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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
29/61

motherfucker

この世の中では『あの時こうしていれば』なんてリセットはきかない。

クソったれな世界だ。

俺がロブに直接「A.B.Zにはすべてばれているようだ。B.K.Bが危ない」という嘘の情報を伝えると、T.R.Gのギャング達はすべてを信じてA.B.Zに突っ込んで行った。

その後、一週間ほどした頃には抗争は予想通り全面的なものにまで発展し、両者ともにかなりの数の負傷者を出していた。

このままいけばさらに死者が出るのも、もはや時間の問題だろう。

 

「これでよかったのか…」

 

俺は一人アジトの外に出て、タウンカーのボンネットの上に寝転がって考えこんでいた。

 

「よかったんじゃないか?お前は間違ってないと思うぜ」

 

「ん?」

 

気付くとタウンカーの前に赤のキャルトップを着たマークが立っていた。

 

「サム。タバコ…あるか?」

 

俺が胸ポケットから一本取り出して渡すと、マークはタウンカーのルーフによじ登って寝転がった。

車体が大きく揺れる。

 

「おいおい、大事な売女どもの送迎車だぜ。へこますなよ、ニガー?」

 

「お前だってボンネットに乗ってるじゃねぇか」

 

ガハハとマークが豪快に笑った。


T.R.GとA.B.Zの抗争を尻目にB.K.Bは順調に商売を進め、ヤクや売春での顧客を確実に増やしていった。

俺はやはり悩んでいたが、他のホーミー達はそれほど気にしている様子もなく、みんなの仕事に支障が出る事はないので金は上手い具合に溜まった。

 

「溜まった金はどう使って行くのがイイ?」

 

上からマークが俺に話し掛けている。

 

「武器にするか、あるいはヤクを多めに仕入れるか…だがあのメキシカンがどれほどまで売ってくれるのかは分からないな」

 

「なるほどな。サム、地元に戻る準備…金がこの調子でたまれば取り掛かれるんじゃないか?」

 

マークがタウンカーから降りて地面に立った。

 

「そうなりゃ、武器に弾薬、強い車が何台か必要になってくるな。人数も地元じゃない土地じゃあどうやって集めていけばイイのかも分からない。まだまだ道は遠いぜ、ニガー」

 

「ギャングスタクリップは手強いからな!完璧な作戦も必要だぜ。ガイがいてくれりゃぁな…」

 

俺も車から降りると、二人でアジトの中へと戻った。


「バカヤロウ!!」

 

アジトに入ると凄まじい怒号が聞こえてきた。

声からしてジャックのものだ。

ただごとでは無い様子だ。

 

「どうした?」

 

俺とマークが部屋の一つに入ると、ジャック、クリック、そしてライダーがいた。

他のみんなは出掛けているようだ。

 

「クリック!?おい、ジャック!てめぇがやったのか!」

 

マークがジャックに掴みかかる。

クリックが車椅子ごと倒されて横向きになっていたのだ。顔は大きく腫れ上がっている。

 

「うるせーぞ、マーク!どけ!このバカはブッ殺してやる!」

 

「二人ともやめろ!ライダー、何があったんだ?」

 

俺はジャックとマークの間に入って、二人を引き剥がした。

 

ライダーは、答える前にクリックを起こしてやった。

 

すると、なぜか奴は起こされた礼も言わずに車椅子でそそくさと出て行ってしまった。

 

「それを見ろ」

 

テーブルを指差すライダー。

マークがそちらを見る。

 

「クソ!マジかよ!」

 

マークはテーブルをドンと叩いた。

コカインの袋と、使用済みの器具が置いてあったのだ。



…………………

 

「イイか?よく聞け、サム。俺達が取り扱うブツの中でも、特に注意しなければいけないのは『ドラッグ』と『コカイン』だ」

 

「ドラッグは分かるが、何でコカインが危険なんだ、ウィザード?」

 

「コカ・コーラの話は知ってるか?

