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Genesis of regalia  作者: 杏樹
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天の落日

 開いている窓から渡る風からほんのりと花のにおいがした気がした。でもそんなはずはない。

 ここは忘却の塔の最上階。地上からはるか遠い。でもそう感じたのはこの陽気な気候に保たれた天空中央島が常世の春だからだろうか。


 外部との接触を切り離された忘却の塔では静な時間が流れていた。

 幼い頃に持っていた何もかもを取り上げられて、ただ静寂の中で生きることを与えられた。

 死を望まれている気もするが殺されることもなく、ただひっそりと生かされているのは何故なのか、今もまだ考えている。

 考えることをやめてしまえばその時こそ真の死がくるのだ。きっと。


 本をめくれば、ぺら、と音がした。


「古代より共存していた地殻人と羽翼人だったが、羽翼人の横暴に抗い、ついに地殻人は立ち上がった。しかし、二つの種族が引き起こした古代戦争はそのあまりの激しさにより世界の守りである宙の星雲に歪と呼ばれる亀裂を作り出してしまう。それに憂い嘆いた原初神(アイテル)は羽翼人を自分の領域〈天空〉に、地殻人を混沌神(カオス)の領域〈大地〉に分封してしまう。そのため、二つの種族の交りはそれ以降断絶する事となった」


 慣れ親しんだ、ざらざらとした触感。

 白く細い指が変色した古書の紙を一枚一枚丁寧にめくる。

 今はもう禁書となってしまった貴重な書物。その古代文字を古代紫色に瞬く瞳が追いかて桃色に色づいた唇が言葉を紡いだ。


「失われたものは多けれど羽翼人の選民意識や傲慢さは変わらず、(ゲー)の世界を地階と見下し地殻人を下賤の民と蔑む。またその行いは同族であっても階級によって差別し躊躇なく切り捨てる、そんな種族を何故アイテルは寵愛するのかしら?」

「我ら羽翼人はアイテルによって生み出された種族ですから」

「結局すべてその言葉に集約されてしまうのですね」


 ゆっくりと古書を閉じる。

 立ち上がればエンパイアドレスがふわりと揺れる。

 そっと遠写鏡に手をかざせば濁っていた表面が淡く光ると外の世界を映しだした。


「みてリゲル」


 遠写鏡を覗きこむ麗しき横顔に黄金に輝く豊かな髪がさらりと舞う。


「私たち羽翼人の世界はこんなにも美しい」

「はい。姫」

「枯れぬ水源、豊かな緑、無限の資源で満たされている。でもそれを甘受し、当たり前の物としている私たちはいつのまにか停滞してしまった。安寧が続くまま私たちは緩やかに死んでいく…」

「姫…」

「なんの行動も起こせない私はなんと無力なのだろう」

「いえ、それは違いますアヴニール姫!姫は今できることをしています。天王陛下に幽閉されても知識を蓄え何度も訴えていらっしゃるではありませんか」

「…でもどんなに訴えても父王は聞いてくださらない」


 机の上におかれた巻紙の束を一瞥する。開封されることなく戻ってきた手紙はもう何通目になるだろう。


「安寧が永遠に続くなど夢想にすぎません。約二千年前に地の世界で起きた災害だってそうです。自然の摂理だけじゃない。なんの努力もせず享楽に身を任せ怠惰に過ごしてきた羽翼人は脆弱になってしまった。与えられるものだけに満足し、考えることをやめてしまった。もし尽きることのないといわれている資源が尽きたら?もしなにか有事があったら?なすすべもなく羽翼人は滅んでしまうかもしれない。そんな不安を理解しようとはしてくれないのです」


 愁いを帯びたその顔のなんと美しいことか。悲しみに潤む紫色の瞳に吸い込まれそうになり、ぐっと堪えたリゲルは姫の前に跪きその小さく柔らかなその手を取った。


「我が姫君、忠誠の誓いをたてしこのリゲル・スフォルツ。如何なる困難があれども御身をお守りし、お支え致します」


 心の底からそう強く思う。このいと貴き方は自分が守る。たとえ何があっても必ず。紺碧の瞳を閉じ、神聖なものに触れるように恭しく手の甲に唇を寄せた。


 そんなリゲルをアヴニールを悲しみを深めた瞳で見つめる。

 もしこの世界に何かあったとき、この塔に閉じ込められている自分では誠実に仕えてくれるリゲルを守ることもできないのだ。

 幼い頃に救い上げた少年は忠誠の誓いを立ててまで自分に仕えてくれる。

 この天の世界の最高権力者に疎まれた自分に下級騎士であるリゲルが仕えるのがどれだけ大変な事か。しかし彼は強き信念をもってそれをやり遂げている。どれだけ傷つこうとも。

