bitch
女。
大事な心の支え…いや違う。
大事な商品。
クレンショウに行く事はともかく、車がないことには始まらない。
最高のローライダー。
女が飛び付くような極上品。
みんなの意見は一致していた。
シボレー・インパラ。
絶大な人気を誇るその車は、五十年の時を越えても今なお愛され続ける究極のアメ車。
俺達の中でも当然インパラこそが最強のローライダーとして認識されている。
昔、ライダーの親父の61年式インパラのクーペを見に行っていた事を思い出して懐かしくなった。
「よし、それじゃあみんなでインパラを探そう。暇な時でいい、仕事もあるからな。
ボロボロだろうがなんだろうが、フレームさえ生きてればソイツを生き返らせれる。そしてB.K.Bの看板になるような一台に仕上げようぜ。
今日は集まってくれてありがとう、ホーミー達!」
俺のその言葉でみんなは解散した。
さっそく町に繰り出して車を探す奴、疲れていて寝る奴と様々だった。
…
俺はコリーを連れて町中のスクラップ置き場を見て周った。
ボロボロの車達を見ながら俺の相棒となる存在を探すためだ。
「サム、どんなのがイイんだよ?」
コリーがキョロキョロと周りの車を見渡しながら言った。
当然勝手に他人の敷地に入っているわけで、そちらの警戒もしている。
インパラとは簡単に言ったものの、数がありすぎてどうにも絞れない。
他に早速車を探しに行った連中もきっと困っているだろう。
「そうだな…やっぱコンバーだろう」
コンバーとはコンバーチブルの略。ようするに分かりやすく言えばオープンカーだ。
「やっぱそうきたか。確かにビッチ共にはウケがイイからな。とすると…これはどうだ?」
コリーが指差しているのは64年式のインパラコンバーだった。
なかなか程度がイイ。見た目はもちろんボロボロだが。
「うーん、悪くないが…もう少し見て周ろうぜ」
「そうか?分かった」
十分ほど他の車を見て周ったが、確かにコリーが指差していた車よりイイ物は見つからない。
「よし!じゃあさっきの奴にするぜ、コリー」
「あいよ。ちょっと待ってろ」
そう言ってコリーはどこかへ走って行った。
どうしたんだと思ってしばらく待っていると、奴は帰ってきた。
…
積載車を盗んで。
俺は後日に再びここへ来て、インパラをちょうだいするつもりだったのだが…
なんて奴だ。盗める時に盗むのがポリシーらしい。
俺は唖然として言葉が出なかった。
だが俺はこれ以上の衝撃を受ける事となる。
「さて、さっさとアジトのガレージにコイツを移動しようぜ」
「あ、あぁ…」
俺達はすぐにアジトに帰ってきた。
すると、いつもはガレージにあるはずのシビックがアジトの前に路駐されている。
だが何人かホーミー達の姿もあったので、気にはならない。
「ん?おい、サム。誰かシビックを使ったのかな?」
「多分そうだろうな。コリー、ガレージを開けてくるからインパラを積載車から降ろしてくれ」
「了解、ドッグ」
俺がガレージへと近付く。誰か中にいるらしく、何やら話し声がする。
俺はシャッターを開けた。
中にはライダーとスノウマン、そしてジミーがいた。
「うわ!びっくりした!脅かそうと思ってお前を待ってたのに、逆に脅かすなよ、ニガー!」
そうジミーが言った後ろには、なんと59年式のインパラコンバーが停まっていたのだ。
「おいおい!マジかよ!」
俺は気付けば三人を抱き締めていた。
コリーがすぐに駆け寄ってきた。
ガレージの中の59を見ようと走ってきたのだろうと思ったが、違った。
「サム!表を見ろよ!」
他に俺の車を探しに行った連中がさらに二台、インパラを盗んで帰ってきたのだ。
結局俺とコリーが引っ張ってきた車も含めて全部で四台ものインパラが一夜にして集まった。
ホーミー達が俺の車の事をここまでして探してくれるとは思わなかった俺は胸を打たれた。
