Pride of Blood
時はきた。
すべての誇りをかけて突き進むだけ。
「サム!サムはいるか!?」
二か月ほど経ったある日。
シャドウがバタバタとアジトの中に走り込んできた。
中にいた俺とマークは、珍しく手に入ったクロニックを吸っていたところだ。
「あん?うるせーぞ、ブライズ」
マークがガンとテーブルを蹴った。
上に置いてあったドミノが散らばる。
「おい!呑気にハッパなんか吸ってる場合じゃねぇぞ、マザーファッカー!」
「ふー…どうしたんだ?」
俺がマークへとクロニックを渡す。一服で交代だ。
「ついにたどり着いたぜ」
マークからクロニックを奪いとってシャドウが言った。
マークがチッと舌打ちして言う。
「武器か?」
「あぁ」
俺はマークとシャドウを交互に見た。
そして、今度は俺がシャドウからクロニックを取り上げて、もみ消す。
「確かに呑気にハッパを吸ってる場合じゃねぇな…コリーを探すか。
トラックが必要だぜ」
「よしきた!俺が探してくる!」
シャドウがボロスクーターに乗って出ていった。
…
「ついに道が繋がったか!」
スクーターのケツに乗って帰ってきたブラックホールが叫ぶ。
「あぁ!トラックが必要だぜ」
マークがブラックホールと拳をぶつけながら挨拶した。
すぐに俺にもハンドサインを出す。
俺はハンドサインを返して三人をアジトの中の椅子に座らせた。
「なるだけ少ない取引回数で終わらせたい。できれば一回で武器をたっぷり積んで帰って来れるようにな」
「サム。確かビーチの近くの家に、イイ感じのシボレーのトラックがあったよ」
ブラックホールはどこにどんな車があるか、ある程度覚えているようだ。
「今すぐ行けるか?」
「いや、シャドウ。家に停まってる車は日中は無理だ」
「…どうする、ホーミー?夜まで待ってソイツをいただくか、一刻も早く他の車をいただくか」
俺はみんなに問い掛けた。
「安全な方で行こう」
これはシャドウだ。
俺が言う。
「金は?」
「あるだけ全部だ」
そうシャドウが返した。俺達は金庫の金をすべて抜き取ると、ただの鉄の箱になったそれを川に捨てた。
夜中になり、俺とブラックホールはビーチ沿いの道を歩いていた。
その通りから逸れて一軒家が立ち並ぶ住宅街に入る。
平日の夜だという事が幸いして通行人は見当たらない。
「あの家だ」
奴が指差した。
白い木造の家だ。
砂利が張られた庭先には、シボレーの青いトラックが一台とメルセデスの四駆が一台停まっていた。
「サム、誰か来ないか見張っててくれ」
コリーが口をバンダナで覆い、そろそろとトラックに近付く。
俺は家の前を通る細い道の左右を見渡した。
…誰もいない。
次にこの家の住民が気付かないかと思い、静かに部屋の窓に近付いた。
電気は消えている。
「大丈夫だな…」
俺がブラックホールの方を見ると、奴はすでにドアを開けてトラックを自力で押していた。
移動してエンジンをかけるつもりのようだ。
「手伝ってくれ」
コリーが言ったので俺も後ろからトラックを押した。
「よし、この辺りで大丈夫だろう」
二、三分ほど車を押し歩いた所で俺達は足を止めた。
ドォン!
ドドド…
一発。ブラックホールは見事にエンジンを点火させた。
「さ、行こう。B!」
俺は急いで助手席に乗り込んだ。
ブラックホールがアクセルをゆっくりと踏み込む。
「さすがだな!コリー!」
「チョロいぜ!カギもついてたしね」
奴がバンダナを口元からはずした。
よく見ると確かにカギがステアリングの横のキーホールに刺さっている。
それにつけてあるキーホルダーが揺れていた。
「なに?…なんだ、俺はてっきりお前が自力でドアを開けて、エンジンをかけたのかと思ったぜ!」
コリーは俺の言葉に大笑いした。
「あはは!期待を裏切ってごめんな!でもカギが締まってたとしても二、三分で盗めてたと思うよ。俺は別にどっちでもよかったからね。
一つ言える事は…『絶対に盗む』って事に変わりは無いって事だな!」
「間違いねぇ!」
俺とブラックホールは拳をぶつけた。
トラックは五分ほどで仲間の待つアジトに到着し、シャドウを俺とコリーの間に乗せて再び発進した。
…
俺達がシャドウの案内によってやってきたのは大きな倉庫のような場所だった。
バスが数台は入る大きさだ。
「ここだぜ。ブラックホール、車を中へ入れろ。今回は特別に車ごと入る許可をもらってる」
大きなシャッターが開いている。
そこにコリーは車を進め、中へと入った。
するとシャッターが自動的に閉まった。
中は真っ暗で、トラックのライトが照らしている範囲だけが見える。
「ライトを消せ、ニガー」
シャドウが指示を出す。
どうやら倉庫内を勝手に照らすのはダメらしい。
普通、他の客達は歩いて来るので照らされる事は無いのかもしれない。
「おい、ビリー!シャドウだ!」
「いらっしゃい」
突然、すぐ横から声がして俺達は驚いた。
暗くてまったく見えない。
すぐにその声の主が古いオイル式の手持ちランプに火を灯したので、ボンヤリと辺りが照らし出された。
ソイツは…『ビリー』は、白人だった。
コンプトンにも少数だが白人が暮らしている。
若い。十八、九歳といったところだ。
汚れたシャツにボロボロのジーンズ。栗毛の髪はだらしなく伸びている。
奴が手招きしたので俺達はトラックを降りた。
ビリーがゆっくりと倉庫内を歩き始めた。
俺達もそれに続く。
奴のランプの光が当たる範囲に、ズラリと武器が並んでいるのが見えた。
ショーンのクロニックの量にも驚いたが、コイツの武器の在庫量にも驚かされた。
どこかの国と戦争でも始められそうなくらいだ。
「すげぇな」
「だろ?」
ブラックホールとシャドウが話している。
「どこからこんな量を…?」
俺がつぶやくとビリーが立ち止まった。
「さぁな。俺も雇われの身だ。仕入れ先の事は分からない」
…ということはかなり組織化された密売集団だろうか。
ビリーはランプを床に置いた。
奴の後ろに灰色のビニールシートをかぶった物体があるのが見えた。
そのシートを奴がめくる。
…!!