 ただ、リゲルを守りたいだけなのに…。

 そんなささやかな願いさえ叶えることができない自分の無力さが憎かった。



 天空の中心に浮かぶ中央天空島の周囲に浮かぶ十二の島々から全ての貴族達が水晶宮を目指して飛び立ち、高く聳える管制塔に飛行艇が続々と接続された。

 富と権力の象徴、煌びやかに輝く水晶宮。

 そこには天王とその王族が集い貴族たちからの祝いの言葉を受け取っていた。永久の栄華を誇る天の国を統べる天王の三の息子の誕生を祝う為、盛大な祝賀の儀が行われているのだ。


「まあ、ケラスィアお姉さま。お久しぶりでございます」

「アウローラ!少し見ないうちに大きくなりましたね」

「ふふっ、わたくしもう十歳になりましたもの」

「あら?やっと誉れ高き王家の者として、そして淑女としての自覚ができてきたのかしら?」


 扇で口元を隠し上品に微笑む二歳年上の姉姫を見上げアウローラは首を傾げた。


「ケラスィアお姉さまはもう忠誠騎士をお選びになられたのですか?わたくし先ほど何人もの殿方から白薔薇を贈られましたの!」

「まあ、気の早いこと」

「でも肝心のリゲル・スフォルツがいませんでしたわ」


 不貞腐れたように頬を膨らませる妹姫にケラスィアは眉を潜めた。


「アウローラ」

「わたくしはあの者を忠誠騎士にしたいのです」

「リゲル・スフォルツは下級島出身の者ですよ。騎士として多少腕がたつようですが所詮は貧民。アウローラには不釣り合いです」

「でもあの者は翼力機士(ヴァルキュリヤ)の中でも別格である九大天使機士スクルドと契約しています!わたくし召喚されたスクルドを一目みて気に入りましたの。是非わたくしのお気に入りの一つにしたいですわ」


 長らく続く平和の世の為、召喚兵器である翼力機士の中でも九大天使機士と呼ばれる特殊型と契約している羽翼人は少ない。重宝されているのは事実だ。

 古では活躍されたとされる伝説の召喚兵器は戦争もない現在に必要になるとこはないのだが、翼力機士は騎士にとって一種のスターテスである。契約することができただけでも周囲からは一目置かれる。

 その為、上級騎士の間では優越感を得るための道具とみなされていた。

 また年に一度、騎士の名誉と誇りをかけて翼力機士での武闘会も開催されている。

 貴族の娯楽の一種だ。

 そこで見た翼力機士スクルドを気に入ったアウローラは会うたびに同じことを口にするようになった。

 窘める姉姫に無邪気に笑う。


「その収集癖はまだ治らないようね。あれは諦めなさいと何度も言っているでしょう?そもそも貧民でありながら羽翼人の宝である七大天使機士と契約すること自体が間違いだったのです。不遜にも程があります。貧民には勿体ないというのに父王様も何をお考えであったのか…」

「嫌ですわケラスィアお姉さま。リゲル・スフォルツがどうしても欲しいのです」

「それにあれは身分不相応にも既に忠誠の誓い立てた身。誓いの契約に基づき主人がいる限り他の者には仕えることはできないのです」

「ですからわたくしその契約を解除してくださいと本日父王様にお願いするつもりなのですわ」

「騎士の忠誠の誓いは契約神(スウィンヴレオ)に捧げた誉れ。簡単に解除はできないのよ」

「父王様ならきっとできますわ!この天の国を統治する偉大なる王ですもの。それに天力がない半端者などにスクルドの契約者であるリゲル・スフォルツは相応しくありませんわ。わたくしの傍に侍る事こそふさわしいと思いませんか?」