しかし全部を使うわけにはいかない。
ホーミー達には申し訳ないが、この中から一台選ばなければならない。
「さあ、サム!車はそろったぜ!どれにするんだ?」
ジミーが満面の笑みでたずねてきた。
他のホーミー達も俺をじっと見つめている。
「さて、どうするかな…みんなはどう思う?一番女ウケを狙える車にしたいんだ」
とりあえず俺はここに集まったみんなの意見を聞くことにした。
半年後…
ようやく俺の車が完成した。
あの時集まっていたのは、59、61、63、64の年式が四台。63年式以外はすべてコンバーチブルだった。
状態はどれもなかなかのもので、一台選ぶにはかなり苦労した。
残りの三台はアジトの敷地内にシートをかぶせて放置したままだ。
俺の車の修理と改造が進む間も、もちろんハスラーの仕事は行われていた。
抗争は特に無かったのでウォーリアー達は新たなタグの書き込みをちょくちょく行っていたようだ。
だが、この半年の間に二人のホーミーがパクられてしまった。
死者が出てないのは幸いだが。
パクられてしまった一人は新入りで、クロニックの所持、及び使用。
コイツは来週辺りにも出てこれるらしい。
もう一人は車ドロで捕まった。
検挙はもちろん現行犯だったが、その後の調べで何件もの余罪が浮上。
そっちの立件もあり、コイツは結局、三年食らう事になった。
だが、実はコイツが起こした盗みは何件、何十件なんてもんじゃない。
今まで盗んだ車の数は…百余。
そう。B.K.Bの誇る最強の車ドロ、コリーが捕まってしまったのだ。
俺達は数年後のコリーの出所を待ち望んで、奴がブチ込まれている間にニックネームを考えた。
『ブラックホール』
これはもちろんコリーがスポーツ好きな事に関係している。
L.A.に住むアメフトファンの多くは当然地元L.A.に最も近いチーム『オークランド・レイダース』を応援するのだが、そのレイダースの熱狂的なファンの事を『ブラックホール』と呼ぶのだ。
また、小柄な体つきでありながら、まるですべてを吸い込むブラックホールのように次から次へとg-ride(盗難車)をかっぱらってくるコリーの働きをリスペクトしたニックネームでもある。
そしてこの日、コリーが不在の間に俺の車が完成した。
コイツを使ってビッチを多く収穫し、B.K.Bを発展させる事がもちろんみんなの願いだ。
保釈金を作ってあげたいが、コリーがいない状態では高い車も盗めないので不可能に近かった。
明日からの売女のスカウトに向けて、俺達は車にもニックネームを与えた。
『ブラッドホール'64』
コリーのニックネームと掛け合わせた名だ。
もちろん奴が盗んだ車で、ボディは真っ赤、内装は真っ黒に仕上げた。
…
ライダーと俺は64へと乗り込み、早速試運転へと出かけた。
地元の道をゆっくりと流す。
エンジン、ミッション…調子はイイようだ。
「明日からはコイツにもしっかり働いてもらわないとな」
ライダーが助手席でビールを飲みながら言った。俺も一口ビールを飲む。
時間はちょうど日が沈みかけたぐらいで、仕事を終えた奴等が家へと帰っていた。
そのせいで人通りは多く、結果として目立つ事になった。
カリフォルニアでは決してローライダー自体は珍しいものではなかったが、ピカピカに仕上げた俺の車と、それに乗っている二人のブラッズは誰の目から見ても凄まじいオーラを放っていたに違いない。
途中でB.K.Bのホーミー達を何度か見かけた。
奴等はbのハンドサインを高く高く上げ、
「B.K.B 4 life!」
「OG-B!」
などと叫んでいた。
俺とライダーは奴等にしっかりとハンドサインを返し、ハイドロのスイッチを打って声援に答えた。
「たまらねぇな。こりゃ明日からの仕事が楽しみだぜ」
俺とライダーはビール瓶を空へと投げ捨てた。
次の日の夜…ついに俺達は黒人ローライダーの聖地『クレンショウ』へと足を伸ばした。
