"BUSA"
ブサ。
日本生まれの怪鳥。
翌朝のアジトの中、まずはどうやって生活していくかという話になった。
しばらくはライダーの金でメシだけは買えるが、その後いつまでも盗みを繰り返していては、すぐに捕まって終わりだろう。
「ビーチ付近での仕事はどうだ?」
シャドウが言った。
「売春だな?」
俺が答える。
昼間に女をスカウトし、夜に売る。
シャドウは頷いた。
「あとは…できればハッパやヤクを仕入れたいな」
ライダーが言う。
確かにそうなれば心強い。
「多分…女を売る時に、おそらくビーチにいるヤクの売人と揉める事になるはずだ、ホーミー」
シャドウが言う。
「じゃあ、ソイツらを痛めつけて出ドコを聞き出そうぜ!」
マークが吠えた。確かに悪くない。
「そうだな。じゃあ売り買いは表で俺とライダーがやるが、他のみんなはいつでも飛び出せるように近くに待機していてくれ」
俺が言った。
ポケベルも無いので近くにいなければすぐには駆け付けられないのだ。もはやウォーリアー、ハスラー関係なく全員が協力して一つの仕事を成す他ない。
早速、クリックとホーミーの一人をアジトに残して出発した。
バンをビーチに止める。
初日のスカウトの始まりだ。
俺とライダーが下りて女を探し、他のみんなは車で待機して俺達を見ている。
全員で分かれて探す手もあるが、万が一、ケンカになった場合はすぐに気付かないので、俺達二人だけでのピックアップだ。
しかしまだ時刻は朝方で、散歩している年寄りや通勤している人間しか見当たらない。
「売り」に興味を示しそうなビッチはいなかったのだ。
「ライダー。このままじゃどうしようもないぜ」
「うーん…やっぱ時間が早すぎたかな」
とにかく時間帯をずらす事にして俺達は再びアジトへと戻ることにした。
マークがバンを発進させる。
…
アジトに到着すると、クリックがいなかった。
留守番していたホーミーによると「散歩に行った」のだと言う。
「マジかよ?ホーミー、とめてくれればよかったのに…心配だぜ」
俺の言葉にホーミーがすまねぇ、と謝る。
「まぁ、すぐ帰ってくるだろ」
マークがそう言ったのもあり、みんなそこまで気にはしなかった。
俺達がアジトに帰ってきて一時間ほど経っただろうか。
昼間になったがクリックは帰ってこなかった。
「車椅子じゃあそんなに遠くまで行けないと思うがな」
シャドウが言った。
次第にみんなに不安が広がり始める。
「仕方ねぇな…探しに行くか?」
ジャックがイライラと立ち上がった時、アジトの扉が開いた。
「悪い悪い。みんなに心配かけちまったか~?」
クリックが涼しい顔で入ってきた。
みんな立ち上がる。
「なにやってたんだ、てめぇ!」
早速ジャックが屈んでクリックの低い胸ぐらを掴む。
「すまなかったな~。ちょっとそこまでだったんだけどよ~。車椅子が倒れちまって…立ち上がるのに苦労したぜ~」
言われてみればクリックの服は泥だらけだ。
後で洗ってやらないといけない。もちろん着替えはないので裸になってもらうしかないのだが。
それにしても、遠くまで行ったならばともかく、転んだだけで一時間以上も帰れないのだろうか。
だがその答えはこれからしばらく後、分かる事になる。
盗んできた食料で簡単な料理を作ってみんなで昼メシを食べた。
パンやクラッカーにスパムやチーズを乗せたような質素なものだ。
「あぁ…もっとたらふく食いてぇなぁ」
マークは当然不満なようだ。
食料、クロニック、酒といったようにみんなには少しずつ不満が出始めた。
「そう言うなよ、ドッグ。何をするにしろ金がかかる。だからこうしてみんな我慢してるんじゃねぇか」
