第1話 クソ女神
不定期更新です(´・ω・`)
気が付いた時には、黒い床、黒い壁といった黒一色の不気味な場所に佇んでいた。
今の状況に多少は驚いていたが、元々多くを喋らない事あってか、内心は少し取り乱していたものの、傍から見れば冷静に状況把握しているように見えたかもしれない。
だが、多少の狼狽も目の前の女性を見た瞬間にぶち壊された。
「あー、だっる……まじでだるいわ~、てか何で私にこんな役割を押し付けるかなぁ………上司みたいな立場だからって押し付けんなってーの……あっ! 名案思いついた。私の担当する奴にすんごい能力与えて世界でもぶっ壊してもらえばもうこんな面倒臭い仕事を受けなくていいんじゃない! やば! 私ってば天才! そうと決まれば、早速……」
目の前には、壁にもたれ掛かりながら手鏡を片手に持ち、自身の髪や顔を化粧品のような物を何処からか取り出してごちゃごちゃと弄くっているケバい女がいた。
喉元まで「何処のギャルですか? プークスクス、似合って無さすぎて超うけるんですけどぉ!!」という言葉が迫っていたのだが、初対面でその言葉は失礼かと思い、口元を手で抑えて耐えた。
「あ~、そこの……えっと……地味で童貞なお前。さっさと能力与えて異世界に飛ばしてゆっくりネイルしたいから……えっと……そう、早く名前教えなさい!! 名前を知らないと能力を与らえれないの。あんたみたいな冴えないモブキャラみたいな、ブ男の1秒と私のような可愛い可愛い女神の1秒は天と地以上価値の差があるんだからさっさとしなさい!」
ゴミ虫を見ているかのような蔑んだ目を俺に向けて言い放った。その言葉を聞いた俺は眉根を寄せながら様々な考えを巡らせる。
なんか聞き捨てならない事を言ってるなこのケバい女。
ていうか童貞って決めつけんなよ!! ……いや、童貞だけどさ!
異世界に飛ばす? 女神だぁ? なんか無茶苦茶な事を言ってるな。
最近の親はどんな教育をしているんだか……親の顔が見てみたいね! ホントに。
「黙ってないで、早く名前を教えなさいよ!! 私はあんたみたいな奴に割いている時間なんてこれっぽっちもないの! 分かったらさっさと名前を教えなさい!!」
自称女神は右手で自分の頭を思いっきりガリガリと掻いて苛立っている事を表に出しながら、怒声を上げた。だが、そんな怒号を聞いたところで痛くも痒くもない俺の耳は素通りし、目の前の女性や辺りを観察する事に徹している。
おいおい、あの自称女神は御淑やかって言葉知らねーの? 女神を名乗るならもっと御淑やかな女性になってから出直してこいや。
ここは何度みても辺りは黒、黒、黒。黒以外何も無い場所だ……あ、ケバい女が1人いたわ。目障りなものは見ないことにしていてね。ついつい視界から消しちゃってたよ。
何故かさっきから、ぴーちくぱーちく騒いでいるが別に気にすることは無いだろう。折角だし、満足するまで騒がせてやろうか。恐らく数分で黙るだろう。
「あーーーーーー!!! イライラする!! 早くしなさいよ!! 早くネイルしたいの!! あんたを異世界に飛ばさないと私はこの部屋から出られないの!! だからさっさと名前を教えなさいよ!! ………あ、これ以上手間かけさせるなら能力無しで飛ばすわよ? 別に能力与える為に名前聞いてるだけだし。そうよ! 別に今回滅ぼして貰わなくてもいいわ。んじゃ、これ以上無視するならこのまま飛ばすわ」
自称女神はスルー態勢に入った俺を見て更に苛立たせながら怒声を上げ続けていたが、急に何かを思いついたのか、苛立つ事を止め、ニヒルな笑みを浮かべ始める。
あ~、まだ騒いでるよ。五月蝿いなぁ。
ん? なんか不味いような……てか、どんだけネイルしたいんだよ……そろそろ返事の一つくらいでもしてやるか。これ以上無視も良くないしな!! そう言えば死んだ婆ちゃんも言っていたな、人の言葉にはキチンと返事をしなさい、と。うん、そうしよう。
決して無能になりたくないからとかじゃないよ? ホントホント。
「……鷺ノ宮伊織」