コカインが違法になる前、コカ・コーラの中にはコカインが入ってたんだぜ。そんで中毒性を引き起こしてみんな狂ったようにコーラを求めた。

そしてコカ・コーラは世界一売れるドリンクになった…

まぁ今は違法だから、コーラにはコカインの代わりにカフェインが入ってるんだがな」

 

「はぁ?」

 

「…真面目な話はここからだ。

コカインは身体に及ぶ害はドラッグほどじゃねぇ。だが中毒性はドラッグの倍以上だ。

さらに効力は強くて、幻覚や幻聴がドラッグどころじゃねぇ。しかも覚醒時間が極端に短くて長持ちしない。

それですぐ使っちまう。最後には抜け出せなくなる」

 

「なるほど…分かった、みんなにも伝えよう」

 

…………………

 

この時、俺の頭にはウィザードの言葉がよぎっていた。


「本当にクリックが?」

 

とりあえずその場に居合わせた四人は椅子に座った。

 

「あぁ。間違いないぜ、サム」

 

ジャックがイラついたように答えてくれた。

マークがヤクの袋を手に取る。

 

「クソ!クロニック以外は絶対に手を出さない決まりだってのによ!」

 

「まぁ待て、ニガー。アイツだって好奇心でやったんだろ。中毒にはなりゃしねぇさ」

 

「あめぇぞ、サム。こりゃデカイ問題だぜ。T.R.Gの事ばっかり気にしてる場合じゃねぇぞ」

 

ジャックが近くにあったコーラを飲んで言った。

 

「なんだと?」

 

ガタンと音を立てて俺は立ち上がった。

マークとライダーがすかさず俺を座らせる。

 

ジャックはハッと鼻で笑って両手を広げた。

 

「奴を甘やかしても意味がねぇ。ルールを破れば罰をうけるのは当然だぜ?」

 

「よう、ホーミー。今は奴への罰をどうするかよりも、クリックが外でバカな事しない内に探して、アジトに連れ戻すのがイイんじゃないか?

奴は仲間内で唯一…『銃を持ってる』」

 

ライダーが言うと、俺達四人は同時に腰を上げた。


スクーターとバンは誰かが使っているようだったので、ライダーはブサで、俺とマークとジャックはタウンカーでクリックを探しに出た。

 

「ライダー!奴を見つけたらアジトに連れて帰ってきてくれ!無理なようならすぐに俺達に知らせるんだ!」

 

「了解、B」

 

ウォン!

 

ライダーが一足先に去っていった。

マークがタウンカーのエンジンをかける。静かに始動し、スピーカーからはN.W.Aが流れ始めた。

 

「マーク。道が悪い場所にクリックは行けない。キレイに舗装されて段差のない場所にいるはずだ」

 

「そうだな。車椅子には限界がある。ジャック!お前は心当たりはないか?」

 

「あん?そうだな…車椅子で遠くに行きてぇなら下るのが楽だ。ビーチ辺りならほとんど直線だから車椅子をこがねぇでも行ける」

 

なるほど。ジャックの意見はあながち間違っていない。

 

「どうする、サム?」

 

「ジャックの言う通りだ。ビーチを探そう」

 

タウンカーはアジトを離れてビーチへと向かった。


一時間ほどビーチの周辺をウロウロとしていると、ライダーのブサが合流した。

どうやらクリックを見つける事ができなかったらしい。

 

「どうだ!?」

 

ライダーが走行しながら助手席の俺に話し掛けてくる。

 

「こっちもまだ見つけてない!」

 

「そうか!」

 

風の音が邪魔をするのでお互いに大声だ。

するとマークがふいに叫んだ。

 

「おい!いやがった!あそこだ!」

 

クリックはゆっくりと車椅子をこいで海岸沿いの道を通っていた。

ライダーがすかさず先行して奴の行く手をはばむ。

 

タウンカーはクリックの後ろについて停車した。

俺達が飛び出す。

 

「クリック!」

 

「…」

 

「とにかく乗れ。話は後だ」

 

俺の言葉にクリックは素直に従った。

後部座席にジャックとマークが奴を押し込む間、奴はずっと無言だった。

 

日が暮れると同時にアジトに到着した。

中には他の全員がいた。当然何も知らないはずだが部屋の空気はすでに重い。

テーブルの上の状況を見てシャドウあたりが感づき、みんなに話したのかもしれない。

 

「やったのはクリックか?」

 

やはりシャドウの口からその言葉が出て、クリックを連れてきた俺達に全員の視線が集まった。


「そうだ」

 

俺が静かに答えた。

みんなから落胆の声が上がる。

ライダーがクリックを部屋の中心のテーブルの辺りに押して歩いた。

全員で輪になってクリックを囲む形となったわけだ。

 

「クリック。自分がやった事の重大さは分かるな?」

 

「…」

 

俺が聞いたが、奴は返事をしなかった。

 

「なんとか言ったらどうだ?」

 

「…」

 

