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第59話 珈琲屋のマスター

 駆け出し始めて数分後。

 俺は珈琲とだけ書かれた看板を店の外に出した風情を感じるこじんまりとした珈琲屋にたどり着いていた。



 そしてカラン、と乾いたベルの音を響かせてドアを押し開ける。

 直後、和やかな気持ちを誘発させるような風情のある木造の店内が双眸に飛び込んでくる。そしてカウンター越しに店主と思しき無精髭を生やした男が顔を上げると同時に口を開いた。



「……いらしゃい。見ない顔だな……ま、今は誰もいない。適当にそこら辺に座ってくれ。注文は決まってるかい?」



 木造の使い込まれたコーヒーミルを手でゴリゴリと回しながらコーヒー豆を挽きながら俺を一瞥するが直ぐに視線をコーヒーミルへと戻す。

 ゴリゴリとコーヒー豆を挽く音と共にコーヒーの芳ばしい香りが漂っており、自然と和んでしまう。



「あー、えっと……ブレンドコーヒーを」



「……あいよ、ブレンドコーヒーね」



 そこら辺に座ってくれ、と言われたものの店内には珈琲屋のマスターと対面になるようにカウンターの近くに6つ程背もたれの付いたスツールが均等間隔にて並べられていただけだったので俺は入り口に一番遠い端のスツールに腰を下ろす。



 そして俺は注文は? と聞かれたので反射的にブレンドコーヒーと口にした。



 やっぱ、どうしても初対面の人になると言葉が出にくくなってしまうな……

 もう、これ不治の病か何かじゃないだろうか。






「……御待ち遠様、これがウチのブレンドだ」




 数十秒程で少々サイズの大きい角砂糖が2つと小さな入れ物に入ったミルク、そしてスプーンを添えてコーヒーを注いだティーカップを目の前に差し出した。



 差し出されたコーヒーの芳香を一度嗅いだ後に角砂糖をポトッポトッと音を立たせながら入れていく。

 そして俺は取っ手を持ち、湯気の上がるコーヒーを熱いうちに飲もう。そう思うがそれと同時にマスターから話し掛けられた。



「なぁ、名前……なんて言うんだ? あぁ、言いたく無ければ大丈夫だ」



 マスターはコーヒー豆を挽き続け、たまに視線を此方へと向けながらも質問を投げ掛けてくる。

 


「名前? あぁ、鷺ノ宮伊織だ」



「……そうか、そうか、トムって言うのか……いい名前だな」



「いや、鷺ノ宮伊織って言ってんだろ? ちゃんと聞き取れよオッサン」



 出されたコーヒーの匂いを楽しみ、ミルクを注ぎながら答えると何故か訳のわからない返答をされたので間髪容れずにツッコミを入れた。



 調子狂うぜ……



「……なぁ、トムは……身なりからして冒険者だろう?」



 訂正した筈なのにも拘わらず一切呼び方が変わらなかった事に項垂れる。

 そして躍起になるのも面倒臭かったのもあり、そのままトムという呼称で良いやと投げ遣りになっていた。



「……はぁ、もういいよそれで……あぁ、そうだがどうかしたか?」



「……そうか、そうか。これでもな、俺も冒険者ってモノを10年程やっていた時期があってだな……ま、何となく気が乗ったんでトムには劇的に能力が上がる方法を教えてやろう……一応聞くが……パーティーメンバーに女性は居るか?」



 マスターは急に先程まで続けていたコーヒー豆を挽く事を止め、カウンターに両手をつきながら神妙な面持ちで語り始めた。



「……あ、あぁ、居る。劇的……か。そ、その方法を是非とも教えてくれ!!」



 確かに血に酔えば敵に負ける事はまだ一度も無かったのでこれ以上強くなる方法はいらない、等といった考えが渦巻いたものの、俺は自分をちゃんと御した状態で楓やティファール達を守っていきたかったのでマスターの発言に食いついた。



「……そうか、なら教えよう。そうだな、あれは10年前だったか。俺は毎日のように訓練や強い武器をひたすら求めながら冒険者をやっていたんだ。それが間違っているとは言わないさ。だがな、その日俺は初めてパーティーというモノを組んで……そこで……気づいたんだよ