 如何に父王でも神の契約に割込むことはできない。忠告を聞こうとしない天真爛漫に笑う妹姫に溜息をついた。


「なんの話をしているんだい?」

「あらヴァイゼお兄様。シェルムお兄様も、もうご挨拶は済みましたの?」

「アガート公爵の話は長いからね。適当なところで切り上げてきたのさ」

「私たちの可愛い小鳥たちは何を囀っていたのかな?」

「内緒ですわ!ね、ケラスィアお姉さま」

「ケラスィアをあまり困らせてはいけないよアウローラ」


 嘆息するケラスィアを一瞥し、天王の一の息子ヴァイゼは微笑んでアウローラの頭を優しく撫でる。


「さあ、姫君たち。もうすぐ僕たちの弟のお披露目だよ。壇上に戻ろう」

「まあ、それでは参りましょう。でもこうして王族が全員集うのは久しぶりですわね。なかなか会えない方もみえますから嬉しいですわ」

「そうだね。領地の管理がある者もいるしグラナティス伯母上やファイサン叔父上は様々な天空島を旅行されるのが趣味だから」

「ま、それでも約一名いない者もいるけどね」


 天王の二の息子シェルムが嘲るように笑えば周りの兄弟姉妹は揃って嫌な顔をした。


「あれのことは口にするなシェルム。まったく忌々しい。王家の恥はどこにいても我々を不快にさせる」

「まったくですわ。至高たる天の王族に生まれながら天力の顕現がない半端者の事など祝賀の日の話題にふさわしくございません」

「確かに翼のない羽翼人など同族とは思えませんものね」


 それぞれの言葉に肩をすくめるシェルムをヴァイゼは軽く睨む。


「父王に疎まれ幽閉されている者の事など詮無きことだ。今は新しい王族の誕生を祝福するのだ」



 その日も人々はいつも通りの日常が続くと思っていた。

 粛々と続いてきた栄光と威光に守られ閉じられた天の世界の中で、祝福された平穏が壊れるなんて思いもせず。永遠の幸福。満ち足りた安穏。でもそれは突然奪われることになる。


 一番はじめにそれに気が付いたのは皮肉にもアヴニールだった。

 離宮の一角、水晶宮から最も遠い敷地に作られた一等高い建物。忘却の塔の最上階。窓から空を見つめていたアヴニールは気がついてしまった。


「あれは…」


 椅子から立ち上がり澄みきった青空に浮かぶ黒い雲を凝視する。

 この島の上空に雲ができるわけがない。雲はこの天空島の下にあるものだからだ。そしてそれはやはり雲ではなかった。不安を煽るような濁りは硝子にひびが入るように瞬く間に空を侵食していく。


「リゲル!」

「姫?どうされました?」

「あれを…」


 指さす方へリゲルが顔を向ければ、ついにその時はきた。

 天恵と呼ばれるアイテルの結界は強烈な雷撃と共に壊れた。同時に割れた空の裂け目からものすごい数の醜悪な生き物たちが我先にと飛び出してくる。


「なっ、なんだあれは…!」


 リゲルが叫んだ。

 馬のような顔と米神から生えた捻じ曲がった角を持つ鹿。鱗に覆われた巨大な鳥。甲冑を着込む巨大な蜘蛛。蹄を持つ全身筋肉に覆われた犬。

 様々な忌まわしき生物らは天空島の上空を覆いつくした。そして集団となって水晶宮へと群がっていく。


 さらに裂け目から満を持して現れたのは円盤状の巨大な飛行戦艦とそれを護衛するように周りを固める無数の攻撃機と輸送艇。アヴニールは驚愕に目を見開いた。


「あ、れは…まさか」


 遠い眼下で戦闘が開始された。


 いや、これは蹂躙でしかないことをアヴニールは知っている。

 水晶宮には数多の騎士がいるだろう。だが、そのほとんどは儀礼用の剣を携えただけの貴族だ。ステータスの為に騎士という称号を得ただけの上級騎士は訓練などしない。

 それも仕方がないことかもしれない。

 四千年近くの長きに渡り、この国に争いがないのだから。本当に戦える騎士はほんのわずかである。それは徴兵され訓練という肉体労働を課せられた下級島出身の騎士だけ。下級騎士はいざという時に貴族の盾になるように命令されるのだ。


