭の中を駆け巡るというが、それはどうやら本当だったらしい。

 

 

親父を撃ち殺した事。

 

クレイとの思い出。

 

小学生の時に結成したB.K.B。

 

みんなで盗みやケンカを繰り返し笑い合ったあの頃、誰かが欠けていくなんて思いもしなかったあの頃…

 

ウィザードがコンプトンブラッズからブツの仕入れを始めた。

 

スノウマンがまず撃たれて、隣町のクリップスとの争いが始まる。

 

俺達十一人は一丸となって戦い、次第に仲間も増えてきた。

 

B.K.Bは他のギャングからも一目置かれる大ギャングに成長した。

 

いつしか俺達はE.T.と呼ばれた。

 

マフィアやチカーノ、クリップス…敵も多かったが、コンプトンブラッズやクレンショウブラッドみたいな頼れる仲間も増えた。

 

ウィザードが死んだのもその頃だったか。

 

 

「マーク、スノウマン、ウィザード、ジャック、クリック、コリー、ライダー、ガイ、シャドウ、ジミー…俺はお前達に出会えて…一緒の時を生きれて幸せだ」

 

これはクレイが死んで一年後の命日、みんなが墓地に集まった時に俺が言った台詞だ。


 

「俺達はクレイには感謝してる」

 

「それにリスペクトもな」

 

マークとウィザードが言った。

それにみんなも頷く。

 

「クレイが白人どもにやられた事で、仲間や家族を思う気持ちこそが最高の誇りだと教えられた」

 

スノウマンがタバコに火をつけて言う。

すぐにガイが返した。

 

「だが、悪さから足を洗う事はできなかった。だからこうしてブラッズとして生きながらもその誇り、クレイの守りたかった物だけは守っていかないとな?」

 

「まったくその通りだぜ」

 

短くジャックが答える。

 

「仲間と地元と家族だけは大事にしないとな~!!って話だろ~?」

 

クリックは相変わらずクロニックの煙をくゆらせていた。

俺は墓前にビールをこぼした。

 

クレイは酒を飲まなかったので、形だけのしきたりみたいなもんだ。

母ちゃんも後で来ると言っていた。

 

「さ、行こうぜ。バスケがやりたい!」

 

ジミーがはしゃぎながらボールをついている。

 

「やるか」

 

シャドウが俺にニヤリと笑った。

 

「そうだな」

 

俺が言い、十一人みんなは歩き出した。


みんなで近所のバスケットコートに移動すると、すでに人がたくさんいた。

俺はその日が日曜日だった事を思い出した。

 

「げ!コートがいっぱいだよ!どうする、サム?」

 

コリーがコートの周りの柵に手をかけて中を眺めながら言った。

 

「仕方ないな。道端でやろうぜ」

 

俺達は家の近くに戻り、車が通らないような裏路地でバスケをやり始めた。

だが狭くて全員が参加できるような状況ではない。

 

ゴールリング無しでの1on1をジミーとコリーがプレイしている。

他のみんなは地べたに座り込んで、たまに交代しながら楽しんでいた。

 

 

遥か遠くで銃声が聞こえている。

いつもの事なので、誰も気になどとめていない。

 

犯罪と暴力が消えない街。

俺達が育ったのはそんな環境だ。

 

そんな中で俺達のように曲がらず、まっすぐに生きようとしたクレイは本当にすごいと思う。

 

自分が死ぬ間際に思い出す事がこんなにイイ思い出でよかった。

 

死んだみんなに会いたい…ずっとそう思っていた。

 

こうして心の中でみんなに会えて幸せだった。


 

「死ぬな…!」

 

なんだろう。

そんな声が聞こえてきた。

俺は死を待つばかりだというのに。

 

「サム…!」

 

不意に体が動いたような気がした。

激しい痛みで無理やりまた意識が現実に戻される。

 

「…ぅ…」

 

「しっかりしろ…!」

 

「…」

 

どうやら俺は引きずって移動させられているらしい。

おそらくホーミーの一人か。

 

「俺だ…!分かるか…!?」

 

どこかで聞いた事のある声。

だがこの時の俺には、このホーミーが誰かだなんて特定できる冷静さも無かった。

 

「…いてぇ…」

 

「しっかりしろ…!お前だけは死なせねぇ…!」

 

「き、傷口が…アツイ…なのに体は寒い…」

 

その言葉を聞くと、ソイツは傷口に何かをあてがって止血をしてくれているようだった。

 

バタン!

