第32話 結局は他人任せ
「ちょ、ちょっと待って!! 何でティファ、キレてんの!?」
変態を俺に擦り付けたティファが何でキレてるのかさっぱり分からなかったのでティファールに早口になりながらも慌てて訊ねた。
が、その質問は良くなかったようで。ティファールの双眸から光がだんだんと消えていく。
そして俺に聞こえない声量で何かブツブツと呟いている。
イディスはティファールの状態が興味深かったのか、攻撃を一旦止めて値踏みするかのような目をさせながらティファールの様子を凝視していた。
……何でこうなった……超怖いよティファールさん……
俺は何故ティファールが今の状態になったのか皆目見当がつかなかったが、謝った方が良い、と俺の本能がそう告げていたので謝ろうと彼女に近づこうとすると
「うおぅ!?」
ティファールがスタンバイさせていた闇色に染まった剣が一切の容赦無く、俺に凄まじい速度で襲い掛かってきた。俺は襲い掛かってきた剣を避けるべく、後方へと飛び退く。
俺は剣にただ襲い掛かられた、というわけでは無く、一応収穫を得ていた。
少しだけだったが先程ティファールとの距離が縮まった事もあって彼女がブツブツと呟いていた声が一部聞こえていた。
俺の耳に飛び込んできた言葉は
「……伊織の(性的な)童貞は渡さない……伊織は私のもの……私のもの……今の伊織はあの雌豚に毒されてるかもしれない。あぁ、なら一度殺して正気に戻してあげないと……伊織は気付いてないけど吸血鬼って死んでも再生するけれど殺された場合、その時の前後の記憶が無くなるのよね……ふっ、ふふふっ、早く伊織を殺してあげないと……ふふふふふふふ……その後にあの雌豚をグッチャグッチャに切り刻んでやる…殺す……殺す……」
……………ちょっと待てや。
ティファは俺の(殺人)童貞をそんなにも渡したくないのか? ……いやいやいや、それならティファがあの変態をブチ殺してくれればいい話だ。
まさか、自分を殺して(殺人)童貞を捨てろと? ……それも無いな。
ティファは殺されたい願望があったりだとか、Mとかでも無いし。
ならば、導き出される答えは………絶対童貞の意味履き違えてやがる……
だが、可笑しいな。(性的な)童貞なら悠遠大陸にいた頃に俺は寝ている間に襲われて無理矢理奪われた筈。渡さないとかの前にもう誰にも渡せられないと思うんだが。
……そうか、ティファはイディスの相手をして気が動転し、正気を失ってしまったのだろう、ならばやる事は決まった。誤解を解こう、今すぐに!
「聞いてくれティファ!! お前は童貞の意味を勘違いしている!! 俺はさっき(殺人)童貞と言ったが、その童貞は童貞と言っても普通に思い浮かべる(性的な)童貞じゃない(殺人)童貞なんだ。だから正気に戻ってくれティファ!!」
俺が童貞、童貞と何度も連呼したせいで野次馬達の中にいた一部が慈愛満ちた目で俺を見詰めてやがる………ぐはぁ、俺の精神がガリガリ削られるぅぅ。
ち、違うんだ、と顔で訴えかけるが例外なく全員、分かってる、分かってからと反応しやがる。
ぐぉぉぉ精神的ダメージ2倍ッッ!!!
俺の弁明を聞いたティファールは少し俯きながらも、ゆっくりと俺に向かって近づいてくる。
俯いていたせいで前髪で光を失いつつあった双眸が隠れ、怖さが増していたが近づいて来ていると言うことは誤解だと伝わったという事だろう。さぁ、二人であのイディスを倒そうじゃないか!!
そう勝手に都合の良いように解釈をした俺は薄く笑いながら少々軽い足取りでゆっくりとティファールに近づくが……
「うぉぉいっ!!」
又しても剣が飛んできた。
そしてティファールは未だにブツブツと呟いていた。
耳を傾けようかと思ったが、俺はあえて聞かなかった。
ティファールが剣を俺に飛ばし、俺がそれを避ける。といった光景を見てイディスが黙っている筈は無いわけで。
「……アハッ♪ アハハハハハハハ!!! 愉しそうだねェェェェェェェェェ!!!! 私も交ぜてよォォォォォ!!! アハハハハハハハ!!!」
そろそろ出血多量で倒れてくれても良いんじゃないだろうか。
再び甲高い狂ったような笑い声が響く。声の主である変態を見ながら俺は酷く悲しげに呟いた。
「……おぅ、デスティニー………もうやだよ……」
そして俺は1人で2人の相手をする事になった。
チキンな(殺人)童貞の俺は、変態相手に殺してしまうかも、と尻込んでしまい、防御に徹していた。
ティファールの攻撃は氷魔法で自分の後ろに壁を作ったり、飛んでくる剣自体を凍らせたりして対処していた。
おいおい、このままじゃじり貧だな。
防御に徹しているだけの俺に勝ち目は無い。かといって今のチキンな俺に殺しは無理だ。氷魔法はmpの消費が激しいし、さっさと勝負を決めるか逃げるか……ティファと変態に挟み撃ちにされてるし逃げるのは無理そうだな。
………どうしよ……
………そうだ、昔こんな言葉を聞いたことがあった。意味を少々履き違えて覚えてしまった気もするが。
初心忘れるべからず、と。
最近、ティファールとずっと一緒にいたせいか、昔の考え方を忘れて何もかも自分で解決しようと考えてしまっていた。
思い出せよ俺。
注文とか電話とかで最初の一言すら出なかったあの頃を。
誰かに珍しく話し掛けられたら滑稽なまでに、神経をすり減らして話題を考えたりしたあの頃を。
エレベーターに乗るときは行きたい階のボタンを押す前に閉めるボタンを連打していたあの頃を。
あの頃はどうしていた?
行動する理由は全て自分の為、困った事があっても他人に聞くことすら出来ず……
―――他人任せだった
そうだ、他人任せだよ、他人任せ。
他人任せにしたらいいじゃない。そうだ、召喚獣に任せよう。
俺はもう疲れたよ。さぁ、さくっとやっちゃって下さいっ!!
そんな考えに至った俺は、打ち合っていたイディスから急いで10m程距離を取り、使っていた2本の刀を鞘に納めてから、右太股につけていたナイフホルダーからミスリルナイフを取り出してシースを急いで取り、手のひらを少々深めに切ってから目の前の何もない虚空に滲み出てきた血を浴びせる。
そんな事をしている間もティファールの攻撃を氷魔法で防ぐのは忘れない。
「さぁ、やっちゃって下さいっ!! 『我と契約せし召喚獣よ。血の盟約に従い、姿を現せ。名は………ジョニー!!』」