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B.K.B 4 life  作者: 石丸優一
25/61

Click

少しだけ見えた小さな光。

一人動けないクリックは何を思う。

「サム、とにかく…雨風をしのげる小屋を探そうぜ」

 

マークが言った。

みんなも頷く。

 

「そうだな。ボロボロでも何でもイイ。少しずつ手直しして住もう」

 

おう!と声が上がる。どうやらみんな昔のような元気を取り戻したようだ。

 

俺は嬉しくなった。どんな逆境にもコイツらとなら立ち向かえる。

 

 

車を再び出した。

 

「あそこはどうだ?」

 

しばらく走った所でシャドウが指差す。

 

小屋だ。

その周りには畑のような土地があるだけ。一番近い誰かの家までかなりの距離がある。

 

つまり、大きさは違うがショーンの家のような場所だ。

農具や農業用機械を置いていたのだろう。

 

十一人くらいなら入れる。

 

「小さいな…でも贅沢は言ってられないか」

 

ライダーが言った。

 

「よし、降りて中を調べてみよう」

 

俺の声でみんなは車を降りた。

クリックはジャックが押している。

 

「ん?そこまで狭苦しくもないな。俺達の最初のアジトくらいか」

 

マークが言った。

 

中は二部屋だ。

今は使われていないらしく何にもない。

ただガレージが無いというだけで、本当に最初の俺達のアジトくらいの大きさだった。


窓は一つもない。トイレもシャワールームも当然ない。

電気も。

一通り部屋をみたが、何もない。壁や屋根はすべてコンクリートで出来ていて冷たい部屋だ。

 

ジャックが言った。

 

「さて…どうするんだ?」

 

「手分けして必要な物を集めようぜ、ホーミー!」

 

ジミーがはしゃいでいる。

 

「そうしよう。まずは窓も電気もないから、夜までにロウソクを。次にテーブルやイスの変わりになる物。それからベッドだが…狭いからハンモックがいいだろうな」

 

俺がみんなに指示をだし、早速みんなは出て行った。

 

「サム」

 

シャドウが話し掛けてきた。

小屋には俺とクリックとシャドウだけだ。

 

「水や食料は?どうする?」

 

「水は近くの川で汲もう。空のボトルが必要だな。

食料は…今のところ盗むしかないな…また昔に逆戻りだ」

 

俺は力なく笑う。

シャドウはとにかくボトル探しと水を汲みに行った。

 

「よぉ、俺にも何かできないか~?」

 

クリックが言った。

何かせずにはいられないらしい。

 

「そうだな…よし、クリック。二人でこの小屋をタグだらけにしてやるか!」

 

俺が言うと、クリックは親指を立てて笑った。


 

車内から、俺達はわずかな荷物の中に残っていた赤いスプレー缶を探し出して手にした。

外の壁にB.K.B 4 lifeの文字を書いていく。

クリックは自分で車椅子をゆっくりと動かしながら書いている。

 

「よし、もっと書こう~」

 

奴はそれだけでは飽きたらず、絵を描き始めた。

bのハンドサインを描いたイラストや拳銃、ドクロを描いている。

 

「ん?そりゃなんだ?」

 

俺は書くのをやめてその様子を見ていたのだが、クリックが見慣れないハンドサインを描いているのに気がついた。

 

「ん~?B.K.Bのハンドサインだぜ。俺が今考えた~」

 

二つの手が描かれていて、それぞれ「b.k」と「b」を表しているらしい。

 

一つは左手の親指と人差し指をあわせたbのサイン。

 

もう一つは右手でbを作ったまま小指、薬指、中指を開いてkを表し、つまりb.kと読む。それを右手から左手に読み「B.K.B」。なかなかキマったハンドサインだ。

 

「イイなそれ」

 

「この右手はクリップスが使うハンドサインだけどな~!それにbを加える事で打ち消すんだよ~」

 

クリックは自慢げに説明してくれた。


ようやくクリックも書き終える。

俺は離れて座っていたので、そこまで車椅子でやって来た。

 

「よう。自分で車椅子、動かせるか?」

 

「あぁ。まだまだ速くは無理だけど…これから生活していくうちになんとかなるさ~」

 

「そうだな。ほら、これやるよ」

 

俺は一本だけ持っていたクロニックをクリックに手渡した。

 

「お!?ありがとう~!でもイイのかよ~?次はいつ手に入るか分からないだろ?」

 