 

ドアの閉まる音。

 

「ここなら大丈夫だ…すぐに手当てしてやるからな…!少し…荒療治だが我慢してくれ」

 

「ありが…とう…ドッグ…」

 

「サム…」

 

俺はそこで完全に意識を飛ばした。


どれだけの時間が経ったか分からないが、俺は激しい腹の痛みで目を覚ました。

 

「…っ!」

 

辺りを見渡そうとするが、まぶたと瞳以外は動かせない。やはり体に相当のダメージを受けているらしかった。

 

俺はここはどこだろうと思った。

汚れた天井を見つめながら、ギャングスタクリップとの全面戦争の後、マークと二人で病室に寝ていた時の事をふと思い出した。

まるであの時のようだったからだ。

 

今回も助けてくれた人物がまたもやランドだったら…

そんなバカバカしい事を考えていた。

 


「…っ…」

 

「ん?サム、起きたか?」

 

近くで声がした。

間違いない。ホーミーの一人だ。

聞き覚えがある声に俺は安心した。

 

「水を…」

 

「OK、待ってろ」

 

ギィというソイツが椅子から立ち上がる音がして、次に足音が響いた。

 

「ほら、飲め」

 

瓶を俺の口に当てて水を流し込んでくれた。

空になると瓶を上げる。

 

「ありがとう…ん!?」

 

…!!

 

俺は初めてソイツの顔を見て驚かされた。

昔と比べるとだいぶ太っているようだが間違いない。

 

…もう一人のE.T.

 

「やっと気付いたか。久し振りだな、サム」

 

ガイはニカッと歯を見せて笑った。


「どう…して…」

 

どうしてお前がここにいるんだ。

当然まずその疑問が浮かぶ。

それに気になったのはガイの服装だ。奴はあろう事か、全身紺色の服装に紺色のバンダナを巻いていたのだから。

 

そう。完全にギャングスタクリップのメンバーにしか見えない。

 

「まぁまぁ、サム!色々と聞きたい事があるだろうが、まずは何日か休んで体を治せ。話はそれからだ」

 

この時の俺は何日も休んでいるほど暇では無かった。

仲間が命をかけて戦っているというのに。

だいたいここはどこだろうか、と考える。

 

それを見透かしたかのようにガイが俺に言った。

 

「B.K.Bのホーミー達ならすでに全員引き上げさせたぜ。お前が生きてるのも伝えてある。

ここは『俺達』の…隠れ宿みたいなもんだ」

 

俺達…?まったく意味が分からなかった。

どうやってB.K.Bと連絡を取ったのかも分からない。

いくらガイでも、ギャングスタクリップの格好をしているコイツを信用していいものだろうか。

 

 

 

だが結局、動いて抜け出す事もできそうにないので大人しく体を休めるしかなかった。


こうして何とか命をとりとめた俺は、最終的には一か月近くその部屋の中で回復を待った。

度重なる重傷に身体も悲鳴を上げているのだろう。

すぐに良くはなら無かった。

 

ガイはその間はほとんど付きっきりで面倒を見てくれた。

詳しい話はまだ聞かされていなかったが、たまに紺色の服装で出ていく事があり、その度にガイは俺にこう言った。

 

「お前は外に出ると危ないぞ。死にたくなかったら部屋にいてくれ。欲しいものがあるなら持ってくるから」

 

俺は素直に従った。

歩けるようになると、部屋の中をウロウロするようになった。

この部屋以外にはバスルームとキッチンがあるだけの間取りだ。

 

どうやらアパートの一階らしく、たまに上からベッドがきしむ音と女の喘ぎが聞こえてくる事があった。

 

 

ある日、ガイが持ってきてくれたクロニックを二人でふかしていると、奴がふいに言った。

 

「サム、もう大丈夫そうだな?そろそろすべてを話そう」

 

そう言うとガイは一度部屋を出ていき、一分もしない内に戻ってきた。

 

「な…なんだ!?」

 

俺は驚いた。

奴は二、三十人ほどのギャングスタクリップを連れてきたのだ。


「安心しろ。みんな仲間だ」

 

ガイが言った。

 

「ガイ!てめぇ裏切りやがったな!」

 

「サム!イイから話は最後まで聞け!」

 

そう言うとガイは俺の座っていたベッドの横に腰を下ろした。

俺は舌打ちをして押し黙った。

話だけは聞くとしよう。

 

 

「まず、俺がなんでL.A.に戻ってきているのかって話からだ。

…俺はお袋と兄貴とN.Y.で不自由なく暮らしていたんだが、ずっとホーミーの事は気掛かりだった。

…だが家族も大事だ。特にお袋はな。だが、引っ越して一年後…お袋は死んでしまった」

 

「なに?本当か、ニガー…大変だったな」

 

「あぁ…しかも俺のせいでな」

 

ガイは頭を抱え込んだ。

俺がすかさず言う。

 

「どういう事だ?」

 

「…デカイ仕事を成功させた兄貴が住んでいたのは、リッチな高層マンションの二十二階だった。お袋は…そこから飛び降りたのさ」

 

「どうして…」

 

するとガイが興奮して叫ぶ。

 

「俺が!ずっと!ホーミーの事を考えてるのを分かってたんだよ!

