Jack
B.K.Bのウォーリアー…E.T.…父親…いろんな顔を持つ男。
いつも乱暴で、B.K.Bいちの狂犬であるジャックに起きた変化。
「ガイがついに行ってしまったな…」
その日の午後、アジトへ戻った俺達E.T.はテーブルを囲んでビールを飲んでいた。
「だいたい何でお前ら来たんだ?日にちもなぜか知ってるし…」
俺は空になったビール瓶を置き、新品のウィスキーの瓶を開けた。
ほこりを被ったグラスにフッと息をかけ、ウィスキーを入れる。うまそうだ。
「最後かもしれないんだぜ?そりゃ会いに行くぜ」
ジミーが言った。
E.T.で話し合って決め、日取りは俺の様子を見て『今日だ』と感づいたらしい。
それで俺の後をつけてきたのだという。
「ガイは多分すべてを理解したと思うぜ」
「まぁそれならそれでイイじゃねぇか。アイツはすべてを分かった上でも帰って来ないつもりだろうぜ」
スノウマンがビールを勢いよく口に流し込んで言った。
「ところでよ。ショーンのとこへの買い付けは、やっぱり俺が行ったほうがイイのか?」
これはもちろんシャドウだ。ガイに変わってブツの管理を任されている。
E.T.の中でも、ウォーリアー達はショーンって誰だ?という顔をしている。
「そうだな。それがイイ」
俺はそう返事をした。
「それから、みんなシャドウからどれくらい聞いてるのかは知らないが、サウスセントラル地区のクリップスの話だ」
「あぁ。だいたい聞いてるぜ、サム。狙われてるんだろう?」
マークが言った。
「上等だぜ。シャドウの話じゃあクレンショウの奴等と仲良くなったんだろ?クリップスめ…来るなら来やがれ!」
スノウマンは勢いづいているようでバンバンと机を叩いた。
「俺達は後に退けないくらいデカくなってる。周りから注目されてるのが何よりの証拠だぜ。
だからみんな、もしこの町でクリップスや、あまり見掛けない怪しい奴がいたら殺さず捕まえてくれ。俺達を狙っているチームを吐かせるんだ」
了承してくれたらしく、みんな持っているビール瓶やグラスを高くあげた。
「B.K.Bに!」
「B.K.Bにー!!!」
夜は更けて、E.T.以外のメンバーも徐々に集まってきた。みんなはいつものように騒ぎ始める。
何人かのハスラーは仕事に出て行ったようだった。
「サム」
「ん?」
ジャックが俺をアジトの外へと連れ出した。
「どうした、ジャック?大事な話かよ?」
ジャックは俺をガレージへと連れてきた。
なにやら真剣な顔つきだ。
「実はな…」
その時、ライダーがガレージへ入ってきてしまった。
奴は俺達に気付くと
「すまん。外した方がイイか?」
と聞いてきたが、ジャックが
「いや、いてくれてもイイぜ。お前も聞いてくれ」
と言ったので奴はインパラのトランクの上に座った。
それを確認すると、ジャックは静かに話し始めた。
「実はな…昼間だけでもどこかで働こうと思ってるんだ」
「…家族の為か?」
俺が言った。ライダーは目を閉じている。
「もちろんそうだ。親も一緒に暮らしてるし、住む家やメシには困らねぇ。だがよ、嫁や息子にかかる金くらいきちんと稼ぎてぇんだ」
「『金がない』わけじゃないが、きちんと『稼いだ金』で家族を養いたいって事か?」
ライダーが目を閉じたまま言った。
そうだ、と言ってジャックが頷いている。
だが俺は言った。
「そんな事、許すわけねぇだろ」
「なんだと?」
ジャックは少しイラついたように言った。
ライダーはまだ目を閉じている。
「当たり前だろジャック。『家族ができたから働く』だと?お前甘いぜ。
ギャングは死んでもギャング。俺達は誇りを持って兄貴のクレイ、そして地元の為に立ち上がったんだぜ」
「確かに俺はホーミーを、そしてB.K.Bというギャングを誇りに思ってる。だがよ、サム。家族を思うのも当然じゃねぇか?」
ジャックが言うことにも一理ある。
確かにガイは家族の為に旅立ったし、他のメンバーも家族の事を仲間と同じくらい愛している。
「そうか?だったらギャングとして血まみれになって必死で勝ち取った金が『きちんと稼いだ金』として見れないのは何でだよ?」
「…」
「お前は父親になった事で、しっかりしないといけないと思ったんだな。
それは間違ってないが、『しっかりする』ってのは『カタギで働く』って事じゃないぜ」
俺の言葉にジャックは口をつぐんだ。
「難しい話だな」
ライダーが言った。
タバコに火をつけて大きく息を吐いている。
「俺は家族を安心させてやりてぇんだ。不安定で不定期なギャングとしての収入がなくても、最低限のメシにありつけるだけのキレイな金が必要なんだ」
この言葉にはさすがに俺もカチンときた。
いくらホーミーでも許せない。
「マザーファッカーが!キレイな金だと!?ギャングが稼いでいけるのは汚い金だけなのは当たり前だろ!不安定で不定期!?ギャングは仕事じゃねぇんだぞ!ライフスタイルそのものだろうが!安定を求める人間がギャングをやっていけるかよ!B.K.Bいちの乱暴者がどうしたんだよ!?」
ドカッ!
