第14話 岩穴にて
俺とティファールは岩穴の中で隣り合わせになって地面に腰を下ろし、話し始めていた。
「ティファ、俺達明日からどうやってこの悠遠大陸で過ごそうか」
俺はまだ頭が痛いのか、右手で頭を押えながら声を出した。
「そうね……個人的には伊織に戦闘はさせたくないんだけれど、ここで生活していかないといけない今、先程までの戦闘で劇的にレベルが上がってここの魔物に対応出来る伊織に当分は頼りきりになる……わね。弱い自分が情けないわ……私のせいでここに飛ばされたっていうのに足を引っ張る事しかできないなんて……」
ティファールが俯きながら答えた。今の状態に責任を感じているのだろう。
その口調は酷く弱々しい。
「戦闘をする事に関しては問題ない。寧ろ有難いくらいだ。岩穴で引きこもっていたらどこかの英雄さんが嫌がらせをする為に化けて出てくるかもしれないしな。あ、英雄ってのは気にしないでくれ。こっちの話だ。それと、ここには俺が勝手に付いてきたって言っているだろう? 気にするな。って言っても無理かもしれないが、あまり自分を責めるなよ? ティファ」
少し前に会ったダヴィスとの会話を思い出し、苦笑しながら言葉を発した。
ティファールは「英雄?」と口に出して首を傾げていたが、気にするなと言うと「……分かったわ」と言って、あっさりと引き下がってくれた。
ぐいぐいと無遠慮に聞いてこないティファは本当に良い女だと思う。俺には勿体無いな。まあ、手放さないが!!
「ねぇ伊織。ずっと気になっていたんだけど、何で私があの王女に捕まった時に嘘をついたりしなかったの? 一応形だけの儀式はしたけれど、私と伊織の間には昔からの絆も、恩も何も無いのよ? ましてや伊織は人間。出会って数時間の魔族を庇う理由なんて無いでしょう? 伊織は何で私を見捨てなかったの? そんなに私の容姿が好みだった? そんなに私の体が欲しかった? ねぇ伊織。私を切り捨てなかった理由を教えてくれない? このままじゃ、気になって気になって仕方がないわ」
そう言いながら俺を見詰めるティファールの目には何とも言えない力強さがあった。
「んー……理由……かぁ……そうだな、別にこれといった理由は実は無いんだがな。まあ、強いて言うなら温かかったから……かな?」
特に何の変哲もない岩穴の天井を仰ぎ、薄く笑いながら答えた。
「……温かかったから? どういう意味かしら? 一応魔族って人間には冷たい汚れた血が流れているとか言われてるわよ? 伊織の答えの意味が全く分からないのだけれど」
心底不思議そうな表情を浮かばせながら、眉間にしわを寄せて聞き返した。
「あー、血が冷たいとか温かい、みたいな事じゃなくて。ティファに初めて手を引かれた時にさ、こう……なんて言うんだろうか。胸がぽかぽかして温かかった……っていう事なんだがな? ……あ゛ーー! 上手く表現出来る言葉が分からん! ……でも、恋とかそんな事じゃ無いんだけれどな……んー、俺が人肌恋しかったのかなぁ……いや、なんか違うなぁ」
俺は、うーんうーん、と唸りながら難しそうな顔をさせながら思った事を次々に言葉にして口から吐き出していく。
「……変な理由ね……私には理解出来そうに無いわ」
ティファールは小さく溜め息を吐きながら、視線を下に移す。
「だろうな。そんな感情を持った俺もよく理解してないし」
そう言って、くくく、と笑いながら言葉を返した。
俺は何かを思い付いたのか、目を少し大きく開くと同時にティファールへと視線を移した。
「あー、もしかするとこの感情はボッチ特有なのかもしれんな」
「ボッチ? 伊織って一人ぼっちだったの? でも、あの……そう、楓って呼んでいた女の子とは仲が良さそうだったけど?」
怪訝そうな顔をさせて、首を少し傾げながら訊ねた。
「俺は10人中10人が認めるくらいにボッチだったぞ? 楓は別だ、別。あいつは昔馴染みなんだよ。この世界にもあるかもしれないが俺がいた世界では学校ってものがあってな。同じ年齢の子供が集まって一緒に勉強したり、仲を深めたりする場所なんだが、俺はそんな場所で他の人間が仲良くいろんな人と会話している中で、ただひたすら一人で本を読んでいたな。そのくらいボッチをやっていたぞ」
俺は誇る事など全く無く、寧ろ恥るべき事実を胸を張りながらドヤ顔で言い切った。
「学校はこの世界にもあるわよ? ……それにしても、伊織って全然悪くない……いえ、かなり整った容姿をしているからてっきり私は女の子から、ちやほやされていたのかと思ってたわ」