元々の声量も小さい上に間にマスク越しだった為、俺の声は注意深く耳を傾けていないと聞こえなくなっていた。声量については、自称女神とも話したくなかった事も少なからず関係しているのだろう。
「ええ!? ちょっと!! 声ちっちゃくて聞こえないんですけど!! マスク取って話すのが礼儀ってもんだよねぇ!? そうだよねぇ!?」
初対面の人間に自分の名前を名乗らずに一方的に訊ねてくる、といった無礼な態度を取っていた自称女神は抜け抜けとそんな事を言い放った。
…………………………こいつボコろうか。礼儀もクソも知らない様な奴に礼儀について怒られちゃったよ。…………まあ、能力貰うまでの辛抱だ。貰った後にボコろう。
俺は握り拳を片手で作りながら肩をわなわなと震わせていたがボコりたい衝動を抑えて一拍を置いた後、言われた通りマスクを外し、ポケットへと突っ込んだ。
「……すまなかったな。改めて、鷺ノ宮伊織だ。聞きたい事があるんだが……俺以外のクラスメイト達はもうお前によって異世界に飛ばされたのか?」
「えーっと、鷺ノ宮伊織ね。すっごい地味な名前ねぇ……地味過ぎて逆に忘れにくいかも!! ん? あ~、その事ね。私が担当したのはあんただけよ。あんたの言うクラスメイト達なら多分他の偽乳女神や厚化粧女神、あとすんごいあざといビッチとかが担当したと思うわ。まぁ何にせよ名前も分かったし、スキルを与えるわね」
自称女神はさらっと人様の名前を貶した後、視線を上へと移して何かを思い出すかのように、えーっと……えーっと、と呟き始めた。恐らく何かを思い出しているのだろう。
「っと、これとこれと……これさえ有れば世界崩壊いけるかなぁ……あ~、あとこれっと。私は誰にでも気遣いの出来る素晴らしい女神だから特別にブ男であるあんたにも教えてあげるわ。スキルはあんたが地球にいた頃の能力がスキルとして反映される他に、私が与えたスキルが今、あんたが行使できるスキルよ。私達が与えるスキルが先天的なスキルと呼ばれているの。異世界に飛ばされた後に使えるようなスキルは後天的なスキルって言われているわね。まあ、後天的なスキルはゴミでカスなスキルばっかりだから、スキルを与えてあげた私にせいぜい感謝することね!! 一応、スキルがもしちゃんとあんたに与えられていなかったら後々私が困るから今、すぐ確認しなさい」
威風堂々といった態度で高々と言い放った。
途中、俺は睥睨したものの、そんな事は一切気にする事はなく自称女神は話を続けていた。
自称女神は結構凄いスキルをくれたようだ。折角スキルを貰えたし、言われた通りにするのは少々癪に障るが確認をするか。と俺は思ったのだが、やり方が全く分からなかった。
ちゃんと説明しろよ、あのポンコツ女神。
会話の途中に気になったが、目の前にいる落ち着きの無い自称女神は他の女神に恨みでもあるのだろうか。女性へ向けてはいけなさそうな単語のオンパレードだったが。
あ、そうそう、スキル貰ったらボコる予定だったんだが予定変更だ。飛ばされる直前にボコることにする。あ、決して自称女神を怒らせたらスキルが消えるかもしれないからビビってギリギリにボコる……とかじゃないよ?
「あのー、女神さん? スキルはどうやって確認するんですかねぇ……」
俺は自称女神に対して抱いていた怒りを抑えつつ、うんざりと呆れながらも尋ねた。一応へりくだった態度を取っているつもりなんだろうが、面倒臭そうな表情が隠す事が出来ていない。相手が相手だったのならば、今の態度は叱責ものだろう。
「そんなことも分からないの!? これだから童貞は……ステータスって頭で念じれば良いわよ。あ~、どこかに優しくてカッコいいイケメンとの出会いはないのかしら………はぁ……」
相変わらず、自称女神は質問と全く関係の無い余計な言葉を添えて返してくる。今回も添えられた事で怒りを隠す事が出来なくなったのか、俺のこめかみ辺りに青筋が走る。
腹が立つなぁ……まあいいや、サクッとステータスを……
ステータス
鷺ノ宮 伊織 17歳
レベル1 種族 人間
hp100/100
mp500/500
筋力 100
耐性 100
敏捷 100
魔力 100
魔耐 1000
幸運 10