「なんてこと…」


 建物の破壊音が響き渡り無数の命が無残に散っていく。こみ上げる胸の痛みに呻くアヴニールの背後で扉の結界陣が起動した。リゲルがアヴニールを庇うように飛び出し本当に斬れる剣を握る。

 扉が開き入ってきた人物は一歩を踏み出す前にその場に崩れ落ちた。


「コンシェンツァ卿!」


 二人は血まみれの老人に駆け寄る。


「大丈夫ですか?しっかりしてください」

「血が…!」


 止血しようとしたアヴニールの腕を握りしめその動きを止めたのはコンシェンツァ卿だった。


「アヴニール姫、よいのです。それより私の話を聞きなさい。時間がない」

「卿…」

「今何が起きているのか見当はついていますか…?」

「はい、見ていましたから。アイテルの天恵結界が崩壊して、その裂け目から…」

「う、む…奴らはおそらく天堕人とその軍勢でしょう」

「天堕人…悪しき狭間の禍神の加護を持ち崇める民人ですね」

「そんなまさか、天堕人など伝説上の生き物でしょう?」

「リゲル…皆お前のように思っていたとも、今日までは」


 創世時代にアイテルとカオスによって封印された悪しき狭間の禍神に仕えた種族天堕人。

 彼らもまた禍を齎すものとしてアイテルによって遠い異空の宙へと封印されたのである。そして長い時の流れの中で天の世界では物語として語られている。例えば親は子供がいうことを聞かないと天堕人が攫いに来るぞと叱るのである。


「やはりそうなのですか…」

「姫…?」

「あの裂け目から出てきた飛行戦艦の周囲に飛んでいた輸送艇が運んでいた機体…」


 訝しげにするリゲルと沈痛な面持ちのコンシェンツァ卿に見つめられる。

 アヴニールは見ていた。輸送艇が運んでいた機体。人より大きく強く、翼力機士と同じくけして人が到達できない領域にあるもの。強大な力が具現化されたもの。


「あれは天堕人のみが操縦することのできる起動戦闘兵器、骸罪重機(ギガス)なのでは?」


 幽閉され読書のみ許されていたアヴニールは古い書物に記述されていた天堕人のことも骸罪重機(ギガス)のこともより深く知っていた。

 コンシェンツァ卿が頷いた。


「さよう…あれと対等に戦うためには召喚人型兵器、翼力機士(ヴァルキュリヤ)が必要です。リゲル、お前のように翼力機士と契約した騎士たちが戦っているが相手の数が多すぎる。それにこちらは命を奪い合う戦闘に慣れていない。持ちこたえることはできないだろう」


 コンシェンツァ卿は血を吐いた後、咳き込み苦しそうに息を吐いた。


「この国はあと数時間もすれば落ちるでしょう。その前に姫様、貴女はリゲルと共に地の世界へと逃げるのです。結界にひびが入っている今が好機です。管制塔はもう制圧されているだろうから…、そこにある飛行艇は使えないでしょう。だから格納施設へ行きなさい。そこに幾つか飛行艇があるはずです」

「…っ、わかりました。ではコンシェンツァ卿も共に…」

「姫、…私はもう無理です」

「何を言っているのです!」

「…水晶宮は既に血の海で羽翼人は次々と殺戮されている。王族は捕らわれているがそう長く生かされはしないでしょう。私は何とか転移門を使用しここまで来れたが、あちらには食屍犬も居ました。ここがいくら天王陛下の結界で覆われている空間といえ、見つかるのも時間の問題です。それにこの傷は思ったより致命傷のようだ」