次にマークが言ったがやはり反応しない。

チッと短く舌打ちをしてマークは椅子にドカッと座った。

その後、一分か二分ほどの長い沈黙があった。 

 

「俺は…」

 

クリックが口を開いて、聞き取れないほどのか細い声を出す。

 

「俺は…クソったれだ…」

 

ボタボタと奴の目から涙があふれ始めた。

みんなは次の言葉を待ったが、それからクリックが発するのは嗚咽だけだった。

 

 

しばらくして俺は「クリックと二人にしてくれ」と仲間に告げた。

ぞろぞろとアジトからホーミー達が出ていき、部屋の真ん中には俺とクリックの二人きりになった。


クリックの近くに椅子を移動し、俺は奴とまっすぐ向き合うように座った。

 

涙も乾いて、少し落ち着いてきたようなので話し掛ける。

 

「クリック」

 

「…」

 

俺は大きく息を吐いた。

 

「クリック!!」

 

「聞こえてる…」

 

「じゃあ返事くらいしろ」

 

俺はテーブルの上のコカインを手にとった。

 

「クリック。どうしてコイツに手を出したんだ?」

 

少し間があったが、クリックはすぐに話し始めた。

 

「すまねぇ…」

 

またしばらく間があった。

 

「俺は…。俺は…自分の足で歩けなくなった。もう二度と歩けないんだ」

 

「そうだな。みんな知ってる」

 

「みんなは『気にするな』って言ってくれる。そりゃもちろん嬉しい。

でも…本人にとっちゃ、みんなの気遣いが逆に心苦しかったんだぜ」

 

なるほど。俺達のクリックを思っての対応が、逆に奴を苦しめていたのだ。

 

仲間の優しさに苦しめられ、一人ですべてを背負い込んだ。

そしてついに気持ちが耐えられなくなってコカインに手を出したのだろう。


「理由はどうあれ、お前はルールを破ったんだ。

みんなの信用を完全に無くす前に、自分から進んで行動を起こすべきだ。

何か…B.K.Bの為になるような事をな」

 

「…」

 

「お前を痛めつけたところで何もならないだろ?」

 

クリックがその言葉にカッと目を見開いた。

 

「俺が車椅子だからか!?そういう特別扱いが嫌なんだよ!」

 

「そんなつもりはない!みんなにも必要以上の特別扱いはしないように伝えておく」

 

「…」

 

俺はタバコに火をつけた。

 

クリックは昔のように陽気な性格に戻ったように見えたが、実は心の中では悩んでいたのだ。

ギャングスタクリップにやられた日から、ずっと。

 

タバコを一本渡すと、クリックは素直に受け取って火をつけた。

 

「サム…すまねぇ…」

 

「みんなにもきちんと謝るべきだ」

 

「分かったよ…」

 

タバコの火を消して俺は立ち上がった。

 

みんなをそろそろ中に入れてやらないと、ずっと外で待たせるのも悪い。

 

「じゃあ、みんなを入れるからな」

 

「あぁ」

 

「クリック。二度目はないぜ。次にまたヤクに手を出したら…

お前はもうB.K.Bじゃねぇ」

 

俺は扉を開けた。


 

部屋に仲間を引き入れた後、掴みかかろうとするジャックがみんなから止められた以外に、クリックを殴ろうという奴は誰一人としていなかった。

 

もちろん奴を許したわけではない。

特別扱いしたわけでも、甘やかしたわけでもない。

 

B.K.Bで初めての禁忌破りは、簡単に許されるはずが無かった。

 

「呆れたぜ」

 

ジャックが冷たく言った。

 

「まぁ…クリックを許せとは言わないが、しばらく様子を見る事にした。それでイイか、みんな?」

 

俺は両手を広げてみんなにきいた。

クリックは部屋の真ん中で押し黙っている。

 

ジャックがイライラと言った。

 

「様子を見るだと?」

 

「あぁ。誓いを破ったぶん、今まで以上にB.K.Bの仲間を想った態度を取る事を期待してな」

 

「次はねぇぞ!」

 

ガン!と扉を蹴って奴は出て行った。

 

「クリック。『お前はまだやれる』なんて優しい言葉はかけないぜ。次は殺すからな」

 

「クリック。ウィザードの意志を無駄にはするな。それだけだ」

 

マークとシャドウがそう言いながら二人して出ていくと、みんなは冷たい視線を送りながらポツポツと出ていき、最後に俺とクリック、ジミー、ライダーだけが残った。


「クリック、お前はバカだなー。わざわざみんなの反感かうような真似して」

 