俺は吹っ飛んだ。ついにジャックが一発入れてきやがった。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、サム!マザーファッカーがぁ!」
ジャックが叫んだ。
そうだ。短気で手が早い。これがB.K.Bのウォーリアー、ジャック。
「痛っ…!やっといつものお前に戻ったか…」
「あぁ、おかげで目が覚めたぜ。俺は、B.K.Bを抜ける」
俺とライダーは耳を疑った。
「待てよ、ジャック!正気か!」
ガン!とガレージの壁を蹴って出て行くジャックをライダーが追いかける。
入れ違うようにシャドウがガレージに入ってきた。
「ん…?…なんだ?ジャックの奴…あんなに怒って」
「…どうしたらイイんだ。俺は間違ってるのか?」
俺は床を見つめてつぶやいた。
シャドウの真っ黒な顔が不思議そうにのぞき込んでいる。
「おい、サム」
「なんだ、ホーミー?」
「口から血が出てるぜ、ジャックにやられたのか?」
俺はシャツの袖で血を拭って、シャドウにジャックの考えと俺の考えを話した。
奴は真剣に聞いてくれた。
「そりゃあ、ジャックが悪いぜ」
案外すぐに答えてくれた。
俺がさらに理由をたずねるとシャドウは笑ってこう返した。
「簡単な事だぜ。俺達は死んでもB.K.Bだ」
「はぁ?」
「だからよ、俺が『ジャックが悪い』って言ったのはジャックの意見が悪いって言ったんじゃない。『B.K.Bを抜ける』なんて言いやがったアイツを悪いって言ったんだよ!」
シャドウはニカッと笑って右手を俺に差し出した。
「ホーミー、ジャックのバカヤロウを迎えにいこうぜ!」
E.T.はほとんどが家に帰ってしまっていたが、まだアジトにいたマークとクリックもジャック探しを手伝ってくれる事になった。
いつの間にか、E.T.の中での問題はそれ以外のメンバー達には手を焼かせない事に自然となっていたので、他のメンバー達には声を掛けていない。
だがこれは返って好都合だった。E.T.の混乱はいずれチーム全体の混乱へと繋がる。
そうなる前にE.T.内できちんと問題を解決するのだ。
…
途中、ライダーが俺達の元へ走ってきた。
「はぁ…はぁ…見失っちまった」
俺達5人は『俺、マーク』と『クリック、ライダー、シャドウ』の二手に別れてジャックを探す事にした。
マークと俺はまず近くに停まっていたモンテカルロをちょうだいし、ジャックを探し始めた。
「サム、何でジャックは抜けるなんてバカな事を?」
マークが言った。片手でハンドルを握っている。
「家族の為にカタギでの稼ぎが欲しいと言い出したから俺が反対したんだ。その後ケンカになっちまってな…」
「そりゃアイツもついカッとなっちまって勢いづいただけなんじゃないか?すぐ戻ってくるに違いないぜ」
マークはガハハと笑った。
…
だが、マークの言うように簡単にはジャックは戻って来なかった。
「だめだ…見つからない。アイツ一体どこにいるんだ?」
道端に俺達五人は再び集合していた。
お互いに探した場所を連絡し合う。
「仕方ない。他のE.T.も集めてくれ」
「分かった」
ライダーが電話を探しに適当な店に入っていった。
ライダーが戻り、十分ほどするとジミーとスノウマンがやってきた。
話の内容も伝わっているらしく、二人とも心配そうだ。
「よし、探そう」
俺の掛け声でみんな散り散りになる。
マークと二人で車に戻った。
パアン!パアン!