「そうだな…お前なんか俺達の何倍も辛いだろうな。息子にも会えないしよ」
ジャックのまともな言葉にマークが返した。
確かに奴は俺達とは違って家庭を持っている。
妻子はジャックの実家住まいなので、親父さんがなんとか面倒見てくれてるはずだ。
しかし一人の男として、嫁と子に対して何もしてやれない現状にジャックは俺達以上に不満だろう。
ジャックのようにプライドの高い人間ならなおさらだ。
金が必要。だが目立った犯罪をおかせばすぐにお縄。
「クソみたいな町で暮らすのも大変だったが、治安がイイってのもやりづらいよな!」
ジミーがタバコをふかしながら言った。
夜になり、俺達は再びクリックとホーミーの一人を残してビーチへと向かった。
もちろん、クリックを一人にしないようにホーミーにこっそり頼む。
…
ビーチへ到着する。
「おーおー。朝とは違ってたくさん人がいやがる」
運転するマークが言った。
朝は年寄り、昼は観光客、夜は若者というところか。
やはりビーチは女を拾うちょっとしたスポットになっているようだ。
道には車がたくさん停まっている。
「行くぞ、サム」
ライダーがドアから出たので俺も続いた。
適当に道端で女に話し掛けて連絡先を聞く。
もちろんポケベルも電話も持っていないので、俺達からコンタクトしないといけないからだ。
本来ならば金になりそうな奴に声を掛けたいところだが、今は少しでも稼ぎが欲しいので品定めしている場合ではなかった。
…
十人ほどから連絡先を聞いたところで俺は背後から肩を叩かれた。
振り返ると、白人の男達が五人ほどいた。ロックな格好したイカツイ兄ちゃん達だ。バイカーだろうか。
「やっぱさすがに目立っちまったか?」
俺が笑った。
「よく分かってるじゃねぇか?ちょっと来い」
やっぱりここでは裏に行くのがルールらしい。
「ここは黒人が遊びに来てイイ場所じゃないんだぜ」
建物の裏についたところで白人の一人が俺とライダーに言った。金髪を逆立てた派手なヤロウだ。上下が皮の服で、ブーツを履いている。
他の奴等も同じような感じだった。
逆に言えばアイツらから見ても、俺達の服装は同じように見えるのだろうが。
「どうしてだ?」
「華やかな街には薄汚いヤロウは不要だって事だ」
ソイツはナイフを取り出してチラつかせた。
「別に俺達だって女に声を掛けてもイイだろ?なぁ、ホーミー」
「間違いないな」
ライダーは退屈そうに答えてくれた。
とりあえず早くピックアップの仕事に戻りたいようだ。
「じゃあ俺達に金を払え」
「はぁ?」
俺は呆れた。
ケンカだと思ったらただのカツアゲだったので呆れたのだ。
「はぁ?じゃねぇ!聞こえただろ!金を出しやがれ」
「それよりお前達、バイカーか?」
俺はとりあえず無視して質問をした。
「あぁ!?そうだが、だったらどうなんだよ!?それより金出せ!」
…
「じゃあ…お前らのバイク全部よこせ」
俺の言葉に一瞬時が止まったがライダーの目が輝いたのは確認できた。
「ふざけんな!お前バカか!?『やる』って言うとでも思ったのか!?」
ソイツは怒りで体を震わせた。他の仲間たちも今にも殴りかかってきそうだ。
「そのセリフそのままお前達に返してやる。俺達が金なんか払うわけねぇだろ。それより早くバイクよこせ。ハーレーだろ?高く売れるぜ」
俺が返した。
ライダーがビクッとする。
「サム!売るのかよ!?乗って遊ぼうぜ!?」
「おい、今は金が必要だから仕方ないだろ」
「でも一台くらい…
まあイイか。分かったよ…売るよ…」
ライダーは元気が無くなってしまった。
完璧に無視されて話を進められたのでついに奴等もブチ切れた。
白人達が言い放つ。
