L.B.city game
南に広い太平洋を臨む。
青く澄んだ地で赤く汚れた血を流して生きる。
一か月の時が流れた。
コリーもしばらく離れていたB.K.Bの状況に慣れてきたようだ。
実家暮らしだった向こうとは違い、食べ物、洋服、日用の道具なんかもすべて自分達で揃えなくてはならない。
家族の後ろ盾も何もない。
仲間達で何から何までやらなきゃいけないっていうのは、ここへ来て俺達全員が学んだ事の一つだった。
普段は絶対やらないような洗濯、片付けなどの掃除、メシの準備…
地元を離れる事がないギャングスタ達の世界からは遠くかけ離れたものだ。
だが何もかもを自分達だけでやってきたからこそ、B.K.Bの結束は他の奴等とは比べ物にならないほど強い、と俺は自負していた。
「今日は仕事は休みなんだろ、サム?みんなのメシを買いに行こうぜ」
外で昼寝していた俺にマークが話し掛けてきた。
1ドル札の束を握りしめている。
「ん…あぁ、いいぜ。シェビーはカギがついてる」
俺達はボロバンに乗り込んで発進した。
マークが運転だ。
「何を食う?」
「ガハハ!肉に決まってるだろ!みんなでBBQをやろうぜ」
「そりゃイイな」
車は近くの店に到着した。
「さて、牛肉は…あったあった」
カートを押すマークが肉売り場に直行した。
何だかおかしな光景で笑えてくる。
「おい、マーク。正気か?」
奴はカートに肉を積めるだけ乗せていたのだ。二十キロ近くはあるに違いない。
「何が?」
「…俺、野菜を集めてくるわ」
「野菜?多分誰も食わねぇぞ?それより調味料と木炭だ!それに酒もな!」
俺はマークの言葉に苦笑いして野菜売り場に向かった。
結局、ほとんど肉だらけのBBQになりそうだ。
…
アジトに戻り、俺達二人は外で準備に取り掛かる。
ドラム缶を縦半分に切って鉄柵の網を乗せただけの簡素なBBQ器具を二つ。
テーブルやイスは用意できなかったので廃タイヤを積んだり、大きめの石などを並べたり、板を利用したりと、ある物で代用した。
準備している間にホーミー達が続々と集まってきていた。
「お!今日はみんなでBBQか!しばらくやってなかったから楽しみだな」
シャドウが準備を手伝い始めながら言った。
それを皮切りにみんなが騒ぎながら加勢に入ってくる。
その様子を見た言い出しっぺのマークは、満足気に笑っていた。
全員が揃うと、早速みんなにビール瓶が手渡された。
「B.K.Bに!」
俺が音頭を取る。
「B.K.Bに!さぁさぁ!どんどん焼いていくぜ!」
マークが一際大きな声で叫んだ。
自らで肉を切り分けて豪快に網に乗せる。
その上から大量の塩胡椒、ソースなどをたっぷりとかけて焼く。ただそれだけだが、俺達にとっては一番のご馳走だ。
みんなで騒ぎながら食えばビールもガンガンいける。
「サム!マークの焼いた肉をいただこうぜ」
ホーミーの一人が紙皿を持ってきてくれた。
「サンキュー、ニガー」
俺は立ち上がってマークの元へと向かった。
奴が肉をみんなの皿に乗せてくれる。
「食え!」
笑顔のマークから肉を受け取ると、俺は適当なタイヤに腰掛けた。
ちょうどライダーがその横に座る。
「うまそうだな。まるでスノウマンの奴が作ったみたいだ」
「ははは!誰が焼いても一緒だろ、ライダー」
ビール瓶をぶつけて再び二人で乾杯した。
BBQは地元にいた頃、頻繁に行っていた。
みんなで家から材料を持ち寄り、誰かの家の庭やアジトでそれを焼く。
みんなは女を連れてきて酒を飲み、音楽を流し、騒いで夜が明ける。
…
この日はまるでその頃に戻ったかのようだった。
見渡せば、『いつものBBQ』『いつものバカ騒ぎ』そんな気がしたのだ。
ウィザードやガイ、スノウマン、クリック、ジャック、ホーミー達みんなが帰ってくるような気が。
「マーク!お前も食わないと無くなっちまうぞ!」
ジミーが遠くからマークに叫んでいる。
