第6話 残酷なティファ
俺は空き部屋での出来事の後、ティファールに手を引かれながらクラスメイト+αが居る場所へと向かっていた。
向かう途中、身体強化は一定時間経つと勝手に効果を失っていたのだが、吸血鬼化は何故かいつまで経っても効果が切れず、その事実に首を傾げていた。
意識をしてちゃんとスキルの解除をしないと大変な事になるな、と思いながら吸血鬼化を解除していたのだがふと、ティファールを見てみるとちゃっかり赤目から碧眼に戻っていた。「吸血鬼化したままでいいの?」とか声を掛けてくれてもいいと思うんだ、と内心愚痴っていた。
「ティファ、頼み事があるんだけれど……聞いてもらえないか?」
俺はティファールに頼み事を聞いてもらう為に、長年の三者面談生活にて培った108の奥義の一つである、目を伏せてしょげてますよ感を超漂わせた。
「ん? 何かしら伊織。何でも……とは言えないけれど、私に出来ることなら余程の事がない限り頼み事の一つや二つ聞くわよ?」
ティファールは、どうしたの? といった顔をさせながら肩越しに振り返りながら言葉返した。
ふっ、出だしは上々ってところか。
「あー、そのだな……言いにくいんだが、俺とティファの関係を今はまだ内緒にしてくれないか?」
俺はポリポリと頬を掻きながら、苦笑いをする。
「…………それって私じゃ不満ってことかしら? それとも私と一緒に居るところを見られると不都合でもあるの?」
ティファールは顔を顰かめながら問いかけた。
「い、いや違う!! ティファはかなり美人だし、寧ろ俺がティファと釣り合ってないんじゃないかと思うくらいだ。俺が言いたいのは……ク、クラスメイト達に俺が召喚されて直ぐメイドだったティファとその……今みたいな関係になったことで勇者っていう立場を盾に関係を迫った。とか思われたり、その事で変に王様なんかの不興を買う可能性も有るだろう?だ、だからだよ」
(即席の言い訳だが我ながらこの言い訳、素晴らしいと思う。特に王様の不興を買うってところがベリーグッドだ。もしティファとの関係が楓にバレたらと思うと震えが止まらん。昔、とある女の子と文化祭の買い出しに二人で行った時、傍から見たらイチャついてるように見えていたらしいんだが、たまたま? 楓とばったり会い、「イオくん? その女誰?」と言いながら右手に持っていたスマホがメキッとかバキッって音を出していたあの時の記憶、俺はあの日以降忘れたことないぜ……あれはマジでビビった。あれ? よく考えてみれば俺と楓って付き合ってもないのに何で楓怒ってたんだろ……あれ、なんでだ? ……ま、いっか。よくわからんが手は打っておくに限る)
自分のセリフに少々陶酔していた俺の意見に思うところがあったのか、眉根を寄せながらティファールは悩み始めた。
「……ふぅーん、不興ねぇ……まぁ一理あるわね。確かに私が王様なら数時間で今の私達のような関係になっていたら奇怪な目で見るかもしれないわね。あ、でも勇者って立場を盾に。とは絶対思われないと思うわよ? だって勇者に媚びる人なんて探せば何人でも居ると思うし、伊織の容姿からして一目惚れとか思われて終わりでしょうしね」
ティファールは微笑しながら「私は人間に媚びたりなんか死んでもしないけれどね」と俺に聞こえるか聞こえないか分からないようなくらい小さな声量でボソッと呟いた。
あれ? 俺、人間だよね? 俺って人間の勇者として少し前に召喚されたよね!?
「まぁ、そういう理由があるからさ、すまないが頼むティファ」
そう言いながら俺は両手をパンッと合わせ、頭を下げて頼み込む。
「うーん、少し腑に落ちない気もするんだけど……善処するわ」
「ちょ、善処じゃヤバいんだ。せめて一ヶ月、一ヶ月は内緒にしてくれ……」
「ええ。任せて、勿論善処するわ。あ、あの部屋よ。早くいきましょう?」
ティファは20mくらい先にあるドアを指差し、俺の手を引きながら小走りにへと変えて向かう。
その時のティファは本当に良い笑顔をしていた。本当に凄く良い笑顔を。
「ティファさん? 今、わざと話を逸らしたよね!? ねぇ!? ………もういいや、なんとでもなれ……」
クラスメイト達+αが居る、他の部屋より少し豪華な造りに見える部屋の扉の前に着き、ティファールと一緒に中にへと足を踏み入れる。
部屋はとても広く、恐らく千人くらいは入る事が可能だろう。
俺とティファールが扉を開いた事により、入ってきた事に気がついた生徒達の何人かが小走りして此方にへと向かってきた。
「あ、メイドさん鼻血君のお世話お疲れさまでした!! 大丈夫そうでしたか? あの鼻血君」
話しかけてきたのは150cmくらいの活発そうなショートヘアーの可愛らしい顔をした女の子だった。生徒会の人ではないので恐らく俺のクラスメイトなのだろう。
確か名前は………、数秒掛けて思い出そうとするが思い出せない。残念ながら俺の頭に記憶しているのは望月楓って名前だけだ。
野郎ではないし覚えていたら後で名前聞いておくか。
ていうか俺=鼻血君なのね。予想してたけどな!! 等と密かに決めたりツッコミを入れたりと俺は忙しい人となっていた……心の中では。典型的なコミュ障だ。
「ええ、元気そうでしたし大丈夫だと思います。心配する必要はないと思いますよ」
ティファールは御得意の営業スマイルで対応する。
そりゃ、鼻血君はメイドさんの隣に居ますもん。活発そうなクラスメイトさんよ、君の目は何処についてるんだ?
