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4live  作者: @naka-motoo
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第3話 前座(その3)

「ライブ、やらないのか?」

 夏休みに入る前の6月の終わり。マスターが僕たちに訊いてきた。

 土曜日の練習が終わった後のことだった。

 一回だけ、ここのライブハウスのステージに上がったことがあった。カバーを2曲だけ演奏した。中学3年の受験が終わった後のこと。

 それも、自分達からやりたいと言った訳ではなかった。

 その夜は大学生のサークルバンドと、プロ志望のバンドの2組が演奏する予定だった。

 その内の1組、大学生バンドの一人が、就職活動の企業訪問が長引いて、どうしても出演できなくなったと、ドタキャンを入れてきたのだ。どうせ自分達は趣味でバンドやってるだけだし、前座だから、と全く悪びれる様子もなく、電話でマスターに断りを入れたらしい。

 マスターは受話器の向こうの相手を激しく叱責した。

「バイトのシフトのつもりか!仕事を何だと思ってるんだ!」

 土曜日の夕方。練習を終え、帰ろうと事務室の前を通りかかった時、マスターの剣幕に僕たちは圧倒された。

 そのマスターの剣幕を受けて、相手が何か言い返したらしい。その後のマスターの発した言葉の静かさと冷静さが、マスターの怒りと厳しさを却って表しているようだった。

「君は、どの会社にも受からない・・・・」

 そう言ってマスターはビジネスフォンの受話器を音を立てないように置いた。

 実は、僕たちもこの店で練習を始めてしばらくするまでは、‘前座なんだから’と、別にいてもいなくても構わないような感覚で前座のバンドというものを捉えていた。

 だが、色んなステージに対するマスターの対応を見ていると、そうではないことに段々と気付いてきた。

 前座のバンドそのものは、色々な理由でバンド活動をしている。プロ目指す者もあれば、この大学生のように純粋に娯楽としてやっている者もある。それは別にどんな理由でもいい。知ったことではない。

 しかし、前座の後に登場する‘本命’バンドにとっては前座の意味がとても重いということをマスターは知り尽くしていた。

 確かにこんな地方都市の場末のライブハウスで前座も本命もないだろうと言われればそれまでなのだが、前座の有無は本命バンドの格というか、イメージまで左右してしまうのだ。

 それなりにその地方のライブハウスで名が知れるバンドになると、‘本命バンド’を目当てに来る客も前座バンドの品評が話のタネにもなるのだ。前座がセンスのいいバンドだと、自分達の目当ての本命バンドの評価まで上がるような気分になる。

「前座のバンドのドラム、結構よかったね」

などと仲間同士で話すことが、本命バンドへの思い入れを強くすることもある。

 そして、今時は音楽配信企業等のスカウトなどが来るような時代ではなくなったが、音楽関係の出版社、特に零細だが掲載するバンドの傾向を絞り込み、コアなファンを取り込んでいる雑誌の記者は、ライブハウスに意外に足を運ぶ。バンドの評判を聞いて地方都市にふらっと出張してくることもあるのだ。それも、出版社の経費を使って、というよりは、自分の車を運転して週末に来る、という記者は今でも多い。そして、そんな記者は自分から記者だと名乗ることもない。黙って来て、ライブハウスで観て自分が感じたそのままを東京や大阪に戻ってから雑誌のレビューに書く。恐ろしい。

 ‘ロック’は権威とは最も無縁な世界であるはずだが、記者も人間だ。‘前座’という後押しがある方が、印象が良くなるのは、事実だ。

 ただし、その逆もある。前座よりしょぼい、心に全く響かない歌を歌うバンドは、酷評を受け、代わって、前座のバンドが雑誌のレビューに書かれる。もちろん、‘前座’とは書かない。

 その土曜日の夜の‘本命’のプロ志望バンドは、マスターが面倒を見て来たバンドだった。

 もう一つ何かが足りない、というバンドではあったが、演奏技術も音楽への純粋な姿勢も備えており、曲も詩も非凡な歌を歌っていたらしい。僕たちは中学生だということで、ライブハウスの建物の方にはそもそも入ったこともなかった。したがって、僕たちはそのプロ志望バンドのステージも曲も観たことも聴いたことも無かった。ただ、マスターのバンドへの思い入れを聞いただけだ。

「何か弾いてくれないか」

 開場までほとんど時間の無くなった状態で、マスターが僕たちに頼んだ。

 僕たちはどれだけマスターの世話になったか分からない。それを思えば、否応なく引き受けるつもりは当然あったが、それでも訊いてみた。

「え、僕らで大丈夫なの?・・・」

 マスターは、ああ、と頷いた。

「3曲・・・いや、2曲でいい。今日練習してたやつでいい。向こうのやつとこっちのやつと1曲ずつでどうだ?」

 マスターがそう言った。

 ‘向こうのやつ’というのは、イギリスの‘The Reed’というバンドの‘There is a sickness’という曲だ。‘こっちのやつ’というのは、国内の‘詩的’というバンドの‘昼中’という曲だ。両方とも20年ほど前の曲で、you-tubeでたまたま見つけただけだ。しかも、耳コピなので、チューニングも何もない。僕たちの演奏は、原曲のメロディーや原型すら留めていない。こんなものでいいんだろうか。

「構わない。さっきの練習みたいに弾けばそれでいい。逆に、カバーでもお前らが弾くと、まるでお前ら自身の曲みたいになるのが俺は前からすごく不思議だった」

 これは、褒められているのかどうなのか、判断がつかない。

 もう一つ気になっていることがあった。

「服装は・・・」

 加藤が訊いた。

 その日の服装。男3人はチェックやら無地やらのシャツの上に普段着のセーターを着ただけ。武藤にいたってはトレーナーだ。靴は3人とも白っぽいスニーカー。

 咲などは、スポーツ用品メーカーの紺色のジャージ上下に黒のスニーカーで自転車でここに通ってきたのだ。

「それでいい」

マスターが何の問題も無いように言う。

「でも、ジャージなんて・・・」

と咲が遠慮がちに言う。

「恥ずかしい・・・・」

 マスターは真顔で言う。

「恰好だけバンドっぽくても余計恥ずかしいだろうが」

 つまり、僕たちの演奏もバンドっぽくはないということなのだろう。何も言い返せない。さっきのマスターの剣幕を見ているだけに余計に。

「それより、お前らの親に電話するぞ。いいな?」

 あ、それから。とマスターは付け足した。

「耳栓して出ろ。ステージ上は音量も音圧もスタジオとは比べ物にならないからな。お前らに難聴になってもらったら俺の責任問題だからな」


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