クリックは美味そうに香りを嗅いでいる。

 

「そうだな…じゃあ一緒に吸うか?二回で交代だ」

 

「はいよ~」

 

クリックは火をつけて大きく息を吸い込んだ。

しばらく息を止めてゆっくり吐き出す。

そしてもう一度。

 

「ごほっ!ごほっ…ふぁ~…ほらサム~、交代だ~」

 

咳き込みながら俺にジョイントを渡す。

 

「おう」

 

俺も一口クロニックを吸う。

しかしすぐにクリックに返した。

 

「あとはやるよ」

 

「マジか~?何でだよ~」

 

「あんまり俺は吸わないからな。持ってるのはそれが最後の一本だ。大事に吸えよ」

 

クリックは言われた通り、大事に大事に味わうように楽しんだのだった。


 

ちらほらと仲間が戻り始めて、夕暮れには全員集まった。

 

「おぉ!なんだこりゃ!」

 

最後に戻ってきたライダーが小屋を見て言う。

それよりも俺達はライダーを見て逆に驚いた。

 

「おいおいニガー!お前こそどうしたんだよ、それ!」

 

マークが叫んだ。

 

 

ライダーは…何と早速バイクを盗んできていたのだ。

 

「これか?いいだろ?拾ったんだよ」

 

「お前!みんなはアジトに使える物を探してたのに自分の物を見つけてきたのかよ!」

 

ジャックがすぐに言った。

少し苛立っているようだ。

 

「そんなわけないだろ!ほら、みろよ」

 

ライダーはズボンから紙袋を取り出した。

 

「なんだよ、それ」

 

俺が言う。

 

ライダーが紙袋を逆さにすると、中から財布がいくつか出てきた。

 

どうやら、道行く人から財布を奪ってきたらしい。バイクは逃走の為にも使ったようだ。

 

「ホーミー達の事を考えないわけないだろ」

 

ライダーが言う。

ジャックも納得したようだ。

 

手ぶらの奴等もいたが、とりあえず他にみんなが集めた物を確認することにした。


マークは椅子の代わりになるようなビールケースや木箱を持って来ている。

 

シャドウはいくつかのボトルと、その中に水。

 

ジャックと数人は協力してボロボロのテーブルとロウソク。

 

ジミーは手ぶらに見えたが、なんだかよくわからない機械のガラクタを持っている。

 

「おい、ジミー。なんだそれ?」

 

シャドウが聞いた。

 

「何か使える物があるかと思ったんだけど…今日は不作だな」

 

ジミーが何を考えているのかは分からないが、ふざけている様子は無いので誰もそれ以上は何も言わなかった。

 

「よし、中に運ぼうか」

 

俺達は部屋の中にテーブルや椅子を置き、ロウソクとボトルをその上に乗せた。

 

「あとは…寝具だな。見つかるまでは床か車で寝るしかないぜ」

 

俺が言った。

 

「そんじゃあとりあえずライダーの金でハンモックと毛布と…食い物を買えるだけ買うか。

寝具はまだ全員分は無理だとは思うが」

 

マークの言葉で、俺とライダーとマークの三人は車で買い物へ行くことになった。

他のホーミー達はアジトの近くで他に使えそうな物を探してくれる。


 

道があまり分からない中、適当に車を走らせる。

すると大きなショッピングモールがあったので、そこへと車を突っ込む。

 

「さーて、まずはハンモックと毛布だな。

俺が手に入れた金は二百ドルくらいだからそれ以内で済ませるぞ」

 

ライダーがつかつかと店内に入っていった。

俺達も続く。

 

寝具売り場に到着した。

 

「サム、何か視線を感じないか?」

 

マークが言う。

 

周りを見渡すと他の買い物客が恐る恐るではあるが、ジロジロと俺達を見ている。

赤い格好が目立ってしまっているのだろうか。

 

「なんだよ。ロングビーチじゃ、ギャングが買い物しちゃいけないのか、ライダー?」

 

俺がたずねた。

 

「さぁ?あんまり大きい店には来ないんじゃないか?