突然の銃声。近い。
散り始めていたメンバー達もピタリと動きを止めた。
俺とマークは車を降りる。
七人はそろって銃声のした方へと走った。
「あそこだ!」
暗い路地裏で、一人の男が撃たれたらしく、壁にもたれかかっている。
その正面には拳銃を持った男が二人。
真っ黒な服に身をつつみ、口元には紺色のバンダナ。
青色ではないが間違いない。クリップスだ。
俺達に気付いた二人のクリップスはこちらと反対方向へ走って逃げ出した。
「逃げるぞ!撃ち殺せ!」
スノウマンが吠えた。
すぐにライダーとジミーの駿足コンビが腰から銃を抜いて走り出す。
それにつづいてマークとスノウマンの巨漢コンビもドタバタと追いかける。
クリック、シャドウ、俺はその場に止まって撃たれた男の安否を確認した。
「おい、大丈夫か!」
壁から起こして、地面に仰向けに寝かせる。
クリックが火をつけて傷口を照らし、明かりにしてくれた。
顔はかなり殴られているようで目茶苦茶だ。これでは誰だか分からない。
さらに銃で腹と腕、脚など全部で六か所撃たれていた。
「シャドウ、コイツの為に救急車を頼む!」
シャドウは走っていった。
クリックが男の服を破る。
…!!!
体中に刻まれたタトゥー。
鍛えあげられた筋肉。
「ジャ…ジャック~…?」
クリックが涙目になりながら体を揺すり始めた。
そんなバカな。
これが、さっきまで一緒にいたジャックだというのか。
気付くと俺はクリックをその場に残して走り出していた。
どこかでパトカーのサイレンと、救急車のサイレンが聞こえる。
「いてっ」
しばらく無我夢中で走っていると、先にクリップスを追いかけて行った四人とぶつかって俺は転んだ。
マークが引き起こしてくれる。
「奴等は…?」
「逃がしちまった。すまねえ、B」
ジミーの言葉に俺はがっくりと、うなだれた。
ライダーが俺の肩を叩いている。
「ホーミー。信じられねぇ話だが、さっきの男…顔は誰だか分からないくらいに腫れ上がって、銃で六発も食らってた…」
「マジかよ?ひでぇな…クリップスの奴等め、俺達のテリトリーで好き勝手やりやがって!」
スノウマンが電柱を拳で殴った。その衝撃で電柱はグラグラと揺れている。
「それがよ…ソイツがよ、体中にB.K.Bのタトゥーが入っててよ…
俺、アイツがジャックのように思えてよ…おかしな話だろ?」
ボタボタと俺の目から涙がこぼれ始める。
ちょうど正面にいたマークの顔が怒りの表情に変わっていくのが、涙越しにも見てとれた。
「うぉぉぉ!!!」
奴は雄叫びを上げて近くにあった壁を殴り、手を血まみれにしながらコンクリートに穴を開けた。
…
ベッドを囲む七人の男達。
その中心には静かに寝息を立てて眠る男がいた。
奇跡的に命が助かったジャックは、意識が戻らないまま一週間も眠り続けている。
何本もの管を体につけられて、まるでサイボーグのようになったホーミーを見つめていた俺達は、静かに病室を後にする。
「…どうしてジャックがあんな目に」
「分からん。だが俺らを狙う敵は見えたぜ。『ギャングスタ クリップ』だ」
アジトの前の道端にたむろしていたE.T.は、そのシャドウの発言にハッとなった。
「何でわかる?」
これはジミーだ。アフロを手で触りながら整えている。
「色だよ。サウスセントラル地区で紺色をチームカラーにしてるギャングは、ギャングスタクリップだけだ」
なるほど。さすがに奴は詳しい。
俺が一つ質問をした。
「サウスセントラル地区のクリップスじゃないならどうだ?」
「サウスセントラル以外だと紺色をチームカラーにしてるギャングはまだまだたくさんいる。
だが距離があるし、まず『ギャングスタクリップ』のしわざだと見て間違いないと思うぜ」
みんな頷いた。
とにかく俺達は守りを固める為、新たなメンバーの獲得と武器の調達に力を尽くした。
もちろんハスラーとしての仕事もこなしながらの行動だ。
ファンキーはすぐに武器の手配をしてくれたし、メンバーも少しだけ増えた。