スキル 刀術 英霊憑依 身体強化 錬金術 空間魔法 氷魔法 吸血鬼化 料理 全言語理解 鑑定 偽装
称号 異世界に召喚される者
目の前に文字等浮かんでいない筈なのに浮かんでいるような感覚。どうしても目の前の存在しない筈の文字に手を伸ばしてしまうが、手が掴むことはなく素通りしてしまう。
ほうほう………んん? なんか吸血鬼化ってスキルがあるんだが………異世界に飛ばされる人達って大抵が魔王討伐をする……よね? 俺、殺されるんじゃ……ま、気にしても仕方ないか。
「おーい女神さん。確認出来たんだが、試しにこの……氷魔法とやら使っていいか? 使い方はどうせイメージしたらできるとかなんだろ?」
自称女神には俺が見えている目の前の文字が見えてないのだろうが、俺は映っている氷魔法の部分を指差しながら訊ねた。
「ちゃんとあったみたいね。ええ、ええ。私が失敗するはずないもの。一応言うけど英霊憑依? と刀術以外が私が与えてあげたスキルよ!! 感謝しなさいな。まあ、氷魔法くらいなら良いわよ。さっさと試して異世界飛んでくれないかしら」
……俺の所持しているスキル分かるんならわざわざ確認させるなよ……おっと、いけない、いけない。怒りはもう少しだけ抑えろよ? 俺。
「はいはい、分かってますよ。んじゃやってみっか」
(馬鹿め。この時を待っていたっ!! クソ女神に攻撃するとスキルを取られるかもしれない。よってボコるなら魔法で事故を装うか、転移ギリギリにボコるかの二択となった。俺はもう我慢出来ないので前者を選ぶ。なので、この氷魔法だ。あのクソ女神は何故か自分の見た目にかなり拘っていたで、この部屋の温度を氷魔法で下げ、雪なんかを降らせて凍傷。もしくは肌が少々荒れるくらいが今できる最大の仕返しだ……我ながらやることがちいせぇ。だがやらないよりはマシ。女神の服装が肌の露出が多い服だったのがせめてもの幸運か。肌よ、荒れろ!! 荒れまくれぇぇ!!)
「温度よ下がれ!! そして雪よ、降りまくれぇ!!」
大雪をイメージしながらそんな事を口に出した途端、温度が急激に下がり雪が大量に降りだした。瞬間、体からなにか抜けていくような変な感覚に襲われた。これが魔力を消費する感覚なのだろう。
自分も寒くて自滅気味だがまぁ成功か。等と思いながら満足気にしていたのだが、自分の評価とは裏腹に目の前の自称女神は涼しい顔をさせながら周りを見回していた。
「あ、あのー、女神さん? 寒くないの?」
目の前で起こっている現実を受け入れる事が出来ていないのか困惑していたが、俺は恐る恐るといった様子で自称女神に訊ねた。
「へぇ~。魔法の才能あるんじゃない? まぁ、そんな才能を与えた私はもっとスゴいんだけど!! ん? 私は女神よ? 寒いなんて感じるわけないわよ。何、私の心配しちゃって。もしかして惚れちゃった!? ゴメンね。私イケメン以外は嫌なの。イケメンになって出直してきてね☆」
感嘆の声を上げた後、俺の煮えたぎっている胸中など露知らず、ニコリと笑いながら自己解釈を始める。言い切った頃には怒りが頂点に達していた。
……………うっざ。
うぜぇよこのクソ女神。マジでボコろうか。うん、今すぐボコろう。
っとっと、雪降らしたせいで眼鏡凍って前見えねぇ。眼鏡外してボコるか。
「あ゛~こんなことなら氷魔法を使うんじゃなかった。よし、もうボコろう。唸れ、俺の右手」
左手で前髪を掻き上げてから眼鏡を取り、制服の胸ポケットに納めると同時に前髪が邪魔だったのか、右左に頭を振って目の邪魔にならないように髪を整えると、左右対称に容姿が整った顔が現れ、女神の双眸に映った。
「童貞のお前が美の象徴たる女神である私をボコ……る……え?」
マスクを外していたこともあり、俺は珍しく素顔だった。
散々冴えないだ、童貞だ、と暴言を吐いていた女神は俺の顔を見た瞬間、酷く狼狽し始め、「え!? ええ!? あんた誰!?」と目を大きく見開きながら叫んでいた。表情は目に見えて青ざめていたが、時間と共に頬を紅潮させていく。
いやいやいや、名前教えたじゃねーか。
あと童貞、童貞五月蝿いよ? 俺の精神が地味にガリガリ削られてるから止めようね?
