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4live  作者: @naka-motoo
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第6話 前座(その6)

 咲の曲はどれも美しい曲だった。

 「鍵盤を叩きつけるのにちょうどいい激しい曲」もメロディーはあくまでも美しく、皆、引き込まれていった。

 PCで再生される咲の曲、5曲。

 それが、スタジオのスピーカーからやたらクリアな音で流れてくる。

 僕は、その内の1曲に胸がきゅーっと締め付けられるような、感動を覚えた。

 ああ、この曲に歌詞をつけて歌ってみたい、と本当に素直に思えた。

 甘酸っぱい、という言葉を今時使っていいものかどうか分からないが、そうとしか表現できないような、切なくて明るくて涙と笑顔の両方が表情に出てしまうような、メロディー。

 どうやったらこんなメロディーが浮かんでくるのだろう。

 僕はピアノの奏法が良く分からないが、咲の作った曲は、どれも、左手でベースラインを弾くような感覚で、それに、右手を高速で叩きつけてメロディーラインや、あるいはリフを弾いているのではないかと感じる。

 さらに咲はそれを二重か三重に音を重ねており、このデモ音源だけで十分ではないかと思えるほどのクオリティーを感じさせる。

「すごく、いいな。俺は最初のやつと、三曲目、五曲目がよかったが、みんなはどうだ?」

 マスターは自分の意見を言った上で皆の考えを訊く。

 僕は、自分で歌うなら、五曲目の、自分の胸を締め付けた曲を是非とも入れたいと思った。

「五曲目、歌ってみたい」

 みんなに宣言した。

「分かった」

 マスターがそう言うと、他の3人も、なんとなく、頷いた。

「後のみんなはどうだ?咲は?自分の曲だから、どうだ?」

 マスターの問いに咲は、僕たちでないとそうとは気づかないぐらいの小さな笑みを浮かべて答えた。

「わたしは、どの曲も‘いい’と思って作ったから、どれでもいい。加藤と武藤はどれ?」

「僕は、一曲目を叩いてみたい」

 武藤が呟く。僕は、そうだろうと思った。一曲目はメロディーは単純だが、ピアノの低音部分で弾き出されるベースラインにバスドラを重ね合わせると、とても気分よく叩ける曲だと感じた。

「僕は、三曲目。リフが耳に残る」

 加藤は、ピアノの鍵盤が執拗に繰り返す短く、キャッチーな三曲目のメロディーを、ギターのリフになぞらえたようだ。もちろん、咲がバンドを意識してそのように弾いたのかもしれない。

 けれども、残念なことに、今、このスタジオで聴いている音源は、あくまでもPCのソフトが入力された音符によって奏でているものであって、咲自身が鍵盤に直接触れて弾いたものではない。僕たち4人は、中学一年以来の5年目の付き合いになるが、実は咲がピアノを弾くのを一度も聴いたことが無い。別の年上のバンドに頼まれて、スタジオにあるキーボードを軽く弾いたのを何度か聴いたことはあるが、それはあくまでも彼らのデモ音源の音に厚みを持たせるためのシンプルなコードのようなものだった。

 咲が本気で鍵盤を叩きつける姿を一度見てみたいと思う。怒りで叩きつけるのも見たいし、抑えきれない喜びで叩きつけることがあるなら、それも見てみたい。

「分かった。じゃあ、その三曲」

 そういって、マスターはギターを手に取った。

 一曲目、三曲目を順にギターで弾いてみせる。驚いた。たった今聴いたばかりの曲を、見事にバンドのためにアレンジし始めている。PCの機械的な演奏が、マスターのギターによって、熱と涼を伴った、生々しい現実として、目の前に突き付けられるようだ。

「五曲目は、こんな感じでどうだ」

 マスターが、抑えた感じのギターで弾く。どうやら、歌を際立出せるためにわざとそうしているようだ。PCの音源を聴いただけでも感動したが、マスターのギターが醸し出すリアルな感覚に、身震いすらしてしまう。

「ギター二人分とベースは俺が実際に弾いたのを重ねて録音する。ドラムだけは悪いがリズムボックスで勘弁してくれ。そのデモをお前らに渡すから、耳で聴いて練習しろ。バラバラの個人練習も必要だから、チューニングだけはきちんとしとけ。俺の演奏・一音一音にこだわる必要は無い。自分で膨らませたり削ったりしろ」

 マスターは、それから、と言って僕の方を向く。

「室田には咲のPC音源をMP3にでもして渡すから、ボーカルラインは自分で考えてくれ。詩も作れ。詩の方に合わせたボーカルラインにしてもいい。

 詩ができ上がらない内は、‘あー’でも‘わー’でもいいから、でたらめな単語を並べてボーカルラインの練習をしろ。全体練習の時も皆の前ででたらめ単語で歌え」

 僕が、えー、というような顔をするとマスターはすかさず釘を刺してきた。

「お前の好きな‘ek’のボーカルもそうやってレコーディング作業をしてるぞ。適当な英語みたいなでたらめな歌詞でデモ音源を送り付けるプロもいるぞ」

 へえ、そういうものなのか。だが、いざ歌う時にまともに声を出せるか不安になる。ならば、できるだけ早く詩を作りたい、と思う。

 それよりも、僕はマスターのことが気にかかる。素直に訊いてみた。

「マスターは、なんでそんなに上手いの?」

「技術的には上手くもない」

 マスターは照れ隠しなのか、吐き捨てるようにそう言った次の瞬間、珍しく素直そうな笑顔で付け足した。

「人生経験、が、滲み出るんだろうな」

 今、六月の終わり。イベントが七月の終わり。

 一応、高校生で期末試験も来週一週間、みっちりある。

 とりあえずはそちらをこなしつつ頭の中で詩を練り、試験後の残り三週間に賭けようか。


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