「痛い目見る前におとなしく渡すんだったな!」
「てめぇら!ブッ殺してやる!」
だが勢いづいたのもそのままに意気消沈した。
カラン。
ナイフは地面に落ちた。
「早くバイクをくれ」
俺はにっこり笑いかけた。
その後ろにはマークとシャドウを先頭に赤いバンダナで口を覆い、ずらりと並んだホーミー達。
「痛い目見る前に渡すんだったな」
俺の言葉でB.K.Bは、奴等に突っ込んだのだった。
「一万ドル?ふざけんなよおっさん。まだ高くなるだろうが?」
ライダーが言う。
俺達はバイク屋にいた。
バイクをいただいた後、速攻で売りに来てやったのだ。
結構繁盛してそうな立派な店で、従業員もたくさんいる。
奴等からもらったバイクは三台。
俺とライダーとシャドウが乗って運び、他の仲間はバンでついて来た。
古いショベルとパン、それから新型のファットの三台だった。
予想通りハーレー乗りだったのだ。どれもキレイに手入れされている。
あんまり俺達には興味のないチョッパーではあったが、高くなるとふんでいた。
そりゃライダーも怒る。
「そうは言われてもな…お前達、これ盗んだんだろ?買いたいのはヤマヤマだが…盗難車にそこまで金は出せないぜ。店の看板も落ちるしな」
「盗んでねぇ!詫びにもらったんだよ!盗難車ならもっと地味な個人経営の整備工場にでも流すだろ!
わざわざ目立つ店に持ってくるか!」
ライダーが叫ぶ。
当然奴は嘘をついてはいない。バイクは「もらった」のだ。盗んではいない。
店の親父もさすがに信じてくれたらしく、最終的には三万ドルで買い取ってくれた。
ついにある程度の生活費が俺達の手元に入ったわけだ。
三、四ヶ月は安心できる額だった。
「ハーレー三台で即、現金だぜ。まったく白人様々だよな!」
運転席のマークがガハハと笑った。
大金を抱えてアジトに戻ると、昼間と同じようにクリックの姿が無かった。
留守番していた一人のホーミーもいない。
あるのはライダーが少し前に盗んだボロバイクだけ。
「ん?二人して、どこに行ったんだ?」
シャドウが言う。
ホーミーがついているならクリックが少し外へ行こうと心配ないだろうが、A.B.Zの奴等と絡んでいるようなら危険だ。
「とりあえずちょっと探して来る。
みんなは近くで食料と寝具と、あとは服…それにビールやウィスキー、タバコ、チップスなんかも揃えておけるだけ揃えておいてくれ」
「お!久々にやるのか?」
マークが目を輝かせる。
「あぁ。騒げそうだな。とにかくクリック達を見つけたら帰って来るように言うからよ。それまでには頼むぜ」
俺はライダーのバイクに跨がった。
古いヨーロッパ製のミニスクーターだ。
「サム!俺も行くよ!」
ジミーが俺の後ろに飛び乗った。どうやら買い物係では退屈らしい。
仕方ない。連れていくか。
俺はアクセルを回した。
…
二人乗りしたスクーターで、まずはアジトの周りをぐるりと走ったが、クリック達は見つからなかった。
建物もほとんどないような場所なので、もしこの辺りにいればすぐに見つかるはずだ。
途中、他の仲間達がバンで買い物に出て行く姿が確認できた。
「B、T.R.Gのアジトの近くを探してみないか?クリックだっていくらなんでもA.B.Zに近付くとは思えないんだけどなー?」
「そうだな。そっちに行ってみるか」
俺はスクーターを方向転換した。
T.R.Gの居住区に入る。タグがちらほらと見え始めた。
「よう、B。どうかしたのか?」
たまたま外を歩いていたT.R.Gのメンバーの一人が俺を呼び止める。
坊主頭の男だ。
「よう、メン。実はウチのホーミー二人が行方不明なんだよ。
すぐ帰ってくるとは思うんだが…心配で探してたんだ。こっちには来てないか?」