俺達の地元じゃあガラの悪い連中がいない場所を探すほうが難しいのにな」

 

ライダーは苦笑いしながら毛布を物色している。

マークはそれを見てショッピングカートを取りに行くと言ったので、俺もそれについて行くことにした。

 

二台くらいはないと持ち切れないだろう。


カートを取って戻ってくる最中にも他の客からジロジロと見られていたので、ついにしびれを切らしたマークが一人の若い白人の男の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。

 

「おい!なんなんだよさっきから!ギャングは買い物するなってか!?」

 

男は短い悲鳴を上げて小さな声で返した。

 

「ち…違う!アンタらみたいな人達がここにいるのは場違いだったから…!あ…ギャングがいる事がというよりも…その…ブラッズがいる事がさ」

 

「あぁ!?」

 

マークは凄んだ。

 

「ひぃ…!だ…だから…ここはとりあえずはA.B.Zのテリトリーだからさ!それで…大丈夫なのかな…と。彼等もさっき店内で見掛けたし…揉めないかみんな心配なんだよ」

 

…!!

 

マークは男を突き放した。

すぐにカートもそのままに走り出す。

 

俺もマークについて走り出した。

 

「サム!ライダーがあぶねぇ!」

 

マークが叫びながら走る。

 

「あぁ!俺も同じ事を考えてたところだぜ!」

 

ライダーのいる所へと急いだ。

 

 

俺達が到着すると、ライダーはすでに三人のアジアンボーイズに囲まれて睨み合っていた。


なんということだろうか。

俺達は知らない内に奴等のテリトリーに侵入し、呑気に買い物をしていたのだ。迂闊だった。

 

「ライダー!」

 

マークが再び叫ぶ。

奴等も俺達に気付いてこちらを向いた。

 

紺色のバンダナを身につけたアジアン。確かにA.B.Zだ。

 

すぐに俺達はライダーへと駆け寄って、両者は対面して三対三で睨み合う形になった。

 

「よう、ホーミー。俺が毛布を選んでたら、コイツらがつっかかってきてよ」

 

ライダーがイラついたように言った。

奴等の一人が一歩前に出る。

 

「お前らが俺達のテリトリーにいるからだろうが!」

 

「うるせー!ブッ殺すぞ、てめぇ!」

 

マークが大声で吠える。

 

いつの間にか他の客が近くに見当たらなくなった。かなり離れた場所から様子を伺っているようだ。

 

「バカか、お前!これだから黒人は…すぐカッとなってケンカかよ?お前達、よそ者だろ。

この町じゃそうはいかねぇ。

すぐに警察が来て捕まるぜ。この町のお巡りは優秀でよ?」

 

ソイツはバカにしたように言い放った。

ロングビーチの警察の事はよく知らないが、確かにこんな目立つ所で騒ぎを起こしたくは無い。


「ついて来い。俺達のケンカにはルールがあるんだよ」

 

ソイツらは俺達に背を向けて歩き出した。

この辺りでは目立つ場所でケンカしないのが暗黙のルールらしい。

 

ケンカする為にわざわざ移動するなんて、俺達にとって初めての経験で変な感じだ。

これが地元なら場所に関係なくドンパチしているところだが、仕方なくついて行く。

 

 

店を出て、建物の裏手へと周る。

 

奴等はまだ奥の暗闇へと歩いていく。裏手に入って周りから見えなくなった瞬間、ニヤリとマークが俺達に笑いかける。

 

そう。俺達は完全にルールを無視して奴等に背後から襲いかかったのだ。

 

「おらぁぁ!」

 

「ぐっ…!てめぇら!?」

 

奴等も応戦しようと振り返ったが、俺達の不意をついた攻撃に倒れる。

倒れた敵の頭や腹に容赦なく蹴りを入れる。

 

 

「俺達のケンカにルールなんてない。殺されなかっただけ有り難く思え」

 

俺が言ったが、すでに奴等はのびてしまっていた。

ライダーが奴等のズボンをあさり、金を抜き取る。

 

一人は何とグロックを持っていた。

銃を持っていて、なぜケンカで使わないのか理解できない。飾りのつもりだろうか。


急いで車に戻り、発進する。

警察はいないので、通報はされていないようだ。

なるほど。確かに裏手でケンカしたのは正解だった。

 

俺達は毛布や食料を買えなかったが金を手に入れた。

小さい店でも構わないから、アジトの近くで買い揃えるしかないようだ。

 

「よう、B。このグロックはクリックの奴にプレゼントしないか?」

 

ライダーが後部座席で銃を見ながら助手席の俺に言った。

 

