第9話 かげろう(その3)
僕は、恥ずかしかったが、マスターと3人の前で、アカペラでいくつかのフレーズを歌って見せた。3人は僕の顔をじっと見つめ、マスターは目を閉じて聴いている。
「やってみろ」
マスターが僕たちに、スタジオにセットされたそれぞれのポジションに着くよう、促す。
丁寧にギターの最初の一音を弾き、ドラム・ベース・ギターが曲を奏で始める。
そして、僕は、できて間もない「歌」を歌い始める。
僕たちの演奏が何か変わった訳でもない。けれども、歌がそれぞれの演奏を引っ張っていく。曲がそれぞれの手の動き、足の動き、抑揚すら引っ張っていく。ギターの一音、ベースの一音、ドラムの一音、に切ない気持ちが込められるような。
僕は、まだ詩が埋まっていない虫食いの部分は、マスターが言ったように、出鱈目単語でメロディーに重ねた。だが、意味の無いはずの出鱈目歌詞の部分すら、「歌」として自分の気持ちを揺らし、抑えることのできない胸のくすぐったさを表現していく。
僕たちの曲ではあるけれども、多分、自分達の所有物ではないのだろうと感じる。
歌が、曲が、自立している。そして、演奏している僕たち自身を慰め、駆り立て、「さあ、行けよ」とぐいぐいと前に押し出してくれている。
これでは、どちらが親なのか分からない。
その日を含め、三曲とも、たった三日間で完成した。