俺達は赤色ではない服装を身につけ、何食わぬ顔で一般のローライダーとしてストリートに車を横付けする。
だが、甘かった。
「おい、見ろよ!あんな奴等見た事あったか?」
「さぁ…プラークも立ててないな…?よそ者だろう」
近くに集まっていた地元のローライダーの奴等に速攻で気付かれてしまったのである。
c.c.の連中も、ギャングでなくとも地元に誇りを持っている。
当然よそ者を毛嫌いするわけだ。
「ヘイ、メン!お前達、ここがどこだか分かってるのか?」
一人の大男が俺の車のドアに手をのせて外から話しかけてきた。
「クレンショウだろう?」
俺が奴を睨み付けながら吐き捨てる。
「そうだ。分かってるなら叩き出される前に帰りな」
「おいおい、はるばるやって来たんだぜ。仲良くしてくれよ」
ライダーが横でクロニックに火をともしながら優しく言った。
「ダメだ!帰れ帰れ!」
「冗談じゃないぜ、メン!昨日仕上がったばっかりのローライダーなんだぜ!ビッチの一人や二人拾わせろよ!」
俺が叫んだ。
「何だとてめぇ!おいみんな!」
男は周りの仲間を呼び集めた。
みるみるうちに俺の車がc.c.の連中に囲まれてしまう。
これでは身動きが取れない。
「おいおい、待てよ!別に俺達はケンカしに来たんじゃないぜ!だよな、ホーミー?」
ワーワーと騒ぎが起こる中、ライダーが必死に俺にふる。
「あぁ、そうだ」と答えようとした瞬間だった。
ガン!
奴等の内の誰か一人が、俺のインパラを蹴りやがった。
そこで俺はライダーへの返事を撤回した。
「なにしやがる!?大事に扱えよ!この車は今はムショにいる俺のホーミーが拾ってきて、みんなで仕上げた大事な車なんだ!
そのデビューの晴れ舞台に『クレンショウ通り』を選んだんだ!」
すると嘘のように騒ぎはピタリとやんだ。
「ただの荒らしのナンパ野郎かと思ってたが、俺達の地元クレンショウをそんな大事なデビュー戦に選ぶとは…嬉しい話じゃねぇか」
最初の大男が言った。
「それよりもホーミーを思う気持ちは俺達も同じだ。
そんな思いの詰まった一台だとは思わずに蹴ってすまなかったな」
すぐに車を蹴った犯人らしき奴が言う。
「蹴ってしまったワビだ。今夜だけ特別にいてイイぜ。ただし派手に騒ぐなよ」
さらにそう言うと、奴等はみんな離れて行った。
俺達二人は片っ端からビッチに番号を聞いてまわった。
別に今日だけ特別だと言われたから一日で終わらせようとしたわけではない。
「じゃあな!連絡するぜ、ビッチ」
俺は最後の女に笑顔で手をふった。
「結構集まったな。さすがはクレンショウだぜ」
ライダーの手には連絡先を書き留めた紙が20枚以上ある。
「ヘイ、B。そろそろ帰ろうぜ。俺はこれから本当のハニーと会わないといけないんだよ」
「デートか?OK、ドッグ。ひとまず地元に戻ろう。またクレンショウには何度かピックアップに来ると思うしな」
俺はインパラのエンジンに火を入れた。
だがなかなかかからない。
辺りはローライダー達や女達もほとんど帰ってしまい、ひと気はほとんどなかった。
「サム、どうかしたのかよ?」
「エンジンがかからねぇ」
俺が苦笑いを浮かべていると、ライダーが「貸してみろ」と言って席を替わろうとする。
その瞬間だった。
「イイ車じゃねぇか」
不意に背後から低い声がした。
一人の痩せた男が立っていた。
ベースボールキャップを後ろ向きに被り、大きめのロークをかけている。
チェック柄のボタンシャツを着て、腰にはバンダナを下げている。
これらの色は…
『赤』
出やがった、クレンショウ ブラッドのメンバーだ。
だが一番に目を引くのは、やはりその右手に握られたS&Wか。
コイツが俺の車を欲しがっているのは明らかだった。
「ヘイ、ブラッズ。お前、俺の車が欲しいのか?」
俺は毅然と奴に言葉を発した。
