第55話 伊織、終了のお知らせ
「んー……かなり遠いのかと思ってたが意外と近かったんだな」
転移先の原野から『竜人街 ドランジェ』を遥か彼方に視認した俺は、一向に目を冷ます気配の無い楓を背負いながら目的地へ膝辺りにまで垂れた黒いコートの裾を靡かせつつも一直線に疾走していた。
駆け出して数分。
たった数分の間に辛うじて視認できる程度だった街との距離はもう10kmもないだろう。
魔王城に向かった際は数十km程度の距離に数時間掛けていたがその時、魔族は悪と王城で教えられていたであろう楓が隣にいた為に忌避される事を恐れ、吸血鬼化を使えなかった。
だが、今は違う。
その為、吸血鬼化によってはね上げた身体能力を存分に発揮していた。
それなりにステータスが高くなければ、俺達とすれ違っていたとしても姿は霞み――ザッといった砂混じりの地面を蹴る音しか聞こえないだろう。
夕日に照らされ、赤色に輝きながら聳え立つひときわ巨大な時計台の大きさが1秒、また1秒過ぎていく内に双眸の中で変化し、街との距離が近づいている事を明確に示している。
「そうね。まぁ、別に私は野宿でも良かったのだけど……」
俺と並ぶように疾走していたティファールは嫉妬、そして憎しみのような感情を込めた視線を瞼を閉じて俺の背中に体を預けていた楓に注ぐ。かれこれこの言葉を聞くのも3度目だ。
1度目の時点でティファールの機嫌が良くないという事に気づいていた俺はなんとか直らないものか……と思い、気を紛らわす為にと話掛けるのだが何故か藪をつついてしまう。こうして失態を重ねた俺はドツボにはまっていた。
いや、本当に失敗だったわ。
コミュ障が話を振る時点で愚行だったわ。
お陰で気づいたよ。
俺は会話の引き出しが少ないんじゃない。
――――ないんだよ……会話の引き出し自体が……
身に染みて分かった……そんなものはないって事がな……
「ま、まぁまぁ、そう言わずに……ほ、ほら、もう街に着くぞ」
あからさまに話を打ち切り、もう目の前にまで迫っていた街を見るようにと遠回しに促すが視線の先は妙に騒がしく剣呑に包まれていた。
その事に気がついた俺は半眼に目を細め、『竜人街 ドランジェ』にて巻き起こっている騒ぎの音が辛うじて聞き取れそうだった事あって駆けながらも耳をすませると1人の男の声が届いた。
「し、しまったあぁぁぁ!! 長の孫が怪鳥に拐われちまったぁ!! あんの糞ガキ、目を離した隙に居なくなったと思ったら怪鳥に拐われてるとは……このままじゃ、孫が大好きな長に今日の世話役だった俺が殺されちまう……皆も知ってるだろう? 俺は戦闘が苦手なんだ。礼は弾む……だから誰か……誰か助けてくれえええぇ!!」
耳に響き渡った悲痛の叫びを聞いて俺は思った。
叫んでいる男に恩を売って竜人街で暮らせるように取り計らって貰えばいいんじゃないか、と。
そして長。
恐らく街で一番偉い人なんだろう。その人の孫ときた。
これは……助けに行くしかないだろう。
そうと決まれば早速、叫んでいる男に怪鳥の場所を……と思った俺はふと疑問に思った。
怪鳥? と。
何故かごくごく最近に怪鳥をどうも見た気がしてしまった俺は10分程前の出来事を思い出した。
自分達の頭上を通り過ぎた怪鳥。そして嘴にくわえられながらも助けを求めていたちょっと変わった色の肌を持った男の子を。
そしてそれに気づいた俺はティファールに向かって言うが早いか駆け出した。
「……戻るぞティファ!!」
「え? 戻るって……あ、待って伊織!! 置いてかないで!! ちょっと待ってってば!!」
急に踵を返し、男の悲痛の叫びを聞いていなければ到底理解出来ない意味不明な言動をする俺を見たティファールは素っ頓狂な声を上げた直後、慌てて先程までとは違って全力疾走を始めた俺を追いかけるように彼女も引き返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「怪鳥を見つけるっていっても……ぶっちゃけ無理じゃね?」
怪鳥にくわえられた男の子を捜し始めて早30分程。
広大な原野にて結構前に飛び去った怪鳥を見つけることは最早不可能に近かった。
そして手掛かりすら見つけられず、闇雲に捜し回っていた俺は気だるげに呟いた。
捜し回っている途中にティファールには事情を説明しており、彼女も納得してくれたのだが少し前から諦めて野宿をしよう、と野宿を勧めてきていた。
そして30分の間で変わった事があった。
――――楓の鼻息が妙に荒くなっていた。
だが、確認しようと後ろを向くと楓は目を瞑っており、起きているような起きていないような……といった違和感に頭を悩ませていた。
ねぇ、これ起きてるよね? 絶対起きてるよね?
そして、怪鳥捜しに萎えてしまいとうとう足を止めた直後、何かを思いついたのかそう言えば、といった調子でティファールが声を掛けてきた。
「ねぇ伊織。召喚獣に乗って捜した方が早くないかしら?」
「……ん? あ、あれぇ!? 俺、何か耳の調子がちょっと悪いみたいだ……おっかしいなぁ……何かさ、召喚獣に乗るとか乗らないとかって聞こえたんだけど……もう一度言ってくれない?」
惚けたような顔をさせながら聞き直す。
驚異のゲロ率100%を誇るアスディーグ。
どこかのテイマーのように鞭でビシバシと緩やかに飛ぶように調教してやりたいのは山々なんだが、鱗が硬い上、でかすぎる為に叶わなかった。
翼がある癖に飛べない上、言う事を全く聞かないジョニーにしろ、アスディーグにしろ、そしてアイツもなんだがどうして俺の召喚獣はこうも癖が強い……いや、ポンコツなのかねぇ……
「ええ、間違ってないわよ?」
「……え、ちょっと待ってよ。それ何の死刑宣告? 俺に死ねと?」
もはや俺達にアスディーグに関してのみ、言葉は要らない。
アスディーグに乗る=ゲロを吐け。と最近では勝手に脳内変換してしまうからだ。
「あぁ、伊織ってば完全に勘違いしてるわね……えっと……そうじゃないの。私ね、さっきふと思ったんだけど、血に酔っておけばドラゴンに酔う事は無いんじゃないのか、ってね」
「……それだよ。名案だよティファ!! 血に酔っていようとアイツを喚んでおけばいい話だし、それに無差別に殺すってわけでもないしな……それでいこう」
そう言った直後、ティファールは自身の身を包んでいた赤黒い革鎧を脱ぎ、下に着ていた黒いTシャツのような服の襟の部分を肩辺りにまでずらし、右に首を傾ける事で白いうなじを晒した。
俺はリングから血を取り出してほろ酔い程度にしようかと思っていたのだが、ティファールの行動から察するに自分の首に牙を突き立てろ、と言いたいのだろう。
俺は断ろうと思ったのだが、吸血鬼化していた為に血に対しての欲望を抑える事が出来ずふらふらと血に誘われるように彼女のうなじへと近づいて行く。
牙を突き立てようとした刹那、憤怒を込めた低い声が俺の耳元で囁くように発せられた。
妙に丁寧な口調だった事で更に怖さが増しており、俺は一瞬で正気に戻った。
「ねぇ、イオ君……何をしようとしてるのかな?」
楓の表情は笑っていたが目が全く笑っておらず、瞳の中は黒く濁った何かが渦巻いていた。