 ――――女性のコスチュームが同行者の機動力、攻撃力。そして防御力を左右させる事に、だ」



 過去の出来事を想起させていたのか、天井を仰ぎながら感情を込めて彼は言葉を発していく。

 そして大事な部分をキリッとわざわざドヤ顔にしてからマスターは言い放った。

 その言葉には何故か分からないが説得力のようなものがあった。




「あぁ、すまない。話が飛びすぎたな……そうだな、お前がもし、女だったら……男のどこに魅力を感じる?」



 俺が装備の性能、ではなくコスチュームなのか訳がわからず唖然としていると首を左右に振らせ、マスターは謝罪をしてきた。そして直後、新たな質問を投げ掛けてくる。

 もはや意図が全く分からない。



「俺が女だったら? ……うーん……強さ……とか優しさ、それと容姿とかかな」



「……あぁ、あぁ。そうだろう、そうだろう。それらは全て素晴らしい。……じゃあ、男は女のどこに魅力を感じるだろうか?」



 質問の意味を1mm足りとも理解していなかったのだが、思った事を口にするとマスターは深く首肯し、再び問い掛けてくる。



「……そうだな……やっぱ……む、胸とか?」



「そうだな、そういう奴は多い。俺も昔は胸が女の価値を決めるとまで思っていたからな。本当、若気の至りってやつを最近は恐ろしく感じてるよ」



 頬を引き吊らせながらも思い付いた事を口にするとマスターは深く2度、3度と頷き、遠い目をさせながら視線を天井に移した。




「だがな、実際は違うんだ。俺が見つけた答えはだな……





 ――――脚だ!! 事細かく言うならばソックスの口ゴムとボトムスの間にのみ存在するあの僅かな輝き。あれこそ全ての魅力の源であり、男の原動力だと俺は思っている」



 前口上のような事を言った直後、急に声のトーンを上げて煤けた色をした木造のカウンターをバンッ、と叩きながら言い放った。



 はっきり言ってただの変態オヤジだった。

 それも足フェチという度し難い方の。



「お堅く長ズボン穿いている奴とかは論外だ、論外」



 そしてマスターの足についての語りは止まる事を知らず、尚続く。

 右の手を右左にパタパタと振りながらナイナイと言って自分の趣味にそぐわない服を全否定した。




「で、だ。お前には特別に、このニーハイをやろう。ま、騙されたと思って一度パーティーメンバーに頭下げて頼んでみな。俺の言った事を見に染みて感じるだろうよ」



 そう言いながらカウンターの下から白色の紙袋を取り出し、俺の目の前にあったティーカップの隣に置いた。

 



「明日には俺の事を褒め称えてるかもな。あっはっはっはっはっは!!」




 上機嫌のマスターを尻目に俺は湯気が昇っていたブレンドコーヒーをズズズ、と音を立てながら飲み、銀貨を1枚置いて帰ろうとするがニーハイの入った紙袋を無理やり持たされ、持ち帰る事となった。




 あれ? 俺って何しに珈琲屋に行ったんだっけ?




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 珈琲屋を後にし、シーフィスの下へと俺は向かっていた。

 昔、ダヴィスから貰った物とはいえ贈り物をした際に喜悦していたなぁ、と思い出した俺は渡してみるのも良いかなと思い、紙袋を片手に歩を進めていた。




 無言で歩く事、数分。

 俺はそう言えばマスターに渡された物がどんな物なのか知らなかったなぁと思い、紙袋の中身を確認しようと中を漁り始めた。



  

 そして中に入っていた物は……



 ――――豹柄のニーハイだった。




 元々、女性服等には無知だった俺は靴下か何かだと思っていた為にニーハイの実物は相当の衝撃を俺の脳に与える事となった。



 そして衝撃を与える出来事はまだ続く。

 運悪い事にタイミング良く豹柄のニーハイを取り出した俺を見ていた少年が居た。



 ――シーフィスだった。



 傍から見れば度し難い変態とも思える行為をしてしまっていた俺を見たシーフィスは……



 他人のフリを決め込み、踵を返して俺から離れていく。



 そして俺は何とか弁明しようと嘆いた。



「……ちょ、こ、これは誤解だ!! 誤解なんだ!! ……話を聞いてくれえええええぇ!!!」



 

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