「バカヤロウ!俺は最初っから焼きながらちゃんと食ってるんだよ!」
そう。マークはみんなの肉を焼きつつ、実はしっかり自分も食べていたのだ。
これにはジミーも驚いていた。
「なに!?B.K.Bいちの食いしん坊がよく我慢してると思って感心してたのによ!」
「ガハハ!まだまだ食いたりないぜ!」
マークはドンと腹を叩いて、さらに肉を網に乗せた。
ジュゥ…という音が出る。
「お前の満腹を俺は知らねぇよ!」
…
それから何日か経った朝。
しばらく忘れられていたが、ついに武器調達の話が始まった。
シャドウがどうやら有力な情報を手に入れたらしい。
「武器を大量に密売してる奴がいるらしいんだ」
「マジか?よく見つけたな、ホーミー」
頭にバンダナを巻いたブラックホールがタバコをふかしながら言った。
「で?どこのどいつなんだよ?」
上半裸でマークが言った。
デカイ体があらわになっている。
シャドウはマークの方を向く。
「ビビるなよ。コンプトンだ」
「コンプトンか…」
ライダーが下をうつむいてブツブツと言う。
長く編み込んだ髪がだらりと垂れて奴の顔を隠している。
「コンプトンブラッズの居住区なら、ファンキーが嫌な顔をしても何の問題もなく仕入れができるんだけどな…」
シャドウが舌打ちをしながら言った。
「てことは?」
これは俺だ。
嫌な予感がしてシャドウにきいたのだ。
「ソイツが住んでるのはクリップスの居住区だ、サム」
「クソ…やっぱそうか…セットは?」
再びきいた。
「コンプトン・マフィア・クリップ」
「マジかよ!クソ!」
デカイセットだ。嫌な予感は当たった。
だがこっちにはシャドウがいる。
ギャング、マフィア、その他の集団のエキスパートが。
奴ならコンプトン・マフィア・クリップのすきをついて、武器を仕入れる術を知っているのかもしれない。
「確かにデカイセットだ。でも、心配はいらねぇ」
そらきた。
みんなシャドウの次の言葉を待った。
「ギャングスタクリップのランド程の切れ者がいない限り、確実に手はある」
「どんな手だ?」
ジミーが自慢のアフロを櫛で整えながら言った。
「そりゃ今から考える。まずはコンプトンに入って、奴等の情報と武器屋の情報がいるだろ?」
シャドウはブラックホールの方を向いて続けた。
「コリー、仕事だ。
なるだけ目立たない車が欲しい。あのデカイボロシェビーやタウンカーじゃだめだ」
「何がイイ?」
レイダースのベースボールキャップをかぶりながらブラックホールが返す。
「そうだな…リーガルやカトラスみたいなミドルサイズがイイかもしれない」
「待ってろ。三十分で戻る」
コリーはニヤリと笑って立ち上がってドアを開け、勢いよく閉めた。
…
コリーが帰ってきたのはそれから二十分後だった。
「…どうだ?いかにもババくさい車だろ」
奴が盗んで帰ってきたのはネオンだった。
白いボディは所々がくすんで、傷、ホコリが目立つ。
ヘッドライトやテールランプは当たり前のように割れていたし、バンパーも何だか不機嫌だ。
ホーミー達は大笑いした。
最高にいかした偵察車だ。誰の目にも止まる事はないだろう。
「大したセンスだぜ、ドッグ!よし、じゃあ早速いこうか」
シャドウがドアに近寄る。
「ん?もう行くのか?」
言いながらブラックホールがドアロックを解除した。
「ロングビーチじゃ、あんまり盗難車を長く持っていたくはないからな。このネオン、帰りには捨てるぞ」
「治安がイイのもやりづらいな」
コリーが笑った。
「よし…サム、一緒にきてくれ」
「…は?なんでだよ、シャドウ」
「忘れたか?お前はリーダーであると同時にハスラーの元締めだろうが」
そういうわけで俺も出て行くことになった。
コリーがアクセルを踏む。
他のみんなに見送られ、俺達三人はコンプトンへと向かったのだった。
…
車内ではラジオからオールディーズと呼ばれる昔の歌謡曲が流れていた。