この時は確か全部で九十人くらいいたはずだ。
クレンショウブラッドのラットやコンプトンブラッズのレイクのところにも何度か足を運んだ。
ラットは連絡先を教えてくれて
「危ない時は電話しろよ。気が向いたら加勢するぜ」と言ってくれた。
レイクは真剣な顔で
「B.K.Bは大事な兄弟ギャングだ。ファンキーがもしメンバーを動かさないと言おうと、俺一人だけでも必ず駆け付けるぜ」
とハグをしてくれた。
…
そんな中、メンバーの中で何人かがジャックと同じような目に合うという事件が発生した。
幸い死人はおらず、また被害者はE.T.ではなかったが再び起きた惨事に俺達は涙し、怒りをつのらせた。
「ふざけやがって!」
アジトにいた俺はテーブルを殴る。
この時、俺の横にはクリックだけがいた。
「サム、落ち着けよ~」
「これが落ち着いてられるかよ!次々に仲間がやられてるんだぞ!」
ついクリックに怒鳴ってしまった。
だがクリックは気にした様子もなくクロニックを吸っている。気楽な奴だ。
「でもよ~なんで殺さないんだろうな~?痛めつけるだけって感じで…威嚇かな~?」
確かに敵の目的が何なのかまったくわからない。
敵は分かっているのに、奴等の考えが読めないのだ。迂闊にこちらからは攻める事ができずにいた。
「くそが…ウィザード…ガイ…こんな時、頭のキレるお前達ならどうする?」
俺は力なくつぶやいた。
その時、ライダーのカワサキの音が聞こえ、奴がアジトに走り込んでくる。
「サム!やっぱアジトにいたか!ポケベルくらい見ろよ!」
「ん?」
そう言われて俺はポケベルを見た。
どうやら鳴っているのに気付かなかったようだ。
『ジャックの意識が戻った』
「マジか!」
「おう!早く来いよ!」
ライダーは再びバイクで去っていき、俺はクリックと、他にアジトにいたメンバー数人とインパラに乗り込んだ。
…
「心配かけたな…」
ジャックは俺の顔をみると、まずそう言った。
周りにはE.T.(七人全員ではないが)を含めて数人のメンバー達と、ジャックの嫁、幼い息子がいた。
「イイんだ、ニガー。ジャック、一体なんでこんな目に?」
「俺がアジトを飛び出したあの日、裏通りで突然クリップスの連中に囲まれたんだ。最初は五、六人いたと思う。そして『B.K.Bのメンバーだな?OG-Bってのはお前か』と訊かれた。
俺が『そんな奴は知らねぇ。俺はもうギャングじゃねぇ』と答えると、奴等は俺を殴り、吐かせようとしたんだ」
ジャックは息も、とぎれとぎれに話してくれた。まだ体が痛むのだろう。
「どうして答えなかったんだよ!お前はB.K.Bを抜けたつもりだったんだろ!?俺の事を話せば助かったかもしれないのに!」
俺は思わず叫んだ。
クレイが驚いて母親の胸に顔をうずめている。
「俺は…仲間を売るなんてできなかった。ギャングをやめても俺の体にゲットーの匂いがこびりついて取れねぇ」
ジャックはうつむいた。
「そうか…」
「まぁまぁ!あんまりジャックを責めるなよ、サム~!もうイイじゃねぇか~!
ジャックも顔を上げてくれよ~」
クリックが言った。ジャックが顔を上げる。
まだキレイには治っていない壊れた顔で、奴は俺の目を見た。
「サム。俺は間違ってた…ギャングはギャング。
皮肉だが、クリップスの奴等にそれを教えられた…それ以外に生きて行く道なんてねぇのさ。
俺の体から出るギャングの匂いが奴等を呼び寄せたんだよ。俺はそう思う」
「分かってくれたか、ドッグ」
「お前…!まだ俺の事を『ドッグ』と呼んでくれるのか…っ!」
ジャックはわなわなと体を震えさせている。
俺は笑った。
「お前は俺達のホーミーだ。昔も今も、なんにも変わってないぜ!
戻って来いよ、B.K.Bのウォーリアー『ジャック』として…一人のギャングスタとして!」
ジャックはボロボロと涙をこぼし、そして一番俺が聞きたかった言葉を発した。
「B.K.B 4 life…!」
奴の治っていない壊れた顔がさらにいっそう壊れている。
みんな笑った。