ジミーはつまらなそうに言う。

ラジカセのスイッチを入れて体を揺らし始めた。流れてくるのはRun D.M.C.だ。

 

「俺はどうすりゃイイんだ…さらに追い込まれていく感じがするぜ~…」

 

「クロニックが手に入ってれば、こんな事にはならなかったのかもしれないな…」

 

ライダーがぼそりとつぶやいた。

確かにクロニックがあったら、クリックはヤクには手を出さなかったに違いない。

 

「どうにかルートを調べてみるか?」

 

俺は言った。

 

「サム、そりゃ特別扱いか…?」

 

「いや違うぜ、ニガー。お前以外にもハッパを吸いたいホーミーだっているんだからな。

少々のヤクと交換してでも、俺達にはハッパが必要なのかもしれない。

今回の事でそう思ったって事さ」

 

そんな中ジミーは一人、ノリノリでラップを歌っている。

本当にお気楽な奴だ。

 

「ハッパはみんなの為にも手に入れよう。だからヤクに手は出すなよ」

 

俺はそう言うとシャドウを探す為にアジトを出た。


 

俺とシャドウはアジトのそばの小川にいた。

ここはみんなの水を汲みにくる場所だ。

 

「それで?」

 

「あぁ。やっぱりクロニックを手に入れたいんだ」

 

「そりゃ、クリックのためか?」

 

シャドウは俺をじっと見つめている。

俺は地面に腰掛けてタバコに火をつけた。

 

「みんなの為だ」

 

「そうは見えないな」

 

シャドウも俺の横に腰掛けた。

 

「とにかくどうにかクロニックを仕入れないと」

 

「サム。方法が分からないなんてバカな事を言い出すんじゃないだろうな」

 

「なに?」

 

この時、俺には意味が分からなかった。

シャドウが呆れた顔になる。

 

「ヤクを手に入れた時はT.R.Gから情報を得たんだろうが。結局はそれがA.B.Zの物だっただけだ。

だったら次もT.R.Gの情報を盗むんだよ。

たとえ次はT.R.Gの物に手を出す結果になろうともな」

 

「うーん…」

 

「まぁ、お前にとっては苦しいだろうな、ニガー。

今は奴等は抗争中だからチャンスかもしれないぜ。アイツらを両方とも利用するんだよ」

 

シャドウの目は冷たかった。


だが結局その後、俺達がT.R.GやA.B.Zからクロニックを横取りすることはできなかった。

 

T.R.GはB.K.Bと必要以上の接触をしようとはしなかったし、A.B.Zと問題を起こせばギャングスタクリップに何らかの影響が出る危険性があった。

 

当然、クリックにとっては地獄だ。

それでも俺達はあきらめずに、クロニックを大量に仕入れる事ができる人物を探していた。

 

そんな中、もっとも恐れていた事態が起こった。

 

 

その日、クリックだけをアジトに残して俺達は仕事に出て、売春とヤクの二手に分かれて仕事をしていた。

 

俺、ジャック、ジミーはヤクをビーチで流し、ライダーとマークはタウンカーでビッチを送迎する。

残りのメンバーはシャドウが率い、ブサとスクーターを借りてクロニックの情報を探している。

 

この晩は、たまたま手持ちのヤクが無くなってしまいそうになったので、ジャックがシェビーバンでアジトへブツを取りに戻った。

 

だが一時間以上経っても戻ってこない。

車はジャックが乗って行ったので、仕方なく俺達はアジトへと歩いた。


アジトにはバンが停まっていた。エンジンもかかりっぱなしだ。

 

「なんだアイツ、もたもたしやがってー!」

 

ジミーが悪態をついている。

俺は嫌な予感がした。

アジトの扉を開けて中へ入る。

 

…!!