「こんな曲聞いてたら、ギャングスタがみんなスーツ着てハット被ってた時代に逆戻りだぜ」
シャドウが助手席からラジオのチューニングを合わせる。
「おっ、これがいい」
オンボロスピーカーから聞こえてきたのはspice1のオールドスクールな曲だった。
車はそろそろコンプトンに差し掛かるといった所だ。
ハンドルを握るブラックホールが尋ねる。
「コンプトンのどの辺りだ?」
「南部だ。知ってるか?コンプトンってのはサウスセントラルやイーストL.A.みたいな他の治安の悪い街に比べりゃ分かりやすい所でよ。
大体だが、北と西にブラッズ、南と東にクリップスが多く固まってる」
「そうなのか?さすがに詳しいな、ドッグ」
俺が後ろから言った。
「考えてみろよ。
数の差は少しだが、コンプトンを境にしてイングルウッドやサウスセントラルにはブラッズ、ロングビーチにはクリップスが多いだろ?」
「あぁ、言われてみればそうかもしれないな」
シャドウの言葉がどこまで正しいかは分からないが、納得できる部分もあった。
「コンプトンに入るぜ」
ブラックホールが言った。
窓の外には『Welcome to Compton City』という横断幕が見える。
何か催し物でもあるので市が掲げたのだろうか。
「一般人から武器屋の情報は聞き出せないと思う。コンプトン・マフィア・クリップと接触しないといけないかもな」
「マジかよ…あんなO.G.達と話すなんて怖すぎるよ」
コリーが身震いをして見せた。
しばらくすると道が細く狭まった。
道の両側の壁はタグだらけだ。
「ほら、噂をすれば何とやらだぜ」
シャドウが言ったので俺とブラックホールは慌てて辺りを見渡した。
青系統の服装をした奴を探す。人は多少いたが、一般人しかいない。
「シャドウ…ビビらせるなよ」
「ん?いるじゃねぇか?サム、マフィア・クリップのチームカラーはブラウンだぜ」
よく見ると確かに茶色い服装の奴等が歩いていた。
左腰にはブラウンのペイズリー柄のバンダナ。
「気をつけろよ。マフィア・クリップは武闘派のセットだ」
シャドウが囁くように言う。
幸い、奴等はオンボロネオンの事など気にもとめていないようだった。
「だがよ…奴等に情報を聞けても、すきをついて仕入れるなんてできるのか?」
俺がきいた。
ネオンはゆっくりと道を走っていく。
「直接場所をきくわけじゃないさ。それとなく武器を流している人間の情報を探っていく。だからこれからも何回かここへ通うことになるな」
当然の事だが、俺達はギャングスタファッションに身を包んではいない。
奴等との接触は不可能ではないはずだ。
「だがまずは一般人からギャングスタの誰かを紹介してもらうのが自然だよな」
ブラックホールがなかなかイイ意見を出した。
俺もシャドウも「そうだな」と返事した。
「じゃあまずは人が集まりそうな場所へ向かおう。バーやクラブを探すぞ」
俺がタバコに火をつけて言った。
「よし、それじゃあこのマフィア・クリップの居住区からは少し離れよう。大通りにありそうだろ?」
ブラックホールがハンドルを回して方向転換した。
その時。
「止まりなさい!」
拡声器から俺達へ男の声が放たれた。
後ろから回転灯が近付く…
「チッ…やべぇぞ…」
コリーが舌打ちした。
もちろん無免許なのでまずい。
ここは方向転換禁止道路だったのだ。
「マジかよ!こりゃGライド(盗難車)だぜ!?」
シャドウが後ろのパトカーを振り返りながら慌てている。
俺は腰からグロックを抜いて身構えた。
「止まれ!」
パトカーが俺達の前にかぶせてきて、無理矢理停車させられた。
警官が二人降りてくる。
「やべぇぞ、B。どうする?」
ブラックホールが俺にきいてきた。
「殺るしかないか…」
「冗談だろ、サム!グロックをしまえ!ここで問題起こしたらクリップスにも睨まれるし、武器調達なんざ夢のまた夢になるぞ!」