自称女神の慌てながら吐いた質問に呆れながらもボコる為にゆらりと近づいていくが「え? 私の所に向かって……もしかしてキス!? 愛の告白!? わわわ……まだ早すぎるよぉ……もっと段階を踏んでから…ね? ね? ……ぐへへへへへへ……」と、訳の分からない事を呟き、涎を垂らしながら顔を真っ赤にしていた。そんな気持ち悪い顔を見た俺はつい足を止めてしまう。何でそんな考えが浮かぶのか1時間掛けてじっくり問い質したいものだ。
俺は自分の顔を見て明らかに狼狽した姿を見せていた事を理解した瞬間、悪そうな笑みを浮かべながら女神の下へと一歩、二歩と歩み寄る。
「……やあ、散々罵倒を浴びせてくれたクソ女神さん。どうしたの? なに挙動不審になってるの? さっきみたいな暴言はもう言わないの? ねぇ? ねぇ?」
凄く恥ずかしかったがその感情を抑え込んで、顔をのぞき込むような態勢を取ってからひっきりなしに言葉を投げつけた。すると自称女神の目は泳ぎ始めるわ、顔は真っ赤に染まるわ、と、この上ない狼狽具合だ。それを見た俺は心の中でだが、高笑いを始める。
ふははは、この女神は恐らく男と殆ど話したことがないのだろう。そうと分かればとことんその弱点を突いてやろう。最低? クズ? 童貞? なんとでも言え。弱点は突いてこそなんぼだろうが……ちょっと待って、童貞関係ないわ。
「お……お前……じゃなかった、き、キミが変な眼鏡をかけてたから私……そ、そう!気が狂ってたの! その眼鏡が全部悪いの! あ……でもキミに酷いこと言っちゃった……ねぇ、どうしたら許してくれる? ……あ、良いこと思いついた。私、キミに一生尽くす!! 私の全てをあげる! ね? だから……許して?」
あたふたしながらも飛び出した言葉の中身はこれ以上ない程に無茶苦茶だった。俺は目を瞬かせながら新たな詐欺か、何かなのかと考えを巡らせる。
…………なにこの手のひら返し。
絶対何か企んでるよこのクソ女神。さっきまで散々罵倒吐いて汚物を見るような目で俺を見ながら一定距離置いていた癖に今は顔真っ赤にして胸を俺の体に押し付けてやがる……狂ったな。後、なにが良いことだよ。ケバい女に尽くされるとか誰得よ。
胸中で罵詈雑言を吐きながらも、先程の発言を一旦、忘却の彼方へと追いやった。そして憂い事を一時的に無くし、少々困惑していた表情を引き締めて仕返しを再開させる。
「ねぇ、女神さん」
「な、なに?」
少々俯きながらそわそわしていた自称女神が意識を此方に向けた瞬間、俺はスキルの身体強化を使い、女神の背後に一瞬で移動した。まるでもう何年もスキルという概念がある世界に身を置いていたかのような技の冴えだ。
かつて中二病を少しだけ拗らせていた俺に、イメージの壁など存在しない!! よってスキルは何を所持しているかさえ知っていれば使用可能ッ!!
「ふぇ!?」
自称女神は俺が目の前から消えたことで何が起こったのか分からないといったような間抜けな声を出す。俺はそれに構わず華奢な体を後ろから優しく抱え込み、
「ねぇ、まず名前教えてくれないか? 女神って呼ぶのも悪くないんだけど何か距離があるだろ? 悲しいな……」
耳元で囁く。
まるで恋人に愛を囁くように。
声を舞台俳優のような甘美な声に変えるといったおまけ付きだ。
そしてこの瞬間、俺の心に今の出来事が黒歴史として深く刻み込まれた。こんなセリフ、どこぞのナンパ師でも言わないんじゃないだろうか。
ちなみに、このセリフは先週の土曜日に楓が何故か家に来て見ていた昼ドラの浮気男役のセリフのパクリだったりする。楓にこのセリフを私に向かって言って見て? 言ってくれない場合はイオ君の『ピーー』な事や『バッキューン』だった事をクラスの皆の前で言うよ? と脅され、何度も言う羽目になったので動きやセリフなどは覚えているは勿論、キレッキレだ。
「―――!? え……えっと……わわ、私はリフィア!! 仲の良い人にはリフィって呼ばれてて……り……リフィって呼んでほしいな……」
自称女神ことリフィアは更に顔を真っ赤にして言い切った途端、俯いた。その光景を見た瞬間、俺の胸の奥にあった何かが刺激された。
やべぇ、超かわいい……じゃなかった、超楽しい。こういう仕返しもありだな。と考える俺はSなのだろうか? 断じて違う。あ、Mってわけでも無いんだよ?