「まあ、鼻血君の事は置いておいて……メイドさん!! そこに居るイケメンの男とどんな関係ですか!? 手を自然に繋いで仲良さげなところを見ると……もしかしてメイドさんのコレですか!?」
急にテンションが高くなった活発そうなクラスメイトは小指を立てながらティファールに俺との関係を訊ねた。俺との関係をティファールから聞き出そうとしていると「あたしもそれ気になってた」なんて声がちらほら聞こえてくる。
オイコラ、ちょっと待てや。俺ってお前らと2年間近く同じ学校に通ってたよな?
ボッチの俺の顔なんかさっぱり覚えてないですってか、酷い、酷すぎる!!
ていうか鼻血君の事は置いておいてって俺から話題離れてないからね?
ティファールが「それはですね……」と言い始めた瞬間、俺が戻ってきた事に気づいた楓が大声を出しながら俺の下へと走って向かってきた。
「イオくーーーーん!!」
叫びながら向かってきた楓に俺は気づき、ティファールと繋いでいた手を少し勿体ない気もしたが慌てて離す。
ティファールと離れた瞬間、楓が俺に飛びついてきた。
俺の近くにいたクラスメイト達は「え? これってもしかして修羅場?」や「イオ君? あ、よく見たらうちの学校の制服着てる……え? 嘘でしょ!?」などといった様々な事を何人かが口走っていた。
「イオ君、ここに居るってことは体調は大丈夫って事だよね? あ、髪やっと切ったんだ!! それにあのだっさい眼鏡まで取ってる!! やっぱりなにも着けてない昔のような髪型のイオ君が一番だよ!! あと…………さっきまで仲良く手を繋いでたメイドさんとはどんな関係なの? 嘘は良くないからね? あった出来事を一字一句間違えずに話してイオ君?」
凄い勢いで詰め寄ってきた楓の目は少し光を失っていた。
あれ? どうしたよ楓。いつもと雰囲気違わない?
どうしよう、どうしようと考えていたらティファールが俺に助け船を出した。
「その事については、私が説明します」
と、営業スマイル……ではなく、少し邪悪な笑みをさせながら口にすると楓の視線がティファールに向けられた。その時、俺は出来立てほやほやの嫁に対して心の中で喝采を上げる。
俺を庇ってくれるのか!! 頼りになるよ、ティファ!!
「……へぇ……メイドさんが説明してくれるんですか? まあ、私は話してくれるのならイオ君でもメイドさんでも良かったのでメイドさんが話してくれるならそれで大丈夫ですが……じゃあ、お願いします」
楓が言い終わる頃にはクラスメイトや生徒会の人達の殆どが俺達の周りに集まっており、注目を集めていた。
ふっ、こんなこともあろうかと俺はティファと打ち合わせしていたんだよ。おっしゃ言ったれ言ったれティファさん!! こいつらの思っているそのふざけた幻想をぶち殺
「えっとですねぇ……ざっくり言いますと、色々あって夫婦になりました」
ゴフッ(俺が吐血した音)
ティファールは両手を頬にあてながら、いやんいやんしながら答えた。
そして俺とティファールの周囲にいた人達は凍りついた。
重い空気と沈黙が場を支配する。
………………ちくしょう、終わった……善処まったくしてねーじゃん………
「あっ………わ、私達お邪魔虫じゃないかな………あの……30分くらいならまだ大丈夫だと思います……よ?」
凍った空気の中、誰かがそんな事を口走った。
オイコラ、口走った奴誰だよ。ちょっと人気の無いところで話し合いをしようか。 ていうか、何が大丈夫なのかな? 言ってみろやゴルァ。お前、顔覚えたからな!! その顔ぉ!!
そんな声を聞いたティファールは
「いえ、お構い無く、私達…30分じゃ全然足りませんから……ふふふっ」
ティファールは俯きながら返答していたが、俺はティファの近くに居たから見えた。こいつ笑ってやがった。今の状況を楽しんでやがる……悪魔だ、悪魔がいるぞ
そんなやり取りを楓は驚いた表情で聞いていた。そして俺は焦燥に駆られる。
やばい、弁明せねば……
「か、楓。これにはマリアナ海溝よりも深い訳がだな…」
と弁明しようとしたが
「私、イオ君にはガッカリだよ。こんなことなら地味な格好をしていた時の方がまだ良かった。………この女誑し」
楓が言い放った後、パァァァァァンと大広間に響く程の本気右手ビンタを俺は受ける事となり、
……俺、何か悪いことしたか? そう思いながら意識を失った。