助手席のシャドウが声を殺して叫んだ。
「捕まるのもマズいと思うけどな…」
そう言いながらも、素直に俺はグロックを運転席のイスの下に後ろから滑り込ませた。
「両手を上げて車の外に出ろ!」
外から怒鳴り声が聞こえる。
グロックを隠した直後に警官二人が俺達の車に到着したのだった。
車から出ると、俺達三人は後ろ向きにされてボンネットやドアに叩きつけられた。
すぐさまボディチェックが始まる。確かに銃を隠して正解だったようだ。
俺は、どう転んでも無免許で運転していたブラックホールだけは言い逃れはできないだろうと確信した。
「お前達、なんですぐに止まらなかった…ん?」
ボディチェックを終え、俺を掴んで振り返らせた警官が言葉に詰まった。
これは何の冗談だろうか。
目の前にいた警官の一人はカールだったのだ。
そう。俺がショーンの家で捕まった時に世話になった黒人警官だ。
ここはコンプトン。確かに奴が巡回していてもおかしくはない。
「サム!」
「カール…」
もう一人の白人警官が「知り合いか?」とつぶやいている。
カールはソイツに対してパトカーに戻って待機するように指示を出した。
…
「さて…サム。また会えて嬉しいよ」
「あぁ俺もだ」
シャドウとコリーは黙って突っ立ったまま俺を見ている。
俺にすべてを託している、といったところか。
「ところで、俺には方向転換禁止区域でお前達の車が曲がったように見えたんだが…サム、お前はどう思う?」
カールはそう言いながらウインクした。
俺はその意味を理解した。
「いや…見間違いだろ?」
「何!?それはすまなかったな!」
わざと大声でカールが叫ぶ。
そして俺の肩を叩き、「気をつけて帰れよ」と言うと、パトカーに戻って乗り込む。
「すまん!見間違いだったみたいだ!」
車内で相棒に話すカールの声は俺達にまで聞こえてきた。
俺達はパトカーを見送りながらそのまま突っ立っていた。
「これは夢か?」
ブラックホールがぼそりと言った。
「嘘みたいな話だが、何とか助かったな…」
「嘘みたい!?サム!こりゃ偶然なんかじゃないよ!
だってよ!俺はもうダメだと思った!
それが…俺達を停めた警官はBの知り合いで…しかも俺達を見逃してくれて!」
俺の返事に奴は興奮して叫んだ。
シャドウもあまりの偶然に『信じられない』という顔をしている。
「まったく…映画みたいな話だぜ。まさかカールとこんな形で再会するとはな」
「何で逃がしてくれたんだ?」
これはシャドウだ。
「そうだな…奴は、全部分かってたんだと思う。俺達がギャングだって事は当然知ってるし、地元を追い出された事も分かってたんだろうな」
「じゃあGライドや無免許も…?」
「あぁ、分かってただろうな。何でそこまで友好的なのかは知らねぇ」
そして俺は、捕まっていた時のカールとのやり取りを二人に話して聞かせた。
…
「そりゃ大した警官だぜ」
話し終わると、まずシャドウがそう言った。
すぐにコリーも感心したように言う。
「あぁ…見逃す事がイイ事だとは言えないけど、少なくとも俺達の生き様に理解があるな」
「だろ?アイツは俺が捕まってた間もよく世話してくれた。おかげで不当な扱いを受ける事も無かった。
他の警官は俺達の事をクズとしか見てないだろうけどな」
「そんな警官がいるのか…俺がいた所とは大違いだよ」
ブラックホールが羨ましそうに話す。
奴は刑務所の中での生活を詳しく話す事は無かったが、嫌な事も多かったのだろうと俺は思った。
「さて、そろそろ行こうぜ。バーやクラブを探さないと」
シャドウが助手席に乗り込んだので、俺とコリーも中に戻った。
車を再び出す。
すぐに大通りらしき広い道路に出た。
しばらく道にそって走る。
「あそこはどうだ?少しは人もいるみたいだな」
俺が指差すとブラックホールが車を停めた。
どうやらちょっとした酒場のようだ。
