第27話 裏ギルドにて
裏ギルドは奇妙な場所だった。
俺はティファールに、裏ギルドは犯罪者や魔族が使う溜まり場のような場所。
と聞いていたので乱闘などが絶えず、五月蝿くて物騒な場所だと勝手に思い込み、もし絡んでくる奴がいたら半殺しにするか。などと考えていた。
だが実際は乱闘騒ぎなどは無く、あり得ないくらい静かだった。
裏ギルドにいた人は全く喋ってないわけでは無いが、喋っていても精々近くにいる人が聞こえる程度の声量だ。
俺はそんな光景を見た次の瞬間に、面食らってポカンとしてしまった。
そんな光景を生み出している人達の様子は、虎の尾を踏まないようにと気をつけているように見えた。
裏ギルドには先程登録した冒険者ギルドには劣るものの、大勢の人が利用していたがここが魔界領ではないからか、魔族は殆どいなかった。
裏ギルドにいた人や魔族の殆どが外套のフードや、帽子などで顔を隠していたのでもし、ここが裏ギルドと知らなかったら変な宗教団体かと思ってしまっていただろう。
裏ギルドは、受付のカウンターや多くの椅子やテーブル、そして依頼書のような紙が沢山貼られている大きな掲示板といった物があり、冒険者ギルドと酷似していた。
冒険者ギルドと違うのは、利用する人達の立場と裏ギルドは地下にあるので俺とティファールが使ったような通路へと続く道が其処ら中にあったという所だけだろうか。
通路も種類が様々なようで、俺とティファールが使ったような通路もあれば、登り階段や下り階段のみの通路、螺旋階段のような無駄にクオリティが高い通路も存在していた。
俺は予想と全く違った裏ギルドをぼけーっとしながら、ただただ眺めていた。
ティファールはそんな俺を肩越しに振り向き、苦笑しながら見詰めていた。
「伊織、ぼけーっとしていないでさっさと登録を済ませるわよ」
俺は彼女の言葉を聞いて我を取り戻し、慌てながらも「あ、ああ……」と返事をしていた。
ティファールは一度受付カウンターのような場所に視線を移し、再度俺の手を引いて受付カウンターまで連れていった。
冒険者ギルドで受付嬢と言われたりしているような役割を担っていたのは部屋着のような服を着た艶のある翡翠色の長い髪をしたエルフだったが、その女性はカウンターに突っ伏して小さな寝息をたてながら爆睡していた。
俺は、目の前で突っ伏して寝ていたエルフの艶のある髪を綺麗だな……と思いながら眺めていると何故かティファールが握っていた俺の右手がメキッと悲鳴を急に上げたので、直ぐにエルフから視線を逸らした。
俺は他に人はいないのか? と思ったが、残念ながら目の前で突っ伏して寝ているエルフ以外誰もいなかった。
仕方ない、揺すって起こそうか。そう思って突っ伏して寝ているエルフに手を伸ばそうとした次の瞬間、ティファが握っていた俺の右手がボキッと音を鳴らして曲がってはいけない方向に曲がった。
俺は裏ギルドが静かだった事もあって痛みで声を上げる事は目に涙を溜めながらも下唇を思いっきり噛む事で耐えた。
変な方向に曲がり、変わり果ててしまった右手をそのままにしておくのは駄目だろうと思い、正常な方向にゴキッと音を鳴らしながらも戻していた。勿論、戻した時も超痛かった。
………ティファは手加減って言葉を知った方が良いと思うんだ。
……滅茶苦茶痛いです、ティファールさん…
痛みと一人で戦っている間にティファールは受付嬢を起こしていたようで、エルフは伸びをしながら体を起こしていた。
一度、豪快な欠伸をした後に気だるそうな顔をしながらエルフは口を開いた。
「………はぁ……用件はなに」
エルフはハスキーボイスで面倒臭そうな口調でそう言った。
「……登録をした、い」
俺はティファールに曲げられて真っ赤になった手を擦りながらぎこちない口調で言葉を返した。
目の前のエルフは、登録という言葉を聞くと大きく溜め息を吐き、面倒臭そうにしゃがんで、カウンターから何かを取り出そうとしながら口を再度開いた。
「……………本当に登録するの? 死んでも知らないよ?」
だるいな……だるいな……と呟きながらエルフは警告をするように言ってきた。
登録するだけで死ぬのか? いやいや、依頼がキツイって事だろう。そう勝手に解釈した俺は、さくっと登録を頼む、といって軽く返事をした。
返事をした後、エルフの口から死体処理面倒臭いなぁ……と発せられたが、どういう意味か俺にはさっぱり分からなかった。
何かを取り出したエルフは近くにあった椅子を杖代わりに使って立ち上がった。
「……はぁ………本当に登録するの?」
エルフは何故か最後の確認をしてきた。
俺は登録するのに何度も確認する必要ないだろ……と思いながら「さっさと頼む」と言ってエルフを急き立てた。
急き立てた次の瞬間、エルフは俺の顔に向けて一切のモーションを欠片も感じさせる事無く、
――――3本の短剣を急に投げつけてきた。
しかも、俺の顔に向かって来る速度が超速い。
「んなっ!?」
俺は急の出来事で驚きながらも体をのけ反って紙一重で避けた。
短剣を避けた事が意外だったのか、エルフは少し目を大きく開いて、おぉー、と感嘆の声を上げていた。
短剣を投げられなかったティファールは何が起こったのかを理解出来ていないのか、ポカンと面食らっていた。
「………いやー、良かったね……私の攻撃を避けたからこれで登録終了だよ……あー、面倒臭かった。女の方は……吸血鬼だし……大丈夫でしょ」
そう言いながらエルフはポケットに手を突っ込んで黒いカードを取り出し、俺に黒いカードを2枚手渡してきた。
「………は? おいおい、裏ギルドに登録するには短剣を避けないといけないのか!?」
そんな事実を一切聞いていなかった俺は目の前のエルフの発言に驚きながら訊ねる。
「………んー? 知らなかったの? あー、それと今回はたまたま短剣だっただけで、槍とかも投げたりするよー? ……ま、そんな事を一々やる理由は一つだよ。裏ギルドに雑魚はいらないからね」
薄く笑いながらエルフは答えた。
何故? という顔をしていた俺を見てエルフは深い溜め息を一度吐いてから説明を始めた。
「……裏ギルドって暗殺みたいな依頼もあるんだけど、その依頼に雑魚が向かっても逃げ帰るか殺されるかの二択でしょ? しかも、そんな雑魚の行動によって無駄に暗殺対象の警戒心を高めてしまう。そうなると暗殺を依頼した依頼者の提示する報酬金額と依頼のリスクが釣り合わなくなるでしょ? だから雑魚はいらないんだよ。分かった? 新人君」
面倒臭そうな口調をさせながらも、説明を終えたエルフは「あぁ、そういえば」と呟きながら目を手で擦って、再度話し始めた。
「……それと、裏ギルドは平和ボケした冒険者ギルドみたいなランク制は採用されて無いから、依頼を受けたりする時はさっき渡したカードを見せるだけで良いからね……えっと……後なにか言う事あったかなぁ……あぁ、私の名前はイディスだよ……後は……もう無いか……あ、これ言うの忘れてたや
―――――裏ギルドへようこそ」