 

一度、見た事のある光景だった。

机の上には開いたコカインの袋と使用器具。

 

ただ前回と違ったのは、この場にはライダーもクリックもいない事。

 

 

そして…

 

 

二つの空薬莢が地面に落ちている事。

ジャックが辺りに血をまき散らしてうつぶせに倒れている事だ。

 

「ジャック!?」

 

ジミーが奴に駆け寄って体を仰向けに起こす。

 

俺はただ唖然と立ち尽くしていた。

 

「ジャック!ジャック!」

 

ジミーが揺さぶって何度も呼び掛ける。

だが反応は無かった。

 

十分ほどすると他のホーミーも全員帰ってきて騒ぎ始めた。

 

それでも、ジャックが動く事は無かった。

 

なぜなら…

 

心臓と頭を的確に一発ずつ撃ち抜かれていたからだ…



…………………

 

「俺は別にあの女の事は愛してねぇからな」

 

「おいおい、もっと大事にしてやれよ!」

 

「はは、俺にとっちゃライダーみてぇな奴の方が異常だぜ」

 

…………………

 

「ははは!バカヤロウが!」

 

「いてっ!ジャックはいつも叩く力が強いんだよ~!サム~助けてくれ~!」

 

「…。お前らいつも仲がいいなぁ」

 

…………………

 

「サム、おかげで目が覚めたぜ。俺は家族の為にB.K.Bを抜ける」

 

「何!?正気か、ジャック!?待て!

 

クソ!俺は間違ってるのか…なぁ、シャドウ…」

 

…………………

 

「地元に残してきた家族が心配なんだろ?」

 

「いや、自分の事ばっかに気をとられちゃいられねぇぜ、ライダー。今はB.K.B最大のピンチだ。地元を取り戻す事だけ考えりゃイイ」

 

「そうか…強いな。B、今の聞いたかよ?」

 

「あぁ。俺なんかよりよっぽどオリジナルギャングスタだな」

 

…………………

 

「止めるな!おい、てめぇヤクなんかに手ぇ出しやがって!ブッ殺してやる!」

 

「やめろ、ジャック!クリック…一体どうしたんだ…」

 

「…」

 

…………………


空が泣いていた。

 

次の朝、全員真っ赤なバンダナを持って、ジャックをみんなでアジトの裏に埋葬した。

 

クリックは…

見つかっていない。

 

「ジャック…うぅ…」

 

雨に濡れながら俺は号泣していた。

この土地の住民ではないので、正式な葬儀すらしてやる事ができなかった。

 

みんなはバンダナを穴に放り込み、そして土をかぶせてジャックを眠らせた。

 

墓標の代わりに真っ赤なバンダナをグルグル巻きにした大きな十字架を突き立てて、B.K.Bいちの乱暴者、さらにE.T.であり唯一の父である誇り高き仲間を見送った。

 

「クリックのヤロウ…もし撃ったんなら許さねぇ…」

 

マークが消えそうな声で言った。

 

裏切り。一番あってはならない行為。

 

だがその時の状況が分かっていないために、俺は全員にクリックを見つけても傷つけずに連れて帰ってくるように伝えていた。

奴からすべての真実を語ってもらう必要がある。

 

だから俺はそれまでクリックの事を悪く言う事を禁じた。奴が殺ったのかどうかも分からないのだから。

 

「R.I.P.…Jack」

 

そうつぶやき、俺の背中にその名前が刻まれる。


 

夜になり、みんなは部屋に入った。

まだ血の掃除もできていない。

 

「クリックが撃ったと見て間違いないぜ…あんなに上手く撃ち抜ける奴なんてそうはいない」

 

「よせ、ライダー。明日から奴を探しに出よう。もしかしたら誰か他の人間がジャックを撃ってクリックをさらったのかもしれないだろ」

 

俺はピシャリと制した。

最後まで信じてやるのが本当のホーミーだからだ。

まだ犯人を決め付けるには早い。

 

「そりゃ、お前がそう言うなら仕方ないけどよ…」

 

ライダーは隣りの部屋に消えていく。

 

しばらくすると、ホーミーの一人がボロ布を濡らして床や壁を泣きながら拭き始める。

一人、また一人と人数が増えていき、最終的には六人の仲間達が泣きながら掃除をしていた。

 

…この時、俺だって分かっていた。

 

そんなにバカじゃない。

 

信じてやるには、すべてが決定的すぎた。

 

みんなの考えている事と同じ思いがあった。

 

必死に自分の気持ちを否定した。

 

みんなにはそう言った。

 

だが。

 

『仲間を疑うな』なんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の心はそんなに澄んでなんかいないのに。



 

「はぁ…はぁ!」

 

「捕まえろ!マーク!そっちに行ったぞ!」

 

誰かの怒号。

 

一週間ほど経った頃だったと思う。

ライダーがT.R.Gのテリトリー付近でクリックを見つけたと言ってアジトに戻ってきたので、全員でその場所へ向かったのは。

 

「クソ!待て、クリック!」

 

奴はみんなから追い回されて全力で逃げていた。

 

ガシャアン!