俺がカリフォルニアにすぐにでも帰りたいって!でも自分がいたら戻れないって!

勝手にバカな考えを起こして…!!」

 

その拳は血が滲むほどキツく握り締められていた。


「確かに仲間に会いたかった。だが、お袋を失ってまで会いたいだなんて…存在が邪魔だなんて…思ってなかったのによ…」

 

ガイは涙を一筋だけ流した。

 

「…」

 

「それからだ。俺はお袋の死を無駄にしない為にも自分の力で必ず仲間の元に戻ると決めた。

事情をよく分かってない兄貴に金を借りたりもしなかった。自分で作った金でここに戻ってきたかったんだ…」

 

ガイは一息ついて再び口を開いた。

 

「…俺はその金を作る為、安全な兄貴の家を出て東海岸のゲットーに足を踏み入れた…」

 

「ブルックリンあたりか?」

 

ブルックリンはN.Y.のスラム街で、L.A.で言うコンプトンみたいな場所だ。

コンプトンよりは狭くて治安もある程度は良いらしいのだが。

 

「そうだ。そこでしばらく盗みやハッパの売人をやったよ。

だが、西海岸ギャングの格好にイイ顔をする奴はいなかった。

ディッキーズやバンダナだなんて、誰一人身につけてやしねぇんだ。信じられるか?

場違いな格好のせいで客つきは悪かったし、何度も殺されかけた。

それでも俺はB.K.Bの誇りを貫いて、赤いギャングスタファッションを着続けた。タグも書いて回った」


俺は感心して声を漏らした。

 

「そりゃすげぇな」

 

「あぁ。すると少しずつだが理解してくれる仲間ができてきた。

そして一年後にB.K.Bの東セットができたんだ」

 

俺は驚いた。

東にも東海岸スタイルのギャングスタがいる事は知っていたが、B.K.BがN.Y.にもあるとは。

しかもガイが直接立ち上げたセットなので、東海岸スタイルではなく、いわゆるB.K.Bの東セットができたという事なのだ。

これはすごい事だった。

 

「大したもんだぜ」

 

「だろ?今もそのセットは活動してるぜ。後ろにいるホーミー達の中にも二、三人、N.Y.からついてきた仲間もいる」

 

「なるほど…じゃあそれ以外の奴は?それになぜクリップスの格好をしてる?」

 

俺はソイツらを指差して言った。

 

「残りはイーストL.A.の地元の若い奴等だ。格好の話は、まぁもう少し待て。

それで…俺が必要な金を揃えてここに戻ってきた時、そりゃあ驚いた。

俺の地元がクリップスの街になってたんだからな。

ポケベルに連絡しても音沙汰がねぇしよ」

 

「すまん…」

 

俺は申し訳なくてうなだれた。


「まぁ仕方ないさ。こっちも大変だったらしいしな。

大抗争の事とE.T.が生きてる事はちゃんと調べた。

だが…お前達と連絡が取ろうにも、どうしようも無い。それで、一度誇りを拭い捨てて、N.Y.の仲間と一緒にクリップスの中に紛れてたんだ。

いつかお前達と会えると信じて。

 

そんな中、俺は地元の奴等…元々B.K.Bにあこがれていた奴等を掻き集めた。

ギャングスタクリップがこの街を乗っ取ったんなら、元からここに住んでる血の気の多い若い奴等は、余所者に好き勝手されてイイ気分なはずがない。そう踏んだんだ。

結果は見ての通りだ。

B.K.Bの帰りを待望んでいた奴等が加わってくれた。俺達は仲間内だけで『C.K.G』『クリップ.キラー.ギャングスター』と名乗ってる」

 

そうガイが言うとソイツらは後ろを向いた。

よく見るとバンダナを垂らしているのは左腰ではなく右腰…

つまりブラッズの意志は捨てていない事を意味していた。

 

「サム…こうやってお前と出会えた。それに他のB.K.Bのホーミー達にもこの間C.K.Gの一人が紺色じゃない服装でちゃんと接触した。

多分、車にいたライダーと話したはずだ。無傷で帰らせた」

 

ガイの言葉一つ一つに驚いた。

 

「…俺達C.K.Gは、今日からB.K.Bに合流する!」

 

ガイの言葉に部屋が揺れた。

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