第33話 秋の調べ(その2)
金曜日の昼時、いつものように‘5人組’で弁当を食べていると、教室の入り口に男子生徒二人組がやって来て、お、あそこにいる、とこちらを指さしているのが見えた。僕はどこかで見た顔だなと考えていると、小学校4~6年まで同じクラスだった2人だった、と気づいた。当然、‘殴る側’の2人だ。この2人は校区の関係で大木中学とは別の中学へ行ったので、顔を見るのは小学校以来だ。
にやにやしながらこっちに近付いて来るので、なんだか嫌な予感はした。
僕だけが目を伏せる中、5人組の残り4人はその2人を見る。
「室田、ってさ。小学校の頃、俺に唾をかけられた室田だよね?」
1人が言った後、もう1人の方を見て、ほら、やっぱりそうだったろ?と笑いあっている。
「ねえ、室田はさ。そういうのを見返したいとか思ってバンドやってる訳?」
大笑いする訳ではないが、にやにや笑っている。確かに、この2人は事実だけ言っている。嘘をついて人をはめようという行為でもない。それに、「バンドやってる訳?」というのも文章だけ見れば、特別に侮辱する言葉を吐いている訳でもない。
でも、そのにやけ顔と、‘新井さん’という女子がいるその場所で‘唾をかけた’という事実を述べることで、僕が恥辱を感じるだけでなく、僕と新井さんや杉谷との関係を断絶させようという悪意が根底にあるのは見え見えだ。
僕自身が何か言おう、と決意して、口を開こうとした瞬間、横で低く、重い、誰か別の声が先に発せられた。
「だから?」
みんな一斉に声の方を向く。杉谷だった。
重厚で圧力を持ったその声は、普段の杉谷が絶対に出さないような声だった。杉谷はその声のまま、続けた。
「お前ら、ふざけんなよ。唾をかける奴の方が汚くて気持ち悪りーよ」
杉谷の目は相手の目を射抜くような鋭いものだった。
「二度と言うなよ」
杉谷はそう言うと、そこに茫然と突っ立っているその2人の存在を完全に無視して、「それでさあ」とまた馬鹿話を始めた。
他の4人もなんだか呆気に取られたまま話を続けたが、2人が教室の外に出ていくと、杉谷は僕の方を向いて、いつもの軽い声で話しかけてきた。
「室田、気にすんなよ。いい年して、馬鹿なんだよ、あいつら。可哀想な奴らなんだよ。
許してあげなよ」
と、あの2人のことを心底憐れで可哀想と思っているように話した。
ありがとう杉谷、と僕は杉谷に礼を言った。
ただ、僕は、これで新井さんはもう4LIVEの練習を観に来ることはないだろうな、と思った。でも、杉谷は、新井さんにも話しかけた。
「新井さんも、気にしちゃ駄目だよ。あいつらなんかより、室田の方がよっぽどかっこよくて男らしいからね」
杉谷から話しかけられて新井さんはちょっとびっくりしたような顔をしたけれども、すぐにぱあっとした笑顔になった。
「うん、杉谷くん、ありがとう」
そして、新井さんは今度は僕の方に顔を向け、本当に嬉しそうに、にこっ、と笑いかけてくれた。
なぜだか、新井さんが笑いかけてくれたことでほっとしている自分がいる。これが一体どんな感情なのか、自分自身ではまだ分析しきれない。
ただ、僕は杉谷という男の不思議な魅力を認識し始めていた。どうやら杉谷は、僕の知らない様々な面を持った男らしい、と杉谷のことがより一層好きになった。