 

大きな音をたてて壁にぶつかり、クリックは車椅子から投げ出された。

這いつくばって尚も逃げようとしていたのでジミーが押さえ込もうとした。

その時。

 

パァン!

 

銃声がしてジミーが後ろに吹っ飛ばされた。

 

みんな固まる。

 

…クリックが撃ちやがった。

 

「ぐっ…!」

 

ジミーは肩を押さえている。

急所に当たっていない…ということはクリックはジミーを殺す気ではないということだ。

 

奴は相手を殺すつもりなら絶対にこんな至近距離で外したりしない。

 

「来るなぁ~!!撃つぞ!!」

 

「てめぇぇ!!!何やってるのか分かってんのかマザーファッカーがぁぁぁ!!!」

 

マークが今まで聞いた事のないような凄まじい怒号を上げた。


クリックは壁を背にして全員から囲まれる形になった。

カタカタと震える手でグロックをこちらへと構えている。

 

ジミーの傷はホーミーがバンダナできつく結んで止血した。

大した事はない怪我のようで俺は少し安心した。

 

「その銃は仲間を撃つ為にお前にプレゼントしたんじゃねぇぞ!」

 

ライダーが一歩前に出て叫ぶ。

 

「うるせ~!来るな!ほっといてくれよ~!」

 

「みんな、クリックを挑発するな!俺に任せろ!」

 

俺の声でホーミー達は静まり返った。

 

「クリック…」

 

「なんだよ~!」

 

「とにかく銃をしまえ。仲間からもらった大事なもんだろ?むやみやたらと撃つんじゃねぇ」

 

クリックは迷っていたようだが、銃口を下に向けた。

だが手に持ったままで、腰には挿さなかった。

 

「よし、まぁいいだろう。タバコは?」

 

「いらない」

 

クリックが手をふったので俺は自分だけタバコをくわえて火をつけた。

 

「クリック。またコカインをやったな?」

 

「あぁやったよ~!だから俺はもう終わりさ~!」

 

クリックは笑いながらも涙を流していた。


みんなクリックに対して怒り狂っている。

だが掴み掛かりたい気持ちを抑えて俺と奴のやりとりを聞いてくれていた。

 

「ジャックは?殺ったのか?」

 

ビクッとクリックは反応した。

 

「『殺った』…?ジャックが死んだのか~!?」

 

「あぁ。じゃあ、言い方を変えよう。ジャックを撃ったか?」

 

「撃った…?分からない…記憶にない。気付いたら飛び出してたんだ~…」

 

クリックはうつむいた。

ヤクを使っていたクリックにキレて掴み掛かろうとしたジャックを、イカれたまま撃ち殺したと考えるのが自然なようだ。

 

「お…俺は…ジャックを撃ち殺したのか…俺は…ジャックを…撃ち殺したのか~!?」

 

まずい。混乱させてしまったようだ。

俺はクリックから銃を取り上げようとじりじりと接近した。

 

「来るなぁ~!!」

 

だが、クリックは素早く銃を俺に向けた。

みんなから怒号が上がる。

 

「俺が…仲間を殺した!?なんてことだ…」

 

…!!!

 

「クリック!よせ!」

 

奴は銃口を自らのこめかみにあてたのだ。

 

「クリック!やめろぉぉ!!!」

 

…パァン!



この世の中では『あの時こうしていれば』なんてリセットはきかない。

クソったれな世界だ。

 

すべてがスローモーションになる。

 

奴は壁づたいに横向きにゆっくり倒れた。

それを見つめる俺。

奴に駆け寄る仲間達。

近付いてくるサイレン。

少し離れて見ているT.R.G…

 

「急いでアジトへ!」

「おまわりが来るぞ!」

 

ホーミー達が叫んでいた。


 

…………………

 

「俺らB.K.B!かますぜ一発!バンギン・オン・ザ・ストリート!」

 

「おい、誰かこのヘタレラッパーをつまみ出してくれ!」

 

「確かにひでぇラップだな!」

 

…………………

 

「ふぁ~イイ気分だぜ~」

 

「くせぇ!こっちに煙を吐くなマザーファッカーが!」

 

「いてっ!まただよ~!サム~、ジャックがいじめる~」

 

…………………

 

「俺はラップで世界をつかむぜ~!」

 

「じゃあ俺のウォークもだな!一緒にやろうぜ!」

 

「ははは、何やってんだお前ら」

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は…ジャックを…撃ち殺したのか…」

 

…………………

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