「入ってみるか」
俺達は車を降りた。
「いらっしゃい」
無愛想な顔でマスターらしきおっさんが声を掛けてきた。
店内はなかなか繁盛しているようで、狭いくたびれた部屋の中の半数以上の席が埋まっていた。
客は全部で二十人くらいだろう。
さすがにコンプトンだけあって客は黒人だけだ。
コンプトンは元々奴隷として連れてこられた黒人労働者達が無理矢理押し込められた街。
カリフォルニアの他の地区がメキシカンの人口比率が高い事に対して、コンプトンだけは圧倒的に黒人の住民が多い。
そんな暗い過去を持つ街だから治安が西海岸いち悪い事も頷ける。
「あのテーブルはどうだ?」
俺が指差した席にみんな座った。
四人用の丸テーブルだ。
他の大勢の客は俺達を気にしている様子もない。
「ビールを三本くれ!」
シャドウが叫ぶとすぐに瓶が運ばれてきた。
「コンプトンの夜に!」
三人で乾杯をしていると、店内のラジオから古いブルースが流れてきた。
「さて、情報収集開始だ。まずはマスターと仲良くなっておくかな」
そう言ってシャドウが一人、ビール瓶を持ちカウンターへと移動した。
シャドウがマスターと話している間、俺とコリーはテーブルから動く事もなく二人で談笑していた。
「あのタウンカー、なかなかイイよな」
「あぁ、売女の送迎用のか?」
ブラックホールと話すと、最終的に必ず話題は車か、スポーツの事になる。
この日も例外では無かった。
「イカしたローライダーにできそうだ」
「あれはダメだ。遊ぶ為に買った車じゃないからな」
俺の言葉にコリーが驚いた。
「買った!?冗談だろ!てっきり盗んだのかと…」
「ちゃんとあの車だけは買ったんだぜ」
「もったいない…あのくらいすぐに盗めるだろう」
そう言いながらビールを飲み、瓶が空になったので俺達は新しく注文した。
「治安のイイのもやりづらいって言ったのはお前だろ、コリー?」
「はは、間違いない」
ビールが運ばれてくる。
それと同時に新しい客が二人店内に入ってきて俺達のテーブルに座った。
シャドウがカウンターにいるのでちょうど二つ席が開いていたからだ。
静まり返る店内。
茶色い服装、左腰にバンダナ。
俺達のテーブルに座ったのは、なんとコンプトン・マフィア・クリップの奴等だった。
どうしてこんな大通りの酒場にマフィア・クリップが?とみんなひそひそ話を始める。
奴等は特に騒いだり暴れたりする事もなく、ビールを注文して飲み始めた。
俺とコリーは少し警戒しながらもNBAやMLBの話をした。
シャドウもこちらを気にしてはいたが、マスターと話し込んでいる。
「今年のドジャースはひと味違うぜ。リーグ優勝も間違いないかもな」
「マジか?俺は最近試合を見てないから分からないな」
「おいおい、サム!もっと地元のチームを応援しろよ!たまにはみんなでドジャースタジアムに観戦しにいこうぜ!」
ブラックホールはイイ具合に酒が回ってきたらしく、少し声が大きくなっている。
「よう。俺もそう思うぜ、メン。今年のドジャースは強い」
突然、クリップスの一人が会話に入ってきた。
上下茶色いスウェットに身を包んだ大柄な男だ。
頭はツルツルのスキンヘッドで口髭をたっぷり蓄えている。目は大きめのロークで見えなかった。
もう一人は黒いベースボールキャップを被り、その下からパーマがかかった黒髪が見える細身の男だ。
どうやら同じテーブルなので俺達の会話が聞こえていたようだ。
「お前イイ体つきしてるなぁ、ベースボールをやってたのか?」
大柄な男がブラックホールを見て言った。
まさか刑務所上がりで牢の中で鍛えてたとは言えない。
「あぁ。ベースボールだけじゃない。バスケも好きだしアメフトも好きだよ」
「そうか!実は俺もハイスクールの頃までベースボールをやってたんだ!学校はやめちまったけどな」
コリーの答えにその男は嬉しそうな顔をした。