俺はバイクを停めた。
ジミーが飛び降りる。
「B.K.Bのメンバーが二人?ちょっと分からねぇな。仲間にも聞いてみよう。こっちだ」
ソイツは親切に俺達を招いた。
知り合いが困った時はお互い様らしい。T.R.Gは本当に気のイイ奴等だ。
俺とジミーはT.R.Gのみんなが集まっている部屋に入った。
この間と同じ部屋だ。中には十人くらいのメンバーが集まって飲んでいる。
ロブの姿もあった。
「ん?B.K.B?」
「よう、メン。どうしたんだ?」
T.R.Gの奴等は早速俺達に話し掛けてきた。
ソファのスペースを開けてくれたので座る。
「ありがとう」
「よう、B。どうした?」
ロブがビールを飲みながら言った。
「ウチのホーミー二人がいなくなったんで、見掛けなかったかと思ってな」
俺が返す。
「あぁ…一人は車椅子に乗ってる奴だろ?」
「そうだ!見たのか、ロブ!?」
ジミーが立ち上がった。
「おう。二人して歩いてたぜ」
「どこに向かったか分かるか?」
「さぁな。だがほんのさっきだからな。そんなに遠くまでは行ってないと思う。探してるんなら早く行きな」
ありがとうと礼を告げると、俺とジミーは部屋を出た。
「遠くまでは行ってないなら、この辺りを探そうぜ」
俺達は再び出発する。
どうやらロブに話してよかったようだ。
クリック達を見つけるのには五分とかからなかった。
「おい!クリック!」
ジミーが俺の後ろから叫ぶ。
二人は裏通りを歩いていた。
「げ!見つかっちまったか~」
「なにやってたんだよ」
俺はスクーターを止めた。
「なにって…」
クリックが指差す。
奴は車椅子を自分でこいでいたが、もう一人のホーミーは一台のバイクを押していた。
「昼も、これをどうにか運ぼうとしてたんだよ。でも無理だったからホーミーの力を借りたんだ~」
言いながら二人はアジトへと歩く足を止めない。
俺とジミーもスクーターを押しながら一緒に歩いた。
「でも、なんでバイクなんだ?」
ジミーが聞いた。
「拳銃の礼だよ。ライダーにプレゼントしようと思って~」
「ライダーにはこのスクーターがあるじゃねぇか?」
俺が言うと、クリックは少しムッとしたようだった。
街灯のある明るい道に出る。
…!!
「サム、俺がセンスのないプレゼントをライダーに贈ると思ったか~?」
クリックがホーミーに押してもらっていたのはボロボロの『ブサ』…日本製のモンスターマシン『ハヤブサ』だったのだ。
…
アジトに到着した。
みんなはまだ買い物から帰ってきていないようだ。
スクーターとブサを外に停めて、中へと入る。
「ライダーは喜んでくれるかな~」
「当然だろ、ニガー」
三十分ほど経つと車の音がしたので、俺達四人は外へ出た。
「お?帰ってきたのか、クリック!」
まず車から下りてきたマークが言う。
「おぉぉ…!」
奴が気付いたらしい。
「何でこんなものがあるんだよ!!!」
ライダーはブサに飛び付いた。
クリックが近寄る。
「よう、ライダー。お前は銃をくれた…何か礼がしたくて~。
イカしたバイクを探してたら、コイツを見つけてよ~」
「お前か、ホーミー!?俺にくれるのか!?
マジでありがとう、クリック!ブサは俺にとっちゃ夢のまた夢みたいなバイクだぜ!よく持ってきたな!」
ライダーの言葉に、クリックは嬉しそうだ。
クリックもようやくここまで元気になってくれてよかった。
「サム。とりあえず生活用品はすべて揃えてきたぜ。もちろんビールもな」
シャドウが俺に言った。
「よし!それじゃぁみんなで祝杯をあげる事にしようぜ!B.K.Bのクソったれども!」
その晩。
アジトから笑いが絶える事は無かった。




