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第60話 休まる場所は何処に

「あ、あの……ここが宿です。明日、僕のお爺ちゃんから色々と説明があると思うのでゆっくり体を休めて下さい。それと……僕は何も見てませんから。本当に何も見てないです」



「ちょ、待とうよシーフィス君。話し合おう……話し合えば分かる筈さ……な? な? だから話聞いてくれよ……」



 珈琲屋のマスターに半強制的に渡された豹柄ニーハイによって引き起こされた別名“ニーハイ事件”によって変態扱いを受けていた俺は何とか弁明しようと純粋無垢な少年――シーフィスに弁明をしようと試みるが、早足で遠ざかられていた。



 だが、他人のフリを決め込みながら俺から距離をとっていた彼は義理堅くも、怪鳥の恩を果たそうと何だかんだで宿へ案内してくれていた。



「はぁ……しんど……そうだ、明日くらいにもう一度珈琲屋に行くか。……文句1つくらい言わねぇと気が済まねぇわ」



 閃いたように瞳を一瞬輝かせ、明日の予定を早くも俺は決めていた。



 シーフィスが案内してくれたのは平屋造りとなっていた一件の宿屋。

 それはまさに日本家屋(にほんかおく)と言葉を洩らしてしまいそうな程にそっくりだった。



 自分の住んでいた世界を懐かしみながら呆けていた俺を横目にシーフィスは去り際に「部屋はエルフさん達の荷物等が置かれているので直ぐに分かると思います」とだけ言い残し、踵を返して俺の下から離れていった。



「うわっ、本当に和風だな……この宿は……」



 そう口にしながらも、木で造られていたスライド式のドアを開け、中へと足を踏み入れる。宿屋の中は木とお香が混ざりあったような親しみのある薫りが漂っており、感嘆の言葉を洩らさずにはいられなかった。



 そして玄関近くに待機していた和装束を着た女性が案内しようとしてくれたが、その際に昔のブラックな歴史がフラッシュバックして俺に襲いかかった。



 3年前だったか。

 俺の中学卒業した日の晩に両親が「チケットが2枚だけあるんだけどなぁ……」と、嘘臭い芝居をうって楓と2人で旅行してこいと言われ、なし崩しに行き、旅館に泊まった思い出がある。

 


 その際に運悪くも楓が浴場に行き、1人になった時に旅館の女将らしき女性に「どこから来たんですか?」等と色々尋ねられた事があった。



 そんな質問に対して俺は「近辺からです」「はい」「いいえ」といった言葉を返して会話のキャッチボールをしていたのだが、何とも言えぬ静寂が突如襲ってきた時に思い浮かべていた



 あ、あああッッ!! 会話が止まりやがったアアア!! ど、どうにかしてこの状況を打破しねぇと……クソッ、何も話題が思い付かねぇッ!! はっ、こうして考えているうちにどんどん気まずくなっていく……。もう、トイレ行くか! 何も言わずにトイレ行こうか!! それだな!!



 という馬鹿な事を考えていた時の記憶が鮮明に甦っていた俺は頭を右手で抑え、傍から見たら急に頭を抑えだしたヤバイ奴と思われても仕方のない行為をしながらも、会話という最大の敵から逃げる為に案内を断り、木造りになっていた廊下の縁側を足早に歩いていった。



 

 そして歩く事5分。

 風情を感じさせる木が描かれていたふすまを横目に廊下を歩き、ティファール達が使用してそうな客間へとたどり着いた。




 そこは紛れもなく和室と呼べるものであり、雅やかな客間であった。

 俺の目に飛び込んできたのは横一列にしかれた緑の座布団。

 横長の木造となっていた机。

 湾曲した独特な形状の剣が2本。

 そして鮮血を想起させる真っ赤な字で“伊織へ”と宛名が書かれていたダイイングメッセージとも受け取れそうな置き手紙があった。




 手紙を手に取る事なく俺は瞬時に決断する。

 男風呂に避難しよう、と。




 そう決意してからの俺の行動は早かった。

 部屋に用意されていた男用の浴衣を片手にまるで泥棒のように荒れ散らかすだけ散らかしてから逃げるように部屋を後にした。




 そして男と大きく刻まれていた青色の暖簾をくぐり、早々と脱衣を済ませて脱衣場を後にしてさぁ避難所(湯殿)だ。と思いながらリングに仕舞っていたタオルを腰に巻いていそいそと向かうと、そこは大きな丸桶型の露天風呂だった。



 が、邪魔な物が1つ存在していた。



「くぅぅぅぅ、やっぱり風呂で飲む酒は一味違うねぇ!!」



 湯船に酒の入ったビンを数本入れた桶を浮かばせながら1枚の大きなタオルを体に巻き、露天風呂の縁に腰掛けながららっぱ飲みをするエルフ――イディスがそこに居た。のぼせているのか、はたまた酒のせいなのか、白く端整な目鼻立ちの顔には薄紅が差していた。 



「……なんで男湯にイディスが居んの?」



 瑞々しくも翡翠色をした髪に水を滴らせつつも、酒を飲むイディスに向かって呆れ混じりに俺は言葉を発していた。

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