「さぁ、これが注文の品だ。車まで運ぶのも一苦労だぜ?」
用意されていたのはM16だった。
これは簡単に使ってイイ代物ではない。
アメリカ軍が使っているマシンガンでヘリや車の鉄板も貫くほどの化け物だ。
それが十丁ほど。
さらに少しずつだが、小型のマシンガンや短身のショットガン、拳銃、そして弾。
そんなものがまるでキャンディの詰め合わせのように、ごちゃごちゃと縄でくくられていたのだ。
俺は苦笑いしてシャドウを見た。
周りは暗かったが、奴は俺の様子に気付いたらしい。
「なんだよ?やりすぎだってか?なんならスナイパーライフルやランチャーを追加するか?」
「バカか。このマシンガンにだって驚いてるのによ。こんなもん使うギャングはコンプトンブラッズくらいだぜ。
…いや、むしろ彼等だってここまでの数の装備は持って無かった」
徹底的にとは言ったが、これでは武器の方が使い切れずに宝の持ち腐れになる。
なんせ一人で二丁以上の計算になるほどの数が揃っていたのだから。
だいたいこのマシンガンは簡単に撃てるような可愛い銃ではないと思うのだが。
「こんなにはいらないだろ。今のB.K.Bは十人だ。その人数分だけでイイんだよ」
「チッ、分かったよ…おい、ビリー。そんじゃあM16を十…それからオートマチックを九丁に変更してくれ。あとはそれ用の弾だ。それでイイだろ、B?」
シャドウが渋々ひいた。
オートマチックは別に必要ない気がしたが、腰に挿すくらいにはイイだろうと許可した。
すぐにビリーが縄をほどき、ランプ片手に商品を交換し始めた。
この広い倉庫の中でどこに何の商品があるのか、すべてを把握しているようだ。
三十分程してようやく注文の品がすべて目の前に用意された。
「さ、金だ。だいぶ量が減ったから、そうだな…25000ドルでイイよ」
…!?
俺達は耳を疑った。
いくら何でも安すぎる。
「マジかよ!感謝するぜ!」
シャドウがビリーをハグした。
ビリーが苦しそうに離れる。
「あぁ。ここまでまとめて買ってくれる客も珍しいからな。そのかわり、次も武器が入り用のときはまたウチで頼むぜ」
「もちろんだ。恩に着るぜ、ビリー」
俺が横から言った。
ブラックホールは少し離れた所でマシンガン手に持って構えたり、バン!と口で言ったりしている。
その後、俺達は手分けして武器を車に積んだ。
帰り際、ビリーが言う。
「お前ら…この武器を使って何をやる気か知らないが、テロリストにだけはなるなよ」
「あぁ、俺達は自分達の信じる道を進むだけだ」
俺はそう返した。
…
アジトに戻ると、すべてのホーミー達が出迎えてくれた。
全員赤いシャツを纏い、バンダナで口を覆っている。
そう。みんなは今夜、決着をつけるつもりなのだ。
すぐに俺達もバンダナを受け取って腰と口に結んだ。
「さぁ、今夜は待ちに待った日だ」
トラックから降りた俺が言うと、全員から大きな雄叫びが上がった。
俺の全身に鳥肌が立った。
『待ちに待った日』…
細かな作戦などない。ギャングスタクリップを見つけたら容赦なく全員撃ち殺す。
ただそれだけだ。
悪名高く、巧妙なギャングスタクリップにはかなわないかもしれない。
だが、俺達はファンキーが言ったような負け犬のままでは終わらない。
必ず立ち上がってみせる。
全員がそれぞれ武器を受け取り、シェビーのバンとトラックに乗り込んだ。
「みんないくぞ!」
コリーが俺とシャドウを乗せたトラックを先に出発させた。
他のホーミーもバンで追走する。
どうやらライダーが運転しているらしい。
「B.K.B 4 life…」
俺は胸で十字をきった。
ロングビーチから長い時間をかけて地元へと向かう。
奴等はまだ俺達の昔のアジトを使っているに違いない。
最終的にはそこを目指すわけだ。
トラックの車内は意気込んで舞い上がっているというより、落ち着いて静まり返っていた。
きっと後ろにいるバンの中も同じような感じだろう。
ピリリ…
俺の携帯が鳴った。
もちろん後ろからついてきているジミーからだろう。
「よう。どうした?」
「あぁ、サム。悪い知らせだ。バンの調子が悪い」
「なに?まずいな」
俺はコリーにトラックを停める指示を出し、車から下りた。
バンもすぐに停車して、ライダーが車の下にもぐり込んでいく。
幸い、大した故障では無かったらしく、五分ほど点検を行っただけで作業は終わった。
みんなは車に乗り込んで再び出発する。
それ以外は途中で休憩したりする事もなく、約一時間ほどかけて俺達はゆっくりと地元へ向かった。
『East-L.A.』
…そして、ついに俺達はその文字を記した看板を目にした。