俺は思い切ってきいてみた。
「それでギャングスタに?」
「ん?あぁ。やりたくてやってるわけじゃない。家や、周りの環境が俺をそうさせた。
俺だってわがまま言わせてもらえばメジャーリーガーになりたかったよ」
同じだ…
そう思った。
ギャングスタはなりたくてなるものではない。
なるしか無かったのだ。
俺達も。
「おい、デリック!初めて会った奴等に情けない話をするんじゃねぇよ」
初めてパーマをかけた男が口を開いた。
大柄な男の名前は『デリック』か。
「うるせーな。俺が話したくて話してるんだからよ!」
デリックはドンとビール瓶を机に置いた。
「チッ…いつもこれだ」
もう一人の男がつまらなそうに言った。
そのままビールをあおりウィスキーを注文している。
「ところで、どうしてこんな所まで酒を飲みに?マフィア・クリップの居住区は離れてるじゃねぇか?」
俺がデリックの方を向いて言った。
「別に理由はないぜ。俺達だって大通りに出てきたってイイだろうが」
「それもそうだな。デリック…でよかったか?」
「そうだ。こっちは相棒のスパイダーだ」
デリックが言うとパーマの男がフンと鼻を鳴らした。
「俺はコリーだ。そしてサム」
ブラックホールが名乗った。
まぁ、名前を教えたところで特に危険はないだろう。
シャドウが奴等は武闘派だと言っていたので警戒していたが、話してみればなかなかイイ人間だ。
…
「会えてよかった。じゃあな、メン。
…おい!オヤジ!金は置いていくぞ!」
デリックが立ち上がり、俺とコリーに握手をすると店を出て行った。
スパイダーもそれに続く。
「…ふぅ…内心ビビったよ…」
「そうか?普通に会話できたじゃねぇか?」
俺はコリーの肩を叩いた。
すぐにシャドウが駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「あぁ。いきなり情報を得るのはやっぱり無理だった。だが…顔見知りにはなれたかもな」
「そうか…まぁよしとするか」
奴は椅子に腰を下ろした。
「で、そっちはどうだった?」
ブラックホールがシャドウに質問した。
「いや、マスターもそんなに大した事は知らないようだった。ここの常連達にも危ない連中はほとんどいないらしい」
シャドウはタバコに火をつけて深く息を吸って吐いた。
青い煙が広がる。
「やっぱり武器に辿り着くには何度か足を運ばないといけないようだぜ、サム」
「そうだな。それじゃそろそろ引き上げようぜ」
俺達は立ち上がり、代金を払って外に出た。
すると…
「ん?」
「あ?」
「あらら…」
俺達は立ち尽くした。
…ネオンがない。
帰るに帰れないじゃないか。
「あ~あ…カギくらいかけろよ…ブラックホール」
「あはは!やられたなぁ!」
落ち込むシャドウと大爆笑するコリー。
そう。
さっきの二人組が乗って帰ってしまったのだった。
…
俺達はそれからも何度かコンプトンへと足を運ぶ内に偶然デリックに会ったり、スパイダーに会ったりした。
ネオンの事は別にどうだと言うこともないので気にしなかった。
そして、いつしかコンプトン・マフィア・クリップの他の連中とも顔見知りになっていった。
初めてクリップスサイドの人間と友好関係を結んだわけだ。
当然、俺達はブラッズである事を伏せていた。
だがいつか必ず正体がバレる日がくる。
その前に武器屋へと続く道を奴等から聞き出したい。
このままコンプトン・マフィア・クリップと仲良くしているつもりは無かった。
奴等には恨みもないし、やり合うつもりはないが利用だけはさせてもらう。
…
俺達は青い街、ロングビーチを拠点にし、血で汚れた金を稼いだ。
すべては地元へ戻る為。
誇りを取り戻す為。
多くの仲間の命を無駄にしない為。
俺達の街を奪いとったギャングスタクリップの奴等の赤い血で、俺達の地元を再びブラッズの街へと染め上げる為。