奴は俺がギャングや銃に驚かない事にやや不信感を抱いたようだ。
「…?お前…ただの女ったらしのローライダーじゃねぇな?」
奴はS&Wの銃口を俺へと向けた。
ライダーは呑気にビッチ共のメモをめくりながら見ている。
ライダーも気付いているのだ。
『あの銃には弾がない』
おそらくコイツはギャングのメンバーであっても、入りたてのニュージャックだ。
車の強奪のやり方をまるで分かっていない。
だがギャングはギャングだ。それは間違いない。俺は相手を興奮させないように静かに言った。
「クレンショウのブラッズは同じブラッズから車を巻き上げるのか?」
男は目を見開いた。
「なんだって!?」
奴は銃を向けたまま、俺達の顔をまじまじと見つめてきた。
「やっぱり知らねぇ顔だ。お前、クレンショウブラッドじゃねぇだろ!嘘つき野郎!」
「別にクレンショウブラッドだとは言ってねぇだろ?俺達はB.K.Bだ。Big.Kray.Blood」
同時にポケットから赤色のペイズリー柄のバンダナと腰に仕込んだ拳銃をチラリと見せる。
するとようやく奴は狙う車を間違えた事に気付いたらしく銃を腰にしまった。
「す、すまねぇ。撃たないでくれ」
「先にお前がその弾ぎれのリボルバーで撃てばよかったじゃねぇか」
俺の冗談にライダーは大笑いしたが、奴はさらに凍り付いた表情になる。
「最初から気付いてたのか!?」
「あぁ。それよりお前、新入りだろ?もっと車を盗む時は勢いよく…まぁイイか。
ちょうどよかった。お前達のリーダーに会ってみたい。案内して、紹介してくれないか?」
俺は男に言った。
ライダーの「おい!俺のデートはどうなるんだよ!?」というツラは無視した。
このクレンショウブラッドの痩せた男はbjと名乗った。本名のイニシャルらしいが、それを通り名にしているようだ。
後にこのbjはクレンショウブラッドとB.K.Bをつなぐ掛け橋となる。
「さぁついたぜ。確かに案内したからな」
bjはリーダーの家まで案内すると、そそくさと退散していった。
ちなみにリーダーの名前は『ラット』らしい。
ライダーが家のドアを叩く。
しばらくして中から眠たそうな顔をした小さな男が出てきた。
上下真っ白なスウェットにハウスシューズ。頭には可愛らしいボンボンのついたニット帽を被っている。
背は低い。多分165センチほどしかないはずだ。
正直あまりにもおかしな姿なので、なんだコイツは?と思った。
「誰だ?」
「あぁ、俺はサム。こっちは俺のホーミーのライダーだ」
あくびをしながらソイツは話し掛けてきた。
「で?」
「ラットって奴と話がしたくてたずねてきたんだが…」
俺は男の後ろに広がる部屋を見渡したが、どうやら家の中は一部屋しかないようだ。
「ラット?」
「あぁ」
「知らねぇな。じゃ、俺はまた寝るからよ」
そのおかしなチビはドアを閉めてしまった。
「おかしいな?bjの奴にだまされたか?」
ライダーが俺を見て言った。
「あぁ、だろうな。仕方ない。次に会ったらあの野郎許さねぇぞ」
…
俺達はインパラに乗り込み、地元へと戻った。
デートに遅れさせてしまったワビとしてライダーにインパラを貸してやった。
…
クレンショウで拾った女達はほとんどが商品にする事が成功し、売春でも大きな成果を上げる事となった。
B.K.Bはその後も二つの町(地元と隣り町)において幅をきかせ、新入り達も少しずつ増えて、八十人を越すギャングへと成長する。
この時、E.T.は全員二十歳になっていた。
B.K.Bは周りにいる他のギャングに比べると年齢層が圧倒的に低く、勢いがあって成長のスピードが尋常ではなかった。
この頃から他の近場のブラッズ達から誰かが俺と話をしに来たり、逆に俺が地元以外で「B.K.BのOG-Bだな?」と言われる始める。
だが、顔が売れるという事は嬉しいと同時に危険な事でもあった。