 布を持ってきたリゲルがいくら止血しようとしても血が止まらない。医療機器もない隔離されているこの場では満足な手当てができる筈もない。

 自分の死を悟りコンシェンツァ卿は落ち着いている。その凪いだ瞳を見て喉がひきつく。


 天王の腹心の一人。幼い頃から知っているコンシェンツァ卿はこの忘却の塔へと幽閉されたアヴニールにリゲル以外で唯一親身になって接してくれた羽翼人だ。

 天王によって様々なことを制限されているこの部屋に書物や必要なものを用意してくれた。

 幽閉されたアヴニールと引き離されようとしていたリゲルをなんとか引き合わせてくれた。

 父王に疎まれているアヴニールの騎士だからと理不尽に虐げられるリゲルを庇い、騎士としての才能を認め後見人になってくれた。

 博識で知られるその豊富な知識を授けてくれた。外の世界に憧れるアヴニールに様々な天空島の話をしてくれた。気がつけば大粒の涙が古代紫の瞳から零れていた。


「いやです。置いてはいけないっ」

「ふふ…っ、私はもう動けません。もうすぐ寿命が尽きるのが自分でわかるのです。姫様…以前渡した首飾りは?」


 頬を伝う涙をぬぐう。労わるようにそして困ったような微笑みを浮かべて首飾りを持ってきてほしいと頼むコンシェンツァ卿に頷く。

 寝室へ取りに行ったアヴニールの後ろ姿を見つめていたリゲルの服が引っ張られる。


「っ…!」

「ぐっ、リゲルよく聞け…」

「コンシェンツァ卿…?」


 掠れた声。その音の響きの中に切羽詰まった焦燥感を感じ。小声で紡がれる言葉に意識を集中する。


「アヴニール様を何としてでも守るのだ」

「それはもちろん!」

「…奴らの狙いはアヴニール様だ」

「えっ?」

「正確にはアヴニール様の身に宿る古代神遺物(レガリア)だろう。幸いアヴニール様の情報は天王陛下が厳しく規制していたから奴らもすぐには気づくまい。アヴニール様は天力が顕現しない半端者などではないことはお前も知っているだろう」

「はいっ、あのお背には美しい翼が…ですからずっと疑問でした。何故天王陛下はアヴニール様を幽閉したのか」

「…天王陛下は恐れたのだ」

「恐れた?天王陛下が…?」

「アヴニール様の強大すぎる古代神遺物の力を恐れ塔自体に強力な結界陣を紡ぎあげてここに封印したのだ。当時アヴニール様はまだ自分の力を認識できていなかった。だから天王陛下でも封印できたのだろう。しかし、成長するに従いアヴニール様の力は増していき、ここの結界陣もあと何年も持たない有様だったのだ」

「そうだったのですか…古代神遺物とはいったい何なのですか?」

「古代神遺物とは神の一部。世界の理を書換えて不可能を可能にする奇跡の御業。無尽蔵の動力を創り出す媒体だ」

「そんなものが姫に?」

「それを平穏な天の国を乱すものであると天王陛下は判断なされた」

「!」

「王宮で奴らは何かを探していた。容赦なく羽翼人を殺していながら王族は殺さず捕えていたのだ。その意図に気づかれた天王陛下は私を王宮より逃がされた」


 懐から鎖に通された転移門を使用するために必要な転移鍵を取り出しリゲルに渡す。


「私がここに来たのはアヴニール様を奴らに渡さぬためだ。しかし私はこれ以上動けぬ。だから代わりにアヴニール様を無事ここからお連れし、お守りするのだ」

「必ずっ、この命に代えましても!」


 戻ってくる足音に気がついたコンシェンツァ卿は掴んでいたリゲルの服を離した。


「コンシェンツァ卿」


 星蒼玉と金剛石が眩く輝く首飾りを握りしめている小さな手にその手を伸ばして重ねる。


「これは姫殿下のお母上…今は亡き前王妃の形見です。きっと貴女を守って下さるでしょう。お持ちください」


 こらえても溢れだす涙をぬぐいもせず頷くアヴニールを見てコンシェンツァ卿は満足げに頷く。


「アヴニール・テネル・エルピス姫殿下…どうかご無事で…」


 そう呟いたコンシェンツァ卿の瞼が静かに閉じた。


「コンシェンツァ卿、母なる原初へ帰る貴方の魂の旅路が安らかであらん事を」


 リゲルは立ち上がり隠壁を剣の柄で壊した。いざという時のために準備していた逃亡用の荷物が入っているリュックを手に取って戻ってきたリゲルは祈りを終えたアヴニールの手を取る。


「姫っ、すぐに脱出しましょう!」

「リゲル…」

「何があっても必ずお守りします。私を信じて」

「勿論、信じています。私の騎士」


ぎゅっと握りしめられた手の温かさを感じ、アヴニールは頷いた。





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