「そりゃいいな。サム、そうしようぜ」

 

マークも笑っている。

確かにイイ考えだ。奴も大好きな拳銃を手にしたら喜ぶだろう。アイツにとって、足よりも銃こそがケンカの商売道具。

さすがに揉め事には参加しないとしても、生活していく中で手元に銃があるだけでも落ち着くに違いない。

 

イマイチ元気が出ないようだし、もうクロニックもいつ手に入るか分からない。せめて「クリック(拳銃)」というニックネームを大事にしてあげたい。

 

「きっとアイツも喜ぶだろうな」

 

俺が言うと、ちょうど腹が鳴った。

しかし空腹感なんてどうでもよくなるほど、クリックの喜ぶ顔を思った。


 

「おい…冗談だろ…」

 

クリックがワナワナと肩を震わせる。

 

「嬉しいぜ~!本当にありがとう~」

 

奴はグロックを手に取り、様々な角度から眺めている。

 

他のみんなも新しいアジトに集まっていたが、残念ながら特に何も持っていない。

 

 

俺とライダーとマークは互いに目を合わせて笑った。

クリックの喜ぶ姿が嬉しかったのだ。

 

ある程度は予測していたが、ここまで喜んでくれるとは思わなかった。

 

「本当にありがとよ~!」

 

「気にするなよ、ドッグ。たまたま拾っただけだぜ」

 

ライダーが笑いながら返す。

 

「どうやって拾ったんだ、ニガー?」

 

シャドウがきいた。

 

「あぁ。気付いたらA.B.Zのテリトリーに入ってたみたいでよ。

揉めたんだが、ちょっとこらしめてやった。そしたら銃と金を持ってたんでもらったんだ。

まぁ…おかげでメシや毛布は買いそびれたがな」

 

マークが言う。

ホーミー達はマジかよ!と沸いた。

 

「しかし後で騒ぎにならなきゃイイが…ここにいられなくなるぜ」

 

シャドウは少し心配そうだ。


寝具はまだ我慢できても、食料は必ずいる。

この辺りは田舎すぎてバーガー屋もないので、近くの民家からいただくことにした。

 

辺りはすっかり暗くなっている。ロブが、年寄りくらいしか住んでいない土地だと言っていたのにも納得できた。

 

年寄りならもう寝ているかもしれない。

 

 

明かりの消えている家を狙って俺とジミーは歩いていた。

他の奴等も何手にも別れて行動している。

 

アジトに残っているのはクリックとジャックだけだ。

 

「サム!」

 

ジミーが一軒の家を指差した。

真っ暗だ。住民は寝ているに違いない。

 

「よし、入るぞ」

 

開いている窓があったのでそこから侵入する。

 

その部屋では老夫婦が静かに寝ていた。

部屋の奥へと進み、ダイニングに行く。

 

キッチンを見つけると、冷蔵庫や戸棚から食べ物を持ってきていたゴミ袋にありったけ詰めた。

 

「すまねぇな…いただいてくぜ」

 

俺は老夫婦に静かにつぶやいた。

そのまま俺達は窓から脱出し、クリックとジャックの待つアジトへと走って帰ったのだった。


 

みんながアジトにそろったが、食料を持って戻れたのは俺とジミーのタッグだけだった。

 

だがシャドウとライダーの二人は毛布を四、五枚持ってきている。

床に新聞や広告でも敷き詰めて、毛布一枚を二人ずつで使えばほとんどのメンバーは寝れそうだ。

残りは車で寝る。

 

「これでようやくゆっくりできそうだな」

 

俺の言葉でメンバー達はようやく疲れた体を休める事ができた。

 

 

みんなはアジトの中で肩を寄せあって寝たが、俺とクリックだけは車で寝る事にした。

 

「サム。まだまだここに来たばっかりで右も左も分からないけどよ~」

 

「ん?」

 

「力を蓄えるったって、ギャングスタクリップの奴等に対抗するような人数をここで集められるのか~?」

 

クリックがこんな話をするのは珍しいので俺は驚いた。

 

「俺達の地元を取り戻す為に戦ってくれる仲間は、やっぱ地元にしかいないと思うぜ~」

 

「それでも今はここで生きていく以外には無いだろ、ホーミー」

 

クリックはそうだな、と笑った。

 

だがこの時、クリックの瞳には暗い闇が広がっていた事に、俺は気付いてやれなかった。

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