首無しの逝く 4
『お主は、何故このような場所に居る。』
直接頭に響く様な声が聞こえる。少しづつ意識が覚醒していき5感が戻ってくる。
洞窟特有の湿り方をしたゴツゴツと硬い岩肌から身体を起こす。寝ている間に服が濡れていたようで入口から吹き付ける風と相まって少し肌寒く感じる。どうやら既に朝になっているらしく入口の外は明るい。
「…風?」
肌寒さから身体を抱き寄せるようにしていると違和感に気づく。昨日も外では強風が吹いていたが洞窟の中までは来ていなかった。それに入口の方に目を向ければまるでドーナツの様な形になっていて生暖かい風が入ってきている。
『目が覚めたか?』
「な…」
無い頭に直接声が聞こえる。起きる時と同じような、音ではない声。
段々と視界が定まっていき、この異変がなぜ起きたのかを知ることになる。
『もう一度問うぞ。お主は、お主の様な者が何故ここに居る?』
そこにいたのはドラゴンだった。背後からの朝日を浴びその白く美しい鱗を輝かせた白龍が、大きく広がった入口から覗いていた。
見間違えるはずがない。圧倒的な存在感とその美しき姿は、間違いなく昨日のドラゴンだった。
「う…あ……」
『ふむ?』
遥か遠くから見ただけでも身動きができなくなる程の威圧が、今は目の前に居る。ここは崖の洞窟であり、入口にその強者がいる。
逃げられるわけがない。圧倒的な強者の風格に腰を抜かしてその場にへたり込む。
『驚き、恐怖、極度の緊張。お主は、我の様な者を見るのは初めてか。』
「……」
『ふむ…このままでは話もできぬ。しばし動くなよ。』
声も出せずに見ていると白龍が洞窟の中までゆっくりと、水晶の様に美しい爪を突き出してきた。その爪の先には黒く、禍々しい光が灯っている。
「や、やめっ!」
生存本能から身体を必死に動かし後ろに下がるもすぐに壁にあたり逃げ道がなくなる。
その爪が目の前まで迫り息も忘れ、すべての時間がゆっくりと流れて行く感覚に陥る。死ぬ前と、同じ。事故に巻き込まれ首が飛んだ時と同じ感覚に死を覚悟し目を瞑る。
『どれ、これで喋れるであろう?』
たが覚悟していた様な痛みはなく、 白龍の声に反応して目を開ける。
突き出されていた爪は無く、最初と変わらず白龍の頭があった。違うのは先程まで白龍に感じていた恐ろしいまでの死の恐怖が不思議と無くなっていた。
考えられるとしたら先ほどの黒い光だけだが、あんな見るからにダメなタイプのモノで落ち着きを取り戻せるのだろうか。
『さてと、少しは落ち着いたか?』
「あ、ああ。」
白龍の声になんとか返答をするが、頭の中がパニック状態で冷静な考えができない。
ただ、落ち着いた今だからじっくりと観察できるが白龍は宝石のように美しかった。爪と同じく水晶のように透き通った角は細く鋭く。純白の鱗に囲まれた顔の中の人の掌ほどある目はルビーのような紅の赤に輝いている。
逆光で照らされたその姿はとても美しく、神々しい。
『いつまで我を見つめておるのだ。』
「ハッ。いや、すいません…?」
たぶん、今の俺に頭があれば相当アホな顔をしていただろう。
所で、目線の高さや音の聞こえ方が頭があった時と同じなのだが、頭のない今はどうなっているのだろうか。
いや、考えるのは後にしないとな。今のままだと疑問がたまりすぎて頭が破裂しそうだ。頭は無いんだが。
『まだ混乱はしておるようだがその様子なら大丈夫そうだの。だが、お主は見れば見るほど面妖だの。それ程の力を持っておりながら我のような者には怯え、ましてや生まれたてと思えば喋れるだけの知識はもっている。お主、何者だ?』
「俺は!……俺、は…誰だ?」
この姿になる前、死ぬ前の前世の名前を名乗ろうとしても、思い出せない。自分の名前だけでなく親の名前に友達の名前、人の名前が全く思い出せない。
それだけでなく、親でも友達でも、自分だろうと誰を思いだそうとしても顔が思い浮かばなかった。霞がかかったように人の名前も顔も思い出せず、頭を抱えたくなるが、頭のない俺は拝む様に手を組むことしか出来なかった。
そんな俺の姿が面白いのか白龍は面白そうに息を漏らす。
『どうやら、相当珍しい者らしいの。』
「…気がついたらここに俺は居た。分かってるのは俺が人間じゃないって事、ここは異世界だって事。異世界だって分かったのは自分の姿を確認した時、確信したのは昨日遠くからお前を見たときだ。」
聞かれたわけでもないのに俺は自分の状況を確かめるように話し始める。どういう訳でもない、ただなんとなくこの白龍に話せば答えをくれるような気がしたからだ。
「一つだけ聞きたい。お前はドラゴンなんだろう?」
口調は素に戻っている。さっきまであれだけ怖かった強者を前に何故と自分でも思うが、白龍自身がそれを望んでいるような気がしたからだ。
現に、白龍は俺の口調など気にせず面白そうに笑っている。
『カッカッカ!如何にもだが、そこらにいる飛竜と同列にはするなよ?我は誇り高き龍族の中でも上位に位置する純白の龍ぞ!』
「いや、風格からそうなんだろうなとか思ってたけど。そんな事よりさっき俺にやった事は何なんだ?」
『そんな事とはなんだ!それに聞きたいことは一つだけと言っただろう!』
ワイトニスはたしか純白だったか。という事は白龍は白龍ではなく純白龍だったわけだ。
その純白龍は、俺の対応が気に入らないのか大口を開けて威圧している。
口の中には親指ほどの長さの美しい刃がズラリと並んでおり綺麗な朱色をしていた。ただ口を洗う習慣がないのか分からないが、吐き出された息は正直生臭い。
「…生臭い。」
『Grraa!!』
ついつい漏れた心の声に純白龍が咆哮を上げる。最初に感じていた恐怖は何処に行ったのか、咆哮する龍が可笑しくみえ、ついつい笑ってしまいそうになる。
なんとなくだが、この純白龍とは長い付き合いになりそうな予感がした。
もう良くわかりません。思いつきでのんびり書いてます。