今のリフィアの表情はまるで恋する乙女、パンダみたいな化粧をしてなければ俺程度のチェリーボーイくらいなら楽に落とせていただろう。ハッキリ言ってキャラ崩壊しまくっている。
「へぇ……リフィアって名前なのか。可愛い名前だな。リフィが可愛い過ぎて……今すぐにでも食べちゃいたいな……」
耳元でそう囁き、耳に優しく息を吹き掛けて俺はフィニッシュを決めた。
今更後戻りは出来ないという思いが俺をここまで動かす事となった。
中々の演技だったと思う。俺がもし10歳程今よりも年取っていたらあの昼ドラの浮気男役に抜擢されていたかもと勘違いするくらいに。
ケバい女性で揺らぐとも思えなかったが、俺は紙切れ程度の理性しか持ち合わせていなかったので、保険という事で離れようとするが、その過程で決して小さくない双丘が目に入り、頭を右左にぶんぶんと振る事で邪念を払う。
それにしても、女神が俺より背が小さくてよかったぁ。デカイ女に小さい男が後ろから抱きつくとかシュール以外の何物でもないからな。
面白い物が見れた事だ。さっさと異世界に行こうかと思い、俺はリフィアを抱き締めていた手をゆっくりと離していく。が、そうは問屋が卸さない。
「……んっ」
突然奪われる唇。首にリフィアの腕が蛇のように逃がすまいと絡み付いてくる。
抱き締めていた手を離した瞬間、何故か女神が此方を向いて自身の唇を俺の顔に近づけて接吻してきた。俺は逃げようと後退りするが直ぐ後ろは壁となっており、まさに袋の鼠。
んん? あれぇ? 俺、どこで選択肢ミスったよ。もしかしてセリフが少し違ったか? いやいや、完コピした筈だ、ミスなどあり得ない。
……からかって終わりのはずがなんで俺、接吻されちゃってんだよ………あれれぇ!?
「んんっ……ぷはぁっ、はぁ、はぁ。好意を持って貰えるってのは嬉しいんだが、実はお前みたいなケバい女は苦手なんだ……ぶっちゃけ俺、清楚な可愛い子が好きなんだ。だから…ッッ!? ん!? んんんっ!!」
呼吸困難になりそうだった事あって、女神の肩を手で掴んで慌てて呼吸困難の元凶である女神の唇から逃げるように離れる。が、再度、唇を唇で塞がれた。即席だったが、自分の考えた打開策が一瞬にしてぶっ壊された事に目を大きく見開かせる。
……ヤバイ、ヤバイよ。女神のかなり拘ってた見た目をディスって女神が今、俺に対して抱いている好感度をガクンと下げようとしたのに、逆効果だったっぽい。
てかさっきより頬が緩んでる気がするのは気のせいだよね!? 気のせいって言って!!
……はっ! そうだ、こんなときこそ昼ドラの浮気男役のセリフが役に立つ時じゃないか!! 思い出せ、俺。
…………………あ、そういえばあの浮気野郎、奥さんと離婚して浮気相手とくっついたんだった……
ちくしょぉぉぉぉ、セリフ完璧にミスった……どうしよ……
「んんっ、ぷはぁ……伊織くぅん。今の私が嫌いなの? なら伊織君好みの女に染めちゃってよ。ね? ね? 私、伊織君好みの女になるよ?」
俺と喋りたかったのか、女神は唇を離して一方的に捲し立てる。熱の籠った視線で俺を射貫くリフィアを見て、俺はどうすれば逃げれるかと考えを巡らせる。
オイコラ、いつ、こんなに好感度上がったんだよ。ギャルゲーのチョロインでも、もう少し時間かかるぞ。
……………手遅れっぽいっすね。もういいや。現実逃避しよう。サクッと異世界飛ばしてもらお。うん、そうしよう。
「ならまず、異世界に早く連れていってくれないか? ……そ、それがリフィの為なんだッ!!」
色々と割り切って冷静さを少々取り戻した俺は異世界に逃げる、といった結論に至った。
超滅茶苦茶な事を言う俺。完全に俺の為ですね。
「うーん、私は伊織君と何時までもここにいたいけど伊織君がそう言うなら仕方ないね!! 少しだけ待っててね。私もすぐ、異世界に向かうから!! あ、伊織君が死んじゃいけないから追加でスキルを渡しておくね!! じゃあ、いってらっしゃい!!」
満面の笑みを浮かべながらリフィアはスキルを追加で渡してきた。
俺は苦笑いで返事をするが、どうにも消せない憂鬱さが表情の端々に残っていた。
……好感度下げる方法って無いんすかね?
「……ああ」
華やかに笑うリフィが「いってらっしゃい」の後に「私の愛しい旦那様」と呟いていた気がするが……いや、気のせいだろう。
……なんでこうなった。と小さく呟きながら黒色の天井を仰いでいた俺の体はリフィが言い終えた瞬間、光に包まれた。