ティファールはドヤ顔をした伊織に目もくれず、少々驚きといった感情が混じった声でぶっちゃけた。
「そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないな。ま、そんなボッチにも唯一と言ってもいい話し相手がいてな。それが一つ年上だった昔馴染みの楓だ。だけどボッチだった俺は少々陰口なんか色々言われた事もあってだな。そんな事もあって、ちょっと考え方がひねくれてしまって、楓がボッチな俺を憐れに思って構ってるんじゃないのか? 昔馴染みだから仕方なく構ってるんじゃないのか? なんて思うようになってしまってな。それからは無意識に楓と一定距離を空けてしまうようになったな……」
話すにつれて段々寂しそうな顔へと俺の表情は変わっていっていた。
「………………絶対そんなこと思ってないと思うわよ? あの子、出来るなら伊織と結婚したい。って思ってるんじゃないかってくらい伊織に好意持ってたと思うけど……」
呆れ口調でティファールは責めるような眼差しを伊織に向けた。
「楓が? そんなこと絶対無いな。楓はあんな容姿だし、それはもうモッテモテなんだぞ? ボッチで平凡以下の俺はお呼びじゃないさ」
俺は頭を抑えていない手で、パタパタと右左に振りながら、無い無い、とゼスチャーを使いながら否定した。
「その容姿でそこまで卑屈になれるって逆に凄いかもしれないわね……」
ティファールは俺の顔を再度確認するかのように舐めるようにじっくりと見た後、呆れながら薄笑いをした。
「ま、そんなこんなで素で話した……いや、話せるティファは俺にとっての癒し。とかって思ってもらえればいい……今はそれで納得してくれ……俺は俺で、温かかったって感情は上手く説明出来ないんだ」
俺は屈託の無い笑みを浮かべながら、わざとらしく大きな声で笑い始めた。
「癒し……ねぇ……まあ、今現在はそれで納得するわ……伊織とここで生活する事でもしかすると私が理解出来るかもしれないし、急いでもしょうがないわね」
ティファールは難しそうな顔をしながら少し悩んだ後、渋々といった表情を浮かべながら仕方ないか、といった感じで納得した。
「もし、上手くこの感情を表現出来るようになったらその時は改めて話す。これでいいか?」
「ええ、楽しみにしてるわ。それと伊織、今思いついたんだけど召喚術を使えばここの生活も幾分か楽になると思うの」
ティファールは表現できるようになったら話す、という言葉を聞いて少しだけ頬を緩ませながら軽く微笑み、話題を変えた。
「召喚術? 俺はそんなスキルを持ってないぞ? それに、ティファも持ってないだろ?」
うろ覚えだったが、一度見たティファールのスキルを思い出しながら口を開いた。
「そんな心配はしなくても大丈夫よ? 召喚術は誰でも使えるからスキルには無いの。召喚術のやり方は召喚獣にしたい魔物を瀕死状態までボッコボコにして自分の血を飲ませるか、懐かれて自分の血を飲んでくれるかの二択ね」
「へぇ……ちなみに暴れる元気な魔物に自分の血を飲ませた場合は?」
俺は少し悪そうな笑みをしながら興味深そうにティファールに訊ねた。
「屈伏させないで召喚獣にしたら契約者が襲われるわよ。昔、ドラゴンにそれを実践した人がいたらしいんだけれど、召喚した途端に襲われて死んだそうよ」
ティファールは含み笑いをしながら俺に向かって言う。
「おっかないな」
それを聞いた俺はくつくつと笑い出す。
「そうね、ふふっ……もし、この悠遠大陸から出られたら伊織は何をしたい?」
ティファールは少し目を細めながらそんな事を聞いてきた。
「俺か? ……特に無いかな……昔ハーレムになんて憧れたが、ティファがいればそれで十分過ぎるしな」
「ハーレム? 別に良いわよ? 英雄色を好むって言うし、伊織なら女の一人や二人くらい直ぐに見つかるわ」
俺が言った言葉があまりにもスケールが小さすぎてティファールは、ふふふっ、と笑い始める。
「ティファは嫌じゃないのか? 俺に奥さんがティファ以外に増えるんだぞ?」
そんなティファールの反応を見て、俺は意外そうな顔をして問いかける。
「別に嫌じゃないわよ? この世界って何人も奥さんがいる人ばっかりだし」
「ま、マジかよ……まあ、それもここから出られたら……の話なんだけどな」
俺は驚愕しながら、自嘲気味に笑い始める。
「それもそうね。ふふっ」
そんな話をしながら悠遠大陸での初日が過ぎていった……